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甘え上手のライチュウはワタルにおやつを強請る


「ラァイ!」

幸せそうな顔でワタルさんが買ってきてくれた八つ橋を食べているライチュウ。

注目すべきはそのお腹、…君、太ったように見えるのだけれど気のせいかな。食べ終わるともうひとつ、とテーブルの上に体を乗り上げて新しい八つ橋をひとつ摘まむ。

すとんと座布団の上に戻って来たライチュウに近づくと、もにゅもにゅ口を動かしながら何かと訊ねるようにわたしを見た。その視線に何も答えず…そっと、お腹の…お肉をむにゅりとつまむ。

「…」
「…」
「…」
「…ラブハンドル」

「…チャ チャァ」

顔を絶望色の染め上げたライチュウが、八つ橋をぽとんと落とした。





「なにがあったんだ」

呆れ顔のワタルさんが、じいとこちらを見つめてくる。何も言えず視線を逸らすわたしを見て、ワタルさんの足にしがみ付いて泣いていたライチュウが非難の声を上げた。

「ライ! ライライ、ライチュ チュウ〜〜〜!」
「…」
「ち、違います、そんな目でわたしを見ないでください。というかライチュウ!あなたなんでワタルさんのところに、あなたはわたしのパートナーなのだからわたしと話し合うべk」
「ッチ」 

伸ばした手は、ライチュウの長い尾で叩き落とされた。

パートナーのまさかの拒絶にショックを受けているわたしを放って、ライチュウはワタルさんの足を叩いて抗議し、終いにはよじ登り始める。

それをハイハイと抱き上げてあげるワタルさん、自分の手持ちには厳しいくせにどうしてわたしのライチュウには甘いのか。ほら、後ろにいるオノノクスも微妙な眼をワタルさんに向けていますよ!

「本当に何をしたんだ、ミシャ」
「な わたしよりライチュウを信じるんですか」
「信じるも何もないだろう、それにお前なにかと余分なことをするから」
「チャア!」

ワタルさんの肩にしがみ付いたライチュウが、同意するように力強く頷いた。

完全なる四面楚歌、本来なら味方になってくれるはずのパートナーは敵側で。恋人であるはずのワタルさんも、どこかわたしが悪いと決めつけてかかってくる。

なんだそれ…なんだそれは!

大体今回の一因は、何かとライチュウを甘やかしておやつをあげるワタルさんにも否はあるわけで。どうしてわたしだけが、こんなに責められないといけないのか。

寂しさと怒りがごちゃ混ぜになって、どうしようもない理不尽に晒されているような気持ちになる。煮え湯を飲まされたとはこの事。しようのない悔しさに耐え切れず、涙がぽろりと目端からこぼれた。それを見て、ワタルさんとライチュウが息を呑む。

イヤダ、こんなくだらないことで泣いてしまう女だと思われたくない。ちっぽけなプライドに火が着いて、わたしは泣き顔を見られまいと____速足で、ひとり蚊帳の外にいたオノノクスに抱き着いた。

「グッ」
「…」
「グォ ォ ォ 」

硬い鱗に覆われたオノノクスの体は、お世辞にも抱き心地が良いとは言えない。だがぎゅうう抱き着いて、離れないという意思表示に腕を回せば、オノノクスが動揺して天を仰ぎ変な声で鳴き始める。

引き剥がして良いのか慰めれば良いのか、わからずに宙を泳ぐオノノクスの手。普段こういったコミュニケーションを取らない彼にしてみれば、きっとわたしの行動は迷惑そのものだろう。

だが、今はすこしだけ耐えて欲しい。なにせこの場に、わたしの味方はひとりもいないのだ!

「………、ミシャ」
「…チャ、 チャア」
「ォ オオォ」

「…」

後ろでワタルさんとライチュウが何か言っているような気がするが、無視をする。

そうやって黙っているわたしを見て、流石に悪びれる気持ちが湧いたのだろうか。ワタルさんが、らしくない猫撫で声でわたしの背に話しかけてきた。

「…ミシャ、俺が言い過ぎた。悪かった」
「チュウ」
「ほら、ライチュウも謝っている。だから、もう泣くな」

そういって、大きな手が様子を伺いながらわたしの背に触れる。子どもを慰めるように撫でて、わたしが抵抗しないことが解ると腕の下に手を回した。そうしてぺりりとオノノクスから引き剥がされてしまう。

そのままワタルさんの胸に抱き寄せられて、よしよしと頭を撫でられる。解放されたオノノクスが、わたしの顔や体をじろじろ見てほっとしたように地面の上にしなだれた。

どうやら自分の強固な鱗や牙が、わたしを傷つけやしないか心配してくれていたらしい…本当に、彼は優しいドラゴンだ。

「泣き止んだか」
「…」
「泣き止んだな、よし」

それなのに人間の方ときたら。不躾な言葉と一緒にじろじろ後ろから覗きこんでくるので、嫌だという言葉の代わりに顔を背ける。

だがそんな抵抗は無意味な様で、ぐいと顔を掴まれて持ち上げられてしまう。ワタルさんお得意の力業だ。

このむすりとした顔を見て何がよしなのか解らないが、親指でわたしの涙の痕を拭ったワタルさんはひとり満足そうに息をついていた。

「…はあ、それで原因はなんだったんだ」
「……ライチュウが」
「ライチュウが」
「ワタルさんが沢山おやつあげるから太った気がして」
「ん?」
「ちょっとお腹のお肉を摘まんだだけです」
「やっぱりお前がちょっかいをかけたのか」

ワタルさんの言葉に、プチンと____頭の中のどこかがキレた。流石の鈍感もわたしの顔を見て悟ったのか、しまったという顔をするがもう遅い。

「…」
「待て待て、どこに行く気だ」
「ワタルさんには関係ないです、放してください」
「待てって」
「待ちません」
「ミシャ」

わたしの腕を掴んで離さないワタルさんに、流石の我慢の限界だ。ならばこちらにも考えがあると___ワタルの後ろで、ハラハラと様子を見守っていたライチュウと視線を合わせる。

「ライチュウ、フラッシュ!」
「チィ!?」
「な、」

ワタルさんが驚いて何事か叫ぼうとしたが遅い、わたしは衝撃に備えてぎゅうと目を瞑る。微かに見えた最後の光景は、驚きながらもライチュウがわたしの指示に従って頬の電気袋に堪った電気を放出する瞬間だった。

パンッとライチュウを中心に目が眩むほどまばゆい光が弾けた。暗い洞窟も明るく照らす眩しい光に目が眩み、一瞬だがワタルさんの拘束が緩む。

チャンス!よろける彼の腕を振り払って、わたしは全速力で走った。後ろから舌打ちが聞こえた気がするが、わたしは何も聞こえていないと言い聞かせて走る。三十六計逃げるに如かずだ。

「ミシャ!!」

後ろから飛んできた怒号に、全身が縮み上がりそうだ。え、こわいこわいこわいこわい。振り向いたら終わりだ、殺される。

目指すは、ワタルさんの家をぐるりと囲う石塀の唯一の出口。竜の尾を踏んでしまった自覚のあるわたしは逃げることに精一杯で、…だから、ワタルさんが苛立ちのまま自分の人差し指に噛み付いたことに気づけなかった。

ピィーーー!

突然鳴り響いたホイッスルような音に、びくりと肩が震える。音にして二回、一回目は短く二回目は長い音階。何かの合図のようなそれにぞっとした、後ろから聞こえている時点で誰が鳴らしているのかは明白だ。

だが…こちらもゴールはすでに目の前、絶対に逃げきって見せる!
僅かな希望を捨てず、走り辛いミュールで地面を力いっぱい蹴った次の瞬間___びうんと。何かとてつもなく早いものが横を走り抜けていった。

捉えることができた残像と、一瞬遅れてきた衝撃が頬をちりと焼いたような。凄まじい熱風に驚いて足が止まってしまった体を、もふりと何か暖かいものが受け止めてくれた。

オレンジ色の綿雲のような上毛に、雷を想わせる虎模様。わたしがぶつかってもビクともしない体躯には覚えがあり、恐る恐る彼なのを口にする。

「う、ういんでぃ」
「ガウ!」

ちりりと痛むぶつかった鼻を抑えて顔を上げると、ウインディがひとつ吼えた。

街で見かけるウインディよりも一回りも二回りも大きい屈強な体躯をもつ彼は、もちろんわたしではなくワタルさんのポケモンだ。

ウインディはわたしに応えた後、あれ?という顔で首を傾げてあっちそっちを見渡す。まるで思っていたものと違うものが来た、と言わんばかりの仕草にこちらも首を傾げていると、今度は空から大きな影がかかった。

「チルルル」
「チルタリス」

近くの石塀に降り立ったチルタリス、いつもお気に入りの木に止まって休んでいる子がどうしてここに。不思議に思っているのはチルタリスも同じようなようで、ウインディと同じようにわたしを見た後に周りを見渡して、あれ?と首を傾げた。あれ?

疑問が晴れない内に、今度は後ろにどすん、どすんという大きな衝撃。今度は何だと振り向けば、カイリュー二頭が降り立っていてギョッとする。

海に響くオカリナのような声で鳴くと、一頭がずいとわたしの顔を覗き込んでくる。朝焼けを溶かしたような大きな瞳にわたしを映しておかしいなあと首を傾げた。もう一頭は寝起きなのか、その後ろで大きな欠伸をしている。

その後もぞくぞくと集まってくるワタルさんのポケモンたちに囲まれ、わたしは行き場を無くして無様にウインディにしがみ付くしかできない。え、あの、ちょっと怖いです。みんな大きいねぇ、圧がす、すご…あの、それ以上近づかないで欲しいです、ハイ。

後ろからカイリューが背中を鼻でツンツンしてくるが何もできずにいると、おも〜い足音が聞こえてくる。…苛立ちを隠そうともしていない、いやむしろこちらに自分が怒っていることをアピールするかのような態とらしい足取りだ。

後ろでポケモンたちがボスの登場に喜んで道を開けるのが解った、止めて。そこは素直に開けないで踏ん張ってほしいところだ。

近づいてくる途方もないプレッシャーが怖くてて、ぎゅううとウインディにしがみ付いたわたしの後ろ、…きっとこぶし一つ分ほどの至近距離で、足音が止まった。触れていないのにそこに熱を感じた、ああ後ろにきっと鬼がいる。

「ミシャ」

低い声が、一文字ずつ噛み締めるようにして名前を呼ぶ。その音にぞくりと背筋が震えた、ガクガクと足が震え始めて逃げ場を完全に塞がれたことを知る。

ああ…ああ!もう、どうせ全部わたしが悪いですよ!
ごめんなさいと半分やけになって叫んだわたしの謝罪は、人気のないセキエイの山奥で良く響いた。





「…わたし悪くないのに」
「まだ言うか」

お味噌汁の味見をしながら愚痴れば、後ろでさやえんどうの筋取りをしていたワタルさんが疲れ切った声で言う。

「だって」
「確かに俺も悪かったが、お前もやり返してきた」
「…」
「止めろ」

ムカっとしたので、お味噌汁の火を止めてワタルさんのお腹を摘まみに行く。…くそう、摘まめるお肉ない。

わたしの指はすかすかとワタルさんの腹筋を撫でるばかり、なんて虚しい行為なんだ。

「…ライチュウのダイエット、責任もって手伝ってくださいね」
「わかっている」
「本当ですよ」
「解っているって、何度目だ」

いい加減にしてくれというように手を振るワタルさん、元はと言えば自分の所為でもあるので耳が痛いのだろう。最後の仕度し終えたさやえんどうをザルに放り投げると、話を切ってシンクでざくざく水洗いを始める。

「できたぞ」
「ありがとうございます」
「出汁の匂いがする」
「肉じゃがですよ」
「そうか」

ザルいっぱいのさやえんどうをわたしに渡すと、回り込んだワタルさんがもう一つのお鍋の蓋を開ける。

いっぱいにつまった肉多めの肉じゃがを見て、さっきまで眉間に渋滞していた皺が溶けて嬉しそうに笑った。解りやすい人だ。

「他に手伝えることは」
「もう終わりますから、居間で待っていてください」
「わかった」

自分に手伝えることが少ないという自覚があるらしく、素直に頷くとさっさとキッチンから居なくなってくれる。

ワタルさんは体が大きいので居るだけでなにかと邪魔になる…というのは口には出さない本音だ、手伝ってくれようとするのは嬉しいので拒んだことはないけれど。

漸くわたしが自由に歩きまわることができるターンになったので、よしと気合を入れて最後の仕上げに取り掛かる。

さくさくと夕食の準備をしていると、不意に耳が怪しい音を拾った。____カサカサ、チャァア、一つだけだからな_コソコソ___……ま、まさかと思うが…!

菜箸を置いて、ダッシュでキッチンから居間に続くガラス戸を引いた。開いた先でビクリと居間にいた影が震えあがる。

ゴゴゴと怒りの炎を背負ったわたしに気づいて、気まずそうに視線を逸らすワタルさん。その手に個包装が捲れたおせんべいが握られていた、そして彼の手を握って涎を垂らしているライチュウ。

現行犯確保の瞬間である。まったくこの2人は…舌の根も乾かない内に…!

「ワタルさん!」
「ちがう」
「じゃあそのお菓子はなんですか!」
「ちがうこれは、…そのライチュウが、」
「ライチュウ!!」

大声で呼べば、お菓子の夢から覚めたライチュウがびくりとわたしの方を見る。

「一ヵ月お菓子禁止!!」
「チウ!?」

わたしの命令に、ライチュウがガーーンっと尾を立てて固まった。ショックで動けないライチュウを憐れむような視線を送るワタルさんの手からお菓子を奪い取る。

口に入れて割れば、お米の芳ばしさとお醤油の仄かな味が広がった。ほら、やっぱりわたしは悪くない!

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