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ダイゴさんとホラー映画とピザ炭酸




「ダイゴさん、それはリビングでもできることですか」

何時になくキリッとした顔で訊ねてくるミシャに、ダイゴは手に持っていたルーペを置いた。

「できなくないけど、どうしたの」
「ご移動願います」
「唐突だね  おっと」

ミシャがキャスター付きのイスの背を掴んで引いて行こうとするので、慌ててテーブルの上に広げていた研究レポートといくつかの道具を取る。膝の上に置いて大人しくしていると、くるりとイスは回転。

そのままカラカラと部屋を超えて、廊下を過ぎて___ダイニングキッチンを過ぎて。そうしてリビングのソファの隣にぴたりと止まる。足を降ろしたダイゴは、振り返ってミシャに聞いた。

「終点?」
「はい、終点です。テーブルは必要ですか」
「いや、このままでいいよ」

迎えに置いてあるひとり用ソファのサイドテーブルに、一緒に移動してきた道具を置く。足を組んでレポートを読み始めたダイゴを見て、ミシャがぱたぱたと動き始める。その様子をダイゴと、リビングで休んでいたメタグロスが悟られないように視線で追った。

テーブルの上に用意されたピザ箱、炭酸飲料。キッチンでガラスポットに入れている種のようなものはポップコーンだろうか。ユニランがサイコパワーでお菓子の観覧車を作って遊んでいるのを見るに、凡そ候補は絞れてきた。

(そういえば確か、見たい映画があるって言ってたな)

ぺらりとレポートを捲る。古い監督の作品で一大ブームになったタイトルが、満を持してリメイクされたらしい。流行に疎いダイゴでも知っているタイトルであったので、ミシャが興奮した様子であらすじを教えてくれたことを覚えている。

まあ、と言っても。

「____よし、」

ソファを背にしてローテーブルの前に座ったミシャが気合を入れる。リモコンを取ったが再生ボタンを押さず、何を思ったのか一度置いてダイゴの座るチェアの位置調整を始める…どうやら移動可能なギリギリのラインまで、自分に近づけたいらしい。

そうこうしている内に、中庭で休んでいたエアームドやネンドールが騒ぎを聞きつけてやって来た。ミシャのパートナーであるユニランは、お気に入りのクッションと、自分用のポップコーンを用意して優雅にソファに座っている。ポケモンたちも集まって、リビングはあっという間に大賑わいだ。

「ダイゴさん、炭酸半分こしてくれますか」
「いいよ」

ダイゴの返事にミシャが嬉しそうに笑って、炭酸を半分コップに注ぎ分けた。手渡された缶を煽ると、パチパチと口の中で爽やかさが弾ける。そういえばルネの友人は強すぎる炭酸は苦手だと言っていたことを思い出す、出されれば飲めなくもないがダイゴも市販程度のものが好みだ。

気になるのか、後ろから覗き込んできたエアームドが嘴で缶を叩いた。強請るような目で見られたが、これは人間用だから難しい。宥めるように嘴を撫でていると、漸く意を決したのかミシャがリモコンの再生ボタンを押した。

ヒューーーー … シーーーン …カツンッ カツンッ …

(やっぱり) ホラーか。

暗い夜を歩くひとりの女性、響く足音にミシャがごくりと息を呑み、コップを握り締める。…ふと疑問に思うのだが、どうして怖いものが苦手な癖にホラー映画を見たがるのだろうか。怖いもの見たさ、それともそういう性へ___いや、この表現は怒られるから止めておこう。

ダイゴは比較的そういったものに対して耐性がある方だと自負している。そうでなければ、陽の光が一切届かない洞窟をうろつくのは難しい。それに、ホウエンリーグには彼の有名な送り火山の若き巫女がいる。底抜けに明るくコミュニケーション豊かな彼女と同じ職場にいて、不得意でいる方が難しい。

この世の霊的現象は人魂かゴーストで説明がついているし、科学的な証拠もある。…と考えてしまうあたり、恐らくダイゴはホラー映画と相性が悪い。お化けもこんな屁理屈な人間は怖がらせ甲斐がなくて近寄らないだろう。そうどうせ怖がらせるなら____、

(ミシャみたいな)

良いリアクションを返してくれる相手を好むだろう、ボクのような人間ではなく。

恐いもの見たさと好奇心から画面に映し出されるホラー映像に釘付けになっているミシャ。いつの間にかダイゴも、レポートを読む手を止めて映画鑑賞をしてしまっている。まあ映画というより、一人百面相をしているミシャを見ているのが楽しいのだが。

「ミシャ、ボクもピザ食べたい」

とんと指で肩を叩けば、気付いたミシャが慌ててピザを切り取ってくれる。切り取ったピースを丁寧にダイゴの口元まで運んでくれるので、好意に甘えてチーズが蕩ける先にかぶりつく。

トマトの酸味とセサミ、それにパプリカとタマネギだろうか。オーブンで焼かれたパン生地の上に散らされた色んな具材が、不思議とひとつの味に纏まっている。味付けも濃くて、わかりやすい美味しさだ。

「おいしい?」
「ん」

ホラー映画が緊迫しているシーンの所為か、どこか落ち着かない様子のミシャが訊いてくる。頷いて答えれば、嬉しそうにミシャが笑った。

今までのダイゴの人生で、映画を見ながらピザを食べるなど考えられなかった。創作物でよく見るシーンではあるが、生憎そういった娯楽にあまり興味がなく。企業子息という立場がそうさせるのか、友人からそういった誘いを受けたこともない。

父は叩き上げだが家よりも外の人だし、母はどこかのんびりとした旧家出のお嬢さま。自分で言うのもなんだが、そんな2人に育てられたダイゴが俗世的な習慣を知るはずもなく。今となっては遠慮していたのかもしれないが、過去の恋人たちもそういったことにダイゴを誘うことはなかった。

…全部ぜんぶ、ミシャが教えてくれたダイゴの新しい日常だ。

「ヒッ____」
「グッ」
(メタグロスも怖いの苦手なんだ)

飛び上がりそうになった体をメタグロスがぐうと抑え込む。彼は興味がないものだと思っていたが、よく見ると壁の傍から離れ先ほどよりテレビに近づいてきている。薄っすらと目を開けてチラチラ見ている当たり、ミシャと同じで怖いもの見たさのようだ。







(_____で、)

最終的にこうなる、と。
ソファに座ったダイゴに群がる様にして集まるポケモンとミシャ、右から左からとみんなに押しつぶされながら、ダイゴはホラー映画のエンドクレジットを止めた。ぎゅうとダイゴの腕を抱きしめて顔を背けているミシャに、んーと悩んで提案する。

「最後の方だけもう一回見る?」
「なんで!?」
「だって君、ボクの後ろに隠れて全然見てないだろう」
「いいいいいいい、いらないいらない」

もう見ない。と言い切るミシャに、エアームドとネンドールも必死になって頷く。ちらりと先ほどまで後ろにいたメタグロスを見れば、いつの間にか壁に顔を向けて黙り込んでしまっていた。どうやらこの部屋で正気を保っているのはダイゴと、…お腹いっぱいになって早々に寝付いてしまったユニランだけのようだ。

その夜、普段各々好きな場所で眠るポケモンたちも、みなボールの中に戻ることを希望した。よほど怖かったのか、メタグロスまでもボールに戻りたいというので驚いた。

ゴーストタイプのポケモンとは平然とバトルできるのに、ホラー映画はダメなのか。まああれは怖がらせたり、怯えさせたりするように人の手が加えられたものなので、きっと監督はこの光景を見たら大満足するだろう。

寝室にいたはずのミシャが、扉の前に座り込んでダイゴが上がるのを待っていた時には驚いた。顔を青くしている彼女を弄る気にもなれず「一緒に寝ようか」と提案すれば、こくこくとミシャがブリキ人形のように頷く。

いつもは程よく間を開けて横になるベッドだが、今日はぴたりとミシャがくっついている。パジャマの薄い布越しに感じる柔らかい感触に何も思わないわけではないが、…ミシャはとてもそんな気分ではないだろうと、自制する。

いつも暗く落とす電気は豆電球にして、おやすみとミシャと眠りについた。












(____ダメ、こわい)

だが、ミシャは眠れなかった。ダイゴはいつも通りほど良い寝つきの良さで、いまはすうと寝息が聞こえるだけ。起こすのも忍びなくて、ミシャは慎重にベッドから起き上がった。

(どうしよう怖いけど… げ、玄関が気になる)

誰も来ていないだろうか、ホラー映画みたいに…うっかり玄関のカギを閉め忘れていたら、アレが入ってきてしまう。スリッパを履いて、怖がる気持ちにぎゅうと縛り付けてそろりと玄関へと向かう。

廊下も真っ暗で怖い、いつもダイゴさんの家には沢山のポケモンたちがいるのに今夜に限って皆いない。パートナーのユニランはいつもボールで眠るから、当然いなくて。本当にひとりぼっちだ。

(ダイゴさん、起こせばよかった)

早速後悔が込み上げる。イヤイヤだめだ、元はと言えばホラー映画もわたしが勝手に見始めたものだ。そこまでダイゴさんに迷惑をかけるわけにはいかない。

何時もなら3分程度で辿り着く玄関に、10分以上かかった気がする。ハアハア息を荒げながらも、そっと玄関の錠を確認する。あれ、これどっちが閉じてるんだっけ?あれ? わからない、えっとそっか。一回開けて、もう一回閉めれば良いのか。

ゆっくりカギを開ける、がちゃんと錠が開く音がした。よかった、しっかり閉まっていたらしい。それでも一応確認しようと、ドアノブに手をかけそっと押し開こうとしたミシャの手に___するりと白い手が重なる。


「どこにいくつもりかな、お嬢さん」
「 ____ 」

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