休日の朝にダイゴがマフィンと珈琲を用意してくれる
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昨夜はいつもより遅い時間にベッドに入ったからだろう。
その朝は酷く眠たかった。
アラームの音に、のそりとベッドから起き上がる。アイフォンのアラームを止めると、ニャスパーの鳴き声が聞こえた。ベッドの下を見ると、お気に入りの毛布を抱えたニャスパーがじいとこちらを見上げている。
「ニィ」
「おはよう、ニャスパー」
一足先に目覚めたらしいグレイの毛玉を撫でて立ち上がろうとすると、引き留めるように手を握られた。どうした?ニイニイ鳴くのが大変可愛いので抱きしめてちゅうすると、違うというように両手足で突っぱねられた。それもかわいい。
「ニィ! ニィーニー」
「遊んであげたいけど、仕度しないと…」
ニャスパーをベッドに下ろして、おぼつかない足取りでカーテンを開く。差し込んでくる日差しに少しだけ目が覚めた気がした、ぐうと背伸びをすれば幾分かまとわりつくような眠気もはけた気がする。
(とりあえず着替えて、それで朝ごはん食べて…)
するりとパジャマの下を脱げば、ニャスパーがひときわ大きな声で鳴いた。なんだろう、今日は一際甘えん坊だなあ。カーテンなら、レースカーテンを引いているから大丈夫だよ。
(ダイゴさんとの待ち合わせは…お昼だから、すこし時間があるん ふわあ)
欠伸をしながら、下ろしたパジャマから足を抜いてボタンを外す。ぷちぷち全部外すのは面倒で、お腹の辺りまで外したら、腕を抜いてそのまま落としてしまう。
(今日はあったかそうだから… ノースリーブのニットに、この前買ったマーメードラインのスカート… アウターは、アレがいいかなあ)
ぼんやり頭の中でコーディネートを考えながら、ナイトブラに手をかける。ニャスパーがベッドの上で元気に飛び跳ねているのが気になる、新しい遊びでも覚えたのだろうか。
それとも、今日ダイゴさんと会えるから興奮しているとか。中々悔しいことに、パートナーのニャスパーはトレーナーのわたしよりもダイゴさんがお気に入りなのだ。
「____ん、しょ」
今使用しているナイトブラは少しだけ締め付けがあるので、朝一番脱ぐと解放感にため息が零れる。サイズを間違えたか、それとも製品の特長か。前使っていたブランドに戻そうかな、と考えながらぐうと背伸びをする。
ああ、漸く目が覚めてきた。早く仕度をしなければ、そう思い始めた時…朧がかかった意識の向こうでありえない声が聞こえた。
「わお」
「______」
ぴしりと、身体が固まる。…いま、声がした。ここで聞こえる筈のない声だ。
そんなまさかと思いながら、壊れたロボットみたいに視線を巡らせる。すると、…隠れる気もないのか。寝室の扉に寄りかかった姿で、優雅にモーニング珈琲を飲んでいるダイゴさんが…じいとわたし見ていた。ぱちりと湖色の瞳と目が合う。
ダイゴさんは慌てず騒がす、にっこりと優雅に微笑んで見せる。
「おはようミシャ」
「……」
「あ コーヒー淹れたけど、飲む?」
ベッドの上に飛び跳ねていたニャスパーが、諦めたようにぽすんとベッドに座って耳を掻く。重い沈黙が寝室を包み込む、わたしは___何も言うことができず、ただただ静かに…静かに、…、身体を抱きしめて座り込んだ。そして、
「ニャスパーっ」
____カッ!と頭が熱くなる、咄嗟に口をついた言葉はパートナーを呼ぶ声で。沸騰してしまったように熱い顔でダイゴさんを睨みつけて指示を飛ばす。
それをみたダイゴさんもわたしの意図を察したのか、マグカップを傾けながらも流れるような自然な動作で腰のハイパーボールのスイッチに触れる。
「チャームボイス!」
ニャスパーが耳の裏を掻いていた手を止めて、ぱっとダイゴさんの方を向いて大きく口を開いた。甘い声が魅惑を纏い、特大音波の衝撃派となってダイゴさんに炸裂した。
「照れ隠しは可愛いけれど、過激すぎるのも考え物だなあ」
ちりちりと太陽の光を受けて輝く不可視のバリア、その向こうに見えるくすんだ青い鋼色。突き出した白いトゲを、ダイゴさんが愛おしそうに撫でるのが見えた。
「ありがとうメタング。君のひかりのかべがなければ、ぺしゃんこにされていたかも」
「ぺしゃんこにしようとしたんです!」
「言っておくけど、ボクは何もしていないよ。君が突然ボクの目の前でストリップショーを始めたんだ」
ねえ?とダイゴさんに聞かれ、メタングも困ったように視線を泳がした。ストリップショーなんて生々しい表現、いやしかし、先ほどまでの自分の行動を思い返せばそう言われてもしょうがない…ぐるぐる。
視界が廻る、思考が巡る。ああもう、無神経な彼への怒りと恥ずかしさでどうにかなりそうだ。
「出て行ってください」
「ボクのことは気にせず続けて」
「出て!行って!」
もう我慢ならないこの男!ベッドの枕を掴んで投げようとするが、慌ててダイゴさんの前に躍り出るメタングにぴたりと手が止まってしまう。
待って待って落ち着いて、と言わんばかりに腕を一生懸命上下させる姿のなんて健気なことだろう。彼の爪の垢をトレーナーに煎じて飲ませてやりたい。
「ミシャ、その胸を隠している腕をちょっとだけズラしてみない」
「バカアアアーーー!」
「ンゴゴゴ!」
「ニィ」
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「今更じゃないか、君の身体でボクが見てないところなんてないわけだし」
「…合鍵返してください」
「ヤ・ダ」
依然、自分は悪くないと主張しながら珈琲を淹れてくれるダイゴさんにイラっとする。
ぶすりとしている間にカウンターに「はい、どうぞ」と差し出されたマグカップ、一口飲むとわたしの好みのミルクたっぷり甘めの味になっていた。
好みをきちんと覚えていてくれていることに少しだけ胸の内に燻っていた怒りが引いたが、この位で機嫌が直ると知れるのはマズイ。ダイゴさんはそういうところがちゃっかりしている男だ、ここはしっかり反省してもらわなければ。
「今度からはちゃんと声をかけてね」
「んーーー」
「ダイゴさん」
「…」
「ダイゴさん」
「でも中々良いもの見せてもらっ ィ、タイイタイ」
梃子でも頷こうとしない人の頬を少し強く摘まむと、「ごめんひぇ」という声が返って来たので解放してあげる。流石のメタングもダイゴさんの態度に呆れたのか、しらぁ〜とした視線を送っていた。
「機嫌直してよお姫様、はいマフィン温まったよ」
「そのお姫さまっていうのもイヤ、バカにして むぐ」
レンジで温めたマフィンを口に押し付けられる、…さも自分の手柄のように言うけれど。これはわたしが朝食用に、昨日買ってきておいたものだ。
だけれどそこまで口うるさく言うのもなんだかなあと思うので、ここは素直にマフィンをいただくことにする。生地に練り込まれたビターチョコチップがカリカリしていて美味しい、少し甘い珈琲にとっても良く合う。
幸せの味を楽しんでいると、ダイゴさんが隣のカウンターチェアに浅く腰をかけた。するとテーブルの上に座っていたニャスパーが近寄って、ぴょんとダイゴさんの肩に飛び乗る。
突撃してきた可愛いグレイがお気に召したのか、払いのけることはなく指でちょいちょいと喉元を撫でるダイゴさん。その視線は優しくて、ニャスパーが懐く理由も解る気がした。
ふと壁沿いに浮遊しているメタングと目が合って、おいでと手招きする。そんなひとりで遠くにいることはない、近くに来ればいい。だがメタングの足取りは重く、こちらの機嫌を伺うようにちらちらと目を泳がせている。ああ、なるほど。
「あなたに怒ってるわけじゃないからそんなに怯えないで、怒ってるのはあなたのトレーナ―に対してだから」
「おっと、マフィンと珈琲じゃ足りなかったか」
白々しい声が隣から聞こえたが無視して、メタングに「だからあなたは気にしないで」と笑いかける。マフィンの油をナプキンで拭って、綺麗な手で撫でてあげると柘榴色の瞳がやんわりと弧を描いた。
それを見ていたダイゴさんが、少しだけ眩しそうに瞳を眇めると夢現な声で呟く。
「いいね、こういうの」
「マフィンで朝食?」
「それもだけれど」
するりとダイゴさんの肩からニャスパーが滑り落ちてくる。それをキャッチして胸に抱えながら、ダイゴさんが笑う。
「君と結婚したら、こんな穏やかで楽しい日々がボクのものになるんだって考えると。なんだかとても嬉しくて」
「…」
「ね」
言葉にすると気恥ずかしくなったのか、最後の方はニャスパーで顔を隠しながらの言葉だった。ニャスパーで隠しきれていない肌が仄かに色づいているのを見て、…自然と笑みがこぼれていた。
クスクスと笑うわたしを見て、ダイゴさんもつられるようにして笑った。「笑わないでよ」と寄りかかってくるが知らない、もっと恥ずかしがってしまえばいい。気づけば胸の内に燻っていた怒りはどこかに行ってしまっていた。
どうやらマフィンと少し甘い珈琲には、ダイゴさんの特別な魔法がかかっていたようだ。