ダイゴのプライベートコレクションを紹介します
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ミシャの長い髪が波打っている。
乾かした髪を指で梳いて、ヘアオイルを纏わせる様をダイゴはぼんやりと後ろから眺めた。暫くそうしているとダイゴの視線に気づいたミシャが振り返り、慌てた様子でチェアから立ち上がる。
「ダイゴさん、おかえりなさい」
「うん」
「いつ帰って来たの、気づかなくてごめんなさい。あなたも声をかけてくれれば良かったのに」
「なんだが見ていたくなってね、ああ自分でやるから大丈夫」
スプリングコートを受け取ろうとするミシャをすり抜けるようにして、ウォークインクローゼットを開く。すでに時計は11時を回っていた、柔らかな寝間着を纏う彼女を見るにもう寝具に横になるはずだったのだろう。
柔らかいシフォンのブラウスに、目元にスターファセットのような煌めきを散りばめた昼の彼女も好きだ。だが、こうして纏っていた美しい鎧をすべて脱ぎ去り、白くやわらかな香りだけを纏う夜の彼女は、なによりも特別に思える。___当然だろう、だってこの姿を知る男はこの世でダイゴただ一人なのだから。
「お風呂を用意しましょうか」
「いや、シャワーで済ませるよ。湯舟に浸かったら、そのまま寝落ちしそうだし」
コートをハンガーに掛けてスーツを脱げば、いくらか強張っていた身体から力が抜けた。毎度のことだが、リーグ関係者とのパーティーは聊か疲れる。デボン社名義のものはそうでもないのだか、やはり小さい頃から連れ回された分、ダイゴのホームグラウンドは資産家や起業家の集いなのだろう。
カフリンクスを外していると、隣にいるミシャが妙にうずうずしていることに気づく。ダイゴのために何かしたいと書いてあるような表情に、思わず顔が綻ぶ。
「そうだな、何か暖かいものが飲みたい。シャワーを浴びてくるから、その間に用意してもらえるかな」
「ええ、もちろん」
ダイゴの言葉にパッと華やぐように微笑むミシャ、その自分だけに許された笑顔を見てダイゴはほうと胸を撫でおろした。ああようやく、今日の仕事が終わったのだと実感する。
外したカフスをベルベットのリングケースに戻して蓋をする、かちりと蝶番が閉まる音がした。
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「何の香り」
灯りを落としたリビングには、柔らかなテーブルランプの光だけが揺らめいている。ソファに行儀悪く座りながら、背に回した腕でミシャの髪を梳く。絹のような触り心地の亜麻色は、ダイゴが指に絡めて解くたびに花のような香りを残してミシャの背へと戻っていった。
「えっと、確かホワイトリリーの… もしかして苦手?」
「いや、ミシャに良く似合っていると思って。僕も同じ香りのパルファンを使おうかな」
「これ女の人の香りよ」
可笑しそうにころころ笑うミシャに、ダイゴが少しだけ身を近づけて続ける。
「だからだよ、何度お願いしても誰かさんが一緒にパーティーに出席してくれないのだから。そのくらいは良いだろう」
「無茶言わないで、作法も何もしらないわたしにあなたのパートナーは無理よ」
「でも僕は君を手放すつもりも、君以外の女性をパートナーにするつもりはない」
くるりと指に巻いたミシャの髪に口付けて見上げれば、ミシャが顔を顰めていた。難しいことを考え始めた時の顔だ。意地悪をしすぎたかな、と柔らかいミシャの頬に手を添えて触れあうだけのキスを贈る。
「愛してるよ、はやく僕のものだってケースに飾って自慢したい」
「それって喜んでいいの…?」
「当然、僕にとって一番の愛情表現」
まあ確かに世間に照らせば聊か歪であろうが、そんな他人との比較なんて意味がない。笑って力強く頷くダイゴに、ミシャが少しだけ疑問を残した顔で首を傾げる。
「…嬉しいけれど、あのパーティーは」
「気にしなくていい、すこし君に意地悪をしたくなっただけだから。いつか興味のひとつでも湧いたのなら、一緒に遊びに行こう」
「遊びにいくところじゃないでしょう」
「遊ぶところさ、金と時間を持て余した大人の遊び場だよ。美味しいチョコレートとキャンディがあって、バルーンがいっぱい飾られている」
「なにそれ」
難しい顔が崩れて、ミシャがへなりと笑う。
それを見たダイゴは、ゆっくりとミシャの唇を親指でなぞった。そこに籠められた意図を察したミシャが瞼を閉じるのを合図に、ダイゴは慎ましやかに閉じられた唇に口付けた。
「____そろそろベッドに行こうか、明日も朝早いんだろう」
重なり合った唇の回数さえ分からなくなったころ、思い出したようにダイゴが言った。ソファに押し倒されたまま熱い吐息を零していたミシャが、その言葉に夢から覚めるようにして蕩けていた瞳をぱちりと開いた。
にっこりとほほ笑むダイゴに、ミシャはかあと頬を染めると慌てた様子で起き上がる。ことを始めたのはダイゴなのに、彼に苦言のひとつ漏らさずこちらに背を向けて一生懸命乱れた服を整える様子がなんとも可愛らしい。つい手を出したくなるのは彼女の影響だろうか、ダイゴは自分で外したミシャのストラップに手を潜らせて、そっと柔らかい肩口へと戻した。
「ミシャ」
「は、はい」
「今日の分、明日は早く上がれそうなんだ。ディナーの準備は僕がするよ、君の好きなあのワインも用意しよう」
振りむこうとするミシャを抱きしめて、剥き出しになった項にキスをする。ちろりと舌で舐めれば、先ほどの行為を思い出したように抱きしめた体が小さく震えた。
「だから、夜はたっぷり君に甘えさせてほしい」
寝間着越しでも解る柔らかい肢体に欲が出そうだ。また意地悪をしそうになる手を抑え込んで、強請るような声音でミシャに囁く。ミシャは返事をくれない、代わりに「ダイゴさん」と名前を呼んで振り返るとちうと目元にキスをくれた。
「イエスだね」
「___」
「ほら、イエスだ」
するりと首に腕を回したミシャにクスクス笑いながら言えば、機嫌を悪くしたのだろうぐいと髪を少しだけ引っ張られた。黙り込んでしまったミシャを抱き上げて、ソファから立ち上がる。テーブルランプの灯りはそのままだが、まあかまいやしない。
途中ベッドで眠っていたメレシーが目を覚ましてこちらを見たが、シィと囁けば鳴き声はあげずベッドへと戻る。ダイゴと彼に抱えられたミシャの姿がゆっくりと廊下の暗がりに溶ける様子を、メレシーはぼんやりと見届けてから夢の中へと返って行った。