冨岡義勇の我が世の春
「義勇は、小さいころ事故に遭って…。 その所為で、上手く自分のことお喋りできないの だけどどうか嫌わないで、仲良くしてくれると嬉しいわあさぎちゃん」
仲良しになった近所の蔦子お姉さんにそう言われて、わたしは渋々頷いた。内心どうしてわたしが、と思わなくもなかった。だけど一人っ子のわたしにとって、美人で勉強もできて優しい蔦子お姉さんは特別な存在だった。彼女に嫌われたくない一心を天秤にかけたのだ。なんという忖度、でも子どもってそんなものでしょう。
連れて来られた子どもはひどく陰鬱な顔をしていた。「挨拶をして、」と蔦子お姉さんに背を押され、ようやく聞こえてきた囁きににた言葉。
「…義勇、冨岡義勇」
「花酒あさぎ、です …よろしく、ね?」
差し出した手は、それでも振り払われることはなく。戸惑いがちに握り返された、それが少しだけ意外だった。不愛想で、こちらを見ようともしないから…握手してくれないかと思った。もしかしたら、彼は良い人なのかもしれない。そう思って、わたしは蔦子お姉さんに改めて、義勇くんと仲良くすることを告げた。蔦子お姉さんはとても嬉しそうに微笑んで、義勇くんはきょとんとしていた。そんな始まり、
それからは程よく仲良くしたと思う。家は近所だが、通う学校は違ったので遊ぶのは学校が終わってから。義勇くんは蔦子お姉さんと4つ違いで、わたしの1つ年下だった。それを知った瞬間年上らしく振舞うとしたが、義勇くんがとても嫌そうな顔をするので大人しくやめた。うん、義勇くんの方が運動できるし、勉強の成績も良いもんね。…わたし年上らしい威厳ないもん。身長だって負けてるし…。
わたしが高校二年生になった年、蔦子お姉さんは海外に留学することになった。あまりのショックで呆然とするわたしに、蔦子お姉さんは申し訳なさそうな顔で「義勇をお願いね、あさぎちゃん」という。蔦・子・おねえさん!確かにあなたの弟はどういう訳かわたしと同じ高校に入学してきましたが!わたしより文武ともに成績優秀で、対人関係に少々問題がありますがそれ以外は完璧な御仁です!わたしいらない!むしろわたしを心配して!
そんな心の叫びが届くはずもなく、「蔦子お姉さん〜」と泣きじゃくるわたしを蔦子お姉さんが抱きしめてくれた。義勇は後ろでぽけーっといていた。コケシみたいな顔をして、本当に何を考えているのかわからない。だから顔だけジャニーズって言われるんだよ!
蔦子お姉さんが旅立ってすぐ、わたしの人生が歪み始めた。いつも通り休日に突然義勇が押しかけてきた。それ自体は何時ものことだ。小学生の時からの習慣なので特に驚くことはない。義勇は剣道部で遠征や合宿があるが、わたしはニート吹奏楽部なので基本的に家で暇人なのだ。つまり、義勇が押しかければ8割方わたしはいる。
「三好さんは」
「今日は来ないよ、最近は一週間に一回くらいかなあ」
両親は仕事でほとんど家にいない、お手伝いさんもわたしがある程度大人になってからは必要ないだろうと頻度が少なくなった。基本的に一人が好きなんで問題ないのだが、蔦子お姉さんはいつも心配してうちに「作りすぎちゃったから」とゴハンを分けてくれた。蔦子お姉さんの鮭大根大好き…おいしい…。思い出してふわふわしながら自室に向かう、いつも通り勉強でも教えてもらおうという浅はかな考えである。
部屋に入るなり、義勇が「あさぎ」と名前を呼んだ。何かと振り返ると、腕を引かれて驚く間もなく唇が、く、っつい、た_____。
「_______ 、 !!!?」
ちょ、なんで!?
暴れてみるが剣道部相手には無駄な抵抗だったとだけ言っておこう。それでも癪に障るくらいはしたのか、気づいたら壁に押し付けられて、口の中を好きに遊ばれた。歯を他人の舌べらでなぞられながら、お尻を揉まれると変な感覚がするということを知った。頭のなかがぐわんぐわんする。息も絶え絶えになったところで漸く解放された。ずるずると座りこむわたしが疑問を投げかければ、義勇は眉一つ動かさずに言った。
「仲良くしろと言われただろう、一層そうであれと _______姉さんに」
(こいつあたまおかしい)
素直にそう思ったわたしの感覚は間違ってない。その日は、一日中キスされて体中を撫でくり回された。もう何が何だかわからなくて、まるで嵐の中いるような、台風に襲われたような感覚。いつもの時間になると、ベッドに倒れこむわたしを置いて、義勇は「また明日」とさっさと帰った。ほんとうに、なんなんだ。悲しみや怒りよりも、疑問の先にきてパニック状態だ。…その日、体中から義勇の手のひらの感触が消えなかった。いないのにまだ触られている感じがして、義勇の執拗さにぞっとした。逃げよう、いやどうやって。蔦子お姉さんに相談、できないーーー!あなたの弟さんちょっと頭おかしいとかいえないーーーー!
次の日、学校では接触がなくて安心した。家に帰ったらなぜか後ろからガッと扉を開かれて、そのままさっさと家にはいって、え、プロの泥棒ですか?呆然とするわたしを、居間で昨日と同じ執拗さで襲ってきた。こわい、こわい!一応それにもてなすつもりと自衛のために開けた網戸の所為でスリル満点!!なんでこの人なんも気にしないの!?本当になんなの!?必死に声を出すまいとクッションを噛むわたしに後ろから覆いかぶさり、制服の中に手を入れてブラ越しに胸をもみもみするのやめて。首噛むのやめて。腰をぐりぐり押し付けてくるのもやめてーーー!
内側からじりじりと焼くような熱に、殺されてしまいそうだ。
一切服を脱がさずに、それでも体中触られた、犯されたという確かな感触を残して。義勇はさっさと帰った、「これから部活だ」というどうでも良い情報を残して。…ほんと、その情報、いらない。
次の日も、その次の日も、明日も明後日も来月も。義勇の異様な行動は続いた。平日は学校終わりの部活までの僅かな時間に、服を脱がさないまま体中を触ってくる。休日は服を脱がされて、そのまま溶けてひとつになりそうなほどねっとりと体を重ねた。義勇の肌をみることも、わたしの肌を余すことなく見姦されることにも慣れてしまった。異様な幼馴染、尋常を超えた状況、不可解な執着。どれからつっ込めばいいのかわからない、わかるのは、義勇はいつもひどく熱にうかされたような瞳でわたしの名前を呼ぶという事実(こと)だけだった。
愛してるなんて口で言われたわけではない、
だけど、その瞳はどんなチープな愛の言葉よりも、ずっと情熱的にそれを伝えてくる。
「伝われ」と脅迫するように。
何時もの休日。やはり懲りずに義勇はうちに来た。いまさら玄関で追い出す気にもなれず、とりあえず向かい入れる。スリッパをはいてさっさとわたしの部屋に向かう義勇の肝はどうなっているのだろうか。わたしにはちっとも理解できない、理解しようとも思わないが。
「…熱い、」
「今日30度超えるって、暑中見舞いにもらったゼリーあるけど食べる?」
「いらん」
スポーツバックを放って、ぼすんとベッドに座る義勇。とりあえず用意しておいた飲み物を持って上がるとぐいと一息で飲み干した。男の子だなあ、とりあえずお替りもってくるかと立ち上がったが、その手が掴まれてベッドに引き寄せられた。まっすぐに黒い目が見つめてくる、それが求めるものが解らないわけがない。大人しく従えば、すぐに冷たい唇が触れてきた。義勇の唇からは麦茶の味がした。
