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Katakuri





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Charlotte.Katakuri | Cariño

出会った当初、シャーロット・カタクリという男には風呂に入る習慣がなかった。
生まれも育ちも船の上、クイーン・ママ・シャンテ号に備え付けられた湯船は船長たるビック・マムのために誂えらえた唯一のもの。それに加え、いつ敵が来るか解らない海上ではシャワーの時間すら惜しいのだと、彼は淡々と語ってくれた。

「お風呂は気持ちいいですよ、少し暖かいお湯につかっていると疲れが溶けていくようで」
「そういうものなのか…」
「はい、わたしは大好きです」

そんな話をした翌日には、ハクリキ城の一角に巨大なバスルームが建設を終えていた。万国の職人が腕を揮い城主たる男の体格に合わせて鋳造した巨大な湯船は、その高さだけでもオルガの頭上を越えてくる。…深水プールかな、本当にここは何もかも規格外の世界だ。

目を丸くしてぽけらんとそれを見上げていると、隣に屈んだ男が掌でオルガをすくいあげた。意図が掴めなかったが、いつものように大人しく掌の縁に腰掛けていると、そのまま湯船へと下ろされる。

湯船に隣り合うように備えられたスペースは、湯船の縁…にしては広すぎる。テーブルだろうか、ここなら彼用に誂えた食器がいくつも置けそうだ。お風呂の中の食事は背徳的なものがある、特に暖かい湯に浸りながら食べるアイスクリームなどは絶品だ。そういう意図なら理解できると、わたしは知った顔で彼に答え合わせを申し込んだ。

「ここは、」
「…いや、違う」

___答えようとした言葉は、声にするまでもなく違ったようだ。

「では、ここはいったい」
「…お前の風呂だ」

驚いて彼を見れば、「…大好き、なのだろう」と。スペースの中央、丁度大きな湯船の中央に備え付けられたものを教えてくれる。つるりとした材質は湯船とおなじもので、風景に溶け込んでいるので気づくのに送れた。円形に備わったそれは確かに…わたしのサイズに合わせて湯船だった。

「ありがとうございます、あなた」
「…」
「でもあの、ここに入りたい時はどうやって登ればいいのかしら」

ア 。





Charlotte.Katakuri | Mi princesa

「くしゅん」

どうにか疼きを留めようとしたが、失敗した。
それでも小さな声だったからバレていないだろうと、こっそり後ろを確認すると煮詰めたベリー色の瞳と視線が合った。

「ちが、」
「『ちがいます、寒くありません』…と、お前は言うだろうが そんなことはどうでもいい」

興味はない、という言葉に続く小さなため息に、ちくりと胸が痛んだ。それもそうか、仕事で遠方に向かう彼に着いていきたいと無理を言ったのはわたしだ。海流と気候が入り混じり数歩先では春が冬に変わるような新世界の海。突然降り始めた雪にも顔色一つ変えずにいる人を前に、せめて並び立ちたいと意地を張って耐えていた虚勢も無意味に終わってしまった。

漸く少しだけ休憩すると船長室に戻って来た彼とパティシエが用意してくれたティーセット、それの準備が整ったらお暇しようと小さく痛む鼻をすすると___ぬうと、大きな手がわたしの腰をさらった。

「きゃあ」
「いつまでそうしているつもりだ」
「え、あの あなたの紅茶を用意したら出て行きますから」
「…不要だ」

きっぱりと告げられた拒絶の言葉に、繕った笑顔も解けてしまう。解りやすく落ち込むわたしを見て、わたしを掌の上に抱き上げた人が眉を顰める。ああ、また不愉快な心地にさせてしまった。少しでも役に立ちたいと思っていたのに、すべてが空回りしている。

ずくずくと胸を締め付ける痛みに、ああ泣いてしまいそう。と、強く目を瞑ったわたしを、その人は…ベッドの上へと下ろした。

「へ」

てっきり追い出されるものだと思ったわたしは驚いて。言葉を発せずにいる間に、今度は背に暖かいものを被せられる。…彼の襟巻だ、ふかふかと暖かいそれは彼のサイズに合わせているものだから、わたしが纏うとブランケットのように大きい。

「カタクリ様」
「…メリエンダの準備なら、俺でもできる」

わたしが両手で抱えないといけないポットをひょいと持ち上げて、暖かい紅茶をふたつのティーカップに注いでくれる。そうして…彼には小さすぎるソーサーを指で摘まんで、わたしに差し出した。

「寒いのならそう言えばいい」
「…」
「海上、特に新世界では些細な変化でも命取りになる。…何かあれば俺に言え、それで少しはストレスも紛れるだろう」
「…はい、」

火照る顔を見られたくなくて、わたしは彼の襟巻を手繰り寄せてソーサーを受け取った。それを見届けると、彼はわたしの前に胡坐を掻いて、パティシエが用意した大きなドーナツから…チョコレートがコーディングされたものを手に取り、わたしの口元へと近づける。

甘い香りに誘われて、少しだけかじる。美味しい、心の中にずしりと重く圧し掛かっていたものが柔らかく解れていくのを感じて「おいひい、れす」と言うわたしを見て、彼はどこか満足そうに目元を和らげた。





Charlotte.Katakuri | Mi vida

「母さん!」「お母さん〜!」
「みんなおかえ ぐぶふ」

続く「ただいま!」という合唱は、いったいどちらのものか判断できなかった。
子どもたちに文字通り押しつぶされた女主人に、侍従たちが悲鳴を上げる。けれどどうしたものかとうろつくばかりなので、仕方ないと男が近寄ると「カタクリ様」「カタクリ様だ」と皆が口をそろえる。

まるで救世主の訪れを見えるような視線が居心地悪い。意味もなく襟巻をたくし上げて、カタクリはキャッキャと自分たちの大きさも忘れてはしゃぐ子どもの首根っこを掴み上げた。

「クルーラー」
「うわっ」
「ベルリーナ」
「ひあ」

「いい加減にしろ、テメェの母親を潰すつもりか」

鬼バケモノと評される顔だが、どうやら犬猫のように吊り上げられた子どもたちにはどうにも響かない。「はあい」「ごめんなさい」と気のない返事をしたと思えば「下ろせよ〜」「お母さんっお父さんがイジメる」と主張し始める。まったくの事実無根だ、いっそこのまま窓から放り投げてしまおうかと考えていると、足元から小さな声がした。

「あなた、」
「…オリィ」
「おかえりなさい、それと助けてくれてありがとう」

子どもたちに押しつぶされて乱れた身なりを従者に整えて貰いながら、妻がこれでもかと言うほどに蕩けた笑みを浮かべる。その声は微かで、触れれば崩れてしまいそうなほどに繊細。なれど、男の鼓膜をひと撫でするだけで心臓が高鳴りを始める。思考さえ呑み込んで甘く包み込んでしまうヒト、それが自分だけを見つめてくれる悦びたるや筆舌に尽くしがたい。

全身を駆け巡る甘美な痺れを堪能している間に、逃げ出そうとする子どもたちを後方へと放り投げ、その小さな人を掌で抱いた。

「いま帰った、長く不在にしてすまない」
「謝ることなんて。あなたと子どもたちが無事に帰ってくれただけで、わたしは満ち足りています」

その証拠というように、小さな腕をいっぱいに広げて見せる女の意図を察し、少しだけ掌を近づければ身を乗り出して男を抱きしめてくれる。女の腕に到底収まりきらない図体であるが、この時ばかりはまるで全身を抱きしめられている様な心地になる。小さな子どもころに戻ったような、

襟巻のせいで彼女に口付けてもらえないのは寂しいが、それはあとでいくらでもできる。いまはただこの心地に浸っていたい、そう思ったが現実とは上手くいかないもので。すぐに飛び起きて走って来たらしい子どもたちがロケット砲斯くやの勢いで後ろから突っ込んできた。

「なあなあ父さん、早くオレの活躍を母さんに聞かせてあげてよ! オレ今回すっごい頑張ったんだよ」
「もうお父さんのお仕事についていくのイヤ〜! わたしお母さんと一緒にここにいる、ねえねえ良いでしょう。お父さんダメってきいてくれないから、お母さんが言ってよぉ〜!」

「……………」
「ふふ、クルーラー、ベルリーナもお疲れさま。お風呂と食事の準備はできているから、ゆっくり休みなさい」

父親の背中にコアラのようにしがみ付く二人の子を、慣れた様子であやしてみせる姿は流石というべきか。自らの胎から産んだというのに、父親に似て随分と大きくなってしまった双子の大きな頬にキスをして、ドタドタと走る姿に息をつけば、それに気づいた女がくすりと笑う。

「あなたはどうされますか」
「…俺にはどんな選択肢が用意されているんだ」
「ふふ、そうですね お風呂とお食事…、」

指折り数えながら、少し揶揄うような色が混じった声で「それともお部屋に」と女が囁く。それに小さく答えれば、耐え切れないと言った様子でコロコロと笑い始める。

「笑いたきゃ笑え」
「ふふ、ごめんなさい。ええ、わたしもあなたがいなくて寂しかったの、だからうんと甘やかせてくださいませね」
「…ふん」

今更可愛くすり寄ってくる女をつっぱねるでもなく、男は殊更大事そうに抱えると戸惑う従者たちを置いてさっさと歩みを進めた。行先はひとつ、誰にも邪魔されず2人きりになれる場所だ。

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