OnePeace | ナノ

トラファルガーローはそんなセックス望んでない


「良い男ね」「ステキ」「海軍の賞金額聞いた」

「ねえ、彼に抱かれるのはどんな気持ちなの」

深い夜の香りを纏ったダリアの花が、真っ赤な唇でわたしに囁く。性別が同じと言えど、自分の胸についたものはハリも艶も異なる…魅力的なふくらみを押し付けられて、カァと体が熱くなる。

「あ、あの わたしは」
「教えてちょうだい、彼があなたの身体にどんな風に触れるの」
「ひ、え」
「あの長い指先で、どうやってあなたを愛してくれるかしら」

石地蔵と化したわたしの膝に女性の手が触れる、太腿の柔らかさを楽しむ指の圧が。腰を抱く腕が。耳に吹き込まれる吐息の温度が。目の前の女性とは関係ないはずの、…男と、過ごした夜を思い起こさせるのは、なぜ。

「あら、そんなに丁寧かしら。だって突き詰めれば彼も海賊でしょう、いくら顔立ちが整っているからって本質は他のジャガイモと同じ。まるでお気に入りのオモチャみたいに、この子の身体を好き勝手しているに決まっているわ」
「言えてる 彼の身体のタトゥー見た、あんなもの刺す男がこの白い肌を前に我慢できるはずないもの。それとも、この子も服を脱いだら凄いもの刺しているのかしら」
「こういう大人しい子は性癖ねじれ曲がったSM好きにうけるわよね、男の方はウィッピング上手そうな顔してたし」
「ねえ、お医者さんはアナルでするのが上手ってホント?」

「ア  ナ… ッ!」

可愛らしいピンクを髪色に溶かした女性から、とんでもない単語が飛び出した。あまりのことに言葉を失っているわたしを囲んで、夜の花たちが鈴のような声をコロリと転がす。「ひん剥いちゃいましょうか」と、彼女たちから向けられる視線に湿度が乗る。甘い花の香りを含んだ毒に、理性まで蕩かされていく。

この場から逃げることも忘れて、大人しくソファに座っているわたしは格好の餌食だ。

無数に伸びてくる花の腕、華やかでいて刺のあるそれから逃げることができず、ただ無力にぎゅうと目を閉じる。ああ、ごめんなさい。と、身を捧げる不貞を、誰と知れずに謝った最中、その夢から引きずり出すようにして______ドスンッと、後ろから思い切りソファを叩かれた。

「あら」

わたしに寄り添うようにしていた女性が、一際華やかな声をあげる。今度はなんだ、すわ地震かと見間違うほどの衝撃に混乱するわたしの後ろで、酷く耳馴染みのある声が響く。

「酷く不愉快なはなしが聞こえた気がしたんだが___俺の気のせいか」
「ふふ、耳敏いこと。 さあ、乱暴な海賊を怒らせる前に解散しましょう、初心なつぼみちゃんを揶揄うのはこれでおしまい」

すくりと、先ほどまでの…絡みついて離さないというような…気配が嘘のように、女性はあっさりとわたしを解放した。彼女がパンと掌を打つと、同じように詰め寄っていた女性たちが、蜘蛛の子を散らすように去っていく。その様子を呆然と見つめていると、一際甘いピンク色の花と目が合った。

すると彼女は、大きな瞳をとろりと緩ませて。チェリー色の唇で囁いた。

「次はわたしを指名してね、そうしたらイイコト教えてあげる」
「い、 いいこと…」
「うん、おしりでオトコのひとを___

続く言葉は、後ろから伸びてきた手に耳を塞がれて聞こえなかった。それまでソファの背を毟る勢いで掴んでいた手に耳を塞がれたものだから、その衝撃で頭がくらくらする。そんなわたしを見てピンク色の花がくすくす笑う、バイバイと小さく手を振って去っていく姿は可憐で、わたしはもしかしたら妖精に弄ばされたのかもしれない。

(…だとしたら、かなりそのイタズラな妖精だけれど)
「オルガ」

するりと耳を抑えていた圧が消える、少し赤みを帯びた耳に冷たい風が心地良かった。その痛みを労わる様に、耳を塞いでいた大きな手が耳のふちをなぞる。少し冷たい指、わたしの顔を包んでしまいそうなほど大きな掌、そこに刺された青の意匠。

今日もこの町で多くの命を救った指が、わたしの顎をすくい上げる。

「潜水艦に戻れ」

命令は簡潔でわかりやすい。
わたしを見下げる蜜色の瞳から、とろりと何かが溶けだしてわたしの情けなく開いたままの口に落ちてく。それがとくんと心臓を跳ねさせるから、わたしはそれに気づかれたくなくてただ必死に頷いて見せた。





こういったことは珍しくなくて。
どうにも夜の花曰く。トラファルガー・ローという色男が持つ魅力は、セックスの激しさとイコールで結ばれるらしい。

(もしかして、我慢を… させて、いるとか)

酷く恥ずかしいはなしだが、わたしは彼が肌に触れる温度しかしらない。だから、それが“普通”であるかなど見極められなかった。

とても優しくしてくれていると思う。痛みを覚えたのは微かで、過ごした時間と同じ数だけ甘い記憶に満たされている。まるで、それを最初の失態だというように、砂糖水を溶かした水槽で泳がされる日々は、経験の浅いわたしにしてみれば大助かりで。文字通り、彼に甘えていた夜の数が、今更になって不安となって押し寄せてくる。

(もっと、こう… 変な、いや、変とかいってはいけない。激しい、夜を… ご希望されている、可能性も)

わからない、夜10時ころにこっそり会って。シャワーを浴びて、1~2時間かけてセックスして、その後あたりさわりない話をして、もう一回シャワーを浴びて…って、おかしいのかな。

(た、確かにたまに物足りなそうな でもそういう時は、もう一度シてる だから、大丈夫だと 思う、うん)

だとしたら、バリエーションか。確かに、いつも同じ朝ごはんだと飽きてしまうように、同じようなシチュエーションの夜ばかりで飽いてしまっているのかもしれない。けれど、もし彼が…世の女性たちが言うような、俗にいう激しいセックスがしたいとして、

(オシリで受け入れる、とか考えたことも… シオ、ふきっていうのも知らないし、 乳首だけでイクとかそんな…いや、とても気持ち良くしてもらっているけど、それだけでなんてとても…)

___「ドクターはポルチオ調教が上手ってホントなの?」

蘇るいつかの甘い花の囁きを、慌てて頭を振って振り払う。
だから!普通の!しか!したことがないんだって!

そもそもお腹の奥、内臓を小突かれるなんて痛いに決まっているじゃないか。それが気持ち良くなるって、どういうことだ。わからない、でももし、…彼に、したいと言われたら…わたしは、断れるのだろうか。

深い海の底、遠く聞こえるソナー音に混じる吐息と蜜の色。
記憶が甘さに揺れる度に、身体の奥がずくりと疼くような気がした。

(え、えっちだ…)

ずるずると、機関室の隅で座り込む。心臓の音がひどく大きく聞こえた、それを誰にも知られたくなくて息を殺した。

「どうしたのオルガ、具合悪い?」
「べポくん、ううん大丈夫」
「キャプテン呼ぼうか」
「大丈夫だよ」
「じゃあ、俺がキャプテンのところ連れてあげる」

それなのにどうして。このかわいいシロクマさんは、人の話を聞いてくれないのか。
___以前、オルガが体調不良を隠していた折より、具合が悪そうな様子があれば強制連行しろと一部船員たちには船長直々に密命が下されているのだが。まあ、当然彼女にはそれを知る由はない____

うんと顔にシワをよせるオルガを抱っこしながら、航海士は良く聞こえる耳で音を探る。

(心音は増えてないから違うかなあ、)
____はやくキャプテンの赤ちゃんが生まれてほしい

そうしたら自分は、うんといいお兄ちゃんになるんだ。
そんな未来に思いを巡らせて、航海士はルンルン気分で船長室へと向かった。




「何があった」
「え」
「機関室で蹲っていたんだろ、身体に異状がないならメンタルの問題だ」

一通りの検査を終えると、椅子から立ち上がりベッドに放っていたタンクトップを拾い上げる。
深夜遅くまで何事かに耽っていたらしい男は、わたしたちが訪れた時はベッドで浅い眠りに微睡んでいた。しかし、べポくんから一通りの話を聞くと直ぐに起き上がり、服を着るより先に診察を始めてくれた。

「俺が話を聞いている内に口を割った方が良い、その方がお前にも得がある」
「わたしに?」
「まあ、手段のはなしになるが」

胸に刻まれたハートの刺青をタンクトップで隠した男が、備え付けの薬品棚からひとつの瓶を取り出してわたしに手渡した。渡されたビンのラベルにはThiopentalと綴られており、その薬品がもたらす効能を思い出してぞっとする…これは所謂自白剤で、拷問などにも使用される。

彼が言わんとしていることを察し、青褪めるわたしを見て男がくつくつと低い声を転がせた。

「いくつか混ぜれば痛みも後遺症もでない、少しだけ何時もより“おしゃべり”になるだけだ」
「い、いりません」
「痛がりの癖に頑固なお前にはちょうど良い処方だろう、それとも酷くされるのをお望みか」

きっと、普段のわたしなら「冗談を」と軽く一蹴できるやりとりだった。けれど、その時はいつも通りじゃなくて____彼の声が語る“ひどい”の言葉に、先ほどまで妄想していた艶やかな夜がフラッシュバックする。卑しい想像が後ろめたくて、彼にそれを知られたくないという矜持が言葉を詰まらせた。

ビンを握り締めて固まってしまった。それが一瞬の変化だとしても、海軍から億単位の賞金をかけられている男にとっては充分だったようで。

混乱のまま「逃走」という手段を取ろうと立ち上がりかけたわたしの耳に、彼が低い声で「Amputate」と囁くのが聞こえた。いつの間にか展開されていた手術室、その中で絶対権限有する執刀医の命令に従いわたしの足が彼の手掌が描いた軌跡をなぞる様に“切断”される。

「……き 鬼哭が、なくてもできるんですね」
「奥の手っつーのは、隠しておくものだ」

ぽすんとベッドに座り込んでしまった上半身は、そのまま彼の手によってベッドの上に転がされてしまう。わたしの今の状況を言葉で表すなら…、そう、まな板の上の鯉と言ったところか。情けなさもここまで来ると、自嘲すら湧いてこない。

薬品と古本の香りを混ぜたような、彼の香りが残るシーツに顔を埋めながらどうしようか考えていると、そんなわたしを往生際が悪いとあざ笑うように、ぎしりと音を立てて、彼がゆっくりとわたしの上に被さってくる。

「白状する気になったか」
「み、見逃してください」
「白旗をあげてる癖に、まだ体良く逃げ果せられると思ってるのか」
「う、ぐぐ」
「オルガ」

どこか人を突き放すような声に、ひとつまみの甘さが乗る。
節くれだった手を首元から髪に差し込むと、その柔らかさを楽しむように遊んで。そうして、言うことを効かない子どもを慰めるようにわたしの頬を撫でる。擦りつけられる肌が熱い、伝わってくる彼の熱に最後の理性が緩やかに奪われていく。

「言え」
__吐息とともに吹き込まれた声に、脳髄まで蕩けてしまいそう。

「___ッ ずるい 」
「ン」
「ずるい、です こんなやり方は、反則です」
「海賊相手に何を言ってるんだ」
「だって」
「ああ、それで」

短い言葉の応酬は、思考させる感覚を奪いわたしの口を軽くする。その意地悪い作戦に気づけるはずもなく、わたしは何と言わず続きを促す男の策に乗ってしまい___頭の奥で燻っていた言葉を、口にしてしまった。

「わたし、 じょ じょうずにできないから」
「…何の話だ」
「だから、 その 満足させられてないんじゃないかって 言われて、」
「何が」
「う、 うう、」
「オルガ」
「 っ 耳元で、名前呼ばないで」
「ああ、もっと呼んで欲しいって」
「ちが、そうじゃ むぐぐ」

何時の間にかわたしの手に彼の手が重なって、指の合間の柔らかいところを擽る様に指で擦られる。くすぐったくて跳ねそうになる体を抑え込みたくて、息をつめた。うつ伏せになっていた体は会話の中で転がされて、もうすぐ仰向けになってしまう。わたしの耳に甘さと一緒に名前を囁く人の顔を見たくない、あの蜜色に見つめられたら秘密事なんてできない。

それを解っているから、彼もわたしと視線を合わせようとしてくる。しびれを切らしたように頭の向きをかえようとかかる力に気づいて、わたしは半場叫ぶようにして白状した。

「せっ!  っく、す  が___!」
「…ああ、この前のことをきn」
「アナルとかポルチオとか、 に、なんかしたいの、がまんさせているんじゃないかって言われたんです!」

____やばい、なんだか勢いに任せて酷く歪曲した内容を伝えてしまった気がする。
卑猥な単語を口にしたことより、それが彼を怒らせてしまうかもしれないという恐怖が勝って血の気が引いた。あああああ、どうやって、どうして言い訳をすれば、わたしのばかばかばかばか。

けれどいくら待っても、恐れていた罵声はかけられることなく。ど、どうしたのだろうと、恐る恐る瞼を開くのと…ぐいと、猫の子のように抱き上げられるのは同時だった。

「お前、それ…本気で言っているのか」
「へあ」

抱き上げられたその先で、その人が想像していたどれとも違う感情を浮かべた顔をしていたから、そんな素っ頓狂な声が出てしまった。…困惑している、というのが近いだろうか。柳眉が寄って、彫りの深い顔立ちが険しい色を纏っている。

わたしを見つめていた蜜色が閉じて、言いたい百万語を呑み込んだような溜息を吐き出す。そうしてベッドにわたしの身体を降ろすと、

「…………くっ           だらねぇ」
___いや、どうやら百万語は呑み込み切れなかったらしい。

眉間にかかるシワを揉むように俯くと、セルフコントロールを促すように深い呼吸をして、口元を掌で覆い隠した彼が言葉を選ぶようにして云う。

「お前が言うアナルやらポルチオが、どれだけ女の身体に負担をかけるセックスか解って言ってるのか」
「え、あの」
「あの宿の女たちはその道のプロだ、だからある程度男側を制御してソレを一種の娯楽として提供している。お前が今言ったプレイは、どれもズブのド素人がやろうとしてできる範疇超えてんだよ」
「べ、べつにしたいと言っているわけじゃ」
「なら、俺がしたいと言えばするのか」

その言葉は、わたしの抱いていた核心をものの見事に貫いた。声を詰まらせるわたしに、先生の顔をした彼が言い聞かせるように言う。

「そうやって、男の言いなりになっているヤツにできるわけねぇだろ。それに、俺もするつもりはない。ったく、…一体、俺をなんだと思ってるんだ」
「何、って」
「俺は、自分の女の内臓に負担かけるようなセックスで喜ぶ変態じゃねぇぞ」
「う、」
「解ったら二度とそんなこと口にするな、…もしこの先、何かありえねェことが起こって、俺がシたいって言っても断れ。いいな、」
「そんなむずかしいこと」
「最悪殺せ」
「難易度があがっている…!

そんな変態に成り下がるくらいなら死を選ぶと顔に書いてある男は、至って本気だ。いったいどれほどの決意なのか、過激すぎる発言にガクブルしているだけのわたしには想像もつかない。

「俺は…、海賊だが、医者だぞ」
「は、はい」
「するわけねぇだろ」
「は、はい そうです、ごめんなさい」
「……ナァ、一応確認しておくが」
「はい…」
「遠回しに、俺とのセックスが物足りねぇって言ってることは…」

続く言葉を、すべて聞くだけの勇気はなかった。
彼の言葉を遮るようにして首をブンブン振るわたしに、「…なさそうだな」と、どこか安心したような声で彼が言う。熱を持つ顔を掌で冷まして、必死に平静を保とうとする様子は滑稽なのか、それを見た彼が息をするように少しだけ微笑んだのが解った。

「お前を気持ち良くしてやれているか、俺は」
「ぐ、 は はい」
「そうか、物足りくなったらそう言え。…お前は、恥ずかしがってあまりそういうこと言わないだろ、だからお前がシてほしいことに応えてやれているか不安だった」

滅多に弱みを口にしない人が、自分にそれを打ち明けてくれるのがどれほどの悦びであろうか。波のように押し寄せる多幸感に眩暈すらしそうなわたしを慰めるように、彼の手が触れて。

「お前の身体に負担がかからないことならなんでもシてやる、だから気持ちが良いことは口に出して言え。それは恥ずかしことじゃねぇって、何時も言ってるだろう」
「な、ならあなたもきちんと言ってください。わたし、そうしますから」
「いつも言っている」

誰かさんは、俺を甘やかすのが大層得意だからなァ。と、呆れたような言葉の向こうにある甘さが愛おしい。許されていると感じる、そこを許しているのはわたしだけだと、不安でどうしようもないわたしを安心させるように、優しい優越感で雁字搦めするの。

触れる手に甘えるように頬を寄せれば、それに気づいた彼が大きな掌で包み込むようにしてわたしを撫でてくれる。顔を近づけて、こつんと額をあわせて。そうして鼻先を擦り合わせてながら「キスするか」という囁きに、わたしは答えの代わりに瞼を閉じた。


ここは砂糖を溶かした海の底、彼の心臓の音を抱きながらわたしは今日も彼のために泳ぐ。

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