OnePeace | ナノ

ドフラミンゴ(α)がいない内に巣作りをするオメガ


※オメガバース時空の現パロ



『___だから、早くて帰国できるのは三日後といったところか』
「そう…、わかりました。気を付けて帰ってきてね、ドフィさん」

『ああ』という言葉を最後に、通話が途切れる。
無機質な音を流すスマートフォンの画面を落として、ほうと息をつく。返ってくるのは沈黙ばかり、あの人が生活しやすいようにと家具のひとつまてオーダーメイドで整えられた部屋だ、わたしでは持て余してしまって当然か。

気分を変えようと、テーブルの卓上カレンダー捲って先ほど教えてもらった日付をマルで囲う。今日の日付を指で叩いて、ひいふうと数えても三日と言う時間は変らない。

(次のヒートはこの日だから、ちょうどその前には帰ってきてくれる)

きちんとしている彼のことだ、きっと忙しいスケジュールを詰めて考えてくれてのことだろう。彼の紹介してくれた大学病院が処方してくれた抑制剤は、以前のものより良く体に馴染んだ。おかげで、今ではオメガ性に振り回されることもない。最近知り合った人には、ベータ性だと認識されるほどにわたしは落ち着いていた。

(アルファと番うとそういうものなのかな…、ドフィさんが初めてだから良く解らないけど)

劣勢種故の生き辛さ、毎日日陰に身を隠すようにして暮らしていたわたしを…お日様の下に連れ出してくれた人を、ドンキホーテ・ドフラミンゴと言う。ドンキホーテという家名は政府関係者では知らぬ人間の少ない旧家であり、彼はその家の長男と聞く。

その莫大な資産を下地に、今は興味のある業界でいくつかの企画を担当しているというが、詳細は良く知らされていない。時折訪れる彼の弟さんは「…ドフィは、その…頭良いから…」と言葉を濁して視線を泳がせるから、わたしは聞かないことにした。

そのような雲の上のような人が、どうしてわたしを番に選んでくれたのか___その真意は知れないまま。彼に問うてみても、曖昧な言葉をちらすばかり。けれど、わたしの壊れた嗅覚でも解る。黒眼鏡に向こうに隠れた瞳が蕩けるほど甘くわたしを見つめてくれている____だからわたしは、彼が本当の言葉をくれずとも、その真心だけは何よりも信じることができた。

(完璧なひと、教養があって… 自分の能力の使い方を誰よりも良く解っている、)

うなじを守るための貞操帯を外すと、ほうと冷たい空気が喉を通った。髪を掻き分けて指でなぞれば、少しだけ凸凹した傷があるのが解る。…今朝、彼がくれた噛み痕だ。不意に爪が擦れてぴりりとした痛みが走る、その刺激にフェロモン分泌腺が刺激されてぽうと体が熱くなる。

(ああ、いけない)
___いけない、ヒートになんてならないで。だって、今彼はいないのだから…わたしは、 わたしは………、




巣作りの練習をしなければいけない_______!




巣作りとは。ネスティングと呼ばれるオメガ性の習性で、…要は寝床作りだ。アルファのフェロモンが染みついたものを集めて、彼らがいない夜を過ごすために安心できる寝床を作る。そしてそれは単に自己満足の成果に留まらない、優秀なオメガは“上手”に巣をつくること。それがアルファへのセックスアピールにもなる、と

(でも、わたしはまだへたくそで、きっとドフィさんに褒めてもらえない)

あの完璧な人が喜んでくれるように、完璧な巣をつくる。それがわたしの目下の目標であり、彼の目を盗んでせっせと練習を重ねているある種の日課でもあった。

彼は商談に向かう時は真新しいスーツを好んで持っていく。着古した衣服や、いつもスーツの上に羽織っているピンクのふわふわ…アレ、何といえばいいのだろう。ピンクの…ふわふわの…コート、お名前にあるフラミンゴみたいにピンクの…ピンクの、ふわふわ。そう、とにかくふわふわも置いて行ってくれるのだ!

彼が居ないと解っているが、抜き足差し足で彼の衣裳部屋へと向かう。目が眩むほど高そうなスーツやアクセサリー、コートの合間を抜けて、大きなハンガーラックにぽつんとひとつだけ吊り下げられているそれを見つけて心が波打った。触れる前からわかる、あの人の甘い香水のかおり。

気付いたらそれを手に取って、ぎゅうと抱きしめていた。はしたないことを承知で、鼻先を埋めて胸いっぱいに息を吸い込む。甘い香りの向こう、彼のスパイシーな肌の香りに気づいてびくりと腰のあたりが跳ねる。ぽっぽと、顔が、身体の芯が熱くなる。それを吐息で逃がして、わたしはそっと部屋を後にした。

彼と一緒に眠る寝室、そこにかけてあるナイトローブ。家で仕事する時に来ているシャツや、下着のたぐいまでひっくり返して並べた。抑制剤の効果はとっくに彼方に吹き飛んでしまったようで、まるで発情期の猫のように全身を擦り付けて彼の香りを探った。

(いいにおい)

ずぐずぐと、うなじの噛み痕が疼く。ああ、彼に触ってほしい。あの大きくな掌で、細くて長い指先で、腕に抱いてお話上手なお口をきゅうと結んでいるところにキスをしたい。低く唸るような声でわたしの名前を呼んで、ダメになるほど甘やかして。

「ドフィ、さん」

ぽろりと言葉が出たらもうダメで、心に閉めていた蓋が取れて寂しさがあふれ出す。必死に隠している浅ましくて…愛して欲しがりなわたしが、彼の名前を叫び始める。

「さびしいの、どふぃ さん どふらみんごさん、いっぱいなでてて、 ほめてわたしを わたしのあるふぁ、わたしだけのおおかみさん わたしを、」

噛んで、

「わたしを、」

愛して、

____「ああ、上手にできたな」
妄想の中で、彼が褒めてくれる。キャラメルみたいな声で、わたしの髪を撫でて砂糖菓子のように愛でてくれる。もっともっと、その夢のような妄想に沈みたくて、ピンクのふわふわに顔を埋めた。彼のサイズに合わせたそれは、わたしの身体などすっぽりと覆い隠してしまう。…まるで抱きしめられているみたいで、心のぽっかりとあ開いた穴が少しだけ慰められた気がした。

「どふぃ、さん」

すんと子どもみたいに鼻を鳴らして、夢に沈む。
早く巣作りの上手なオメガになって、あなたに愛されたい。











『どふぃ、さん』

聴こえてくる声は甘く、脳髄まで蕩かしてしまいそうだと。
男のコートに染みついた痕跡で、火照る身体を慰める雌の姿。桃色に包まれて、ふにゃりと幸せそうに笑うのに、男の名前を寂しそうに鳴くからいけない。

あれは劇薬だ。
それと解っているのに手放せずいるのだから、きっともう手遅れなのだろうけれど。

「良かったのか、ドフィ」

相棒の声に、男は小さな液晶から視線だけくれて応えた。今は遠く空の上、会社が所有している自家用ジェット機の中で、片手間に次の商談の準備をしていた。けれどそんなものより重要なことがある、これは単なる理由付けにすぎない。目的のための理由になるなら何でもよかった、招待状の期日が丁度良かったから招かれてやっただけのこと、マァ相手がどう思っているかは知らないが。

「泣いてやしないか」
「ああ、泣かれるのはマズい。だが、小鳥みたいに鳴いてくれる分には構わねぇ」

少なくとも、あと数回。あと数回同じことを繰り返せば、あの小さな小鳥は抜け殻なぞでは我慢が効かなくなる。そのために、態々フェロモンをたっぷりと纏わせたコートを置いて、常用している抑制剤をすり替えておいたのだ。毒は着実に彼女の身体を巡り、指先まで犯し尽くすだろう。

そうしたら今みたいに歩くこともできなくなる。いつも色んなことを考えて必死に歩き回っている足は重い枷がはめられて、人様の為にと巡っている思考も瞳も男だけを見つめて離せなくなる。想像するだけで甘美な世界、早く落ちて来ればいい。

彼女の下るは奈落の底、その先にあるのは彼が作り上げた完璧な鳥籠だ。

「帰国する日に、あの店のケーキを予約しておいてくれ」
「ああ、空港に運ばせておくか」
「いや店まで俺が取りに行く、留守番中に寂しくしたい恋人への贈り物っていうのは斯く在るべきだろう」

クツクツ笑って言うが、男の言葉に相棒はどうにもピンときていないようだ。それなのに「お前がいうなら、そうなんだろう」と可愛くないことをいうから、その頬に空港で食べていたシュークリームがべっとりと着いていることはもう少し黙っていることにした。

(早く落ちてこい、ここまで)

そうして漸く、お前は俺と“同じ”になれる。
_____イヤホンの向こうで、蕩けた女が名前を呼ぶ。耳元に囁かれる秘密事、そのひとつひとつに胸の内を巣食うの虚が掠れるような気がして。男は夢に沈むような心地で、目を閉じた。

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