気付いたらC・カタクリのお嫁さんになっていた
2024/5/26…添削、誤字修正

「オリィ姉ちゃんの方が良いだろ」
____なんて、弟がぼそりと呟いた。
まさか自分の名前が出てくるとは思っていなくて開いた口が塞がらない。…塞がらないので、仕方なくフォークで切り分けたチョコレートケーキで塞ぐことにする。
柔らかいシフォンの生地、ほろ苦い甘みの奥に芳醇なカカオの香りを感じる。掛け値なしに、今まで食べてきたケーキで、一番美味しいと言い切れる。これほどのものを、…今日というこの日に、唯一純白を纏うことを許された彼女は、これから毎日好きなだけ食べられる権利を得たのだから、少し羨ましい。
「マンマ マンマ」
新郎新婦に囲まれたその人は悦びに満ちており、不思議な力を使って歌い踊る家具たちを操ると御伽の歌を口遊む。歌って、ケーキを頬張って、紅茶をコクリ。そうして、彼女の席に向かい合うようにして置かれた写真立てに、まるで子どものような顔で話しかけている女王を余所目に言葉を返した。
「わたしの方が良いって、どういうこと?」
「ぇ ぁいや…、別に」
「ああ ねえ見て、あそこのプリンとっても美味しそう。あなたの分も取ってきてあげるから、ちょっと待っていてね」
「え、イヤだっ ここにいてよ、姉ちゃん」
小さな手が今日という日のために仕立てたドレスのレースを掴んで、加減も知らずに引き寄せる。あまりに必死な顔をするものだから、大人しく持ち上げかけた腰をイスへと戻した。すると、大きな目に涙の膜を揺らして弟がほっとしたように肩の力を抜く。
弟は、式が始まってから一度としてイスの上から動いていない。何時も家庭教師が来るたびに、愛犬と一緒に逃げ出す元気な子はどこに行ってしまったのだろうか。
「大げさね、すぐそこなのに」
「ダメ、ここにいて。変なことして目を付けられたらどうするのさ」
「ここは祝いの席よ、危ないことなんて起こるはずないわ」
「姉ちゃん、ここがどこだかわかってる? いいから、ここで大人しくしていて。 ホント、目を離すと碌な事しないんだから」
まるでどちらが年長者か解らないセリフだ、けれどわたしのドレスを握る力は弱く、その腕は女の手でも掴めてしまうほど細い。だからわたしは、彼の望む通りに紅茶を楽しむことにした。その様子を見て、わたしが動くことはないと察したのか、弟もやっとドレスから手を放してくれた。
「それで、わたしがなんなの?」
ドレスのシワを伸ばしながら訊けば、弟は首を傾げた。先ほどの会話をもう忘れてしまったのかと呆れたが、すぐに思い出したようで別に、と素っ気も愛想もない声で呟いた。
「…ああ、べつに。ただすこし…あんな女より、姉ちゃんの方が良いって思っただけ」
「まさか花嫁のこと」
「だ だってあの男…っ、 ああもう、この話は終わり! もういいから、ほらオレのマカロンあげる」
貴族のお姫様のように飾られて、行儀よくお座りしていたマカロンをひとつ手に取ると。ほらと、唇に押し付けられる。弟がこういったことをするのは珍しいが、悪い心地ではない。肩口からこぼれる髪を掌で抑えて、あーんと小さく口を開く。煮詰めた木苺色のマカロンを噛み締めると、芳醇な甘みに思考が蕩けた。
「おいしい」、そう弟に囁くわたしを、誰が見ていたのかなんて知るはずもなく。姉弟つつましく、成婚を祝うお茶会が終わるのを待った。

トットランドと呼ばれる国がある、そこは四皇に名を連ねる大海賊が治めている“おかしなおかしの国”。
その国の海賊女王の息子に、生国の従姉が嫁ぐことが決まったのは3ヶ月ほど前のこと。彼女は所謂王女という立場にある人で、この成婚は父親である国王と海賊女王に間で交わされた政略的なものだ。
最初にその知らせを受けた時、わたしは彼女の境遇に同情した。海賊と言えば、わたしたちにとって海の向こうから来る災害そのもの。そのような人間ではないなにかに嫁がなければいけない彼女の心境を思うと、心が痛んだ。けれど、成婚祝いとして贈られてきた豪奢なウエディングドレスや、関係者親族にあてられた華やかな招待状と当日の豪華なスケジュール。
そうして招かれた、絵本の中から飛び出してきたような万国の全貌に、あれもしかしてそれほど悲観しなくても大丈夫かもしれない。なんて、思ってしまった。少なくとも従姉は、海賊女王に歓迎されている。
けれど、弟の見解は違うようだ。話を聞いた時から飛び上がるほど驚いて、「こ、ころされる〜!」と嘆き、前日入りするために万国が派遣してくれた船を全力で拒絶、用意されたお菓子に群がる同世代の子どもたちに目もくれず、ずっとわたしのドレスを掴んで離れようとしない。
「あの子はわたしが傍にいるから、お前は観光でもしてくるといい」
「ありがとう、お父様」
その様子を見て憐れに思ったのか、好奇心を持て余してうずうずしていたわたしに父がかけてくれた提案は行幸であった。わたしは大きく何度も頷いて賛成したが、弟は「ダメ!」「絶対余計なことする!」「姉ちゃんは歩く一級フラグ建築士なんだから!」と許してくれない。けれど、父が魔法の言葉「お姉ちゃんが大好きなのはわかるが、」を唱えると、「さっさと行け!!!」とケープと一緒に追い出されてしまった。
追い出された廊下でいそいそとケープを羽織っていると、少しだけ扉を開いた弟が「すぐ帰ってきて」というから。それに頷いて見せると、勢いよく扉が閉まって白い粉がパラパラ落ちた。扉は、角砂糖で出来ていた。
「…?」
いけない、迷った。
脳裏に顔を真っ赤にして怒鳴りつけてくる弟の様子が浮かんだ、ああきっとそうなる。わたしには未来を予知する特別な力があるのだ、勿論家族限定ではあるが。
(幸い、食べるものには困らなさそうだけれど…)
キャラメルレンガの道に、メレンゲの花畑、イチゴジュースの川にクッキーでできた橋。甘党でないと人にとってはある種の拷問のような視界の暴力だ、わたしが辛党だったらもう死んでいたに違いない。甘いもの好きで良かった、
(でも、これ本当に食べられるのかな。建造物以外は大丈夫と教えてもらったけど、地面に生えているもの口にするのは中々勇気がいるし)
イチゴの香りに誘われて、そろりと川を覗き込む。
甘い香りのする川に写り込んだわたしの顔は、すこし不安そうに眉を寄せていた。割と楽天的な性格であると思うのだが、やはりこういった未知の、それも海賊のテリトリーでは人並みの憂いは感じている様だ。
どうしたものかと、短い草の上に座り込んでどれくらいの時間が経ったのだろう。あ、この緑色に見えていたのは草じゃなくて、抹茶パウダーだと気づいたころだろう。それまで水の流れる音しか聞こえなかったのに、突然後ろからクシャリと草を踏むような音がしたのだ。
「ここで何をしている」
その低い声は、まるでずっと木の上からかけられるように遠く聞こえてきた。だから最初は空が語りかけてきたのかと思ったのだ、この不思議な国ならそれくらいのことは起こってもおかしくないでしょう。けれど空を見上げようとした一瞬、「違う」とわたしの心を読んだように誰かが制止をかけた。
「後ろだ」
「うしろ?」
まるで知らない言葉であるかのように、意味が解らないまま音を繰り返す。振り返った先、生い茂る深緑色の木々の間に埋もれるようなワインレッドが見えた。口元を隠すたっぷりとした襟巻で目元しか見えないが、見上げるほど大きな偉丈夫の知り合いなど多くはない。それに彼は、ここ数日で知り合った人だから、忘れるはずもなかった。
「シャーロット様、ど
「立ち入り禁止の看板を見ていないのか」
___うして、こちらに。
という言葉は、彼の声に被さるようにして消えてしまった。ワンテンポ早い会話について行けず、不自然な間が生まれる。
「すみません、見ておりませんでした。立ち入り禁止と知らず踏み行ってしまい、申し訳ございません」
けれど、まずすべき謝罪だろう。立ち上がってきちんと貴族の礼をとったが、シャーロット様は目元を更に厳しくされる。ア、死んだかもしれない。遠くで弟が、「ね、ねえちゃーーーん!」と叫ぶ声が聞こえるあたり、意外と冷静なのかもしれないけれど、心臓はドキドキしている。
目を離したら殺されてしまう気がして、当たり障りない笑みを浮かべながら彼の反応を待つ。一拍、いや二拍だろうか、永遠にも感じる時間の果てに、漸く彼が動いた。
( で、 っかい、)
わたしなら十歩はかかるだろう道を、二息で詰めた人は…本当に大きかった。
2mいや、3mはあろうか。足の太さだけで、わたしの胴体とそう変わらない。そういえば、式に参列していた海賊女王もとても大きかったことを思い出す。ああこの足に蹴飛ばされて、そのままイチゴジュースの川に溺れてしまったらどうしよう。
「もう一度、言え」
けれどわたしの悪い想像は、どれも現実とならなかった。
シャーロット様は地面に片膝をついた、近くなる視線に自然と呼吸が止まる。ゆっくりと文字を指でなぞる様な、幼い子どもに問いかけるような声だった。それにはなんだかとても覚えがある、…だってそれは、わたしがするような。小さな弟妹をもつ長子の振舞いに、よく似ていたから。
それに気づいた時、身体の芯を冷やしていた何かが霞のように溶けて消えた。頭の中で鳴り響いていた警戒色が解けて、自然と頬が緩む。
「シャーロット様、この度はご結婚おめでとうございます」
「…ああ」
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません、わたしはコルティゼ家の親族として此度の式に参列いたしました。コルティゼ・オルガと申します」
「…シャーロット・カタクリ」
どこか硬さを含む声に、「存じております」と返したがそれは彼の望む答えではないようで。ぎゅうと眉間にシワが寄った、怒らせてしまったのだろうか。反射的に一歩下がろうとした体は、しかしそれより先に、背に回った大きな手に遮られてしまった。
「あ」
「気を付けろ…、川に落ちる」
「あ、ああ… ありがとうございます、助かりました」
ア、アと。なんだか、言葉の覚束ない子どもみたいな声を出してしまった。それが少し恥ずかしくて、わたしは少し火照った顔を誤魔化すように話題を逸らした。
「この川には、お魚さんはいるのですか」
「…いない」
「まあ」
「ワニがいるからな」
「 」
まあ、それは…なるほど、立ち入り禁止なわけだ。
恐ろしい事実にさあと血の気が引くのを感じた。川から逃げるようにして走るが、すぐに行く先を塞がれてしまう。バリケードのように聳える掌の理由を問うために見上げた先で、彼は「あまり離れるな」と忠告するような声で言った。
「…それと、声が聞こえない」
「あ」
「…お前の声は小さすぎる」
「すみません、弟にも良く言われるのですが… 治らなくて、」
そこでああもしかしてと、不自然な記憶が答えを得たように閃いた。
「もしかして、最初お声かけいただいた時も聞こえておりませんでしたか」
「…いつはなしだ」
「最初の、立ち入り禁止の看板のお話です」
返って来たのは無言であったが、視線は肯定と同じ重みを持っていた。
「すみません、立ち入り禁止と知らず踏み行ってしまったとお伝えしたのですが」
「…結婚がどうのと言っていただろう」
「それは聞こえていたと思って、違うことを」
「ああ、だからか」
一人納得されたように言う、その意図が解らず言葉を止めた。すると、一度視線が合って、少しそれで「口の動きと、言葉の数が一致していなかった」とニンジャみたいなことを言うから驚いた。
「口の動きが読めるのですか」
「ああ、…だがお前みたいに声の小さいものは、口の動きが読み辛い」
「それは、その申し訳ありません… あの、これでいかがでしょうか」
大きな声で喋るのは苦手なので、一歩彼に近づいて尋ねる。けれど、彼は眉間にぎゅうと皺を寄せたまま「まだ」というので、更にもう一歩、彼との距離を詰める。
「ここは」
「…」
「ここでいかがでしょうか」
「…」
「このくらい、ですか」
あと一歩近づけば、身体が触れ合ってしまいそうなほど近い。これでも遠いと言われたと後はもう、お腹に力を入れて精一杯声を張るしかない。そう覚悟して訊ねると、言葉の代わりに腕が動いてわたしの背中に触れる。ドレス越しに彼の指先で背骨をなぞる、そのあと力の加減を確かめるように慎重さでわたしの背中を掌が覆った。
「ああ、そこでいい」
「宜しゅうございました、あの。心苦しいのですが、実は迷子になっておりまして」
「知っている」
あ、知っていらした。
どうやら、彼はわたしを罰することはしないらしい。良かった、遠のく死の予感にほっとしたのも束の間。何時まで経っても、家族の待つホテルに戻らせてくれない。何かここに留まらなければいけない用があるなら、道を教えて貰って…と考えたが、どうやらそういう訳でもないらしい。どう口火を切ったものかと考えあぐねて、とりあえず場を繋ぐために一生懸命おしゃべりをした。
もしかしてお嫁さんになる女性のことを知りたいのかもしれないと、従姉の話を振ってみたが反応が鈍い。ではどうしようかと試しに弟の話をしてみたら、それまで頷くばかりだった人が「いくつ歳が離れている」と質問を返してくれた。ならこの話を、いくつか弟について話をした。シャーロット様にも弟妹が多くいるらしく、わたしのはなしに共感すると少しだけ頷いてくれる。
「___ああ、そろそろ戻らないと」
思いの他はずんだ会話に、いつの間にかわたしも時間を忘れて楽しんでしまった。
森を照らす光がオレンジ色に陰って来たころ、小さな声で誰になくそう囁いた。これほど近くにいるのだから、きっと彼の耳には届いたのだろう。ひとつ頷くとわたしの腰に回った掌が…いつの間にそうしていたのか…、そのままわたしをすくい上げるようと力がかかるのを感じて、さっと血の気が引く。
「待ってください、わたし高い所は苦手で」
逃げる場所もなくて、彼にしがみ付くような体になってしまった。
慌てていた所為で、彼の襟巻を引っ張ってしまう。すると、彼の瞳がきゅうと絞られてドンッと視えない爆発が体の内側を通り抜けた。
凄まじい衝撃に、身体から追い立てられるようにして意識と呼吸が遠のいた。
一拍置いて、時が動き始めたように心臓がばくんと鼓動する。全身の毛穴が開いてどっと汗が噴き出して、呼吸が細くなる。苦しくて、辛い。
崩れ落ちるわたしの身体を、誰かが支えてくれている。誰でも良い、とにかく助けてほしくて、縋る様に、その腕にしがみ付いた。
「息をしろ」
(できない、くるしい)
深く、ゆっくりと。彼が言うけれど、いつも当たり前にできていることが、できない。指の先までびりびりと麻痺のような感覚に支配され、筋肉が弛緩して言うことを利いてくれない。はっはっと、獣のような息を必死に繰り返すわたしを、落ち着かせるように抱き寄せてくれる熱がある。
誘われる様に、その肩口に顔を埋めて伝わってくる暖かさにほっとしたのも束の間。「目をつぶれ」と言われる、そうして僅かに感じた浮遊感に彼が何をしようとしているのか想像がついた。慌てて言われた通り瞼を閉じて、彼の襟巻にしがみ付く。遠慮を知らない振舞いであったが、彼は決して怒ることはなかった。
「オリィ」
どうして、家族だけが呼ぶ愛称を知っているのだろう。

目が覚めると同時にベッドの傍にいた弟がギャン泣きした。その泣き声に気づいて、父も飛んでくる。左右から顔色の悪い父弟に抱きしめられてどうしたものかと考えていると「な゛に゛も゛す゛る゛なっでい゛っだのに゛」と弟が悲痛の叫びを上げながら、わたしの身体を力の限り抱きしめてくれる。
「何もしてないわ」
「ぢゃあなんでシャーロット・カタクリが姉ちゃん連れてくるんだよ!」
「そういえばここはどこ」
「ホールケーキ城だよバカ野郎!!!」
それが弟の限界だったらしく、それからはぐじゅぐじゅ言いながら黙ってしまった。仕方ないので父に助け舟を求めれば、ぽつぽつと事のあらましを語ってくれる。
姉が帰って来たと扉を開けた父弟の目の前に、突然シャーロット・カタクリが現れたそうな。父が慌てて結婚の祝辞を申し上げようとしたが、その腕に眠る(気絶)わたしを見つけて言葉を失う。死んでいるのかとぞっとした父に、気絶しているだけだと教えてくれたが何故かそのまま城に連れて行くと言われる。意味が解らない、とこの下りの時に父が10回くらい繰り返していたので、本当に意味が解らなかったのだろう。当事者であるはずのわたしも意味が解らない。
だが、シャーロット・カタクリとしては決定事項だったようで、父の言葉など聞いていない。一応知らせてやっただけだというようにさっさと何処ぞに向かうので、止めようにも気になるのならついてこいの一点張り。慌てて荷物を整え、なぜか新郎が新婦ではない女を抱いて登城する後ろを、可能な限り気配を消して父弟は着いて行った。そうして訳が分からないままこの部屋に通され、通夜のような空気の中わたしが目覚めるのを待ち今に至ると。
「そそそ それで、いったい何があったんだい。わかりやすく説明してくれ、わたしの可愛いオリィ」
「この部屋の壁紙ドーナツ柄でかわいい」
「姉ちゃん」「コルティゼ・オルガ」
「ごめんなさい、わたしも良く解らなくて」
素直に白状すると、まアわかってましたけど?という顔をした弟が、もの言いたげな溜息をついた。おもーく、ながーい溜息だ。お姉ちゃんは肩身が狭いよ。
そうしてああでもない、こうでもないと父弟が話しているのを聞いていると、シャーロット・カタクリが訪れた。一瞬で背が伸びた父弟、さっきとは打って変わって地蔵のよう固まってしまった2人を見つめていると「気分は」と訊ねられる。
「大丈夫です。あの父から色々と聞きました、この度は本当に手間をおかけしてしまったようで」
「気にするな、…気絶したのは俺の覇気の所為だ」
「はき」
「…後で説明する」
“あと”、“あと”があるのか。そのことに内心驚いたが、それ以上に優先すべきことがあるというように彼は手に持っていた紙束を差し出してくる。
「確認してくれ、修正漏れはねェはずだ」
「???」
「ここにサインを」
次いでペンも渡され、彼の指がとんと紙束の空欄を指し示す。
「…あの」
「なんだ」
「ここ、新婦名って書いてあります」
「ああ」
「新郎はあなたの名前に」
「先にサインしておいた、手間が省けるだろう」
「あなたは…昨日、従姉と結婚したと思うのですが」
進む会話、父の顔色が青を通り越して土色になっている。弟はもうダメらしい、撃たれたような呻き声を残して倒れてしまった。
「…ああ、」
彼の視線が空を見る、そして言葉を選ぶようにしてわたしに答えをくれる。
「誤発注だ」
誤発注。
「ママの許可は取ってきた。…お前が望むなら式もやり直す、ウエディングドレスもお前が気に入る色とデザインで」
「待ってください、あの混乱して。誤発注ってなんですか、つまりわたしを発注したつもりが違う人が来たと言っている様に聞こえるのですが」
「そうだ」
「???」
もう何も解らない。それなのに「サインを」と彼が急かすから、わたしは震える手でサインした。文字がガタガタで、お世辞にも綺麗とは言えない筆跡なのに彼はそれを見て、とても眩しそうに目尻を和らげる。そうしてわたしはどういうわけか、シャーロット・カタクリの第一夫人になった。
良く解らないまま(式もウエディングドレスも要らないといったわたしに細やかながら料理長から贈られた)ケーキを食べていると、隣でドーナツを頬張っていた彼が「フクロウナギを知っているか」と唐突な話題を振ってきた。あまり詳しくないので「お魚さんですか」と訊いたけれど、彼は何も答えずひとり満足そうな顔で紅茶を楽しんでいた。