折原臨也と一歩通行のラブ
「愛している」
彼はまるで、今日の天気をあてるようにしてわたしへの愛を囁く。
「愛してる」
その言葉を言われるたびに、わたしは心が錆びていく。それはその言葉に、彼の感情が伴っていないことを知っているからだ。
例えば、折原臨也という男は。
人間への愛を語る時、とても恍惚とした笑みを浮かべる。
大嫌いな男に会ってしまった時、とても愛憎に暮れた笑みを浮かべる。
正体不明の闇医者と語らう時、とても自然にほほえむ。
…折原臨也という男は、わたしに対してもそうだ。とても自然に微笑んで、当たり前のように愛を嘯く。その瞳は、わたしを見ているはずなのにどこか遠くをみているようで定かではない。だから解った。鈍い私でもわかった。あ、この人は。
(わたしのことなんて___ちっともすきじゃない)
この人は、わたしにあるあの医者と同じ何かに惹かれたのだ。
その部分だけを見て、愛を嘯いているのだ。
囁かれる、降り注ぐ万の愛のことばは___わたしに向けられたものではない。
それに気づいた時から、わたしの折原臨也への見方は変わった。嘘ばかりの愛を口ずさむ人から、たったひとりの愛おしい人にさえ愛を囁けない臆病な人に。
わたしはそれから、彼の言葉を一切信じられなくなった。信じなくなった。それが真実。しようのない現実。
彼の愛は、わたしに向けられた慈悲ではない。

「愛してる」
そんな言葉で、俺のなにが伝わるというのだろう。
「愛してる」
でも、彼女を前にして口に出来るのはそんな安っぽい言葉ばかりだ。
もっと沢山の言葉を俺は知っている。数多の感情を記憶している。なのに、ひなみを前にするとぐちゃぐちゃになる。どうして良いかわらかない、なにが正解なのか、まったくわからない。
__どうすれば、彼女に愛してもらえるか解らない。
思えば、始め方から間違っていたのだ。
多勢にそうであるように、他愛ない興味と関心…観察対象として関係を持った。その後は、失ったありかに良くそぐうものとして、代打品として弄んだ。気づいた時には、どうしようもなく好きで、好きで、好きで好きで愛していて、___もうどうしようもなく遅かった。
気づいた時には、もう彼女の信頼を俺は完全に失っていた。
壊れた関係を修復することなんて容易いのに、どうして彼女にはそうできないのだろう。
俺という歯車はすでに回り始めている。俺は俺という人間をすでに止められない、社会がそんなこと許さない。だから、俺は俺として生きるしかない。人間すべてを愛し続けるしかない。誰か“個人”を愛することは許されない。
(だから…君が、愛してくれないとダメなんだ)
満足なんてできるはずかない。
愛をちょうだい。愛をちょうだい。君の愛だけが、欲しい。そんな風に、駄々を捏ねる子どもみたいに叫ぶ心を押し殺して、俺は今日も愛を囁く。荒れ狂う檄情を悟られないように、囁く。そうしてできあがった“うそばかり”の愛の言葉が、彼女に届くはずもないのに。
それでも囁かずにはいられない。そうせずにはいられない。これが現実、それが俺を取り巻くしようない現状。
彼女の愛は、きっと未来永劫得られないことを俺は知っている。