OTHER NOVEL | ナノ

平和島静雄のハンカチ落とし


「落としたッスよ」
「…」

そう言ってハンドタオルを差し出して来る顔に、ひなみは驚愕した。まさか、いや本当に、こんな偶然ってあるんだ。…少し痛んだ金髪に、バーテン服。サングラスはしていないけど、その顔には一方的に知っていた。男の名前は平和島静雄、池袋の自動喧嘩人形と呼ばれる人だ。

『コイツにだけには、絶対に関わらないで』

そういって、臨也がひなみに見せてくれた写真に写っていた平和島と言う男はまるで生きた怪物だった。自動販売機を持ち上げて、人を殴っている強暴で凶悪な男と言うのがひなみが写真越しに抱いた印象だ。…だが、こうして目の前でハンドタオルを差し出してくれる人はとても違って見えた。穏やかで、凪いだ海のような人だ。

「___ぁ、」
『喋らないで、』

ありがとう、そう口にしようとして思い留まる。頭の中で、臨也の言葉が反芻する。

『見ても話しかけないで、話し…かけられることなんてないと思うけど、返事しないで良いから。無視して、関わらないで、触るなんてもっての他だよ。視界に入る様なら直ぐに除外して、面倒になりそうだったら俺を呼んで』

ひなみと自分の関わりを絶対にひけらかそうとしない臨也が、自分を呼んでも、と言ったのだ。その一言から臨也がどれほど本気か解った。だからひなみは頷いた、そして興味もないと言う風に写真を臨也に返した。そんなひなみに臨也は笑いもせず、ただ受け取った写真をすぐさま破いた。シュレッダーも使わずに、自分の指でびりびりにしたのだ。

…臨也は、愛に飢えている節がある。解らないけど、そんな気がするのだ。人を愛している臨也は、愛されかたは解らない。愛されかたが解らない臨也の愛しかたは、酷く一方的で強制的だ。

(きっと、臨也に愛された子は大変なんだろうな…)

ふと思い廻った回想に更けた後、ひなみはぺこりとお辞儀をした。喋ってはいけない、見てはいけない。だから目線を合わせず、辞儀をする。両手でタオルを受け取ると、平和島か息を詰める。でもひなみはなにもしない、どうにもすることはできないのだ。タオルをバックに入れてもそこから退かない平和島に、ひなみは少し眉を寄せ携帯を取り出した。

臨也との約束を忘れたわけでも、無碍にしようとしたわけではない。…ただ、ひなみはこういう優しい人間が、好きだった。

【ありがとうございます |】

携帯に打ってそっと差し出すと、平和島が訝しげな雰囲気を出しながらも覗きこんできた。そして嗚呼と頷く。

「…アンタ、喋れないンすか?」
(まるで解っている様にいうな…この人、)

どうせ今日かぎりの人だ、そう思いひなみはこくんと頷いた。嘘を着くことに抵抗はなかった。

「…そう、っすか」
「…」

困惑したように頭を掻く平和島にひなみはもう一度携帯を見せる。

【ありがとうございました 失礼します |】
「あ、…ああ」

平和島の言葉にどこかほっとしながらひなみはもう一度ぺこりをお辞儀をして踵を返した。…平和島の顔をみないまま、もう忘れたもののように歩きはじめる。すると不意に携帯が震えた。何かと思えばメールが来た様で、発信者名を見たひなみは僅かに息を詰める。

【メール受信 折原臨也】
(…はあ)

ぱちんと携帯を閉じて、ひなみは進行方向を臨也のマンションへと変えた。今頃、不機嫌丸出しで待っているだろう男の姿を思い描くと、自然とため息がまた零れた。

そんなわたしもまた、上手な愛しかたを知らない子だった。

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