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深夜2時、五条悟先輩に叩き起こされる


呪術高専の寮は、ぼろい。
木造の趣があるアパートと言えば聞こえは良いかもしれないが、それにしてもこれは…というのが初見の感想である。だが見た目とは裏腹に、アパートのあるこの地に張られた結界は都内でも指折りの最高品質を誇っている。わたしたちのような“視える側”の人間にとっては大切なことだ。だって呪霊に睡眠時間を邪魔されることがないのだから。

「俺の許可なく寝てんじゃねよ」
「あう」

___まあ、呪霊の話ですよ。呪霊のね、
勝手に女子寮に侵入…いや、もうね今更なので皆まで言いせん。また長い足に蹴られるのはゴメンなので、そそくさと起き上がる。ガラケーを見れば、いまの時刻は深夜2時ではないですか。ねむ、…ね、 いやなんでこの人来た?人間は眠る時間ですよ。

「五条先輩…こんな時間になんですか」
「腹減った、コンビニ行くぞ」

ローテーブルに座ってオラつく五条先輩は、もうどこに出しても恥ずかしい立派な不良である。
静かに布団に戻ろうとするが、マクラも掛け布団も取り上げられたので仕方なく起き上がる。パジャマを着替える元気はない、とろとろクローゼットから上着を出していると「いつきても犬小屋」と五条先輩。やめてください、御三家の力(金)で全面改装されたあなたの部屋が異常なんです。わたしの部屋はみんなと一緒で、至って普通の寮部屋です。

「あークソ 腹減った、仕度すんのにどんだけ時間かかってんだよ。時価数億の俺の体がダメになったらどうしてくれるわけ? 責任とれんの?」
「ちょ、痛いです。 膝で蹴らないで」

あなたは背が高いから、膝で蹴られると腰の変なところ入ってシャレにならぬ。
外は寒かった、冷気が僅かな眠気も攫って行って冷静になった頭で改めて思う。ほんと、何してんだろわたし。深夜2時になぜコンビニ?

「敷地内に24時間コンビニ整備しても良いともうのです、私たちの稼業は特殊ですし」
「いや、客少なくて収益見込めねぇだろ」
「これだから民主主義は… 御三家の後光でどうにかなりませんか?」
「そーいうの俺だいっキライ」
(どの口がいうのか…)

高専を出て、坂道を下る。この道は高専に続いているので、滅多に車が通ることはない。錆びたガードパイプの横をふらふらと歩く、目の前には大きな黒い背中。隠せない銀色の髪が切れかけたやっすぽい街灯に照らされてチカチカしている。木々の向こうに見える町には灯る光が、妙に瞼にこびり付いた。

「いらっしゃいませー」

聞き慣れた開閉音と共にコンビニ入店。五条先輩はさっさとお弁当売り場に入ったので、わたしは菓子パンを物色することにした。明日…いや、もう今日の朝ごはんか。そういえば明日はどんな任務があっただろうか、スケジュールを思い出しながらボーっとしていると、ぐんとカゴが重くなる。

「なに見てんの」
「パン… え、先輩もう終わりました? 早いですね」
「俺お前みたいにちんたら迷わないもん あ、これうまそー」

ひょいひょいと追加のパンがカゴの中に放り込まれる。…迷わないのではなく、糸目がないの間違いでは。これだから金持ちボンボンは。そう思うが、口に出すと気分を損ねるのは明白なので心の内にとどめる。機嫌を直すのには労力を伴う、ほらボンボンだから。ね?

「ちょ、先輩 後ろに立たないで」
「なんで」
「影がこわいです、うごけない」
「はあ? ゆかりがチビくせぇだけだろ 俺の所為にすんなし」
「やめてくださいやめてください こわいこわい」

チビじゃない、平均より少し成長が遅いだけ。
五条先輩は何かにつけて背後をとってくるからイヤだ、大きい人って怖い。無自覚かもしれないが後ろから覆いかぶさられると逃げられない気がしてぞわぞわする。五条先輩はただでさえ、他人よりタッパがあるのだからその辺り、考慮してほしい。その点、夏油先輩はスマートなのに… 四六時中一緒にいて、どうしてそういうことを学ばないのか。

「おでん買う、コレとアレと」
「はいはい」

育ち盛りですねぇ、頼まれたものを買ってお金を払う。すでに常連となっている店員さんからは憐みの目線、いやね、すみませんいつもご迷惑を。袋を抱えてコンビニを出れば、五条先輩がパーキングストップに座って待っていた。いやほんと、どこに出しても恥ずかしいふry

「はよよこせ、腹減って死ぬ」
「どーぞ」

すぐに大口開けて食べ始めた五条先輩、それを見ながらペットボトルを開ける。ほうじ茶うまい、見上げた夜空に浮かぶ星は柔らかい光を灯している。時折聞こえる車の音だが人の存在を知らせた、落ちる沈黙。まるで世界にわたしと先輩しかいないようだった。

「はー 食った」
「わたしのパンまでしっかり食べましたね」
「マズかったわ、やっぱお前センスねぇな」
「コメントいらんです」

ゴミを渡されたが自分で捨ててくださいと指示をする。そこまで甘やかす義理もなかろうて。
ガラケーを見れば、時刻は3時を回ろうとしていた。…いまからかえっても、5時間は寝られるな。

「あークソ こんな朝っぱら仕事とかマジ萎えるわ」
「え 仕事ですか」
「じゃなきゃ ンな時間に誰がおきっかよ あーマジだるい」

……いや、ンな時間だと思うなら後輩起こすな。
まあこの業界は常に人不足、そして五条先輩は現役学生ながら国有数の特級呪術師の一人。わたしとは違って引っ張りだこで忙しいのは良く解るが。

「うっ」
「もってろ」

いきなりサングラスをかけさせられた。いや、黒い…なんも見えない…なんだこれ。というか、顏の大きさ違うからズレる。手で慌てて抑えれば、五条先輩はアチィーと、ぐるぐると巻いていたマフラーを外した。そして、わたしにぐるぐる巻きだす、ちょっと。なにし、うわっめちゃくちゃ良い匂いするなんだこれ。

マフラー二重の息苦しさにハフハフしているうちにサングラスを取られた。

「アハ うける、ちょーだせぇの」
「ちょっと」
「傑にも見せたろ」
「ちょっと」

勝手に写真を撮らないでください、金取りますよ。金。
無遠慮に向けられるガラケーを奪おうと襲い掛かるも、片手で制されてしまう。くそっリーチが。リーチがっ足りないっ。そのまま長い腕に抱きしめられて、夏油先輩にマヌケな私の写真をメール添付するところまで見せつけられた。嫌がらせが過ぎませんか!パワハラじゃないですかねコレ!!

全力で阻止しようとしているのにびくともしないってなんやねん。なんやねん。
メールは無情にも送信されてしまった。ナムサン。

「はー笑った。 んじゃ俺いくわ」
「はよ行ってください」
「…ン 行ってきまーす」

とん、とジャンプしていなくなってしまった五条先輩。ほんと、相変わらず規格外である。
動きにくい姿で暴れたので疲れた、そういえばあの人マフラー置いて行ったけど良いのか。先輩のマフラーを解こうとしたが、うわ、これ、どういう結び方?ぜんっぜん取れない、こわっこわっ。

「あ、いたいた。 野田さん」
「ンぐぐぐ … え、あ、夏油先輩 こんばんは」
「こんばんは なにしてるんだい」
「マフラー外れなくて… 夏油先輩は夜食を買いに?」
「まあ、そんなところ 野田さんは帰るのかい」
「はい 帰ります」

マフラーを解くことをあきらめて言えば、「送るよ」と夏油先輩が紳士スマイルで言う。
え、ときめいてしまうのだが。

「いや、でもコンビニ来たんですよね」
「どうしても用事があったわけじゃないからね、気にしないで。 白状すると悟にメールで呼び出されただけ」
「え、  ア」

さっきのメールか。苦い顔をするわたしに何かを察してくれたのか、夏油先輩が「帰ろうか」と提案してくれる。はい、帰ります。

「悟に買わされた分はちゃんと請求するんだよ」
「はい」

ちなみにマフラーはクリーニングに出して返したというのに、もう新しいの買ったわ。いらん。と言われる未来が待っているのだが。この時のわたしは、まだ知らない。

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