ドフラミンゴ救済の罪に耐えられないU
「新しい家族だ」と、紹介されたのは斑模様の帽子を目深く被った少年だった。汚れたシャツから覗く手足が棒のように細く、その頬は白さを過ぎて青みを帯びている。まるで泥まみれの雪の妖精を思わせる雰囲気とは裏腹に、その瞳は冷たく仄暗い炎を宿していた。
「誰だ」
「シノだ、芦原・シノ。他の幹部連中のようにケンカ売るんじゃねぇぞ、見ての通りクソ弱ぇ。お前みたいなガキ相手でも直ぐに死んじまう」
「そんな女が、なんで海賊にいるんだ! ああ、もしかしてコイツ、お前の奴隷か」
「フッフフ…まア、似たようなもんだ」
「間違ったこと教えてないでください」
「間違いでもねぇだろ」と笑うドフラミンゴには、後で少し文句を言うとして。まずは、この小さな家族に挨拶をしなければいけない。
「よろしくね、あなたの名前を聞いても」
「…トラファルガー・ロー」
「ロー」
なんとなしに繰り返した言葉の何が気に障ったのか。ローは、ぴくりと体を震わせた後、まるで悪夢を見ているような苦々しい顔で「おれ、お前きらいだ」と吐き捨てるように言った。
「____オイ、聞いてるのか」
そんな、わたしの膝程しかなかった小さな少年が、今や立派に船医さんなのだから驚きだ。なんだかとても懐かしくて、泣いてしまいそうな心地にさせられる。じんと深い所で琴線が揺れるのを感じながら、「ロォ」と呼ぶ。
「あなた、今年でいくつになった」
「……」
「ああ、違うの。記憶がどうとかじゃなくて、なんだか感慨深い気持ちになってね____えっと、確か24歳かな」
「…おれが」
ぽつりとつぶやいてから、彼は一息で捲し立てた。
「俺がいらねぇって言ってるのに毎年バースデーケーキ用意して、ハチの巣みてぇに年齢分のキャンドルぶっ立ててるくせに忘れるなよ」
「う、ぐ…」
「いい加減、俺もアイツにするみてぇに数字のやつにしろ。キャンドル引っこ抜くとき、生クリームにアルミが埋まってうぜぇ」
最もな正論がぐさりと胸に突き刺さる。ぎゅうと眉間にしわを寄せて何も言えずにいるわたしに、“アイツ”と親指で示されたドフラミンゴが助け舟を出してくれる。
「フッ、シノの楽しみを奪ってやるな。ローよ、コイツが毎年お前のケーキに立てるキャンドルの柄を、何時間もかけて選んでいることを知らねぇわけじゃないだろう」
「それとこれとは話が別だ。ほら、体温計。さっさと熱測れ、浮かれババア」
「失礼ね、まだ三十代前半よ。わたしがババアなら、来年四十路のミフィはどうなるの」
「アイツは_____、」
ちらりと、ローがドフラミンゴを見る。そうして口を開きかけたが、結局それが音になることはなかった。言いかけた言葉を溜息に代えて吐き出すと、「ン」と投げやりに掌が差し出される。
「なに」
「体温計、もういいだろ寄越せ」
会話を煙に巻かれた気がしないでもないが、主治医に言うことに従わなければならない。体温計を受け取ったローが、細かくカルテに記録を残しながらドフラミンゴと話をしている。それをぼんやりと見つめながら、わたしはここまでに到る経緯を…本のページを捲るようにして、思い返す。
ここはシシリア、俗に「新世界」と括られる海域に位置する本島を中心として諸島群地域。元は名のある王族が統治していたようだが、100年前に移植民との紛争により滅亡した悲劇を背景にもつ。その後は島民が途絶え政府管轄外の無法地帯となっていた。
だがそれも、10年前のはなし。10年前、大小海賊が入り乱れ荒れ地となっていたこの場所を掃除し、自らのナワバリとして拠点を敷いた海賊___それが王下七武海・ドンキホーテ海賊団を率いる首領、ドンキホーテ・フラミンゴその人だ。
彼は荒れ果てたシシリア島を実に効率的に復興して見せた。在僅か2年あまりのことだ、シシリアは小国家と呼んで遜色ないレベルにまで発展し、世界政府から加盟の打診を受ける。しかし、彼はこれを拒否。国家ではなく、あくまでシシリア諸島はドンキホーテ海賊団の一拠点ナワバリに過ぎず国家に非ずと主張した。
当然、小国家と称された時点で普通そのような妄言はまかり通らない。しかし、彼はそれを現実のものとした。それは王下七武海の肩書の他、彼の少々込み入った出自が関係している。けれどドフラミンゴと世界政府の間に、どういった取引が成されたのかその仔細を知るものは少ない。
そうして、彼がイチから創り上げた王国は。表向きは新世界における観光名所として名を馳せ、その裏では名のある海賊や困りごとを抱えた国々と秘密裏に取引を行う流通拠点として発展している。その破竹の勢いを恐れてか、何かと世界政府がいちゃもんをつけ、本来は無関係であったトラブルに巻き込まれることも少なくない。しかし、そこはすこし…いや、かなり…ものすごく個性的ではあるが、ファミリーの幹部たち活躍もあり、大きな損失もなく今日を迎えているに至った。