恋煩いの花が咲く島で月下美人(トラファルガー)が肌を刺す
トラファルガー・ロー | 月下美人
「キャプテンのタトゥーみたいだ」
わたしの背中を見たべポくんが「キレイだよ!」と笑顔で励ましてくれる。だからわたしも少しだけ心を覆っていた不安の影が消えた。___海域に入ると同時に、チクリと感じた肌を刺すような痛み。肌のヒリつきだと気にしていなかったのだが、イッカクさんに指摘されて気づいた。
袖口から伸びる白い痕、擦っても消えず不思議に思って捲れば…刺した覚えのない白い刺青が、わたしの全身を巣食い始めていた。チクリという痛みと共にツタを伸ばして蕾を増やす生きた刺青、状況を聞いていち早く戻って来たキャプテンさんが触れると___ぶわりと、花を咲かせた。
全身を覆う白の花、咲き誇る花弁と共に入った甘い痛み。
まるで花を咲かせるためのエネルギーを吸われたように、わたしの身体は力を失くして倒れてしまった。眠りに落ちていたのは数時間、その間にわたしの病名は判明した。数時間と言う短い間に、キャプテンさんやクルーの皆が文献を漁り、島の住民にかけあってくれたおかげだ。
これはこの島特有の現象で、命を奪う類の病気ではないという。
島の村長だという老人は、わたしの肌を見てそれであると認めてくれた。この島を出ればすぐに枯れるから心配する必要はないという。
「待て、ならなぜコイツは気を失ったんだ」
「気を失う? もしかして、その時に刺青の花が咲いたと」
「ああ、 …まるで、コイツのエネルギーを吸い取って咲いたように見えた」
「なるほどなるほど、その時、誰かあなたに触れましたか」
「はい、えっと」
「俺だ」
わたしが答えるより先に「俺が触れた」と、被せるようにキャプテンさんが言う。随分と威圧的な態度であったが、村長は気にした様子もなくたっぷりとした白髭を梳いて頷いた。
「そうですか、ならもう問題ありますまい」
「ッチ おい、こっちは船員の命がかかってるんだ、…さっきから適当なことばかり言いやがって。そっちがその気なら、こちらもそれ相応に対応させてもらう」
「いけませんキャプテンさん、わたしは本当に大丈夫です」
「お前のソレが宛てになった試しがねぇ」
夜哭を抜こうとするキャプテンさんに驚いて、村長を庇うように前に出る。彼の瞳が鋭さを増してわたしを睨みつけた、けれど退くわけにはいかない。わたしなんかのために、この優しい人に暴力という手段を取ってほしくない。
「ふぉふぉ、にしてもキレイな騎士が咲きましたな。女王を彩るに相応しい、透けるような花だ」
「騎士?」
「あなたの肌に咲く花、月下美人と言うのですよ。ご安心なさい、それは“あなたを思う誰かが咲かせた花”、あなたを思い煩うほどに美しく咲く秘色の刺青」
ここはそういう島なのですと、村長が少しだけシャツの襟を広げて見せた。そこには橙色のハイビスカスが咲いていた、驚くわたしに「ハニーはわしに首ったけ」と村長はポっと頬を明るめてみせた。
(…とは、言われたけれど)
これは、本当に害はないのだろうか。
鏡の前に立つわたしは、まるで生きた花瓶のようだった。肌の至る所に白が刺し、今も生き物のように蠢いて背中や足先へと蕾を増やす。心臓の上にとびきり美しく咲いた月下美人を指でなぞり、白いタオルに顔を埋めた。自分の身体なのに、正直ちょっと怖い。
「____あ、」
そういえば、キャプテンさんに呼ばれているのだった。
寝る前に経過観察をと、夕食時に言われたことを思い出す。濡れた髪を乾かしながら、船内にある診療室へ向かった。
「遅い」
「…すみません」
「さっさと座れ」
苛立った様子を隠すつもりもないらしく、長い足が患者用に添えられた小さな丸椅子を蹴飛ばした。備品を壊されない内にと椅子に座ると、キャプテンさんがカルテにペンを走らせながら問診を始める。
「刺青はどうだった」
「はい、べポくんに確認して貰いました。背中の方も殆ど覆われているようです」
「体に痛みや不快感は」
「ありません」
「口を開けろ」
ペンライトを手にした彼がいうので、大人しく従う。舌をべってする器具をもったキャプテンさんが舌を打って「もっと開けねぇのか」と言われる、…本当に今夜は機嫌が悪い。背の高い彼は座高も人と違うので、少しでも見やすいようにと体を伸ばした。
「…口内には這ってねぇ」
「 は、い」
硬い皮膚の指が、わたしの頬に触れた。すると甘い痺れが体に走る、ああ咲いた。感覚で分かった、きっとキャプテンさんの目にはわたしの肌に這った月下美人の蕾が花開く様が写っただろう。
「…さ、咲きましたか」
「…ああ、気分は」
「ちょっとクラってしますが、大丈夫です」
最初こそ慣れない感覚に気絶してしまったが、彼が触れる度に咲くから大分慣れてきた。体の奥深くを嬲るような甘さに気づかれたくない、火照る体を冷やそうと吐息で動揺を逃がした。
「キャプテンさんが触ると咲いてしまうので、あまり触らないください」
「それじゃ診察にならねぇだろ」
「島から離れれば消えるそうですし、大丈夫です。本当に、なんであなたが触ると咲くんでしょうか」
「…」
「悪魔の能力者さんは、よほどエネルギーを持て余されているんですね」
冷たい掌で頬を冷やして、呆れながら言う。キャプテンさんは「悪かったな、持て余していて」と吐き捨てるように言うと、身体を机に戻して再びカルテを書き始める。
「無理はするなよ、必要なら仕事は休め」
