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シャンクスの宝物には足が生えてる


____海が、歩いている。
深い夜色のドレスを纏って、星空の色に髪を染めて。

呼びかけても答えはしない、いつだって俺だけが見つめていたはずの存在が、その瞳が確かに。真っ直ぐと俺を映した瞬間、____呼吸を、忘れそうなほどの衝動。

「ようこそおいでくださいました」

嫋やかに淑女の礼をとる女を、俺はただ見つめることしかできなかった。





「シノ」

呼ばれた名に振り向けば、上司がちょいと手招きをする。ドレスの裾を少しだけ持ち上げて速足に近寄れば、彼は「お客人が来る」と手早く要件を口にした。

「商談から戻る途中、海賊に襲われたところを助けていただいたそうだ。その方々への礼として、屋敷に招き食事を振舞われたいと」
「かしこまりました、では他の子たちに声をかけて客室と大広間の用意を。お客様は何人ほど見られるのですか」
「三十人弱」

予想以上の人数に驚いて、つい「海軍様ですか」と知る必要のないことを口にしてしまう。だがそれは咎められることなく、上司はどこか耐えるような表情で「海賊らしい」と頭痛の種を明かしてくれた。

海 賊

重く大きな二文字が、頭の上からずどんと落ちてくるような。悲鳴を上げなかったわたしを褒めて欲しい、信じたくない気持ちが先行して聞き間違いではないかと疑問が浮かぶ。だが上司の沈痛な面持ちに、その単語が聞き間違いではないことを突きつけられる。

「海賊、というのは… その、大丈夫 なのですか」
「海軍には連絡を入れず、とのことだ。屋敷の裏にある停泊所を開けるらしい、到着は二時間後と聞いている。お客人の迎えを任せていいかい、レディ・シノ」

屋敷の裏、というと島の洞窟をくり抜いて作られた停泊所のことだろう。確かにあそこならまず人目に付かない。この屋敷は島で一番賑わっている港と離れていることもあり、その裏に存在する停泊所はいわばこの島の正面玄関とは真裏に位置している。

(あそこに招かれるということは、本当に____)

海賊が、来るのか。
あの無法者の荒くれ集団が、

その事実を改めてかみしめると、足の先からぞわりと肌が粟立った。他の使用人も同じようで、パニック状態に落ちかけている若い子を宥めながら客室の用意を進めた。厨房で他の使用人たちと段取りを相談しながら、どうしてこんなことになってしまったのかと考える。

______シノが仕えている屋敷は、東の海の小さな島で一番の名家だ。先代が商売で名を挙げ、息子である現当主は放浪癖こそあるものの出来息子であり、一族の私財を倍以上に膨れ上がらせた。だからといって横柄ではなく、使用人や島の住人たちにも気さくな方だ。

屋敷は、主人が不在の間はその一人娘であるお嬢さまが女主人として取り仕切ってくださっていた。奥様…お母様を早くに亡くされたが、それを感じさせない明るく気の良いお方だ。この屋敷に仕える使用人たちは、みな主人とお嬢さまのことを尊び良く仕えていた。勿論、わたしも例外なく…いつか死ぬまで、ずっとこうして、この屋敷の使用人であろうと思えるほどに。ここは居心地の良い場所だった。

(けれど、それも今日が最後かもしれない)

いよいよ客人を迎えるとなった頃合い、通夜のような顔をして廊下に並ぶ使用人たちにわたしは掛ける言葉を迷っていた。

「もう終わりだ、海賊たちに食いものから金までなにもかも毟り取られて終わるんだ」
「いやですっ わたし海賊の相手なんて、まだカレシもできたことないのに___!」
「でも助けてくれたっていうくらいだし、案外良い海賊だったり」
「そうやって騙された奴から死んでくんだよミザリー」

「皆さん、お静かに」

不安ばかりが煽られている使用人たちを見ていられず、パンとひとつ手を叩いた。その音に使用人たちの前のめりになっていた背筋が一斉に伸びて、わたしの言葉を待つように視線をくれた。

「どのような方々であれ、今夜はこの屋敷のお客様なのです。仕える家の主人を助けていただいたのですから、わたしたちにとっても大恩ある方々です。決して失礼のないように、いつも通り家名に恥じぬお出迎えを」
「うう〜 だけどシノ先輩、わたし怖いです…」

特に若い使用人の女の子が、目尻に涙をためて「だって海賊ですよ」と声を張る。

「新聞で誰を殺したとかあれを壊したとか、そういう記事しか上がらないような犯罪集団っ そんな怖い人たちを前に、わたしいつも通りなんてできません ふえっ」
「ああ、泣かないで。リリィローズ」

耐え切れず泣き出してしまった使用人に、慌てて駆け寄ってその背を撫でる。縋るように凭れてくるのを拒むことはせず、そのままそっと細い肩を抱いた。

「あなたは奥で他の手伝いを。皆さん、お客様のお相手はわたしがいたしますから。後ろで控えて、大広間へのご案内だけしていただけますか」
「___それなら、なんとか」
「結構、さあリリィローズ貴方は奥に」
「ごべんなざい」

若い使用人が「ひでぇ声…」と呟く声を無視して、泣きじゃくる子を奥の使用人室に下がらせた。暫くして呼び出しのベルが二回鳴る。上司と打合せしていた合図で、客人の船が着いたことを知らせるものだ。

(落ち着いて、大丈夫____ いつも通りに)

とくとくと、何時もより早く鼓動を打つ心臓を、呼吸を整えて落ち着かせる。____大丈夫だと言い聞かせて、出迎えの扉の前に立つ。丁寧に磨かれた真鍮のドアノブ、そこに写るわたしはいつも通り。

ネイビーの中級使用人のドレスを纏った、平凡な女使用人だ。

(いつも通りに____、)

遠く聞こえてきた快活な笑い声に意を決して、かこんと屋敷の扉を開く。
するりと風と共に入り込んできたのは、いつもより濃い潮の香り。それとお酒と、煙草の焦げるような。

扉の近くにいた大柄の男性がうかがうような視線をくれるので、わたしはドレスの裾を手に深く歓迎の礼を取った。

「ようこそおいでくださいました」
「この屋敷の使用人か」
「はい、旦那様より皆さまのお世話を仰せつかっております。長旅お疲れのことと存じます、細やかながら客室とお食事のご用意いたしましたので、好きようにおくつろぎくださいませ」

玄関戸を大きく開いて、屋敷の中に彼らをお出迎えする。皆が色んな声を上げて上がるのを端目に、人数を確認する。大小人種様様々な男女が計二十四人、事前に受けた人数より少ないが多種多様なこともあって、人数以上の賑やかさを感じる。

屋敷に入る人間が途切れたので、客人を取り残していないことを確認する。___ああ、ひとり残っていらした。

「どうぞお入り下さいませ」
「ア」

妙にぎこちない声だった。不思議に思って失礼にならない程度に顔を見れば、まず真っ赤な髪に目を奪われた。光を受けてキラキラと輝く髪は、煤汚れているが鮮やかなジンジャーだ。

「どっちにするんだ、お頭」
「え!?」
「だから飯と寝床、どっちも用意してくれるだと」
「あ、 アーそうか、どうやらそうらしい そう、なのか?」

お頭。そう呼ばれた赤毛の男は、訊ねるような声音でわたしを見る。口元を浅黒い手で覆い、もごもごとして少し聞き取り辛かった。

「はい、ご用意しております」
「ああ… それじゃあ、
「飯だ!!!」
「飯一択!!」
「腹減ったー!」

「…食事で頼む、お嬢さん」

遮るようなご飯コールに、どこか呆れたような声で黒髪の男が言う。わたしは粛々と頭を下げ、使用人たちに大広間への案内をお願いする。お頭と呼ばれた男性が入ったことを確認し扉を閉めれば、「立派な屋敷だな」と後ろから話声がした。

「商売上手だとは聞いていたが、随分と羽振りが良いらしい」
「___」
「おい、聞いてるのかシャンクス」
「え、ああ 聞いてるさ、ちゃんと聞いてる! もちろんだ、」

その声が思ったよりもずっと近くに聞こえて驚いた。失礼にならない程度に振り返れば、歩幅ひとつほどの距離に赤毛の男が立っていた。黒髪の男に肘で突かれた勢いで、よろめいた男の体が迫って来る。驚いて少し距離をとって

「大広間にご案内いたします。何か入用なものや、ご不明な点がありましたらお申し付けくださいませ」
「ああ、なら聞きたいことがあるんだが」
「はい」
「どうして二本足で、立ってるんだ?」
「」

_________?
質問の意図が解らず言葉を失うわたし前で、黒髪の男が思い切り赤髪の男をグーで殴った。

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