彼女からご褒美もらわないと満足できないイフリート・エイト
「エイト先生、最近カノジョとどんな感じ〜?」
書類と一緒にかけられた話題は、凡そ世話話とは程遠くて。
人の玄関に土足で上がるというよりか、ダンタリオン・ダリは時折こうして人の家でビールとツマミ片手にホームパーティーを始めるところがある。普通なら警戒するところを、まあ彼だからで済ませてしまいそうになるあたりこの悪魔はニコニコと無害なふりをして、本当に気が抜けない。
「え、それ今ふる話題ですか」
「気になっちゃって」
「そんな気軽にふらないでくださいよ、そんなこと言ったらぜ、」
「え、エイト彼女いたのか!?」
「聞いてないんだか!」
「____ほら、面倒なことになった!」
なんだなんだ、そんなこと聞いてないぞ、リア充滅べ。と群がってくる教師陣を。紫炎を灯した尾で追い払いながらどうやって逃げるかと考えているエイトを他所に、ダリはしれっと情報を追加した。
「うん、しかもね〜 あのメリッサ一族の末娘だよ」
「メリッサって、まさか【女王蜂】…?」
「最強のバフ一族と名高い、…?」
その家名を聞いた途端、エイトに向けられる教師陣の目の色が、ガラリと変わった。嘘だろおい、あれを独り占めしてんのかコイツ、リア充滅べ。…いや、変わらない視線もあるか。
「…苦労もしらないで、まあ」
思わずそんな言葉が零れ出る。____皆、“彼女”のことを知らないからそんなことが言えるのだ。さっきからうまい話にばかり食いついて、メリッサの名と共に語られる決まり文句を知らないのか。そう彼女たちはすべからく…捕まえるのは容易いが、手元に置くのがもっとも難しい。
「ナベリウス卿には、いつ会わせていただけて」
「……………………………………………………」
こてんと、首を傾げて嫋やかに微笑むシノにエイトは目の前が眩みそうになった。勿論揶揄だ、ここの所多忙を極めていたが体調はすこぶる良好だ。いや、快調になったというべきか。
「キミ…、それいつまで言うつもり」
「会わせてくれるまでずっと、わたしはそういう悪魔ですもの。わたしの習性は、あなたが一番よく知っているでしょう」
鈴の音のようころころと笑って、細い指でエイトの唇をなぞる女の悪魔。その爪先から感じる蕩けるような甘い香りに誘われて、カリと噛み付いても。シノは微笑みを浮かべるだけ、それはまるで褒美をあたる女主人のようであった。
それがメリッサ一族、それが【女王蜂】。
彼女たちは役目こそ果たせば、必ず番犬にご褒美を与えてくれる。
彼らの家系能力【快楽蜜(ロイヤルハニー)】は、悪魔の能力を飛躍的に向上させる。通常は体力・筋肉と言った基礎能力がメインになるが、…それに加え、魔力の果ては家系能力まで引き上げるほどの能力を持った悪魔が産まれる。近くにいるだけで能力を向上させる彼らは戦争時代に大変重宝され、同時に敵の手に渡れば危険な一族だと魔王の命のもと厳重に管理された。
その時代に最も力のあった一族の女性に倣い、メリッサ一族の中でも能力の高い悪魔は【女王蜂】と呼ばれた。ここまでなら、彼らは使用回数に制限のないお手軽強化剤という扱いで終わった。けれどそれは、元を正せば、メリッサ一族にとっての副産物でしかない。
メリッサ一族は、魔界で生きていくには脆弱過ぎた。彼らの魔力は悪魔の能力を引き上げるが、自分自身には効果を成さない。だから彼らは生きていくべく…その蜜を持って、より強い悪魔を誘うようになった。その本質は誘惑と陥落、己という存在を褒美に強い悪魔を飼う一族。
だから彼らは能力が強いほど、より強い悪魔(イヌ)を求めた。
メリッサ・シノは、そんな一族の末娘であり、当代唯一【女王蜂】の冠を戴く悪魔だ。
「ナベリウス家といえば、魔界最強の番犬と呼び声高い悪魔でしょう。当代の弟君は、兄君に劣らない厳粛な悪魔で、若くして位階8(ケト)に名を連ねたことで有名でしょう」
「僕だって位階7(ザイン)だよ」
「ぜひお近づきになりたいわあ」
ほわんと、恋する乙女のような顔でカエルゴに夢を馳せているシノ。その様子に、流石にイラッとした。いやいやいやいや、キミの彼氏は僕だよね。しかも久しぶりに会えたっていうのに、他の男の話しかしないってどうなのさ。
もやもやとした暗い気持ちが腹の底にたまる、吐き出すこともできたが。すっかり乙女の顔をしている彼女に言ったところで暖簾に腕押し、ないより他の男の所為で彼女との関係を拗らせるなんて以ての外だ。
なので、取り敢えずソファの上でぽよぽよしているシノを誘拐することにした。
「わあ」
「…」
「待って、ねえどこにいくの。エイト、ねえ、怖いお顔だわ」
抱き上げて無言ですたすた歩き始めるから不安になったのか、首に腕を回したシノが甘い声でエイトの名前を呼ぶ。ちうと柔らかい唇で頬にキスしてくれるが、それくらいでは腹の虫は収まらない。
そのままリビングを抜けて寝室に移動する、そこまで来るとエイトがしようとしていることが分かったのか。シノがぴいと全身で跳ねた。
「いやよ、あれはいや。いやいや、こわいやめて」
「大丈夫だよ」
「それはあなたの話でしょう、わたしは燃えてしまうわ。籠はいや、放してエイト」
「やあ〜だ」
目的のものの前で足を止めると、等々シノがガチンと体を固めた。2人の前にあるのは吊り下げ式のゆりかご、ふうとエイトが吐息を吹けば魔力が火花のように爆ぜながらゆりかごに落ちた。落ちた先からぐるりと真っ赤な舌べらのような火炎がゆりかごを舐める。
一瞬にして燃え上がったゆりかご…そう、ゆりかご。悪魔の寝具としては一般的なものだ。まあ燃えるゆりかごはさすがに____火炎系の悪魔である、エイトたち専用だが。
(少なくとも、シノにとっては)
…怖ろしい光景に違いなくて、
ちらりと動かなくなった彼女を見れば、ぎゅううとエイトに抱き着きながら決死の表情でゆりかごを見つめていた。メリッサ一族は魔蜂に由来する一族ということもあり、籠を嫌った。それに火炎は彼らの棲家である森を燃やす、本来なら花畑のベッドで眠ることを好むシノにしてみれば、火炎に包まれたゆりかごなぞ処刑場に等しいだろう。
…だからこそ、奔放な彼女に一番適したお仕置きだ。
「はい、そんじゃ入れるよ」
「いや いやいやいやいや、エイトやめて エイト」
「今更そんな風に僕の名前呼んでも許しませ〜ん」
イヤイヤするシノをべりっと自分から引き剥がして、容赦なくゆりかごのなかにシノを押し込んだ。…この炎はエイトの魔力で灯しているものだ、彼の指示下にあるのだから当然シノが燃えることはない。けれど、まあ火炎魔術を使わない悪魔にしたらそんなことはどうでもよくて。
「うっ あ、」
「…」
燃え盛るゆりかごの中に入れられたシノが、不安そうに瞳を潤ませる。離れようとするエイトの手を必死にぎり締めて、ああでも。振えば解けてしまいそうなほど、弱い力だ。
先ほどまでの余裕の笑みはどこへ行ったのか。細い方を震わせて、縋るような瞳でエイトを見つめるシノに、少しだけ溜飲が下がるのを感じた。
「…ごめんなさいは」
ゆりかごに手をかけて、屈むようにして体を固めて動けずにいるシノを見る。ああ、きっと自分はいまとびきり意地悪な顔をしているに違いない。こんな顔、生徒には見せられないな。頭の端っこで、今更教師としての自分がそんな言い訳を始めた。
「ご めん なさい」
けれど止められない、シノの涙に潤んだが瞳に恍惚に酔う自分の顔が見えた。癖になりそうだ、そんな言葉を呑み込んで。エイトはゆっくりと、燃えるゆりかごの中に身を潜らせた。エイトの腕の中でかわいそうなほど震える、エイトだけのかわいい女王様を抱きしめて____二人を包むゆりかごを、紫炎で閉じる。