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楽園のケモノマーリンと一緒に小さくなる


「うわあああああ!!!」
「どうしたんですか、先輩!」
「詳細は省くんだけどあれがそれでこれがああなって若返りの霊薬でマーリンがちっちゃくなっちゃった!!!」

詳細は省かれた。



「…」
「…」

怖ろしく冷たい沈黙が、シミュレーションルームを包み込んでいた。藤丸立香とマシュ・キリエライトは今すぐにでも逃げ出したくなる気持ちをぐっと堪えてセルフ正座を決め込んだ。その目の前には空を見つめたままぴくりとも動かない子どもがいる。

床に着くほどに長い虹色の煌めく髪、太陽の光を知らない白磁の肌にライラックの瞳。その特徴だけでも、彼が誰であるかは明白であった。それでも叶うなら現実逃避したい2人に、未熟な体に巻き付いていた花のローブがその正体を語る。

花の魔術師マーリン
英雄王ギルガメッシュの持つ秘宝・若返りの薬を藤丸立香の手違いでうっかり被ってしまった彼の大魔術師は、すっかり子どもの姿となってしまっていた。

それだけならば問題ない。彼がいつもの調子で「やってしまったねぇマイロード!」と茶化して笑って、あとはハッピーエンドだ。だが今回ばかりはそうは問屋が卸さなかった。…彼の王が持つ秘薬は、その『若返り』の名の通り肉体だけではなく精神をも退行させる神薬であった。その効果は絶大で、マーリンただしく若返った___精神も幼く、ただしくマーリン・アンブローズの幼少期に。

いつも華やかな笑みを絶やさず、どんな困りごとでも相談に乗ってくれた頼もしい正義の人。キャスター随一と謳われる美しい発音で幾多の魔術を繰り、時に見方までも微睡わせながら特異点攻略の要となってきたカルデアの切り札とまで言える英霊が、半人半魔であることは有名なはなしで。

本人もそれを隠すことをしないから、いつも軽い口調で自傷ともとれるような揶揄を口にしていた。非人間と言いながらも、彼は表情豊かそのものだ。だから後ろめたさもあった___そんな彼の幼少期を目の前にして、漸く藤丸立香はその意味を真に理解した。

「」

呼吸すら、していないのではと思えるほど。その子どもは、完璧な人形であった。物言わぬ、動かぬ、思わぬ、感じぬ、知らぬ、見えざる、思わぬ、…月影の子ども。ふとすれば存在すら忘れてしまいそうなほど、完璧な家具がそこには在った。

会話すら成立しない。途方に暮れた藤丸は、卑怯だと思いながらも早々に助っ人を召喚した。つまりはアイルトリア・ペンドラゴンである。だがそのアルトリアでさえこの空気に五分も持たなかった。いつも毅然とした彼女は、マーリンを前にした時だけどこかありきたりな少女のような顔をする。そんな彼女にとって、養い親といえるマーリンの幼少期は少しショッキングだったのかもしれない。人選の誤りである。

だがアルトリアはそれでも毅然と「す、助っ人を召喚します!」とシミュレーションルームを出ていって暫く、これ以上の沈黙は心臓が止まるかもしれないと、白い眼をしていた藤丸立香の耳にバタバタと忙しない足音が聞こえた。漸く帰って来た!感激の余りマシュと2人して泣きそうに、いやもう泣きながら前のめりになった矢先、小脇に何かを抱えたアルトリアが真っ青な顔で戻って来た。

「ま、マスター… 緊急、事態です」

その腕に抱えられた、…どこか故郷を思わせる面立ちの少女を見て藤丸は「おうふ」と変な声を出す。事態はえらい深刻なことになった。

「どどどどど どちらさまでしょうかーーー!」
「シノ、です。あの、わたしが呼びに行った時にはすでにこのように。どうやら例の若返りの薬なのですが、カルデア中にバラまかれているようでして」
「わあああシノさん、どうしてこんなことに!」
「マスター、あなたは速く管制室に。事態をいち早く収集すべきと、ダヴィンチ女史とロマニがあなたを探しています」
「でも、ここには…」

ちらりと藤丸が背後を見ると、アルトリアがそれを制するように腕を引いた。「わたしが残ります、あなたは速く」と、その言葉に促され藤丸はうぐぐと呻きながら「すぐ戻るから!」とマシュ・キリエライトと一緒に管制室へと走っていく。

静かになったシミュレーションルームで1人、アルトリアは小さく息をついて。さて、と仕切り直す。

(どうしたものか…!)
___任せておけという雰囲気を出してしまったが、まったくのノープラン。

小さなシノを抱えたまま発情期のクマのようにうろうろしていると、不意にくんとシノがアルトリア服を引いた。

「む」
「おねえさん、だあれ」
「わ、わたしはアルトリアと言います」
「あるとりあ」

大きな目いっぱいにアルトリアを映した少女がおぼつかない声で繰り返す。それに「はい」と頷くと、少女はにへらあと笑う。アルトリアが答えてくれたことが余程嬉しかったのか、少女はさらに「ねえねえ」と訊ねる。

「あのこは」
「あ、彼は…マーリンと、言います」
「まーりん」

その時初めて、マーリンが反応を示した。ぴくりと動いた小さな体を見逃すアルトリアではない。もしかしてと、アルトリアに抱えられて楽しそうにハミングしているシノを見る。彼女を連れてきたのは、やはり正解かもしれない。

「シノ、彼と…その、お友達になってくれますか」
「おともだち、うん あそぶ」
「そうですか、それは喜ばしいことだ!」

どうやら彼女の物怖じしない性格は昔からのようで。アルトリアはそのことにほっとしながら、抱えていた少女をマーリンの傍に下ろした。ぺたんと目の前に座った少女に、マーリンが少しだけ身じろぎをする。下がろうとしているのだろうか、表情が一切変化しないのでどういう意図があるものか解らないが。明らかに、アルトリアや藤丸たちを前にしたときと違った反応だ。

「こんにちは」
「___」
「シノです、よろしくね えっと、まりんちゃん」

おっと、こっちの認識には致命的なミスが発生している。シノが前のめりになって、ぺたんとマーリンの膝に触れるとその変化は劇的なものになる。梃子として動くことをしなかったマーリンが、弾かれたように立ち上がったのだ。そのまま一歩二歩と下がるが、花のローブに足をとられたのかころんと転がってしまう。

どたんと。受け身も取れず転がった少年に、アルトリアは目を丸くした。…凡そ、アルトリアが知るマーリンではありえないことだ。呆然としているアルトリアとは対照的に、少女はそれを見てクスクスと笑う。

「ころんだあ、だいじょうぶ?いたい?」
「っ___、」
「いたいのいたいの、とんでけえ!」

両手をばっと上げて、少女が楽しそうに言う。そうして立ち上がるとマーリンに近づき、べちんと小さな手のひらをマーリンの顔に押し当てた。

「とんでけ!」
「…うっ」
「とんだけ!」
「っ…」

べちん、べちんとほっぺや額に押し当てては上げて。マーリンはされるがままと言った様子で、アルトリアがハラハラしていると楽しそうに笑っていたシノは疲れたのか。そのままべしょりとマーリンに圧し掛かった。見るからに栄養が不足しているマーリンにとっては、少女の重みを受け止めることも難しいようでそのまま二人してころりと床に転がってしまった。

「ふふ、たのしいね」
「……」

頬を明るめて笑う少女を胸の上に乗せたマーリンが、小さく息をする。その勢いに根負けしたのか、諦めたように瞳を閉じた。その様子は先ほどを打って変わって酷くリラックスした様子を感じて、アルトリアはほうと胸をなでおろした。





暫くして、漸く戻ってくることができた藤丸立香は、目に飛び込んできた光景に心底ほっとした。シミュレーションルームの端っこで、マーリンの足の間に座って一生懸命話をしている少女。マーリンも彼女を見つめて、頷いたりと拙く反応を返そうとしている。

何やら酷く感動的なドキュメンタリーを目にしたような感動である。それはマシュも同じようで、二人で意味もなく固く手を結び、少し離れた場所でサムズアップしているアルトリアと三人で力強く頷いた。なにかわからないが、頷きたい気持ちだったのだ。


「できましたわ、さあどうぞ」

ミス・クリーンが仕立ててくれた子供服は、どれも完璧だった。今回の騒動の被害者はサーヴァントを始め、果てはカルデア職員まで多くが犠牲になったようで。とりあえず服ぅ!となった面々に、どこからともなく颯爽と現れた鶴女が(奇怪な声を上げながら)恐るべき神業で衣装を整えてくれた。こちらの方が恩返ししたくなるほどに感謝したが、どうやらこの現象自体がそれはもうミス・クリーンのご褒美のようで。

「かわいいー! ありがとう、しろいおねえちゃん」

仕立てて貰ったワンピースを着て嬉しそうに跳ね回るシノに、鼻血対策のティッシュで押し込んでうんうんと淑女の顔で頷いている。だが、藤丸にはわかる。彼女の眼は変質者のそれだ。

そうしていると、閉じていたもう一つの衣裳部屋のカーテンが開いた。それに気づいたシノが、いち早く飛んでいき、その奥にいた子供に抱き着く。

「っ、」
「まりんちゃんも、おきがえできた」
「…」
「かわいいね、おそろーい!」

同じようにミス・クイーンが仕立てた服をまとったマーリンのお腹に抱き着きながら、シノがぴょんぴょん跳ねる。確かに2人が並ぶとお揃いのように見えた。シノはたっぷりとしたホワイトモスリンに大きめのアクセントリボンが施されたワンピースを着ていた。マーリンも似たデザインのブラウスを着ており、ガウチョパンツにローブを羽織っている。全体的に白いこともあって、二人が並ぶと小さな聖歌隊のようで微笑ましい。

「あ、おはなついてる」

マーリンのローブに着いたブローチを見て、シノが「いいなあ」と少し唇を尖らせた。荒い息でカメラを連射していたミス・クイーンがすぐさま気を利かせようとしたが、彼女の(オタクの)第六感がそれを止める。しかしてそれは正しく、マーリンは相変わらず人形のような顔で歌うように言った。

「はな、ほしい の」
「  シャ」

ジャベッタアアアアアーーーーーー!藤丸は、某ファストフード店のCMバリに叫び出しそうになったのを堪えた、うわああああああ。普段も男にしては高いが、声変わりする前のマーリンの声はもっと高く、透明感のあるソプラノだった。ミス・クリーンは等々床に這いつくばって写真を撮り始めた。

「ほしい、かわいいのすき!」
「…」
「わっ」

シノが言うと、マーリンが手を出してぽんと花を咲かせた。見覚えのある春色の花は、いつもマーリンの足元に咲き誇っている楽園の花によく似ている。突然のことに驚いていたシノだが、すぐにエンジンがかかったようで「すごーい!」と彼の手を掴んだ。

するとぽん、ぽんぽんぽん。と、まるでポップコーンが弾けるように花が咲く。2人を覆い尽くしてしまいそうなほどの花のシャワーに、シノは楽しそうに笑っているがマーリンは目を瞠っていた。まるで、そんなつもりはなかったのにという様子だ。その間にも花は咲いて、そのひとつを手に取ったシノが、マーリンの髪に楽園の花を添えた。

「かわいいね、まりんちゃん!」
「…」

まるで、子どもが親の仕草を真似するように。今度はマーリンが咲かせた花をシノの髪にそえた。どういう魔術を使ったのか、シノの髪に絡みついた花はマーリンが手を放しても落ちることはなくシノの髪飾りとして華やぎを添えた。

嬉しそうにシノが跳ねる、その動きにつられてゆらゆら揺れながらも。マーリンは決して握られた手を放すことはなかった。その様子に藤丸は笑みを浮かべ、ミス・クイーンは無事に尊死した。まって、まだ仕事あるから座に返らないで。

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