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キバナ・バルシヤの罪と罰/The Clocks




(…ここ、どこだろう)
_____目が覚めたら、知らないところにいましたなんて。

またまたァ、そんな経験一度で十分だ。
へなりと笑ってみるけど、現実は変わらない。わたしの趣味ではないコンクリートの床、石造りの壁、高い天井。モノを極力減らし、空間を大きく確保している…これはポケモンと、それも大型のものと暮らしているヒトの部屋だ。

ベッドから抜ける、床には誂えたようにルームシューズが置かれていた。サイズぴったりのそれに首を傾げながら、ひとつひとつを確かめるように歩く。知らない場所は恐ろしい、その筈なのに困惑する心とは裏腹に体はこの場所での生活を良く知っているような____気がした、

扉に貼られたメモ用紙、

「Wish me luck. … 241?」
…意味が分からず、首を傾げる。今日は特別なことがあるのだろうか、…わからない。思い出せない。

カチャンと扉を開けると、これまた広い空間が広がっていた。二階まで吹き抜けの天上、ゆったりと回っているファン、革張りの大きなソファ。ワンルーム暮らしの長いわたしとは不釣り合い、贅を凝らした完璧な世界がそこにはあった。唖然としながらも、目に入ってきたのは時計だ。短針は7時を指しており、ひやりとしたものが背に落ちた。

(か、 ___会社!)

出社時刻は9時、いつもなら朝食をとっている時間だ。8時には家を出ないといけないのに、ここがどこだかも解っていない。気づいた時には、弾かれたゴムのように駆け出していた。壁掛けタイプのTVの後ろを探り、リモコンを取り出す。電源を入れて、番組を変えて…ニュース番組を呼び出す。

__『さて、本日は待ちに待ったチャンピオンカップ、ファイナルトーナメント! 皆さん知っての通りとなりますが、対戦表はこのように ___』

(…アレ、?)

ニュースに移された今日の日付、見間違いでなければ、それは…今から3年後の未来。

「…あ、れ」

最後の記憶を辿ろうとするが、上手くいかない。どうしてだろう、自分の事なのに…まるで他人のことのように思い出せない。視界がぐるぐると回る、気持ち悪くてぺたりと座り込んでしまう。冷たい石造りの床が、この時ばかりは心地よかった。

(ここは、どこ… わたしは、)
_____誰、だろう。

情報が足りない、なにか確かなものが欲しい。
情熱の伴わない衝動に突き動かされて、わたしは部屋を探し回った。漸く見つけた写真には、わたしと…知らない男の人が映っていた。その男の人をみて驚いた、こ、これは…まさかのレゲェ系…!

小麦色の肌に、微睡むように垂れた水色の瞳。写真から見ても体が大きいことが解る、でもはにかむわたしを抱きしめる腕はとてもやさしく見えた。

「…撮ったのは、2年後」

写真の後ろに印刷された日付は、わたしの知る時代より2年先…。この世界で言うのなら、去年…だろうか。う、うぅ、頭が混乱…してきた。そっと大きな冷蔵庫に貼られていた写真を戻す。混乱ついでに小腹が空いて、人体とは素直なものだと戸を開けてみる。中は丁寧にパックされたものがいくつか入っていた。よく見るとメモのようなものが書かれている。

「フライゴン、… ヌメルゴン、 ポケモン用…」

____baby, that's not food!
…確かに見た目が普通のお肉みたいだから間違えるかもしれないが、わたしはそこまでトロ臭くないつもりだ。パタンと冷蔵庫を閉めて、もうひとつの戸を開く…こっちが人間用だった。

スコッシュを少しだけ拝借して、喉を潤す。シンク近くの窓には、オレンジが仲良く並んでいた。よく見ると、マジックでポケモンの絵が描かれている。…これは、ジュラルドンだろうか。うまいなあ、うまいのでわたしの絵じゃないなあ。きっとわたしが描いたのは、真ん中の小さなオレンジ。

そこにはピカチュウが、ゲームボーイで初めてみたドット絵と同じポーズで描かれている。

(仲良し、…だな)

他人事のようにそう思った。
…薄情なのだろうか、でも記憶がないのだから仕方ない。そもそもここに一緒に住んでいる人は、わたしが転生者だと知っているのだろうか。違う世界で生まれて、再びこの世界で生まれた。…2度目の人生、それは少しだけわたしを生き辛くする。だからこんな風に誰かと一緒になれることはあり得ないと、そう思っていた。

(しあわせそう)
_______写真のわたしは、そんなことを知らないように笑っている。
ただただ幸せそうに、まぬけな顔をして。







どうやらお家はナックルシティほど近くだったようだ。
クローゼットの服に着替えて、スマートフォンとお財布…僅かな荷物を持って外に飛び出した。

中世の城壁を今に残した、クラシカルな街並み。知っている世界が残っていた、そのことにほっとしながら駅を抜ける。今日はお祭りなのだろうか、妙に人が多い様に思う。わたしが挙動不審なのが目に見えたのか、どうにも遠巻きに視線を集めているような気がして…逃げるようにそそくさと脇道を歩いた。それでも違和感はぬぐえない、耐え切れず途中の出店でサングラスを買った。

「…おいしー…」

小腹がくうくうと切なく鳴くので、仕方なくPRETでフルーツジュースとサンドイッチを購入した。人込みを避けるように歩いていると、いつの間にか城壁の上、ワイルドエリア寄りのベンチにたどり着いた。そうして漸く一息つけたというわけだ…サンドイッチ美味しい。

「…どうしよう、これから」

驚くほどノープラン。…おそらく、あの家で同居していたっぽい人に連絡する、という手段もあった。だけど、どうしてかそれは避けたいと思う自分がいた。持って来たスマートフォンも、家から駅までの地図を調べる以外に使っていない。見るのがとても怖かったから、…わたしの知らない記憶を、突き付けられるようで。

今日が休日なのが幸いだ、明日…どうにか仕事場に行って。それで何を聞くというのか、3年間の出来事?会社の同僚が知っていることなんて人生の一部に過ぎない、わたしの全てが取り戻せるはずもなくて。

「どうしよう」

その言葉だけが、ぽろりと口をついて消えない。
気付けば空は夕焼け色に沈んでいた。人も疎らになってきているし、ヤミカラスが鳴いている。…今日は、ホテルでも取ろう。財布の中には私名義のクレジットカードがある、スボミーイン空いてるかなぁ。

ぼんやりそんなことを思って荷物を纏めていると、ふいに影が揺らめいた。え、そんなことある? サングラスを取って目を凝らせば、そんなわたしを“影”が見つめ返してきた。

「え、  わ ぁっ!」

ずるりと、影が現実世界へと飛び出してくる!
いや違う、それはわたしの影とは明らかに違う形をしていた。驚いてベンチに縋りつくわたしに、その影は…影から飛び出してきたポケモンは、ひゅるりと鳴いた。それは、洞窟に吹く風のような独特な鳴き声だった。

「ど、 どらぱると」

正解、というように。頭からドラメシヤが2匹顔を出す。それはぴたりとわたしの頬にすり寄ってきて、まるでそうするのが当たり前のように甘えてきた。つ、冷たい…ゴーストポケモン…。ドラパルトが責めるようにじとりとわたしを見るから、良く解らないまま「ごめんなさい」と謝った。すると、大きな体はまたとろりと影に溶けてしまう。そうして不自然な黒い水溜りが、するすると移動していく。え、ドラメシヤ…忘れ、もの。

呆然としていると、ドラパルトがいなくなった方角から人が走って来た。その人はわたしを見止めるなり、「シノさん!」と親し気に呼び掛けてくる。え、だれ。

「漸く見つけました…、ジムにいらっしゃるならそうとメッセージを下されば良かったのに」
「え、あの」
「あなたから連絡がないと、リーダーが文字通り大暴れしています。スマホを家に忘れたのですか?」
「メッ!」

わたしが応えるより先に、ドラメシヤがスマホを勝手に持ち上げた。ちらりと見えた画面には、連絡のポップが忙しなく上げっていた。それを認めた女性が「まったく」と大げさにため息を着いて、耳元をとんと叩いた。

「こちらレナ、リョウタ聞こえる? ___ええ、見つけたわ。ナックルシティに来ていたみたい、一緒にいるわ。ああ、ドラパルトが先に戻ったみたいだからご存じかもしれないけれど、伝えて置いて。 わたしがお連れするから、式典には必ず出ていただくようにと」
「? ???」

「さあ、ジムに行きましょう。キバナ様が、首を長くしてお待ちですよ」

差し出された手を、断るだけの勇気もなくて。
戸惑うわたしを叱咤するように、2匹のドラメシヤが鳴いている。深い夜の色に、夕焼け色のライン。中央にプリントされたドラゴンのエンブレム____それに、聞こえてきた名前。嫌な予感がした、心臓がバクバクと音を立てて加速している。

(わたしは、____)
なにを忘れているの、教えて神さま。

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