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夏祭り、ワタル、空腹を満たすもの




「それでね、それでね」
「ああ」
「だから、そうしたらね」
「なるほど」

ワタルの生返事など気にしていないのか、それとも気づいていないほど酔いが回っているのか。ビールの金が揺れるクリアカップを両手で掴んで、先ほどから一生懸命シノはワタルに話をしている。

一杯空けたところが限界か。もうほとんど呂律が回っていないので文脈も大して聞き取れていない。それでもシノが心底楽しそうに話すので、ワタルも残ったビールをちびちび飲みながらそれに付き合った。

屋台でビールと一緒に購入したツマミはすでにない、だが先ほどまで感じていた空腹はシノを見ていると自然と満たされるような気さえする。強いていうなら彼女の笑顔がツマミ代わりか、

「ワタルさん、話きいている?」
「ああ、聞いているよ。聞き取れてないが」
「ああ、もういじわる!」
「ハハハッ」

隠すつもりもないのでネタばらしすれば、案の定シノがワタルを叩こうとする。そんな細腕に叩かれたところでどうということはないが、テーブルを挟んでいる所為でリーチが足りない。

すとんとテーブルの上に落ちたシノの手を見て笑えば、彼女はむうと眉間にしわを寄せる。だがすぐに何か思い出したように声をあげた。

「ワタルさん!」
「なんだ」
「こうやって親指をたてて、拳をくっつけて」
「…? こうか、」

シノの手を真似て、ワタルも拳をくっつけて親指だけを突き出した。そういえばこんな手遊びがあったなと、ぼんやり思い出していると「それでね」とシノが続ける。

「こうやって、テーブルの上に」
「…テーブルの上、」

シノがテーブルの端に拳を沿わせて、そのまま天板に親指をくっつける。ぎゅうと天板を押すようにするので、ワタルも同じように真似ているとシノが手を伸ばしてくる。

___とん、 と、ワタルの親指の上に、シノがクリアカップを置いた。
たぷんとカップの中で揺れる黄金の波に、すこしばかり酩酊していた意識がさっと覚めた。

「___ オ、 イ」
「ああダメ、揺らさないでこぼれちゃう!」

シノが大きな声で言うから、ワタルもとっさにバランスを取ろうとしてしまう。不安定な親指の上で揺れるクリアカップ、それがなんとかバランスを取り戻して立つ。なんとかビールが零れることなく安定したのを見てほうと息をつくのも束の間、シノが立ち上がってふらふらとどこかに行こうとする。

「っ ___シノ、!」
「おつまみ買ってくる、あとビールのお代わりも」
「なら俺も、 っ、ビールを退かせ」
「ダメだよ、ワタルさん意地悪するんだもん。これはそう、いわば罰ゲームです」

胸を張るシノには悪いが、何一つ理解できない。久しぶりに確保できたオフ、普段あまり会えない恋人が楽しそうに酔って話すのを聞くことの何が悪いのか。

思わず反論が出そうになるがぐっと呑み込む。今はこのカップを親指の上から退かせる方が先決だ。情けない話だ、犯罪集団でさえ手を焼くワタルの手をシノは瞬く間に封じてしまった、それも両手。シノがカップを退かしてくれない限り、ワタルはここから一歩も動けない。

「退かしてくれ」
「ダメです、だって自由にしたらワタルさんすぐどっかいっちゃうんだもん」

少し強い口調で言ってみるが、酔っ払い相手には意味がない。それが甘やかされていることを自覚している相手ならなおさら。からんと下駄を鳴らして近寄って来たシノが、ワタルの赤い髪に触れる。

夏の夜、すこし汗ばんだそれを遊ぶように触れた後。忌々しそうに見上げてくるグレイの瞳に気づかないふりをして、耳元にちうと口付ける。

「偶にはワタルさんが待っていてください」
「シノ」
「ふふ、置いて行かれる方の気持ちも少しはわかってもらわないと」
「シノ、わかったから。君、酔ってるだろ。ひとりじゃ」
「いってきま〜す」
「危ないだろ!」

最後は怒鳴るような声が出てしまった、祭囃子にかき消されたが近くを通り過ぎたカップルがびくりと肩を震わせる。それほどの剣幕だったいうのに、シノは楽しそうに浴衣の袖を揺らして屋台の灯りの中に消えていってしまう。

ぽつんと残されたワタルと、僅かにビールが残ったクリアカップ。あまりにも情けない、溜息をついて空を仰ぐ。ああ、少しだけ硝煙の匂いがする。そろそろ花火が打ちあがる時間だろうか、

(…存外、寂しいな)
___いや、寂しいよりも。不安の方が強い、俺の目の届かないところで危険な目にあっていないかと。

何かと隙の多い恋人だから、余計に。…ああ、シノももしかしてこんな気持ちだったのだろうか。それを思えば、この程度の仕返しは些細な事のように思える。

(堪える)

早く帰ってきて、この空白は君にしか埋められないことを俺はもう知ってしまっている。

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