恋人が告白されている場面を目の当たりにしてしまったけど(紆余曲折)フロイドリーチくんは今日も元気です

「オレ、一年生の時からお前のこと気になってた」
それは、フロイド・リーチにとって青天霹靂であった。
気分がのらないので授業をサボタージュして、ふらりと宛もなく行き着いた先は植物園だった。授業中の生徒たちも寄らないであろう奥まった木陰を見つけて、そこに寝転がって時間を潰していた時にそれはやって来た。
風に乗って漂ってきた香りで直ぐに気づいた。それはフロイドがただ一人のために調香して、バースデーに贈った特別なパルファムだったからだ。彼女はフロイドとは違って真面目な生徒なので、きっと授業で訪れたのだろう。学年が違うので授業が一緒になることもなく、会えるのは決まって放課後であったので、こんな時間に会えるとは思いもしなかった。
すぐに飛び出していこうと思ったが、先生に見つかって彼女の成績をイタズラに下げるわけにもいかない。まずは様子を見なければと、地面に這いつくばって香りを追った先に彼女はいた。ミワ・ミズナシ、NRC二年生のポムフィオーレ寮生、フロイド・リーチの可愛いカノジョだ。
(ア゛ 誰だよアレ)
だがすぐに問題が発生した。カノジョの隣に、知らない人間の男がいる。会話の内容から察するに魔法薬学のペアなのだろう、実験着のカラーはスカラビアだ。____て、いうか近い。少し傾けば彼女の華奢な肩に触れてしまいそうなその距離感はなんだ。そんな近づかなくても、こんだけ静かな植物園なら声は届くだろうがガキが殺すぞ。
頭の中でスカラビア寮生を五回ほど絞殺した後、フロイドは飛び出しそうになる体をぐっと地面に押し付けて呼吸をした。本当なら、今すぐにもミィをあのクソ男から引き剥がして、サメのエサにしてやりたいところだが、…すでに、そういうことをして、フロイドは失敗しているのである。
デート中、フロイドが少し目を離した隙にミワにちょっかいをかけたモブに無言のハイキックをかまし、殴って、噴水で水責めにした。デート先が人魚と親交のある陽光の国でなければ、普通にしょっ引かれる案件だ。それでも事情聴取はされた、だがそんなものフロイドにとってはどうでも良い。けれど、これが忘れらない記憶になったのは、ミワが顔を涙でいっぱいにしてフロイドを怒ったからだ。
これがなにより、フロイドに効いた。
ブレイクアップという単語まで飛び交ったもので、フロイドもパニックになり、この時のことは詳細に覚えてはいないのだが、いくつかミワと約束をした。むやみに暴力を振るわない(ただし、ミワの前に限る)、すぐに怒らない(ただし、ミワに危害がない場合に限る)、威嚇も脅迫も禁止(ただし、ミワが気づかなければセーフ)、その他エトセトラ。
詰まるはなし。ミワの前に限り一切の暴力行為を禁止されている。それはフロイド・リーチの存在否定と紙一重であったが、そんなことどうでも良いくらいミワのことを愛しているので問題はない。けれど、こういう時に最も手軽で効果的な手段に訴えることができないのが、辛い。
(落ち着け、今は…後で、絞め殺してやる… ミィに嫌われんのだけはヤダ、落ち着け落ちつけ…)
「オレ、一年生の時からお前のこと気になってた」
____カスが、こっちが下手にでたら調子乗りやがって。
理性を失わなかったのは奇跡に近い。それでも、ぐっと堪えた。握りこぶしが土を抉って、鼻血が出そうなほど頭が沸騰したが、それでも、フロイド・リーチが絶えたのは____、ミワの反応が、知りたかったから。
「…え?」
(…エ? じゃねぇええええええええだろおおがああああ!)
いや、だがまあしかし、想像通りの反応ではあった。だから、ミワの傍には自分が必要なのだ。フロイドの可愛いヒレのないプリンセスは、妙にマイペースで鈍感な所があるから。
「でもさ、気付いたらほら…三年のフロイドと付き合ってて、オレ流石に出る幕ねぇなあって」
「あ、う うん …知ってたの、」
「うん、知ってたけど。言っておきたかったんだ」
フロイド・リーチの恋人と知って、ミワにしょうもない独り善がりに着き合わせたことが発覚したので、スカラビアの男は今夜中に息の根を止める、オレが止める。だとして、だ。
(断れ… オレがいるから、オレのことが好きだから… なんでもいいから、ミィの言葉で言って…)
もはや、祈る様な気持ちだった。
一言で良い、彼女言葉で、声で、確信が欲しかった。___フロイド・リーチのことを愛しているのだと、その確信が。
ミワ・ミズナシからフロイド・リーチに対する好感度は、マイナスからスタートしていた。
それでも恋人になれたのは、一重にフロイド・リーチの飽くなき献身と努力の賜物である。大きな体を縮めて、献身的に彼女に寄り添った。そうして少しずつプラスを掻き集めて、フロイドのプロポーズを受けいれてもらえた。ちなみにその夜、オクタヴィネル寮のモストロ・ラウンジでは一晩中フロイド・リーチを称えるパーティーが開かれた。(人魚にとって恋愛の成就は、それだけ意味のあるビック・イベントなのだ)
けれど、そこからが本当の戦いであった。なまじマイナススタートと自覚があるからこそ、フロイドは何時だって己の根底に渦巻く不安と戦っていた。___本当に、彼女は自分のことを愛してくれているのだろうか。 自分と同じベクトルで、同じ水深でこの恋に溺れているのか。その答えをずっと、得られずにいる。
「それで、聞けたのですか」
静かに話を聞いていたジェイド・リーチが、神妙な面持ちで続きを待つ。フロイドが静かに首を振ると、ジェイドは口元を隠しそんな、とショックを受けた様子で押し黙る。
「『ごめんなさい』って、それだけぇ 当たり障りないよね、ミィらしいけどさあ」
「フロイド、ああなんと言ったら良いか」
「別に解ってたから気にしてねぇよ、元々オレが無理言って付き合って貰ってるトコあるし」
はあと、落胆を溜息の中に閉じ込めてフロイドは長い足を折りたたむようにしゃがんだ。月明りもない深夜、湿った土の上に転がる死体未満は、終わらない制裁にすっかりと気力を奪われたようだ。麻袋の中で必死に息を殺して、嵐が過ぎ去るのを待っている。その弱者の吐息も、人魚の聴力では耳障りなほど。
そうして肉袋を前に黙っている姿がどう見えたのか、ジェイドが伺うように提案する。
「沈めてしまいますか」
「やり過ぎ」
「アニフィレッラに手を出したのですよ、四肢ひとつ失わず溺死するだけならば軽すぎるほどでは」
「ミワに嫌われたくない」
「ああなるほど、そちらでしたか」
「アーーーー、マジムカついてきた」
立ち上げるついでに肉袋の胸倉をつかみ上げたフロイドが、ろくに立てもしないそれを放って蹴り上げる。サッカーボールのように跳ねないので、こちらが移動せずに済むのはありがたい。骨が砕けて、内臓が捻られる。その音が、静かな夜にリズミカルに響いた。ジェイドがそれにハミングを乗せて、頃合いを見てはマジカルペンに光を灯す。
___そうして、死んでしまわないように、適度に治してやるのだ。
人間は人魚と違って簡単に死んでしまうので、仕方ない。
「…」
「ごぼっ ぐぷ 」
「…」
「がっ あ し、 し、 ヌ ごぶ」
「…」
「 ぶぐ ぐ、 ヒュ ヒュー ヒュー」
「ぐずん」
「おや」
「うえええええ」と、泣き始めてしまったフロイドに、ジェイドは「おやおや」と困ったように振舞った。どうやら怒りが、悲しみにすり替わってしまったらしい。「ミィ」「ミィ、どうじで」「こんなにずきなのに゛」と情けなく恋人の愛を求めながら、恋敵未満を殴り蹴る様子は異常と言って良い。
暫くするとそれもどうでも良くなってしまったのか、蹲ってぐずぐず泣き始めてしまったフロイドの背をジェイドはよしよしと撫でてやった。
「今夜はこのくらいが頃合いでしょう、僕はフロイドのメンタルケアをしなければなりませんので___ジャミルさん、後はお任せしてよろしいでしょうか」
夜に向かって投げた言葉から、滲むようにして姿を現したスカラビア副寮長は苦い顔をしてフロイドとジェイドを一瞥した。
「随分と好き勝手やってくれたものだ」
「先に手を出したのは、あなたの寮生ですよ」
「わかっている。まったく、人魚の番に手を出すバカが、我がスカラビア寮にいたとはな」
「ちゃんと教育しとけよウミヘビぐん゛~~~~!!」
「はああーーー、カリムになんて報告すれば」
慣れた様子で意識を奪う魔法を唱えたあと、ジャミル・バイパーは肉袋を担いでスカラビア寮へと戻っていった。
「いらっしゃい、フロイドさん」
「うん、おじゃましま〜す! あ、これお土産、ミィがリツイートしていたやつ買ってきたんだあ」
フロイド・リーチという人は、いや、人魚は。いつも、わたしを喜ばせようとサプライズを欠かせない。掲げられた袋には、確かに覚えのあるブランドロゴが入っていて、「ありがとうございます」と自然と言葉が口をついた。
「えっと、じゃあ紅茶を淹れますね」
「え、オレやるから、ミィ座ってなよ」
隙あらばこれだ。甘やかし上手な恋人をなんとか押しやり、魔法でポットを沸かしていると「これなに」と彼が呟く声が聞こえた。
「これさあ、忘却薬?」
振り返った先で、いつの間にかベッドサイドに立っていたフロイドが、小瓶をライトに掲げていた。たぷんと、瓶の中で深い紫がかった黒液が揺れる。
「アスペラス・クロマティアの比率多くね、これじゃあ飲ませたヤツの記憶を吹っ飛ばすだけじゃなくて」
「トラウマを刺激するように配合しました」
「ミィが作ったの?」
「はい、…でも結局、使う前に終わってしまって」
どう廃棄したものか迷って、サイドテーブルに置きっぱなしにしてしまっていた。フロイド「ふ〜ん」と生返事を返すばかりで、視線を小瓶から外さない。興味があるのか、ないのか、今一読み取れない後ろ姿だが、自分から語る必要もないだろうとティーポットの準備に移った。
「ねえ、何に使うつもりだったの」
「え」
「これ」
お土産のチーズケーキを二人で食べてのんびりしていた頃、忘れていた話題をフロイドが議題に乗せてくる。これ。と言って、彼がテーブルに転がしたのは例の小瓶で、そういえば元の場所に戻してくれたか確認を怠っていたことに気づいた。
「…もしかして、欲しいんですか? なら差し上げますが、」
「ううん、別にいらね。でも、ミワが誰に、どういう意図で使うつもりだったのかは気になるかも」
「あまり楽しいお話じゃありませんよ」
「いいよ、聞かせて」
「…少し前に、イヤなことがあったんです。だから、その意趣返しに作りました」
自分の仄暗い行為は、恋人に隠したくなるものだ。
けれど、わたしの恋人はそういった事項の引き合いに出せば、まず右に出るものはいないほどに、真っ黒な人物であることは周知の事実であって。常日頃の彼の行動を思えば、このくらい刺激的でもなんでもないだろう。普段は不安に感じている事実が、この告白の場に限っては妙な自信となって背中を押してくれた。
しかし、言葉は選ぶべきだ。
彼はとても嫉妬しいなところがあるから。…イヤなこと。というのが、同級生の男子生徒に告白めいたことをされたというのは、黙っていた方が良い。
『ごめんなさい』
最初はなんとも思わなかった、そんな当たり障りない言葉を返すほどに。けれど、後でじわじわと怒りが込み上げてきた。わたしがフロイド・リーチの恋人であることを「知っていたけど」、彼は「言っておきたかった」と言った。つまり、恋人のいるわたしがそんなことを言われても困ると解って、あの男はあんな戯言を口にしたのだ。
それはまるで、自慰の道具に使われたような屈辱だった。
男が言動に到った心情など関係ない、わたしは少なくともそう受け取った。それが事実だった。それに気づいた時、どうしようもなく許せなくて、その日の内にわたしは薬のレシピ本を開いて調薬の準備を始めた。もはや、男の中に一欠片でも自分の残像がいるのが許せなかった。男の一方的な妄想に凌辱された自分など、もはや『わたし』ではないと解っていても、許容できなかったのだ。
「わたしは、フロイドさんの恋人なのに」
伝えるつもりのなかった言葉が、声になってしまう。
___結局、男子生徒はその後、休学してしまった。忘却薬を飲ませられなかったことだけが後悔として残ったが、それを理由に男を思い出すのも癪だったので、心象操作の魔法で消し去ったのが昨日のこと。…こんなことなら、もっとしっかり隠しておくべきだった。折角の彼との時間が台無しだ。
「フロイドさん、…?」
もうこの話は止めようと伝えたかったのだが、フロイドはそっぽを向いて黙ってしまった。もしかして怒った、中途半端なはなしは彼の機嫌を損ねてしまったのだろうか。恐る恐る、もう一度名前を呼ぶと、ちらりとカナリアイエローの瞳だけが、わたしの方に視線をくれる。柔らかく垂れた目元が、怒っているわけではないことを教えてくれて、ほっと胸をなでおろした。
「どうしたんですか」
「……んーーー、別に。 ねえ、あのさ、答えたくなかったら別にいいんだけどお。もしかして、イヤなことされたのってミィと同じクラスのスカラビア寮生?」
「はい、そうですけど どうして、分かったんですか」
「んー んー…、なんとなく? えへへ」
へなんと、テーブルの上に俯せたと思えば、長い足が子どものようにパタパタ揺れる。わたしのサイズに合わせたテーブルは彼には小さいだろうに。「足ぶつけちゃいますよ」と伸びた足に手を添えれば、大きなフロイドの手がそれを掴み、ぎゅうと握った。
「オレぇ、ミィのことだあい好き」
「と、突然なんですか」
「恥ずがりのミィは言ってくれないから、オレが代わりにい〜〜っぱい言ってあげるね」
わたしの掌にキスをする人魚、その瞳は視えない熱に浮かされていた。触れた唇から伝染して、わたしにまで伝わってくるその熱の正体を、わたしは知っている。「おてやわらかに…」と情けない声を聴いても、フロイドはあの特徴的な声で愛情たっぷりに笑うのだ。
