ジェイドリーチに翻弄される
「ミワさん」
こんこんとテーブルがノックされる。教科書から顔をあげると、…あげると…あげると、キラキラしたオッド・アイが見えた。
「リーチくん、こんにちは」
「はい、こんにちは。勉強のお時間を邪魔してしまい申し訳ありません、以前お話ししていた本を読み終わりましたので…急ぎお持ちしました」
「あ、ありがとう!」
勢いよく立ち上がった所為で、がたんとイスが鳴る。数名の生徒が何事かとこちらを見るので、顔を熱くなった。そうだ、ここは図書館。静かにしなければ…。恥ずかしさを繕うように前髪を直すと、リーチくんがくすくす笑いながら抱えていた本を渡してくれた。
「どうぞ、確かあなたのクラスの課題授業は来週だったと記憶しているのですが」
「うん、そうなの」
本を受け取り、タイトルに目を滑らす。課題授業のテーマにあったその本は、先週事前学習のために探していたものだ。見つからなくて図書係にきけば、彼がレンタルしていると聞いた。事情を話すと、彼は返却する前に渡しに行くと約束してくれたのだ。
「本当にありがとう、急かしてしまったようで申し訳ないです」
「いえ、かまいません。それに僕は復習のためにレンタルしていただけですから」
「さすがオクタヴィネル寮生です」
「ふふ、寮長には敵いませんよ」
オクタヴィネルの寮長と言えば、成績上位ランカーのアズール・アーシェングロットくんだ。ハーツラヴュルの天才リドル・ローズハートくんに並ぶ存在だ。あまり揮わず中の下をふわふわしているわたしにとって、2人は雲の上の人のような存在だ。
「ああ、それと…もしよろしければなのですが」
「はい?」
「課題授業のプリントをコピーしてきました、クラスによって少し内容が変わるということなので参考になるかはわかりませんが」
「あああ、ありがとうございます…!」
なんてやさしいひとなんだ…!
震えながらプリントを見つめていると、リーチくんは「大げさですよ」と笑った。
「もし僕に力になれることがあれば、また何時でも声をかけてください」
「うん、あのわたしにできること、は…少ないけど リーチくんもなにかあれば言ってください、全力でお手伝いします!」
「…はい、楽しみにしてます」
_____ジェイド・リーチくんは、優しい。
一年生の時にクラスが一緒になったオクタヴィネル寮の男の子。NRCでは少数派の女子であるわたしを何かと気配ってくれる。…中には、笑顔が胡散臭いとか、頭のイカレタ恐い男と言う生徒もいるが。わたしから見ると、紳士的で物腰柔らかい同級生だ。どちらかというと、彼の兄弟であるフロイド・リーチくんの方が、何を考えているのか分からなくて恐いという本音は秘密である。
(思い出すなあ、初めて仲良くなったときのこと)
一年生の時、今にもましてチビだったわたしは背の高い男子ばかりのクラスでひどく浮いていた。少しでも馴染まないと…と努力していたが、自分の出来の悪さ誰よりも判っている。だからこそ悲しくて、情けなくて、毎日自己嫌悪に陥っていた。そんなある日、苦手な飛行術の授業でペアにならないかと声をかけてくれたのがジェイド・リーチくんだった。
「お話しするのは初めてですよね、ジェイド・リーチと申します」
「わ、わたしはミワ・ミズナシです よろしくおね、 あっ」
彼はあまりに身長が高くて、顔を上げ続けていたらふらりとよろけてしまった。日光が目に入ってくらくらするわたしに、リーチくんは「すみませんでした」と言って…地面に膝をついて屈んでくれたのだ。
「これでどうでしょうか」
そういって笑ってくれた。少し下にあるオッドアイがとても優しい色をしているように思えて、じわりと心の奥で凝り固まっていた気持ちがにじみ出る。
「…わ わたし、飛行術が得意ではなくて、そのペアになってもご迷惑を」
「……ミズナシさん、これは内密にしていただきたいことなのですが」
「! はい、」
なにかと身を固くするわたしに、リーチくんはそっと秘密の話を持ち掛けてきた。小さな声で、「僕も苦手なんです、飛行術」と呟いた。目を丸くするわたしに、彼はイタズラが成功した子供のように笑う。
だからわたしも気づけば笑っていて、そんなわたしに彼は「嘘じゃないですよ?」と言った。…事実それは嘘じゃなくて、彼の飛行術は目も当てられないものだったのだけど。

二年生になって、クラスが変わってしまった時はショックだったが。こうして今も話す機会が多いのは、とても喜ばしい誤算だ。それもこれもコミュニケーション能力の高いリーチくんのおかげである、わたしはそういうことが苦手なのでとても助かっている。こうして考えると、彼にはおんぶにだっこさせて貰ってばかりだ。偶にはお礼をしないと、愛想を尽かされてしまいかもしれない。
そういえば。と、思い出す。彼は趣味でテラリウムをしていると言っていた。それに絡めて何かプレゼントしよう。わたしも似たような趣味があって、実家でマリモを育てている。マリモは可愛い、小さくてコロコロしていてぎゅっと抱きしめてあげたくなる。リーチくんは、珊瑚の海…冷たい北の海底が故郷らしい。マリモは見たことないかもしれない、これはプレゼントとして良い線を行っているのではないだろうか。
思いついたら吉日。実家に手紙を書いて、魔法便で送ってもらった。小さな瓶に入った小さなマリモ、気に入るかわからないので控えめにひとつだけ。それでもみっともなくないようにリボンを巻いて包みに入れた。気に入ってくれるだろうか、すこしのワクワクを隠してわたしは彼を探すことにした。
_____だが、まさか。寮生をリンチ中の“違う”方に鉢合わせてしまうとは思いもしなくて。
「……」
「___、」
「ひっ ぐっ… やめ、やめてくれ… 」
リーチくんと、まったく同じ顔。
それが、わたしをじっと見ている。
わたしは石のように固まってしまって、その場には彼の足元に蹲っている男子生徒の呻き声しか響かない。フロイド・リーチ、彼の兄弟の片割れ。彼は大層な気分やで、誰それ構わずに気に入らなければ締め上げる狂暴な人だと聞いた。こわい、ひとだ。
カタカタと、体が震える。どうしよう、声がでない。逃げたいのに足が、動かない。彼にあげようと抱きしめている箱を潰してしまいそうだ、ああそんなのダメ。だって、リーチくんの…笑った顔が見たかっただけなのに。
フロイド・リーチが、動いた。土を踏む足音に、びくんと体が跳ね上がった。こちらに向かってくる気配に、身構えるように俯いた。だが恐れていた衝撃は訪れず、代わりに抱きしめていたものがくいと傾いた。
「なあに、これ? …もしかしてぇ、オレへのプレゼントとかだったりして」
長い指で箱を突きながら、へなりと笑う顔は…少しだけ、リーチくんと似ているような気がした。予想にしていなかったフレンドリーな態度に呆然としていると、背後で男子生徒が呻いた。苦しそうな様子に頭を叩かれた気がして、気づけば駆け寄ろうと踏み出していた。だがそれはいつの間にか伸びていた腕に阻まれる。
「! あ、」
「放っておいて良いよ〜 契約を守らなかったのは、アイツなんだからあ」
契約、とはなんのことだろう。困惑するわたしに、彼は笑う。「あっちいこ」と腕をつかんで、成すがままについて行った。あの男子生徒のことが気になったけど、目の前の背中が言っている。口にするな、放っておけ…その威圧を前に、わたしは何かを言える勇気はなくて。黙って彼に従う他なかった。
「…っで、なんであんなとこいたの?」
「え」
「あそこ滅多に人こないんだよねぇ… アンタ、ミワ・ミズナシでしょ? “ジェイド”と一年生の時にクラス一緒だった」
適当に離れた校庭の隅で、唐突に話を振られた。彼の口から自分の名前がでたことに驚いたが、続く言葉に納得する。そうか、彼らは兄弟だ。
「…あの、リーチくん探してて あ、リーチっていうのは、あなたじゃなくてジェイドくんの方です!」
「_____ へえ、“ジェイドくん”、ね」
不意に、彼がひどく不思議な表情をした。ぽつんと違和感が胸の内を騒がせる、だがそれを突き詰める余裕はなくて、捲し立てるように言葉をつづけた。
「か、彼にはお世話になっていて… それで、お礼を、渡そうとおもって…」
「お礼って…その箱のことぉ? ぐしゃぐしゃになってるけど」
「え… あ!」
つんと指で突かれた腕を見れば。そこには力いっぱい抱きしめられてひしゃげたプレゼントの姿が。あああああああ〜!心の中で力いっぱい悲鳴をあげながら、慌てて中身を確認する。良かった、瓶は無事だ。ほっとしていると、ぬうと伸びてきた手にそれを奪われた。
「あ! それは…!」
「…なあに、これ? コケのちっこいのだ」
「それはマリモっていって、リーチく… ジェイドくんにあげようと、テラリウム好きって言ってたから あの かえし」
「ふーん、ジェイドがテラリウムやってるって知ってるんだ」
「一年生の時に、教えてもらった、から」
「覚えてたの?」
「は、はい… あの、いい加減かえして ください」
奪い返そうと背伸びをするが、り、リーチが違い過ぎる。いや、あのギャグではなくて。
フロイドくんは、マリモが入った瓶を光に透かし興味深そうにそれを見ている。やがて、満足そうに笑って。それがどうしてもジェイドくんに重なって見える。こんなに違うのに、やっぱり兄弟なんだ。____そう思うと、気が抜けてしまった。
「うん、じゃあオレがジェイドに渡しておいてあげる〜!」
「え、」
「どうせこれから会う予定だし、別にいいでしょ?」
「え、 あ、でも」
直接渡さないと意味がないのでは…!?
そう思って、なんて伝えようか考えていると、すくんと影が近づいた。見れば、フロイドくんが地面に膝をついていて…キラキラしたオッド・アイがわたしを見上げている。
「ありがとう、ミワ」
それはいつかの光景に、よく似ていた。
……結局、奪い返すこと敵わず。フロイドくんが「じゃーねー」と言うのを、わたしはぽかんと見送った。
しばらくそうしていたが、はっと思い出して先ほどの場所へと向かった。あの男子生徒はいなかった、そうしてみるとまるで先ほどのことが夢のようにも思える。
(ちゃんと…渡してくれるかな)
一応、恐いけど、ジェイドくん…の兄弟だ。信じてないわけではないが、やっぱり明日ジェイドくんに会いに行こう。確認は必要だと思う、うん。
「はあ、誰おまえ」
「…」
後日、廊下の先にフロイドくんを見つけた。昨日のことがあったので、少し恐怖が薄れたわたしは勇気を振り絞って彼に声をかけた。だが一言目がそれだ、わたしの勇気と心がボギィ!と折れる音がした。
ダリィ〜と歩いていく彼の背中を見ながら、どどどどどういうことだ。と考える。大層な気分屋だと聞いていたが、これはそういうレベルを超えているのではないだろうか。わたしは焦る気持ちを抑え…きれず、ダッシュでジェイドくんのクラスに向かった。
「おや、ミワさん おはようございます、そんなに焦ってどうしましたか?」
「じぇ、じぇ じぇいどくん あの、あのね」
「はい」
ジェイドくんはなぜかとても機嫌が良さそうだった。息絶え絶えのわたしに驚きもせず、とても楽しそうに笑っている。
「ふろ、フロイドくんの方に、昨日プレゼントを、」
「ああ、“フロイドから”受け取りました! とても愛らしいですねマリモ、頂いてすぐに色々調べてしまいましたよ」
「ん? あれ、受けとって、くれてる…?」
「はい、もちろん。 部屋に飾っておりますよ」
よれよれと伸ばした両手を、彼の手が優しく包んでくれる。白い手袋越しに感じる温度は体温の低い彼にしては、少し暖かい。そんなことに気づける程度には落ち着いてきた。でも、頭の中はパニックだ。
「あ、あの…さっきフロイドくんにあったら、誰って言われて…」
「……ふふ、フロイドは気分屋でいけませんね?」
「…ん?」
やっぱりそういうレベルの気分屋さんなのか。首を傾げれば、ジェイドくんも真似っこするように首を傾ける。混乱するわたしを落ち着かせるように手のひらを親指がなぞった。
「さきほどから、僕のことを名前で呼んでくれていますね」
「… あ、ごめんなさい! 昨日フロイドくんに、リーチくんって言っちゃって、それで」
「かまいませんよ、これからもそう呼んでください。 僕ばかりミワさんとお呼びしているので、少し寂しかったんです」
寂しい、その言葉がどうにもジェイドくんにそぐわない気がした。見上げれば、彼は少し屈んでくれて「ね?」と笑った。なので、気づけばこくんと頷いていた。寂しいのは、いけない!頷いたわたしを、ジェイドくんはひどく満足そうに見つめていた。その顔ややっぱり、昨日見たフロイドくんとそっくりだった。
He laughs and says, "quot;He is me,"quot; of course.