伊達夫妻に女中が思うところにて
葛野は、故郷を岩代(※現在の福岡あたり)とし、名のある武家の長女である。
7つの頃、奥州領大名伊達輝宗が居城・米沢城へ奉公に入った。年頃になればしかるべき相手と縁を結び、城を出るのが習わしだ。だが、その例より外れ、葛野は誰かと番うことなく米沢城で女中としてあることを選んだ。
やがて、次代が伊達政宗となられたころ。ほどなくして、葛野は主君から初となる指名を受けた。何か無礼を働いたのか。悪い予感を感じながらも案内された先で葛野は_____生涯を捧げる事となる、主と出会った。
「今日から手前の世話を任せる。女中の葛野だ、解ったか___ことり?」
ことり。
そう君主に呼ばれた少女は、見たことのない衣装を纏い戸惑いとともに葛野を見ていた。
奥州岩城・鶴ヶ城。
戦国の口火が切られてから向う、奥州筆頭伊達政宗はそこを居城としている。丘陵高く築かれた天守閣、その頭に頂く鯱が、明晩真っ白に染まった日の事。
一夜にして肌を切るような寒さになったと、葛野は他人事のように思う。幼少のみぎりよりこの地で育った葛野にしてみれば、この程度の寒威はどうということはない。だが、遠く天部から下りて来た天女にはどうにも違うらしい。上等な桐で誂えた衣装箱を手に縁側を歩いていると、さくりと雪を踏む音がした。
「Hey 葛野、邪魔するぜ」
「殿」
ざくざくと草履で雪を踏むのは、紛れもなく伊達政宗その人であった。冬らしい濃い色の合わせに、豪華な金糸竜が描かれた羽織が良く似合う伊達男。咄嗟に臣下の礼を取ろうとしたが、政宗の手に制止された。
「一気に白くなったが、不便はないか」
「ありませぬ。お恥ずかしながら、通年より少し雪が早かったので仕度は間に合いませんでしたが。 …今朝方、草の方たちが納屋から火鉢と綿布団を用意してくださいました。畏れながら、殿の命とお聞きいたしまして」
「That's right. 必要だろう」
「御心配り、汗顔の極みなれば」
踏み石の上に脱ぎ捨てられた草履を、そっと内に隠す。屋敷に上がった政宗は、目を細めて室内を見まわした。やがて迷いない足取りで歩きはじめる。葛野もそれに続いた。
「“元は”親父が趣味に興じる為に誂た場所だ。一年を通して過ごすには適してないと思ったが… Huh?良い腕の大工を雇ったんだな。これなら雪の重みにも耐えられるだろう」
「はい」
「アイツの故郷は雪が降らなかったらしいぜ。 だから過ごし方もしらない、良く見てやってくれ」
「承知仕りました」
アイツ、それが誰を指しているのかなど今更口にする必要もない。
ここに住まうのは数人の女中とあと一人。そしてここは鶴ヶ城の城壁の内側、政宗が許した者しか踏み入れることのできない場所だ。女中を除けば、その誉をいただく人を葛野はただ一人しか知らない。
「ことり、入るぜ」
すうと障子戸が開く。そこが、葛野の主人の部屋だ。
「寒くて動けないだあ?」
政宗がいまにも舌打ちしそうな声で言う。
今し方、彼の散歩の誘いを寒さを理由に断った女は、しかし、当然という顔で頷いて見せた。
「お前この程度の寒さで動けねぇとか、本格的に冬が来たらどうすんだよ。 動けねぇどころの話じゃねぇぞ!」
「…その前に、元いた世界にかえります…」
「Ah――! 手前ぇもう黙ってろ!!」
体を抱いてがくがく震えることりに、怒鳴る様にして政宗が言う。
そして酷く苛々した様子で羽織を剥ぎ取ると、「ありえねぇだろ」と文句を言いながらもことりの身をそれで包んだ。言葉とは裏腹に、ことりを気遣うその様子を端目に、葛野はそっと手にしていた衣装箱を端に置いた。…ことり用の綿の上着を持って来たのだが、今これを差し出すのは不躾と言うものだろう。
「Huh!? なんでこんな手が冷てぇんだ、ッチ idiot! 火鉢に寄ってろ!」
「はい… 伊達さま、散歩は…」
「Forget!」
葛野は異国の言葉を知らない。だが、ことりは違う。苛々した様子で火鉢をひょいと片手で持ち上げる政宗に、ことりは「はあ…わかりました」という。…それは、政宗が彼女をほど近くに置いている理由のひとつだ。
「この位で悲鳴あげてんじゃねぇよ、あとひと月もしたらこの倍は冷え込むぞ」
「…」
「なに死にそうな顔してやがる」
「…冬眠したいです」
「Hum できるもんならしてみやがれ」
(まあ…それ以上に、理由がありそうだけど)
だが、葛野は口にしない。それが優秀な女中と言うものだ。
凍えることりを自分の羽織で包み込み。甲斐甲斐しく火鉢を寄せて、手ずから温石まで整えてやることの理由が、それだけでは足りない。
だが、その理由に二人はまだ気づいていないように思う。最初はどうなることかと思ったが、葛野のふたりの主人は…穏やかに、ゆっくりと。二人なりの歩幅で…少しずつその答えに近づいているのだ。
(…微笑ましいこと、)
葛野には、二人が手をつないでゆっくり恋をしているように思う。
今年で四十を超える身には、少し甘酸っぱすぎる光景だが…その先に在る暖かな未来を、願わずにはいられない。
「まっさむね公〜 ここにいるって聞いたんだけど、一緒に一杯どぶっふぁーセクハラー!」
「うっせー成実! 黙ってろ!」
「あぶふわっ ちょ、さむ!なんで俺、縁側から蹴り落とされたの!? なんで行き成り俺の温石盗ったの!? 俺ちょっと政宗公のことわかんないよっ っていうか閉め出された!」
「ッチ うっせー野郎だ。 ほら、コイツももっとけ」
「それは今し方向うの人から取ったものでしょう、貰うわけには」
「オレが良いっつんだよ。良いから、病人みてーな顔してるやつは、大人しく頷いとけ」
「はあ…」
「葛野、薬缶に水を張ってこい。茶の用意を、」
「はい、只今」
伊達家の春は、いまだ少し遠い。