U:One of these days is none of these days
「___にしても、これは」
「見事に男性でござるな」
「……あんまりじろじろ見ないでください」
ところ変って、ことりの自室。そこにはチアキとシノブ、そして…ことりがいた。二人の記憶にあることり=水梨といえば、小柄で無表情な女というイメージだ。だが今は、彼女の面影を持つ表情の乏しい“男”だ。
「遺言は伊達ではなかったな。随分と背が伸びたじゃないか!」
「遺言?」
「アレでござる。 『セイチョウツウ』 『ヤバイ』 」
「ああ、あれ…」
チアキが掌を使ってことりの身長を比べている横で、シノブの答えにああと得心する。そういえばそんなことも言った。
「あれから三日…ようやくアクションがあったと思えば、俺たちだけ呼び出すとはどういうことだ」
「そうでござるよ。ことり殿のエディルレイド、みんな心配しているでござる」
「…彼らは、どんな様子ですか」
聞けば、セナたちは最初こそ狼狽していたが、すぐに順応し今では通常業務に戻ったとのことだ。
アークエイル総本部において、エディルレイドは保護対象であり基本的に労働義務などはない。だがことりは違う、人間でありアークエイルと契約し特例ではあるが“契約保護官”の名目がある以上、業務時間があるし成果を求められる。
アークエイルはその性質上、ことりのような複数のエディルレイドと同契している多種煌珠使い(バリアスプレジャー)は好まれない。そのため、ことりが仕事に同行させられるエディルレイドは一人に限られる。その間、他のエディルレイドたちはアークエイル内で庶務的な仕事をしていた…、自発的に。
「ツカサ殿はエディルレイド民族研究科、アラシ殿とリツ殿はエディルレイド保護区に行かれたでござるよ」
「セナは本部の配給部にいるぞ」
「セナ殿の人気すごいでござるよ! もう協会員みんなデレッデレでござる」
「うむ。まあセナは顔だけならアークエイルのエディルレイド一だからな! 顔だけは!!」
「チアキさん、セナに個人的な恨みでもあるんですか?」
「でもセナ殿に言い寄った人たちは、みんな絶対零度の視線で睨まれて、身も心も言葉でズタズタにされたでござる!」
「ご迷惑をおかけします…」
「それで三日でついたあだ名が『氷の女王』だ!」
なんか突然ミュージカルソングでも歌いだしそうなあだ名だ。
三日間の間どんな様子であったのか事細かに伝えてくれる二人には悪いが、このままでは話が進まない。
「…あの、結局“これ”って 何時治るんですか?」
二人はぴたりと口を閉じて真面目な顔を答えた。
「クヌギ総監がナツメを尋問したのだが、…本当に徹夜の勢いと場のノリで創り上げた秘薬のようでな。同じものはもちろん、反対の効力をもつ秘薬を作るのも難しいらしい」
なんてはた迷惑な。
「それにことり、お前成長痛ヤバかったと言ったな」
「ああ、ヤバかったですね」
「あの秘薬は同契者とエディルレイド…双方をつなげる同契という不思議な縁に、科学的なアプローチをかけたものらしい。縁を介し、互いの遺伝子情報を意図的に組み替える…まあそれにしても本来なら性別情報ではなく、生命活動…寿命をターゲットに設定したはずのようだが」
「どっちにしろ失敗じゃないですか」
改めて、自分がとんでもない劇物の被験者になっていたことを実感させられた。
「こんな秘薬、考え付いてしまっただけでも軍法会議ものだが。それ以上にこれは、被験者…特に同契者への負担がかかりすぎる」
「…わたし、ですか」
「ことり殿は覚えておらぬかもしれないでござるが、昨日ナツメ殿が診察したでござるよ。色々難しいことを言っていたでござるが、ことり殿とエディルレイドたちにこれだけ投薬後に顕著な違いがみられたのは、“身体形状の変化”がかかわっているようでござる」
「形状変化?」
すかさずチアキが説明してくれる。
「エディルレイドは自らの身体を武器に“変化”させる。どういう原理なのかまだ解明されていないが、…彼らにとって“自分の身体組織が組み替えられること”は当たり前のことだ。だから投薬後も、問題なく活動できた」
「……ちょっと待ってください、つまりわたしは…一時的にエディルレイドの形状変化を疑似体験したってことですか? それが成長痛…?」
信じられない気持ちで訊ねれば、神妙な顔でチアキとシノブが頷く。茫然とするわたしに、チアキが「だから軍法会議ものだと言っただろう」と言う。
「人間の魂…心と言うものが解明されていない今、これ以上の同契者を形状変化させたら“どうなるかわからない”とのことだ。身体の形状変化は科学の分野だが、魂や心…霊的(スピリチュアル)はナツメの専門外だ」
「つまり要約すると、可能な限り残りの人生はこのまま過ごした方が賢明ということでござる。ことり殿、南無三!」
「………まじかよ」
いや、別にいい。これといって自分の性別に固執していたわけではない、セナたちがそれでいいといなら、わたしは女であろうが男であろうがかまわない。だが、…だとしたら、ひとつだけ問題がある。
「ゴホン …あー…今回のことは完全にアークエイル側の不手際、監督不届き行ということで。クヌギ総監から、ことりたちの生活援助に尽力することとお達しが来ている」
「なら…さっそくひとつ」
「む?」
「チアキさん… わたし、 いえ… 俺を長期任務に出してください」
「は?」
「できればダブルSSくらいの難易度のやつでお願いします」
「は?」
その時、セナに電流走る。
「ことりちゃんが…長期任務?」
「…俺たちを連れずに〜?」
「…Oh…」
「うう〜 すまないでござる。拙者には止められなかったでござる」
音もなく床に崩れ落ちたセナに、シノブがおろろと告げる。ちなみにチアキはいない。チアキはことりの申し出を快く承諾し、ちゃっかり自分を任務隊長に据えたのだ。まだ男の身体に慣れていないことりのフォロー役という名目だが、絶対に違う。残されたエディルレイドたちに事を伝える役目が面倒であっただけだ。
「えーっと…あのシノブちゃん。一応確認なんだけど」
「なんでござろう」
「ことりちゃん、元気なのよね?」
「拙者が話した時は五体満足元気モリモリといった風でござった」
「なにそれ、憂さ晴らしに長期任務行ったてこと? 俺も行きたかった〜」
駄々を捏ねるリツの声が、セナには遠い世界のことのように感じた。どうしようどうしよう、そんな風な言葉ばかりがセナの頭の中を駆け巡る。置いて行かれた、俺が。ことりに_____捨てられた…?
ぞくりと背筋に冷たいものが走る。足の下から亡者の腕が伸びて四肢を絡め獲られる様な恐怖。それは過去に一度経験したことのあるものだ、あの時____オルガナイトにことりとの同契を無理やり解かれた時に感じた喪失感。孤独。胸の奥の大事なものが抜け落ちてしまった、感覚。
「イズミちゃん」
「 っ ア」
「大丈夫よぉ! ことりちゃんのことだもの、何時もの気まぐれ。すぐに帰って来るわ」
「まったくお姉さまはFreedomすぎます!」
ぽんとセナの肩をたたくアラシ。ツカサは両手を腰にあて心外だと怒っている。…皆、きっと同じ不安を抱えているはずだ。エディルレイド…煌珠の民がもつ同契者との繋がりは特別なものだ。それはこの世でたった一人にだけ捧げられる空より果てない信頼と、海より深い愛情。エディルレイドにとってそれは、とても大事な意味をもつ。その相手が傍にいない、それは身を裂かれる様な痛みと同じこと。まるで世界が真っ暗な闇に包まれてしまったようだった。前も後ろも、未来も見えない。それなのに、どうして…平然と振舞える?
(…なにを、根拠に)
_____ことりを、信じればいい…?
(俺は、ことりのXXXXではないのに)
「タカミネ!」
チアキの声に、タカミネが答える。拮抗していた敵の得物をアーミーナイフで捌き、膝蹴りを叩きこむ。そうして風のようにチアキの元へと駆けた。
「≪あいぎょうのけそう≫」
伸ばされたチアキの手にふれて、タカミネが謳う。紡がれる一言に呼応にするようにして、二人の周囲に翡翠の旋風が巻き起こる。
「≪雄心にいだかえ 契り籠ん≫____!!」
「≪雄心にいだかえ 契り籠ん≫____!」
タカミネの右肩を色取る翡翠の核石(エレメンタルジェレイド)が綺羅に煌めく。その身体がふわりと風に溶けて人の身体から武器へと転じた。タカミネの腕が重なる様にしてチアキの腕とひとつになる___そうして顕れたのは、双手の手甲と旋棍刃。翡翠の風帯を纏い、同契者のチアキの手中へと下る。
「よし、いくぞタカミネ! アークエイルの正義にかけて、敵を一人残らず捕えるぞ!」
≪いや、チアキ先輩が突っ走ると、相手死にますよ… はあ、俺が力を制御すればいいんでしょう 鬱だ…≫
「俺の名はチアキ=ガーファングル! お前たちを成敗しにきたアークエイル筆頭保護官だ! 覚えておけ!!」
≪うわあああ 言った傍からああああぁあぁ!≫
(あっちは大丈夫そうだな)
敵の得物を捌きながら確認する。チアキの旋棍刃が旋風を巻き起こし、散らばっていた雑魚を掻き集め纏めて吹き飛ばしてくれる。チアキと同契しているエディルレイド…タカミネは風属性(ジン=ウィンズ)のエディルレイド。極めて個体数が少ない上、高い能力をもつ希少種族だ。
「ことり! ここは俺たち流星コンビに任せて先に行け!」
≪え、なんですかそのダッサいコンビ名… 殺すぞ≫
「俺たちのコンビ名だ! 初披露だぞ、タカミネ! これはしっかり功績をたてて輝かしいデビュー戦にしたいものだな!」
≪心底どうでもいい…死にたい、はずい…≫
「いくぞお!」
テンションが噛み合ってないが、ノリに乗っているようなのでお言葉に甘えることにする。今回の任務は、大規模なエディルレイド売買組織の摘発と壊滅。および囚われているエディルレイドの保護だ。外ではチアキの他、アークエイルの精鋭たちが組織のものたちと対し、さきほど組織の頭を捕縛することに成功した。あとは、残党処理と、囚われているエディルレイドたちを保護するだけだ。
現在、ことりが駆けているのは組織の塒のなかでも中枢に位置する要塞だ。エディルレイドレーダーによれば、ここに身元不明のエディルレイドたちがいる筈だ。途中、残党を相手にしながら探っていると、女性の甲高い悲鳴が聞こえた。悲鳴と気配を頼りに声のする方へと向かうと、1つの地下倉庫へとたどり着いた。そこには捕らわれた男女と、頭から足の先まで麻袋のようなもので姿を隠した男がいた。男は片手に肉切り包丁をもち、それを髪を掴み上げた女性に振り下ろそうとしていた。_____解体屋だ。
(っと、____)
腰から愛刀を引き抜く。ほど近くまで踏み込み、刀の背で包丁を受け止める。解体屋が驚愕している内に逆手でもう一振りを引き抜き、解体屋の利き腕を切り落と_____じゃなかった。あぶない、くるりと持ち方を変えて柄先で手首の骨を叩き折る。
「ぐっ ああああア―――――――!」
「っぶね、 間違えた」
セナとの約束、破るところだった。
なにがあっても殺さない、それがセナと初めて会ったときからの約束であり、ことりを縛るやさしい鎖だ。
一振りは鞘に収め、手首を抱えて蹲る解体屋の腹部…鳩尾あたりを思い切り蹴りあげる。気絶したことを確かめて、近くにあった…おそらく売買する人を閉じ込めていたのであろう…犬ゲージの中に転がして錠を落とした。くるりと振り向くと、囚われていた男女が怯えた表情でことりを見る。それを一瞥した後、ことりは端末を取り出し外の指揮系統にエディルレイドを発見したことを伝えた。隊員の到着を待とうと息をつくと、その中のひとり…薄い黄色の髪の女性が「返して」と呟く。解体屋に髪を掴まれてたエディルレイドだ。
なにかと見れば、女性はその胸に誰かを抱いていた。ぽたぽたとこぼれる赤いしずく、雪よりも白い肌とくたりと放られた手を見れば、その命がすでにこの世にないことは一目で知れた。見れば、その横腹が酷く損傷していた、まるで何かを抉り出したような傷だ。
解体屋、彼はおそらくこの場にいるエディルレイドの核石のみを取り除き逃げる様に命令されていたのだろう。周辺を探してみれば、すぐにそれは見つかった。まだ鮮血の残る淡い紫水晶の核石。それは命を絶たれた彼女自身のように思えた。素手で振れるのは憚れて、グローブを外した。それに包む様にして核石を手に取り、女性の元に膝を着く。
「…、」
かける言葉はみつからなかった。核石と友人の身体を抱いて、ただただ泣き腫らす女性…その姿に、被る銀の髪。ああ、ときしりと胸の内が悲鳴をあげた。
(ダメ、だ)
セナたちと出会ってから、どうにも感傷的になっている。目の前の男女の姿が、境遇が、セナたちでなくて良かったとほっとしている自分がいる。そうだ、だからこそ_____強くあらなければいけない。誰よりも。何よりも。もう二度と、
_______泣かせたくないから、
「ことり、お手柄だったぞ! 状況終了だ、良くやった。 流石俺の一番弟子だな!」
「おつかれさまです、ことりさん…」
「はい」
ばしばしと叩いて激昂するチアキだが、どうにも気が乗らない。それが見て分かったのか、チアキはぐいとことりの身体を引き寄せた。
「俺たちは万能じゃない。 全ての悲劇を回避することは不可能だし、何かもをハッピーエンドにすることはできないんだ。 …あまり思いつめるなよ、救えるはずのものも救えなくなるぞ」
それは、確信だった。こくりと頷いて見せると、チアキはパッと笑みを浮かべ「よし」と背を叩く。タカミネは後ろで溜息をついているが、察しがついたものがあるのだろう。鬱や死ぬなどの決まり文句を、この時ばかりは口にしなかった。「休んでいろ」という言葉に甘え、アークエイルの車に入った。ふうと息をついて、改めて戦闘を思い返す。
(…おもっていたより、戦えるな)
最初こそ、リーチの違いに戸惑ったが。慣れればこの体は良く動いた。小柄ゆえにスピードを武器にしていた女の時とは違う、長く逞しく良く肉がつく男の身体はそれまでことりに足りなかったパワーを与えてくれた。その分スピードが落ちた気がするが些細な差だ、この体はバネもあるから鍛えればすぐにあの速度を思いだせるだろう。
大丈夫、自分はまだセナたちを守れる。
_____傍にいてもいい、
それなのにどうして、こんなにも会いたくないと感じるのか。セナたちのもとに向かおうと思う度に、足は重くまるで大きな岩を背負わされているような心地になる。心が求めるのに、身体が拒むのだ。こんなこと、いままで一度としてなかったのに。