V:When it is dark enough, you can see the stars
「_____ん。じゃあ、また」
連絡を終えて、店を出る。随分と日が暮れている。だがそろそろセナも腹が減ってきたことだろう。それをダシに食事でも誘って機嫌を直してもらうのが良いもしれない。そんな算段をしながらぼちぼち町へ戻ると、そこには険しい顔をした町人…それに女主人がいた。
「?」
「…早くこの町から出て行っておくれ」
投げ捨てられた荷物にああと得心がいく。別に驚くことではない、最初から歓迎などされていなかった。カバンに詰め込まれず、バラバラのまま投げ捨てられた荷物に辟易としながらしゃがみ込む。ひとつひとつ手にして、ふと気づいた。…刀がない。それにセナはどこだ。
「…あの、連れがいたと思うんですけど」
「ああ、あの男かい… とんでもないもん連れ込んでくれたもんだよ!」
大声をあげる女主人の顔は尋常ではない。周りの町人の視線もそうだが、…どうやら何ごとかあったらしい。
「事情をお聞きしても?」
「しらばっくれてっ あんたたちの所為で、うちの子ども達は山賊に誘拐されたんだ!」
山賊、その言葉で思いつくのはグリストの姿。思っていたよりも行動が早い。町人たちは、子どもを人質にセナの身柄を要求されたのだろう。それだけ解れば十分だ。
「取引場所はどこですか」
「なにをっ _______!」
答えは求めるだけ無駄なのだろう。その判断は、町人たちの視線の鋭さで知れた。仕方がないので、____人質をとって脅迫することにする。
「_______きたか、」
それは最悪の展開といって相違なかった。
町人たちに捕縛されたセナは、とある条件を引き換えに大人しく同行することを約束した。アルユ=ユディンの町を離れ、深い夜に支配された森の中を進んだ。そうしてセナたちの前に姿を現した男は…グリストではなかった。
体格こそグリストより小柄だが、抗いがたい圧力(プレッシャー)を放つ男。セナはその男に見覚えがあった、そして全ての意図が繋がったとき頭の中で警笛が鳴り響く。
「っ 逃げなぁ はやく!!」
「な、 なにを!」
町人に囲われるようにしていたセナが前に躍り出る。町人を庇うように腕を広げるセナに、戸惑いの声があがった。逃げる気配はない、当然だ。彼らは子どもを人質に取られているのだ。その様子が歯がゆくて、…でもどうすることもできなくて。セナは目の前の男を睨みつけた。男はそんなセナに笑みを深める。そうして頬杖をついていた手を、まるで誰かに合図をするように仰いだ。
「うわああ!」
「やめろ、なんなんだお前らはっ!」
「っな!」
がざりと茂みから賊が飛び出してくる。その手には剣や斧が握られており、無抵抗な町人に容赦なく襲い掛かる。悲鳴に振り返ったセナの目の前に、鮮血の赤い死線が広がる。
「≪しとどめの っ ____!」
咄嗟の謳は、背中から覆いかぶさって来た衝撃に拒まれる。土に押し付けられると骨が軋み、押しつぶされて肺が悲鳴をあげる。抵抗しようにも、どういう訳か二本の足は関節を抑え込まれ自由が利かない。後ろ手に掴み上げられた片腕がきしきしと嫌な音をたてる。
「お久しぶりですね、騎士さま」
「っ、 あんた…!」
「あの時は遅れをとりましたが、今回は…わたしと、わたしの同契者(プレジャー)の勝利のようですね」
短い茶色い髪、それと同じ輝きを持つ核石(エレメンタルジェレイド)。その顔は忘れられるはずもなかった、裏切者の同胞! ぎちりと唇を噛むセナの前に、ざと土煙が舞う。はっと息をつめた時には遅く無遠慮に頭を掴み上げられる。
「久しぶりだな、セナ」
「…っ!」
「人間嫌いのお前が、ニンゲン連れて町に入ったて聞いた時には我が耳を疑ったぜ。だがどうやら本当だったみたいだなあ、こりゃあ弟分(グリスト)には悪いことをしちまった」
「悪いこと? マスター、あなたの率いる組に腕や足の一本で喚き散らす様なやつはいないわ」
「まあ確かに、 つってもまあ、もう喚く力も残ってねぇだろ」
視線を送れば、示し合わせたように賊たちがずるりとなにかを引きずってくる。それが怖ろしく綺麗な切断面を土と泥だらけにしたグリストの“死体”であった。
「…ほんと、サイッテー」
「あん?」
「自分の部下殺して、…そいつのお蔭でなんとか俺を掴まえられた癖に。 一々やること小さいんだよねぇ あんた」
冴え冴えとしたセナの瞳が、男の顔を映し出す。それはまるで氷の鏡のようだった。
泥にまみれ、地面に這いつくばっても折れない崇高な矜持。それはまるで決して折れない一振りの剣にも似ていた。男の笑みが深まる。だがそれが意図するものは、決して良いものではない。
「お前…いいなあ、ほんと。 それでこそ調教のし甲斐があるってもんだ。やっぱりじゃじゃ馬っつうのこうでなくっちゃな」
「マスターの腕の見せ所ですね。 喜んでください騎士さま、マスターが同契したエディルレイドはみな従順に、そして美しく永遠を生きるお人形さんになるのですよ」
うっとりと囁く同胞には反吐が出る。
そう、それが目の前の男…バーバズィア=ガルストのやり口だった。彼は幾つかの賊を束ねる頭にして、エディルレイドの調教師と名乗る変質者だ。エディルレイドを乱獲し、自分と同契者(プレジャー)させる。そうして同契の名の下にエディルレイドを調教とは名ばかりの拷問にかけ、従順な人形に仕立て上げる。…エディルレイドは見目が良いものが多く、希少性も相俟って珍品コレクターや成金は挙って大枚をはたいた。出来上がった人形は“商品”だ。エディルレイドは同契した人間に能力を発揮することができないという掟を逆手に取られたのだ。
(逃げない、と)
この変態の手に捕まるなら、いっそ死んだ方がマシだ。
ぎちりと唇を噛むセナを右から左、まるで品定めするように見ていたガルストだがふと思い出したようにいう。
「でもまさかなあ、セナが同契しちまうとは予想外だった」
「!」
「これじゃあ、俺と同契できないよなあ。困ったなあ、」
エディルレイドは、ひとりの人間としか同契(リアクト)できない。それはエディルレイドに遺伝子レベルで刻まれている掟だ、理性が崩壊しても本能が許さない戒律。…どうやら、ガルストはあの人間と自分が同契したと勘違いしているらしい。それは、最悪の、事態だった。
「ちょっとぉ なに勝手に妄想してくれちゃってんのぉ! アイツはただの行きずりで、俺とはなにもっ」
「ん〜〜〜とはいうがよぉ、セナ。 それを「はいそうですか」って信じるほど俺は甘くないぜぇ。昔からいうだろ、妖しきは罰せよ___ってな」
「ええ、マスターの言う通り。 殺すべきです」
「っ ふっざけないでよねぇ!!」
きんっと空気が凍る。気づいたエディルレイドがセナの上から飛びのき、ガルストと共に大きく飛びのく。直後、ぶわりと冷たい風が巻き起こった。それは万象を凍らせる氷河の息吹。蒼い風の中央で怒りの形相でガルストを睨みつけるセナに、彼は上機嫌に口笛をふいた。
「流石、プリミエナのスネグーラチカ。 いや、氷の女王(ヴィルジナル)か。 …同契なくして一国を滅ぼす。個体としての進化し過ぎたエディルレイドの『騎士』、そのひとり」
「マスター、あれは危険です同契(リアクト)を」
「そうだな、 セナの“力を回復させる”人間だ、さっさとセナ捕まえて。人間の方も始末するか」
「_____≪ふき閉じのろ≫」
エディルレイドの謳が空気に溶ける。
「≪障りしぞきて 契り籠ん≫____!」
謳と共に、エディルレイドの周辺に土塊が舞う。さきほどまでの少女の姿が茶色い光の中に消え、それは一度散り散りとなり、ガルストの腕に集り再び形となす。____そうして現れたのは強大な石の大剣、エディルレイドがもつもうひとつの形…戦闘形態だ。
「調教以外で商品にキズを付けるのは商売人の信条に反するなあ、どうだセナ。大人しく降参するつもりはないか」
「馬鹿にしないでよねぇ! さんざん追いかけましてっ… 関係のない人間まで殺して! ただで済むと思ってるとかちょうウザい!」
≪騎士さまが悪い、マスターのいうこときかないから。 マスターの言うことを聞かないとね、鞭で百回叩かれちゃうんだよ≫
「こりゃあプラス三百回でもたりねぇ、 ってなあ_!」
「俺の邪魔しないでよねぇ!」
ガルストが石の大剣を振り上げる。同契は確かに凄まじい力を人間に与えるが、それはあくまで性能の良い武器でしかない。使い手がグズであれば、それだけ宝の持ち腐れになる。ガルストが間合いを詰めるが、それは腕のいい賊の速度を超えない。セナは素早く響応の謳を編み上げる。
「≪氷牙の楼(グラス=ヴァント)≫___!」
大地から氷の牙が突き抜ける。それは意思があるようにしてガルストに襲い掛かった。くんと石の大剣がひかれ、重い動作でぐんと引き下ろされる。するとまるで鉄の固まりが落ちた様な衝撃が地面に響き渡った。地震のようなそれは地面を割り、セナの氷の牙を力任せに叩き割る。
「っ、___!」
「おいおい、もう降参か」
聞こえて来た声は思っていたよりも近い。弾かれるように飛びのいた前に切っ先が落ちる。がんっと再び凄まじい揺れが引き起こされる。よろめきながら体勢を整えようとしたセナの足にぐるりと土の鎖が巻き付いた。
「な、」
≪____≪土竜咢≫ 逃がさないよ、≫
何時の間に謳を編んだのだ。ガルストの後ろ、波打つ石岩の鞭がセナへと襲い掛かった。直撃する____予感した衝撃に目を瞑る。真っ暗になった世界に、きいんという鈍い音が響いた。
「……誰だ、お前」
「…?」
ガルストの声におそるおそる目を開ける。予想していた痛みはなかった。その代りにセナの前には…小さな夜を集めたような背中が立っていた。
「んー… とりあえず、 お姫さまを助けに来た『騎士』、とか」
「はあ、 」
こてんと首を傾げる正体不明の女にガルストが眉を顰めた一瞬の間。首筋に走った冷たい気配に、理解するよりも先に身体がぐんと傾く。直後、何時の間にか間合いを詰めた女の得物が先ほどまでガルストの首があった場所を掠めた。
「っ____!」
「意外と動けるのね」
横に倒れる様にして退いたガルストを、感情のない伽藍の瞳が見つめる。
「なめんじゃねぇぞ!!」
体勢を整えたガルストが弾くようにして…先ほどのスピードが嘘のような速さで…大剣を振りかぶる。女は身体を捻る様にしてそれを避けると、勢いのまま地面に突き刺さった大剣にたんと乗り上げる。
≪なっ!≫
一歩二歩、まるで踊るようだった。大剣の上でステップを踏み、ひうんと足を回転させる。回し蹴りが、ガルストの横面に炸裂した。エディルレイドの悲鳴が響く中、女は更に軌道を変える。少し高いヒールが、ガルストが大剣を握る手を容赦なく踏みつける。痛いだろう、喉の奥で花火が弾けた様な悲鳴があがる。
≪このっ、≫
「あ」
ぶわりと土の風が巻き起こると、女が足場にしていた大剣が消えた。そうして現れたエディルレイドはガルストを連れて下がる。女も同じようにセナの元へと下がる。土の上に座り込んで呆然と見上げてくるセナに、女は場に似合わない柔らかい声で告げた。
「待たせてごめんね、セナ」
「っ 」
それは、セナが置いてきたはずの小さな人間の女であった。
王子様は何時もお姫様のピンチに駆けつけるものである。そんなありふれた物語を読むたびに不思議に思っていた。…二人は運命なのに、どうして王子様はお姫さまがピンチになる前に助けてあげられないのかと。
「っ ちょっとぉ!」
セナの裂くような悲鳴が聞こえる。それはそうだろう、たった今わたしの得物が土の鞭に叩き割られたのだから。四肢を、腰を絡めとって、まるで意志があるように動いたそれはわたしの身体を思い切り地面へと叩きつけた。
「 かはっ ! 」
結構、いやかなり、いたい。これは本気で死ぬかもしれない。
石と岩でできた見たことのない“人間にもなる”大剣を持つ男が何か言っているが、あいにくさま。衝撃が耳まできていて聞こえない。腹部を支えてなんとか立ち上がろうとするわたしに、セナが駆け寄ってくる。
「あ、あんた、 いいからぁ もういいから、」
「…ごほっ いやぁよくないでしょう… エディルレイド、強いなあ こりゃあ、きばんないと勝てない」
キズを労わってか、セナの手はわたしを掴もうとするが宙を浮いたままだ。いいから、とはなんのことか。いや、わたしにはさっぱりわからない。
立ち上がって、息を整えて。額からこぼれる血をぐいと拭う。さあ、どうやって戦う。得意の得物がなくて、しかも相手はエディルレイドなんていうチートアイテムを所持しているとなった。正直なところ、あの男は大して強くない。問題はあの土岩の大剣…エディルレイドの方だ。あれが隙だらけの男を怖ろしく丁寧にカバーしている、体制を整えようとすれば土の鞭が飛んで行き手を塞ぐからとんでもない変態アイテムだ。
「おいおい、最初の威勢はどこにいっちまったんだあ!? 剣も折れちまったくせによぉ、どうやって俺とやりあおうってんだ ああん˝!?」
…どうやら、相当怒らせてしまったらしい。
殺すという先の言葉は遊びではなく、本気でわたしを殺さないと彼の矜持が許さないとみた。いろいろ策はあるが、正直撤退が一番良い。なぜなら、この男を倒しても、今は男の指示で手を出してこない部下がいる。正直、このコンディションで男を倒したあと、概算で30人はいる賊を相手にする元気は…ない。
「…やっぱ、武器がないとどうにもなあ」
「!」
町人からくすねて来た剣はすぐに折れてしまった。やはりわたし程度の使い手では、業は得物を選ばなければいけないようだ。簡素だがそれなりの匠が打ち上げた一振りは、どうしても、ガラクタには劣る。なにより、勝る訳がないと思っているわたしが、その脆さに拍車をかけているのだ。
(…どうする。ここでよしんば逃げられても、傷が癒えるまえに男が追ってくるだろうし。というか、そもそも逃げられるか… いや、逃げたら町の人間は皆殺しにされる)
目の前の男は、そういう男だ。
ちらりと後ろを見る。セナの綺麗な水色の瞳が、真っ直ぐにわたしを見ていた。雪のように白い肌が青褪めて、見ているだけで可哀そうになる。頬が土で汚れている、あの男に散々いじめられたようだ。拭ってやろうと伸ばした手がセナの頬に触れる前、自分の手の方がよほど血と泥で汚れていることに気づく。これでは駄目だ、今のわたしではセナを慰めてやることもできない。
「ごめんね、もうちょっと辛抱して」
手を戻して、言う。その時、なぜかセナの目がとても寂しそうに揺れた気がした。きっと気のせいだろう。踏み出した一歩は、伸ばされたセナの手を知らずに前へと進む。
「別れの挨拶はすんだか」
「いや、 でも… 未来の約束を、した」
もうちょっと辛抱して。すぐに__________この男を、倒してしまうから。
ぐんと前にでる。無策に突っ込む様に見えたのだろう、ガルストは大剣を振りかぶり、エディルレイドが鞭を振るう。何度か身を以て味わうことで見えて来た、あの土の鞭。武器と同じで、繊細な動きは苦手のようだ。怖ろしく早いロングレンジの間合いを抜け、懐に飛び込めば機能を失う。そうすれば、相手にするのは大剣だけになる。
≪っ! いけない、マスター同契をっ!≫
気づいたエディルレイドが警笛をあげるが、わたしの方が早い。破れた服を縄のように手にかけ、ガルストの背後から首にかける。まるで死刑前の囚人のように、死神のネックレスをかけられたガルストが声を上げるより先に、思い切り後ろから首を締め上げる。
「ぐ ぅっ___!」
≪こいつっ____!≫
ガルストと背を合わせ、体を反らせるようにして首を絞めあげていく。ガルストの体重が重いが、わたしが密接する程、エディルレイドは土の鞭を振るえないはずだ。なぜなら、わたしごと同契者を攻撃してしまうから。頭上から襲い掛かろうとした土の鞭がそれに気づいて動きを止める。予感は的中した。後は、どちらが早いかだ。ガルストが落ちるか、ガルストの賊が痺れを切らして襲って来るか、エディルレイドが…同契を解いてくるか。
「殺してやる!!」
ぶわりと土の風が巻き起こる。同契を解いたエディルレイドが腰から小振りのナイフを引きぬいた。それを両手に襲い掛かってくる彼女は、傍から見ても素人だと解る。だからこそ、どこを刺されても致命傷になりかねない。捌かなければいけない。だがガルストを気絶させる必要もある、どうする_____いや、ここは、
その時、目の前に銀の星が散らばった。言葉を漏らす暇もない、驚愕に目を見開くわたしの前で…目の前に躍り出たセナが、“見覚えのある黒い鞘”でエディルレイドを捌いた。
「っ ____!」
「…俺を無視するなんて十年早いよぉ ___≪うな境の ゆきむかえ≫」
吹き飛ばされたエディルレイドが青褪めて退こうとするが、それはセナにとって些細な事だった。この時のわたしにはそれが解らなかったが、いまセナが紡ぐ響応の謳は相手が逃げようと意味がないのだ。
「≪あやしきまでぞ おぼえ給い≫ ≪かしきこりへ 常なるしるしと あいみえん≫!!」
謳が完成する。キィイインと空気が鳴く。巻き起こる氷気の渦、セナが謳と共に払った手掌の先に氷河の波が現れる。それは瞬く間にエディルレイドを取り込み、一瞬で氷華と成る。まるで花弁のように広がる美しい氷のオブジェは、まるで氷棺だ。…あ、足元霜柱になってる。
「お頭っ___!」
「お と、」
飛び込んできた気配に縄から手を放してぐんと前に逃げる。先ほどまでわたしがいた場所に大振りの斧が突き刺さった。見れば、それまで沈黙を保っていた賊たちがみな目を血走らせていた。まるで親の仇をみるように睨みつけて来るのは止めていただきたい。
「ちょっとぉ」
「ん?」
「……あんたさあ、この人数相手に“ひとり”で立ち回れると思ってるわけぇ」
やれないことはないと思っているので、妙に痛いセナの視線を感じながらも頷いた。
「まあやってできないことはないかな。 それに刀あるし」
「…これのこと?」
「うん。セナが持ってたんだね、助かったよ。 武器があればどうにでもなるから」
「……武器、ほしい?」
「? そりゃあ、うん ちょうだい」
敵から目を離せないので手を伸ばす。掌に冷たいものが触れる、温度のない誰かを害するための武器。それがわたしの手に戻る……そう思っていた。
「…セナ?」
「…」
セナは何も言わずに、わたしの手を…握り締める。冷たい、でも脈打つそれは、無機物ではない。茫然としているわたしの隣にセナが立つ。その冬の湖のような瞳は静かで、ひとつの乱もなかった。
「なにぃ、文句あるの」
「え、 …っていうか、セナさん。刀は?」
「はあ? あんたの隣に完璧な“俺”というものがありながら、どうしてあんなガラクタ使わせなきゃいけないわけぇ? ちょ〜ウザい!」
「????」
誰か翻訳してくれ。
困惑するわたしに、セナが小さく口角をあげて続ける。おお、イジワルな顔だ。
「あのさあ、こんなこと一々言うのも時間の無駄なんだけど」
「え、ごめん」
「すぐに謝るのもちょ〜ウザい! それマジで苛々するから止めてよねぇ」
「はい」
あれ、わたし今なにと戦ってるんだ?そして彼はなにがしたいんだ?
呑気に話していると、重い咳が聞こえた。見れば、ガルストが意識を取り戻したらしい。ッチ、しぶとい男だ。ガルストはわたしとセナ、そして氷漬けにされた彼のエディルレイドを見て、顔を真っ赤に染め上げる。
「っ 手前ぇらなにチンタラしてやがるっ! その女ぶっ殺せぇ!!」
どうやら最初の「手を出すな」という命令を撤回するようだ。いや、賊がガルストを助けた時点で、その命令は無視されていたようなものだが。賊たちが戦闘態勢をとる。本格的に総力戦となりそうだ、セナを庇うために手を振りほどこうとしたが、それは強く握り返されることで拒まれた。
「せ、」
「あんたに俺を使う権利をあげる」
気づいたら、セナの吐息が触れるほどに近い。こつんと額が重なる、セナの銀色の睫毛がわたしに触れる。真っ直ぐに、しかしどこか羞恥に揺れる天青石(セレスタイト)の瞳。その美しさに、呼吸を忘れる。
「___≪ひへ舞いつづき≫」
ボッと足元から冷たい風が巻き起こる。頭の中でセナが謳っているようだった、彼の言葉が耳から心臓の奥まで響いてくる。
「≪こぼる心≫ ≪とりなでかしづく しらなる者≫」
結晶の光に包まれたセナの指がするりと頬を撫でる。こぼれたわたしの血を掬い上げ、弧を描くようにして奮い上げた。そうすると血がじわりと光に溶ける。続ける様にして描かれた文字に呼応するように、衣服で隠れたセナの核石が輝きはじめる。
「まさか____ そいつらを引き剥がせぇ!」
ガルストの指示が飛び、賊たちが襲いかかる。だがセナの謳は続いている、わたしは弾かれる様にしてセナの腰に刺さった得物を引き抜き、彼が制止するより先に賊たちに向かった。
「≪わうけづきて 気高うころろ≫ ≪うちまもる方がため 契り籠ん≫」
賊の得物を弾き、相手が近づけないように牽制する。そうして目の前の敵を見つめるわたしの後ろから雪のように白い腕が伸びて来た。
「≪よすがにとけて≫」
するりとセナの手が、わたしの手を撫でる。
まるで重なる様にして伸ばされたそれは、「邪魔」という怒り心頭の声とともに刀をわたしの手から払いのけた。
「______≪そよぎのよしを うきかわさん≫!!」
それは感じたことのない感覚だった。一瞬だけ、身体が自分のものではなくなるような。どろどろに溶けて、ふたつがひとつになって、そうしてまた人と成る。ばちんっと雪の結晶が視界いっぱいに弾ける。真っ白な世界、誰も足を踏み入れていない青い影がさす雪原。しんと静まり返った静寂のなか、ひとり音もなくたたずむセナの姿が見えた。白い吐息を吐いて、小さく雪が積もった銀の髪の向う天青石(セレスタイト)の瞳が______わたしと、重なる。
「…同契、した」
誰かが、呆然と呟いた。
目を開くと、ちらちらと星が見えた。それはセナの色、セナの気配、セナの声。優しいものが髪に触れる、まるで目を覚ましてというように。わたしは朦朧とした意識を次第にはっきりとさせる。
それは、氷の芸術品であった。氷華を抱く一振りの槍(スピア)。鋭い銀の切っ先に、鱗のように散る天青石の模様。光柱のように揺らめく飾帯が風もないのに揺らめいた。
「……これは、」
≪俺の戦闘形態、感想は?≫
「すごく綺麗、まるで氷の芸術品だ」
≪……良い子だねぇ。 でも減点〜≫
「え」
セナの手が肩にのる。その手は薄らと透けていて、みれば肩の核石を顕にしたセナが寄り添うようにして傍にいた。
≪俺が完璧なのは見た目だけじゃないのぉ、性能だってそこら辺のエディルレイドと比較するに及ばないんだからねぇ≫
「あ、でも問題が… 槍は使ったことない」
≪あ〜もうっ、注文が多いなあ!≫
セナがするりと武器を撫でる。すると光が弾け、形状が一瞬で変化した。槍から剣へ、氷の柄を握り締め、感触を確かめる為に振りかぶるとぶわりと氷の渦が巻き起こった。大地がぱきぱきと霜柱が走り、空に舞い上がった冷気が雪を降らせる。
≪どう、俺の使い心地はぁ?≫
腕をくんだセナがふふんと笑う。その笑みは自信たっぷりで答えなど、言わずと知れていると言うものだった。なれば結果で示すとしよう。氷の剣を握り締め、一息で賊の中へと向かう。
氷の大剣は、触れれば全てを凍り付かせる。相手の得物に対して競り合うという余地をなくすのだ。触れれば相手の腕が氷の枷に囚われる。わたしがたんと大地を踏めば、飾帯が閃きぱきぱきと大地が凍りつく。つねにスケートリンクの中央にいるようだ。あと問題が、
≪はい邪魔〜あんたも邪魔〜っ!≫
「っ、あ セナさん ちょいま」
ぐんと“武器に腕がもっていかれる”。わたしの意思に反して切っ先が弧を描き、氷気を纏った斬撃が放たれた。それは賊を凍らせ、軌跡を冬の景観に変えてしまう。意思のある武器とは聞いていたが、武器が勝手に動くとは思わなかった。
≪ちょっとぉ!まだ準備がっ≫
「え」
賊の得物を弾き、突くようにして放った一撃はしかし賊に当たることはなかった。ぶわりといやな気配が膨れ上がり、死を覚悟した賊の後ろに不思議な衝撃派が生まれた。それは周辺の木々を凍らせて粉々に砕入してしまう。そのえげつない光景に、わたしは言葉を失う。賊も顔を真っ青にして尻餅をついた。
≪ちょ〜最悪っ! バカじゃないのぉあんた一人先走っても意味ないってわからないかなぁ!?≫
「え、これってそういう感じなの?」
意外と面倒だぞ、エディルレイド!初心者に優しくない!
出力が大きすぎる上に、こちらの呼吸でセーブできない。セナとの呼吸が合わないと、エネルギーが爆発して“セナで人を殺してしまう”。こんな美しいもので誰かを殺すなど御免だ。血塗れのセナなんて、見たくない。
≪ねえ、あんたの腕ならすぐに蹴散らせるでしょぉ! なに尻込みしてんのぉ≫
「いや、ちょっと…わたしの問題が」
≪はあ? もっとわかりやすくいってよねぇ≫
「えっとですね」
守りの体勢に入ったわたしに賊たちは容赦なく襲い掛かってくる。流石はエディルレイド狩りを生業にしているだけあって、立ち合いがおそろしく上手い賊がいるのだ。
「セナの能力、ちょっと予想外にすごくて… 慎重にやらないと、殺しちゃうから」
≪!≫
「殺さないように努力するって言った手前、それはね。 …だから、もうちょっとだけ付きあって」
ぶすりとしたセナに笑えば、セナはすこしだけ虚を突かれたような顔をする。あまりそちらに集中しているわけにもいかない。賊の得物を捌き、動きを封じる為に踏み出す。切っ先で賊の足の傍らを刺せば、ぱきんと大地が凍りつく。そうして動けなくなった賊の腹に膝蹴りを叩きこみ沈黙させる。あと数人、これなら体力がなくなる前に捌けそうだ。次の一手をこうじるわたしを、セナの手が優しく引きとめた。
「! セナ、」
≪ねえ、俺をちゃんと見て≫
「え」
≪…俺の声を聞いて、俺の謳に続けてよ≫
セナがゆるりと首元に手を回して抱き付いて来る。耳元で優しい声がした、それは子守唄のように心の奥に染みわたる。
「≪そはゆきのはら≫」
≪そはゆきのはら≫
セナの声が、重なる。
「≪雪衣娘やすらい≫ ≪音ははかなく 生くはかなく≫ ≪九泉のはての 斉はその≫」
剣が纏う氷気がちりちりと世界を凍らせる。吐き出す吐息は白く染まるが、寒くはなかった。まるでセナが抱きしめてくれているようだ。
「≪万をむだき _______楽土とならん!≫」
謳が…朋誦の謳が、完成する。光柱が天を衝き、そして世界は一瞬で____氷雪に閉ざされた。