エディルレイドの瀬名泉に一目ぼれする
エディルレイド____それは人の形をした、人ならざるもの。その身に至極の珠を宿し、天原の謳を以て、森羅万象の力を操るものたち。そただひとりのものと契りを結び、その身を無二の武具へと変える武器種族______その力は近代兵器を凌駕し、契しものには百万の富と永遠の名誉が約束されるという。
…それはとても魅力的だと思ったが、こんな“こと”になるなら望みなどしなかったのに。
がさがさと煩い音で目が覚めた。寄り掛かっていた幹から身体を起こし、くわりと大きな欠伸をして一歩踏み出した次の瞬間____白銀が視界いっぱいに広がった。
処女雪をちらしたような銀の髪に、青空を写したような蒼い瞳。
この世の生き物とは思えない美しい顔が、一瞬で驚愕の色を濃くする。当然だだってこのままでは…確実にわたしにぶつかって盛大に転げる。
「っ 冗談でしょぉおおお!!」
(まるっとこっちのセリフだ)
きっちり一拍置いて。凄まじい砂埃とともにわたし“たち”は地面と熱いキスを交わすことになった。まったくもって不本意である。巻き込まれ事故も甚だしい、だが茂みから飛び出してきた天使の如く麗しい“男”曰く、責任は全面的にわたしにあるらしい。
「マジでありえないっ アンタだけはアイツらがヤるより先に俺が殺してやるからぁ!」
顔を口いっぱいにして怒鳴っても、男は美しかった。その芸術家が命を費やして造り上げた彫刻のような造形とは裏腹に、全身土と泥だらけ。しかも後ろでで縛り上げられているのだから、見た目からは悲壮感しか湧かない。だがキッと吊り上った鋭い瞳と、全身からメラメラと湧き上がっている怒気から彼の精神はちっとも折れていないことが見て取れる。…出会って一時間も経ってないが、随分と中身と外見がちぐはぐな男だ。
「めっちゃ不可抗力じゃないっすか。 てか殺すって、身動きとれないくせになにを」
「だ・れ・の 所為だと思ってるわけぇ!? ちょうウザいんだけど! アンタがいなければ逃げ切れたんだから責任とって俺を命がけで逃がすのが筋ってもんだよねぇ!」
「いや、わたしも身ぐるみ剥されたし。てかさっきわたしのこと殺すとかなんとか言ってたくせに…」
「その後殺すに決まってるでしょお!?」
だんだんっと地団太を踏む男は、本当に元気である。今さっき生け捕りにされたとは思えない剛胆さだ。呆れを一周回って見習いたいとさえ思い始めた。
ギャンギャンと犬のように吼える男を無視して、わたしは改めて成り行きを振り返る。どうやらこの男、随分とたちの悪い賊に追われていたらしく。わたしと一緒に転倒したさいに見事に捕縛された、なぜかわたしも一緒に捕縛された。その後所持品の一切を奪われ、両手を縛られ薄暗い部屋に監禁中という訳である。
(…一体何をしてあんな輩に追われてるんだか。 顔だけみりゃあ色事関係かと思うけど、口を開けばこの毒舌っぷり…ぜったい気づかない内にどこかで怨み買ってるタイプだ。本人は気づいてなさそうだけど)
「ちょっとぉ! いま俺の悪口いった!?」
言ってないです。いやまじで口に出してないし。
「っほんとナマイキ… この俺をこんな扱いして、だから“人間”なんてっ…!」
(……)
ぎちりと唇を噛む音が聞こえてきそうだった。事情は知らないが、どうやらその実かなり限界が近いようだ。それもそうだろう。見れば彼が逃走しているのが一日や二日でないことは一目瞭然だ。労働をしらない白魚のような指に、染み一つない陶器の肌。それに似合わない襤褸外套を羽織り、そこには今までの時間を示す様に様々な“汚れ”がこびり付いている。それは見てくれだけは天界人のような彼に、酷く不釣り合いだった。
柄になく、少しだけ同情した。なにか声をかけようかと気をまわしたが、それはがちゃりとノブを回す音に掻き消された。
「よお、随分と久しぶりじゃねぇか“セナ”」
いかにもな悪役のご登場である。焼けた肌に、ガタイの良さを誇張させるアウトローな服装。染められた安っぽい斑髪がなんとも小物臭い。にちりと笑う顔は凶悪さよりもいやらしさが強い気がする。捕縛された時も思ったが、部下の品性というものは上司のそれに比例するようだ。
「気安く名前呼ばないでくれるクソ変態ダルマぁ!!」
(そして彼も強い)
この状況で委縮するどころか般若の顔で怒鳴り散らすとは。男の名前は…セナ、というらしい。随分と女性らしい名前だ。それなのに彼のよくそぐう気がするから、不思議だ。
「おいおいつれないじゃねぇか。 何日も何日も仲良くデートした仲だってぇのによ」
「はあ? 気色悪いこと言わないでよね。 俺のことしつこくストーカーしておいてさあ、挙句の果てにこんなとこ閉じ込めてタダで済むと思ってるわけぇ?」
「へらねぇ口は相変わらずだな… だけどよぉ、手前さんはもっと自分の立場ってもんを弁えた方がいいぜ」
「は、 _______っ!」
がんっと荒い音が響く。賊の暴力的な拳が、セナの胸倉を掴み乱暴に床へと叩きつけたのだ。細く頼りないセナの身体に我が物顔で跨る賊の様子に、部下らしき男たちが下卑た笑い声を上げた。
「“今”は俺が支配者(うえ)だ、手前じゃねぇ …あの時とはちげぇんだよ」
「っ !」
「さんざんねちこっく追いかけてやったからなぁ もうお上品に謳(うた)う力もねぇだろう。不便な種族だよ、やっぱりお前らは俺たち人間に飼われて、使われてこそ価値がある」
「このっ 下種っ___!」
「くっ お頭も、手前に会うの楽しみにしてるってよ。 お前のその____」
びりと布の破れる音がした。
「___お綺麗な核石(エレメンタルジェレイド)が手前のモンになるのが楽しみでしょうがねぇってなぁ!」
それは_____人魚の鱗のようであった。セナの真っ白な肌に、まるではじめからそこにあったように埋まる“小さな空”。晴れわたる澄み切った空の色を閉じ込めた様な美しい天色の宝石。わたしはその美しさから、目が離せなくなった。
(あれが、核石)
では、セナは___?
茫然としていると、賊の男が思いだしようにこちらを見た。
「オイ、そいつはなんだ」
「セナと一緒にいた女です。 どうやらただの旅人はぐれみたいですが、顔をみられちまったので一応」
「ふん… まあまあ上等な顔してるな、小遣い位にはなるだろう。仲介人(ブローカー)に連絡して買い取らせろ」
「はい」
「運が悪かったな嬢ちゃん」
賊が笑う、わたしは俯いてなにも応えなかった。運が悪い?冗談だろう!____この巡り合せは、まさしく運命だ。
きいと、扉の閉じる音がした。冷たい闇と静寂が戻ってくる。セナは床に転がったまま静かに黙っていた。黙ってそれを見ていると、弾いたような声で「目玉抉りとられたいのぉ!?」と逆ギレされた。どうやらまだまだ元気の様だ。
「ごめん、立てる?」
「アンタの目は節穴なぁ?」
「ごめんて。はい、手かすよ」
「はあ… 当然だよねぇ、愚図愚図しないで… よ、 」
「?」
近くによってセナに手を出せば、セナの顔がぴしりと凍りついた。なにかと思って待てば、セナがパクパクと口を動かして、わたしとわたしの…縛られていない手を見る。ああ、
「イリュージョン なんちゃって」
「バッカにしてるのぉ!!?」
「してないしてない。だから、 シー」
しゃがみ込んで口元に指をあてると、セナが苦虫を噛み潰したような顔をする。吐き出したい百万語を呑み込んでなんとか沈黙を保ったと書いてある顔に、気づけば笑みがこぼれていた。「手、かすよ」小さな声で言って、わたしはセナの身体を地面から起した。
「…っ なにぃ?」
ぺたんと座り込んだセナが警戒心剥き出しで言う。賊の所為で破けた服を手繰る様子は、さながら暴漢された少女のようであった。だがそれよりもわたしが気になるのは…
「さっきの男が言ってた… あなたがエディルレイドって、ほんと?」
「! だったらなにぃ 変なこと考えないでよね、ぶち殺されたいのぉ」
どうやら本当らしい。エディルレイド____人の形をした生きた武器。神の力をもつ希少種族。
「ねえ、あなたの…セナ、だっけ。 核石見せてよ。変な事しないから」
「気安く名前呼ばないでくれる、超〜ウザい! 絶対イヤだから!」
「見せてくれたら、ここから逃げるの手伝ってあげる」
セナがぐっと息を呑む。見るからにプライドの高そうな顔が苦渋に染まる様は、見ていてなかなかに痛快である。そして値踏みするようにわたしをみた後、鋭い舌打ちをしてバッといっそ清々しい豪快さとともに破れた襤褸を肌蹴させた。
「これで満足ぅ!?」
_____セナの、鎖骨の下。まるで天使が羽先で撫でたように、肩へとつづく天色の軌跡。目が覚めるような蒼の結晶。極上の天青石(セレスタイト)の核石(エレメンタルジェレイド)。
「…これが、エディルレイドの心臓?」
「? なに…図々しいこと言う割に、アンタ俺たちのこと知らないのぉ?」
「普通知らないと思うよ。 希少種族じゃん、あなたたち」
訝しげに顔を歪めるセナであったが、一拍おいて納得した様に「そうだけど」と言った。
「知ってるのは、エディルレイドはこの核石っていうのが力の源ってこと。人間と契約しその身を武器に変えることができること。その希少価値から…高額で取引されることくらいかなぁ」
「… ねぇ、先にいっておくけどさあ」
「ん」
「俺と同契(リアクト)とか無理、っていうか、ぜったいイヤだからね」
同契というのは、エディルレイドと人間…武器形態の使い手(プレジャー)となることをいう。
「……もう、誰かと同契してるとか?」
「っ …そうだよぉ だから、したいとおもってもできないのぉ! わかった!?」
「同契してるのにどうしてこんなところにいるの」
セナがぐっと言葉に詰まった。…よほどのことがない限り、エディルレイドは同契者の傍を離れないときく。もしセナがすでに誰かと同契しているというのなら、それは不思議な“矛盾”であった。
「逃げて来た、とか」
「…ちがうしぃ」
「そう」
「っ いいから、早くコレ解いてくんないっ いい加減痛いんだけぉ!」
ほらと手首を見せられて、素直に「ごめん」と謝った。縄を解くと、セナは赤くはれた手首をさすってほっとしたように息をついた。
「それじゃあ逃げますか」
「逃げるって… どうやるのさぁ まさかノープランとか言わないよねぇ…?」
「まさか。プランならありますとも」
一気に不安そうに顔を歪めるセナにけろりと答える。ならいいけどと渋々立つセナを放って、わたしは扉へと向かう。ゑという顔をするセナに、ニッコリと笑って____わたしはためらいなく、扉を逆ノックした。
コンコンと響いた音に、セナが声のない悲鳴を上げる。なにやってんのアンタああああああバカなのおおおおおおおおと声が聞こえる様で正直に言おう。凄く面白かった。
「んだよ、オイ 手前ら大人しくして」
「ノックしてもしもーーーーしっ !」
余裕ぶっこいて入って来た賊の手下を逆にずるりと引きづりこんで掛け声とともに、鳩尾に拳を叩きこむ。呼吸が滞り、あっけなくよろめいた男から一歩下がり、一息の後に踵を打ちこむ。床に顔面から崩れ落ち、ブーツの下で首の骨が折れる感触を感じた。
「あ、 アンタ、 それ死っ 」
男が落としたSMGを拾い上げる。弾倉とポジションを確認し、聞こえて来た足音でタイミングを測る。扉の前に無防備に飛び出してきた賊に向かってトリガーを引けば、ダンダンダンという重低音と共に銃弾が打ち出される。二人仕留めた。遠くで慌てふためく人の声が聞こえる。死体の足を掴み、廊下を確認しつつ部屋へと引きづり込む。所持しているハンドガンと数点使えそうなものを拝借し、この部屋に連れてこられた時に記憶した間取りを思い起こす。脱出経路を想定し、集まり始めた賊たちのプレゼントを用意する。
「死んでるよ、これからもっと殺すけど。 ____もしかして、死体見るの始めて?」
「っ」
「さっき散々殺すとか言ってたくせに」
びくりと叱られた子どものように委縮するのが面白くてからかうつもりで口にしたが、セナは表情を険しくするだけであった。
「同族で殺しあうとか、馬鹿じゃないの」
「エディルレイドは武器なのに、おかしなことをいう」
「っ バカにしないでよねぇこのクソガキ!」
がっと、腕を掴まれた。鼻が触れるほど近くで、セナの天青石のような瞳が確固たる意志を以て命じる。
「これ以上、殺すのは許さないから」
「…冗談」
「許さない」
……勘弁してほしい。
わたしはピンを引き抜いた発煙弾を後ろ手に投げながら思った。ちょうど突撃してきた賊の頭にあたったらしく「ぐはあ」という声が聞こえた。セナがぎょっとした顔をするから、わたしは腕を掴んでいた手を逆に掴み取る。
「っな」
「努力はしましょう」
ぐいと引きずる様にして、部屋から駆け出す。途中、賊たちの顔を蹴とばすのも忘れない。銃口を向けてくる相手の手と足を狙って、殺すのではなく活動停止を狙う。ダダダッという銃撃音にセナが逆手で耳を塞ぎながら「ちょっとぉ!」と怒鳴り声をあげる。
「殺してないって」
「嘘だったら許さないからねぇ!」
「はいはい」
嘘だったらとか、どうやって確認するんだか。
呆れながらセナの手を引きづってとにかく走る。だが遅い。この見るからに箱入り息子な男、見事に足が遅い。これでは狙ってくださいといっているようなものだ。痺れを切らして米俵のように担ぎ抱き上げれば、「ふっざけないでよねぇ!!? 下ろしてぇ!!」と髪を引っ張られ暴れの酷い有様だった。ほんと、勘弁してください。
手榴弾を投げて相手を攪乱させ、ひっそりと倉庫に辿り着くことができた。ぜぇぜぇとなぜかわたしより疲れているセナを下ろすと…なにやら蚊のなくような声で「ありえない」「あんな」「ゆうくん」「汚い」とぶつぶつ言っているが大丈夫だろうか、いやきっと大丈夫。ぱちんとフック、ベルトをしめて装束を一通り取り戻すことに成功した。
「さて、じゃあ脱出しますか」
「……脱出って、どうやって。 ぶっちゃけ言うけどさあ、アイツ等そこまで来てるよ」
「良く解るね」
「エディルレイドなめてんの?」
メンチ切る顔で逆ギレされた。…本当に可愛くない性格だ、だが少し愛着が湧いて来た。____わたしの悪い癖だ。そっと頬に触れると過剰なほどにびくんと反応された。だが気にせずに指の背で撫でて、汗ばんで乱れた髪をそっと耳にかけてやる。
「っ な、 なに」
「んーーーーーー…… 黙ってれば、かわいいなって」
「…… はあ?」
もの凄いキレ顔で聞き返されてしまった。だが否定するのも癪で、「あ、今はかわいくない」といえばセナの額に青筋が浮かぶ。コロスと顔に書いてあるセナを後ろに、わたしは腰に差した二本の愛刀を確かめる。
(ふむ、セナをつれて逃げるには…どうしたもんかねぇ)
「ねえ、」
(顔を見られてるし、わたしとしては後でお礼参りされないようにここで根絶やしにしたいんだけど)
「…ちょっと」
(いっそ、セナを逃がしてから戻ってくるっていうのもアリだよなあ。 でもそれだと、わたしの計画が)
「……」
「ちょっと!!!」
「うおっ びっくりした」
何時の間にかキレイな顔が目の前にあった。きっと眉を吊り上げてお怒り顔のセナに、おじけながら「なに」ときく。
「…い、 べ、べつに …」
「? そう、危ないからわたしの後ろにいた方がいいよ」
「っ はあ? アンタさあ、確かにちょっと腕はいいみたいだけど調子のりすぎぃ 俺のことバカにしてるでしょ」
「してないしてない」
「煌珠の民(エディルレイド)の男女差は人間と変らないの! 女の癖にちょぉ生意気っ!」
言うだけいってぷいっとそっぽ向くセナ。不機嫌ですと顔に書いてあるような態度はなんというか、扱いにくい。だがそれすら甘やかしてやりたいと思わせる彼の魅力は、凄まじいものだ。さて、この我儘な王子様をどうしようかと考えていた、どうやら時間切れのようだ。ぶすうとしているセナの腕を掴み、むりやりは背後へ引き寄せる。咄嗟のブレーキにわたしの手を掴んだセナが「なにをっ」と声をあげるのと、倉庫の扉が開くのは同時だった。
「よぉ、こんな所に隠れてやがったのか」
「…」
奴さんの登場である。セナが苦しそうな声で「グリスト」と呟いた。どうやら斑髪の男の名前はグリストというらしい。
「まさか手前みたいな嬢ちゃんに一杯食わされるとは思ってなかったぜ… 誰に雇われてる?」
「…」
「それとも狙いはセナか、」
「っ ちょっと 勝手な憶測で失礼なこと言わないでくれるぅ!?」
怒ったセナが前に出ようとするのを無言で制する。セナがなんでという顔をしたが、非戦闘員を敵の前に晒すほどわたしはバカではないことを理解していただきたい。
「…スパイでも、煌珠狩人(エディルレイドハンター)でもねぇとすると…この状況がどうにも腑に落ちねぇな。 一体何が目的で、これだけの人数相手にケンカ吹っかけてんだよお前」
「…」
「それだけの腕がありゃあ、一人でさっさとトンズラできただろ」
ひとり、という言葉を誇張された。グリストの目がちらりと、わたしの後ろにいるセナに向けられる。言いたい事は解る、彼は言外に“そんな荷物いらないだろ”と言っているのだ。それはセナにも解ったことなのだろう、彼が後ろで息を詰めるのを感じた。
「…確かに、ひとりで逃げた方が楽だった。 あなたに目をつけられることもなく、今ごろ次の町まで逃げ込めたかもね。 でも、そうもいかないのさ」
「なに」
「今更置いて行く気はさらさらない____ セナに惚れちゃったから」
一瞬、ただしく世界が停止した。
なぜだ、ここはわっと盛り上がって感涙すべきシーンだろう。敵さんはみなポカーンという顔をしているし、後ろのセナに至っては完全に凍り付いている。え、なんで。と、とにかくだ、
「人間を殺すなとか乱暴に扱うなとか結構な無茶ぶりしてくれるけど、 この世はみんな惚れたもん負けだからしょうがない。 楽じゃないけど、あんたを撒いてセナと一緒に次の町まで逃げ込むといたしましょう」
「____フ ハッハハハハア! 手前ぇ、面白れぇ女だなあ! 気にったぜ」
「あんたに気に入られても、…セナだったら大歓迎だけど」
ずるりと武骨な片手剣を取り出すグリスト、呼応するように賊たちも武器を構える。すりとセナが漸く現実に戻って来たのか、はっと息をつめた。そんなセナを端目に、グリストは続ける。
「興が乗ったぜ、土産に手前が惚れたセナについて教えてやろうか」
(お)
「戦闘種族(エディルレイド)、手前ほどの女なら聞いた事くらいあるだろう。セナはその種族の中でも、とびきり希少(レア)なやつだ。 ____現存する戦闘種族の血統では比類するに及ばない。同契を必要とせず、個体だけで国すら滅ぼすことができる力をもつ…一代にして七煌宝樹(しちこうほうじゅ)に至った最強最悪のエディルレイド _____ そのひとりが、そいつなんだよ」
グリストの言葉に、なぜかセナが苦しそうに俯いた。知識のないわたしには、彼のいうことがどれほどのことなのか想像するのが難しい。だが、これはきっとセナという存在の核心に迫るものなのだろう。
「 ちょうウザい… 」
「セナ?」
「_____自慢げに説明してくれありがとねぇ! でもそんなこと、煌珠の民(エディルレイド)を知ってるやつなら誰でも知ってることだしぃ、ドヤ顔で言うことじゃないんだけどねぇ!」
(セナ声でか)
「だいたいっアンタのそのなんでも知ってるって顔、マジムカつく…っ 何も知らない癖にっ “俺”のことも、 エディルレイドのことも、 知った風に喋らないで ちょう不愉快だからぁっ! 早く死んでくれるこのクソ変態ダルマ!!」
なんともお口が悪い。わたしの後ろで全身の毛を逆立てているセナの罵詈雑言(しかし正当)に、グリストが大口を開けて笑った。
「おい嬢ちゃん、 ほんとにそいつに惚れたのか? エディルレイドとしての価値と顔以外は、本当に性格最悪の野郎だぜ?」
「誰が性格悪いって? 余計なお世話なんだけどぉ!」
「セナが答えるんかーい スンマセン」
思わず突っ込んだらギっと睨まれた。恐い。
「しかもよぉ、今もこうして女に守られて…男としては情けねぇよなあ」
「なっ…!」
「そんな女男のどこに惚れたっつうんだ これじゃあ夜はどっちが上かわかったもんじゃねぇぜ!」
ブチィと、セナの堪忍袋の緒が切れる音を、わたしは確かに聞いた。いや、大分前からボルテージがんがん上がってたけどさ。爆笑する賊を余所に、こちらはまるで氷河期のような寒気に見舞われている。助けてほしい。いやなんかマジさむい…え、足元凍って
「_____≪まぶしつべたましくて≫」
「へ」
ぶわりと綺羅の風が巻き起こる。雪の結晶が視界に踊り、その場の皆が騒然と____光の中心たるセナを見た。彼は…謳っていた。美しい声で、古の謳を。
「≪ひわづなるわがみは さむけし風を思ひかね≫」
「 っいつ力の回復を 下がれこいつは___!!!」
「≪彼方よりうす氷やりてもえいずる さはりをしぞくいらなしのは≫_____!」
キンと、空気が氷結する。次の瞬間、凄まじい爆音とともに地面から氷結の剣が突きだした。無数の氷の刃は倉庫の壁という壁を突き破り、突き刺さるものを全て凍らせる。パキパキという音とともに天井が剥がれ落ちたとき、わたしのくちから「あ」という情けない声が零れた。これやばいやつ。
予感は的中し、次の瞬間大きな揺れとともに建物が全壊した。
「…ごほっ」
気づけば…夕暮れである。
わたしは氷の刃のお蔭で比較的無事ですんだ。瓦礫をよけて土埃まみれの身体を払いながら生きている悦びを噛み締める。…あれ、これ普通に他の奴死んでない?みればどういうことか氷の固まりでしばらく身動きが取れそうにないが、みな生きていた。
「はあ… はあっ」
(…これが、エディルレイドの力)
怖ろしい破壊力だった。全身で呼吸を繰りかえすセナからは、あれほどの脅威を感じない。だが彼には確かに、これだけの力が秘められているのだと目の当たりにした今_____ぞくりと、違う感覚が沸き起こる。それは今のうちに始末しろと言う、遺伝子の警告音。
「…その力あれば、わたしの手助けなんていらなかったんじゃない?」
「っ これだからっ素人はっ…! 黙っててくれないぃ 見てわかるでしょ、ちょう疲れてんのぉ!」
「すんません」
どうやら無限に使えるわけではないらしい。
「辛そうだけど大丈夫」
「辛く、ないっ このくらいっ なんでもないんだからさぁっ」
(そうは見えないけど)
「なにも、なにも知らないくせにっ めちゃくちゃウザいんだよっ みんなっ はっ おれはっ ____ ぜったいにっ、 ゆうくんのところに帰るんだから____!」
それは、きっとセナにとって大事なものが沢山詰まった言葉だったのだろう。
絶対に涙は見せない天青色の瞳には、強く気高く、決して穢れない美しさがあった。その言葉が限界だったのだろう、がくんと力無く倒れたセナの身体を支える。その身体は細く頼りなく、でも確かに命分の重みがあった。_____ぞくりと、心臓が息の根をあげる。
「____いい、」
ああ、いけない。本当に“悪い癖”だ。一度欲しいと思うと堪らなくなる、何が何でも欲しくなる。悪い癖。ぜったいに、わたしのものにする。いやこれはもう、……わたしの“モノ”。
「……まあ、ひとまずは泊まれる場所かな」
よいしょっとセナをおんぶして、一息。もう日も暮れようとしている。赤い光でキラキラ光る氷のモニュメントを背に、わたしは歩き出した。