孤月の節
い、今から起こったことをありのままに話すぜ…。
士官学校時代に色々とお世話に?なった?王子が、よくわからないまま叔父殺害の罪で処刑されることになった。どういうことか全くよくわからない。だけどこのままでは嫌な予感がする。そう思って、お世話になった養父に離縁状を叩きつけて王都フェルディアに向かった。どうにかして潜り込んで、事情を聴いて、それでそれで…どうするつもりなんだろう、わたし。
ぐるぐるぐるぐるしていると、後ろからひょいと抱えられた。なにごとかあああああああわたし命終わったあああああ!と思ったら知っている顔がいた。かつて私が育った教会で保護し…ダスカ―の地で再会した古いダスカ―人の知り合いだった。どうしてここにいるのか、まさかかつての悲劇のように王城に乗りこむつもりかと顔を青くしたわたしに、彼らは協力してほしいという。訳が解らず混乱しているわたしに、彼らは端的に説明してくれた。
ディミトリ殿下を助けるためにドゥドゥーが王城に残りこんだのが数時間前のこと。そして殿下は無事に脱獄したが、ドゥドゥーの姿がなく…おそらく身代わりとして拘束された可能性が高い。それを奪還しに行くのを協力しろということ。彼らの密偵が王城に侵入しているらしく、救出のルートは確保しているとのことだ。だが道中の魔術師(メイジ)の動きがネックらしく、それをわたしに足止めしてほしいとのこと。
……。うん、青獅子寮最弱と名高いわたしに?宮廷魔術師の相手をしろと??
いや、あのドゥドゥーを助けに行くよ、大事な友人ですから。だけど無茶ぶりが、無茶ぶりが激しくありませんかね!?ていうかディミトリ殿下もう逃げ出してたーー!わたし皆さんに会えなかったら無駄死にするところだったーーー!
「それならそうと言ってくれても良いとおもいませんか、投獄されている身で難しいと思いますがっ わたし無駄死にするところでしたよ!?」
「ことり、魔術師が来た 頼むぞ!」
「いやーーーー!」
「すまない…水梨」
死にたくない死にたくない死にたくない!だけどドゥドゥーの方が死んでしまいそう!
「このっ逆賊が!!」
「っ !?」
髪を乱暴に掴まれて拘束されてしまった。あ、やっぱり無理だった、わたしなんかにこんな大事が成せるわけなかったんだ。兵士が振り上げた鉄の剣に、世界が凍り付いて見えた。死ぬ、直感する、終わる、理解する。でも…わたしにしては上出来だと思う。ドゥドゥーは彼らが逃がしてくれる、だからきっとディミトリ殿下も大丈夫。わたしはここで退場するけど、きっと…先生も、
死を享受するように瞼が閉じた。だけど、予感した痛みは何時まで経っても訪れない。その代わりに力強いものに引き寄せられる感覚と、骨が砕ける音がした。
「…… ドゥドゥー…?」
「っ… カハッ!」
ドゥドゥーの血が、ぼたぼたとわたしの顔に落ちて…口の中に血の味が広がった。
それからのことはよく覚えていない。瀕死のドゥドゥーをダスカ―の人たちが背負って、わたしは思いつく限りの魔法で追っ手を追い払った。ふと我に返ったのはすでに空が星々の光に照らされた刻限で。わたしを…わたしを庇って傷を負ったドゥドゥーが、峠を越えた頃合いだった。
「ご苦労だったな、…少し休め」
ダスカ―を取りまとめている将兵にそう言われた。ドゥドゥーを治療している身としては片時も離れたくないのだが、ダスカ―の魔術師に自分が見ているから休めと言われ大人しく従った。冷たい夜の空気を肺いっぱいに吸い込んで、吐き出して。久しぶりに呼吸をしたような心地だった。息とともに、感情が、心臓が、動き始める。ぶわりと込み上げてきた恐怖と安堵に、声を押し殺して泣いた。恐かった、死んでしまうかと思った、ドゥドゥーが、わたしのせいで。よかった、生きていた。ありがとうございます、女神様。わたしはこの日を境に____公の歴史から消えることとなる。ことり=水梨は、愚かにも罪人を逃がすために王城に忍び込んだ逆賊として処刑されたと公表される。その証拠として、諸侯に血に塗れた頭髪が明かされたという。
ディミトリ殿下に言われて伸ばした髪は、また肩口に揃えないといけないほどざんばらに切られてしまった。
5年、短いようで長い時間だった。目が覚めたドゥドゥーはすぐにディミトリ殿下を追おうとしたが瀕死の重傷で長く眠っていた体が耐えられるわけもない。病床に伏せている間に、彼の筋肉は削ぎ落ちてしまった。それでもと、身体を這って向かおうとするドゥドゥーを将兵が殴ってベッドに戻して。殴って戻してを繰り返した。
「ドゥドゥー落ち着いて、殿下を探しに行きたい気持ちは分かるけれど…今、あの人も追われている身。今のドゥドゥーがお傍にいても逆に迷惑になる」
「…水梨、俺は」
「だからまずは体を休めて、十全に動けるように整えましょう。 大丈夫、殿下の行方ならあなたの代わりにみんなが探ってくれている」
その言葉を聞いて、ドゥドゥーは漸く体を休めてくれた。それからの回復は緩やかに、だが想定場の早さだった。瞬く間に彼はわたしが知る士官時代…いや、それ以上の技量をもつ兵士へと回復した。
「水梨…髪は、伸ばしていないのか」
「戦時中のうえ、逃走中の身上なので…。 長いと色々手入れが必要ですから」
生活は、決して楽とは言い難かった。帝国・王国…二つの勢力から身を隠す必要があるため、拠点は数日ごとに変えた。時には水のない砂漠地帯で過ごした。正にサバイバル、そんな状態では生きることで精一杯だ。身なりなど気にしていられる暇はなかった。慣れない長距離移動と過酷な環境変化に見る見るうちに手足がボロボロになっていく。髪はパサついて、伸ばすなんて考えられないほど痛んでいる。化粧品などあるわけもなく、肌は乾燥し、日に焼けて、…以前の不健康さは見る影もない。いや、決して健康には見えないけれど。
ダスカ―の民には女性や子供もいて、見かねたわたしに薬草を調合した美容液や、生花の精油を分けてくれた。嬉しい…優しい…。感動のあまりボロボロ泣いてしまったわたしを、彼らは家族のように慰めてくれた。子どもはわたしに遠慮がなくなった。さすがに二人抱っこはできないです。順番に。順番にお願いします。動けるようになったドゥドゥーは、他の兵たちと食料を探しにいく機会も増えた。その度に、とってきた肉や魚の良いところをわたしに分け与えてくるから困る。獲物は捕らえたものが多くを得る、そういうしきたりだと聞いた。
「肉をつけろ、…そのまま連れて行っても、殿下は心配なさる」
「え、わたしそんな死にそうに見えますか…?」
「…… 食え」
肯定も否定もされないのがつらい。お肉は固くて味がないけれど、とても美味しかった。しばらくして、わたしたちはある噂を耳にすることになる。帝国の兵や将官が、相次いで殺される事件が相次いでいると。その様子はとても人の所業と思えず、強大な獣に食い殺されたが如く…。ドゥドゥーはその噂を耳にした時、何かを感じたようだ。わたしはこわ、と普通の感想しかでてきませんでした。
しばらくして、対帝国の反対勢力がかつてのガルグ=マク修道院に集っていると噂が聞こえてきた。そこにはコルネリア様が率いる親帝国派に相対していた諸侯の嫡子令嬢が集まっているという。各国に散らばっていたセイロス教会の勢力が集い始めたころ、わたしたちも彼らに合流すべく進み始めた。途中、彼らがミルディン大橋で帝国軍と戦っているという噂をきくと、ドゥドゥーはダスカ―の将兵とともに乗り込んでいってしまった。わたしも行くつもりだったのだが、残るダスカ―の民の守りが薄くなることを理由に留まることになった。
「お姉ちゃん…お父さんたち、戻ってくるよね」
「ええ、 だってあそこには、」
きっと…殿下と、先生がいるもの。
しばらくして、ダスカ―の勝利の咆哮が聞こえてきた。残された兵が合流して大丈夫だと移動を始めるので、慌てて後を追った。