深海奏汰は本気である
「あ、オイッことり! あの頭クルクルパーのやつら誰かみなかったか!」
「どったの仁兎ちゃん。次の授業遅れちゃうよ?」
「そのつぎのじゅぎょうがもんらいなんら!」
「噛んでる噛んでる。 落ち着いてー深呼吸してぇー はい、どうぞ」
「む、 ぐっ ごほんっ 次の体育、二人一組ら … だろ。 だから、おれと紅郎ちんが組んだら、ことりひとりぼっちだぞ」
「いやならんよ? なぜなら鬼パイセンとはわたしが組む。 仁兎ちゃんと鬼パイセンが一緒に準備体操とかムリゲーも甚だしい」
「五月蠅いッ!! いいからはやくあとひろりみるけるろ!」
「はいはい ぴろりらぴろりら」
「ばかにすんなあ!」
わりとマジで背中叩かれたが気にしない。「適当に引きづってくるから先に行ってて」と言えば、仁兎は心配そうな顔で「お前も留年とかシャレにならないからな」と言う。信用がないにもほどがある!
3Bは、あの三奇人が揃っている…クジでいうとハズレのようなクラスだと有名である。まあ、失踪が趣味のような月永レオに比べれば、所在地がわりと固定化している三奇人はかわいいものだろう。一番捕獲難易度が高いのは日々樹、これはもう諦めよう。次に朔間零だが、彼は苦手なので候補には含めない。なので、わたしは迷わずに噴水のある広場へと向かった。
「そこのお嬢さん、わたしと一緒にランデブーしませんか?」
きらきらと太陽の光を受けて輝く噴水の中、当たり前のように沈んでいる深海奏汰に声をかける。海よりも深い碧の瞳が、うっすらと開いた。それはわたしを認めると、目に見えてげんなりとする。
「むこうにいってください、ことり。 ぼくは『みずあび』でいそがしいんです」
「はいはい、ほら今から水浴びしにいこう。汗と言う名の青春の水浴びを」
「ぶくぶくぶくぶく」
「沈むな。起きろ」
噴水の縁に足をかけ、沈む奏汰の両脇に手を入れて無理矢理引きずり起した。水がバチャバチャと跳ねて冷たいが、それよりも目の前の駄々っ子をどうにかする方が先だ。ぶすりと不機嫌極まった顔をする奏汰を無視し、傍らに投げ捨ててあったブレザーを回収する。
「ことりはひどいです。いつもぼくにいやなことばかりします」
「そうかい」
「『なまいき』がすぎると、ぼくも『かげん』ができなくなります …いじめられたいなら、『はなし』はべつですが」
くたりと悩ましく縁に伏せる奏汰の言い分はまるで脅しだ。だが今更どうということはない、近づいてぐいと腕を引き寄せる。
「そう言われ続けて一年、そこには五体満足で元気満々な水梨ことりの姿が」
「… むーーーー あなたのそういう『ところ』が、『きらい』です」
「はいはい。かまって欲しがりの駄々っ子さん、あとで遊んであげるから授業行きますよー」
からかうようにいえば漸く折れてくれたようだ。ざばりと噴水から抜けて、びしょぬれの足でぺたりとレンガの上に立つ。「靴は?」「どっかにあります」とぺたぺたとそのまま歩き出す。フリーダムだな、おい。どうにかローファーを見つけて両手に一足ずつ下げて走れば、奏汰がぼそりという。
「『じかく』が、ないのもこまりものです」
「? 靴ならあったよ」
上手く聞き取れず適当に応えれば、ぴたりと奏汰が足を止める。振り返った奏汰は、珍しく人間らしい表情をしていた。ワイシャツが吸った水がぼたぼた落ちて、彼の軌跡を教える様に溜まる。奏汰は水溜りの中にいた。
「ぼくは、もともと『ひとり』のほうがいいんです」
「個人主義の流星ブルー」
「『ちゃか』さないでください。 ことり、あなたはもっと『じかく』すべきです」
ぴしゃんと奏汰の足が水溜りを弾く。ずいと近づいてきた顔に驚く暇もない。ぽたぽたと水滴が零れ落ちるクリアブルーの髪、その向うから真っ直ぐに見詰めてくる冷たいペリドットの瞳に息を忘れる。
「『あなた』だから、いうことをきいてあげるんですよ」
この、ぼくが。
「…その『いみ』、もうすこし『りかい』してください。 そのからっぽの『あたま』で …♪」
歌うように言って、奏汰の指が額をなぞる。指先から伝って来た水がつうとわたしの顔に垂れ落ちた。まるで真っ二つにされたような軌跡。ぷっくりとしたそれはわたしの唇に触れて、消える。水の味がした。奏汰が漸く満足そうに笑った。
「『やくそく』わすれちゃやぁですよ」
約束なんかしたっけか。場のノリで適当なことを言うものではないと、ようやく後悔の念が湧いて出た。ああでもこういうものは大抵、そう思ったときには遅いのだ。