※主人公、特殊能力設定

私には不思議な力があった。それをお母さんは素敵な力だと言った、でもお父さんは危ない力だと言った。
おじいちゃんは、お父さんに力を封じられて拗ねた私の髪をしわくちゃの手で撫でて秘密を囁くように告げた、「友達をあげよう」
「おともだち?」
「ああ、いつでもお前の遊び相手になってくれる友達だ」
「おじいちゃん、ともだちはあげたりするものじゃないわ」
澄ました顔で言えば、おじいちゃんは低い声でくつくつと笑って頷いた。
「あえそうだ、その通りだな。ゆき、お前は本当に賢い子だ」
「えっへへー」
「だけど、ゆきは秘密ごとをしなくても良い友達が欲しいのだろう? 今日の天気や夕飯の献立、ゆきが“視て感じている”ものを自由も話せる友達が」
「…むりだよ、そんなの。…だって、ぱぱもままも だれにもいっちゃだめって」
「そうだろうね、けれどわたしが用意した友達にはなんでも話しても良い」
「ほんとうに?」
「ああ、ママ達にはわたしから言っておこう。その子にはなんでも話して良い…力が戻れば、それを見せても。何も気にせずに自由に遊べる、そんな友達をゆきにあげよう」
椅子から立ち上ったおじいちゃんが、わたしの手を引いてコテージを出る。日本で父母と暮らしているコンクリートの家とは違う、優しいオレンジ色に照らされたこの場所が大好きだった。誰も訪れない森の中、小高い丘に建つ小さなお城は、わたしとおじいちゃん、二人だけの秘密の隠れ家。
けれど、その日はわたしたち2人だけではなかった。…コテージから出ると風が干し草の香りを運んでくる、おじいちゃんの真っ白な髪が揺れて、そこに知らない香りが混じっていることに気づいた。
緑の丘に、二つの影が伸びている。
ひとつは父くらいの男の影、もうひとつは…小さな男の子の影。
「ゆき、おいで」
怖気づいてるわたしの手を引いて、おじいちゃんが二つの影のもと行く。おずおずと見上げた先で、男の子の髪がきらきらと瞬いていることに気づいた。まるで星屑を集めたように銀色に息が詰まる。その合間から覗く瞳は、夏の新緑の色……なんキレイなんだろう。
「ゆき様」
「!」
「これはお気に召しましたか」
男の人はそう言って笑う。その笑みが示すところが解らなくて、口を噤み縋るようにおじいちゃんの手をぎゅうと握った。
「彼がそうかい?」
「はい。まだ教育の途中ですが、施設で最も優秀な成績を残しています。きっとゆき様を飽きさせることなく、よいお友達になれることでしょう」
「……おともだち?」
耳についた男の言葉を繰り返して、…ジンと呼ばれた男の子を見る。彼はそれを真っ直ぐに受け止めると、静かに膝をついた。
「ジンといいます、…ゆき様」
首を垂れたジンの口からこぼれた音は、耳慣れた母国語であった。戸惑いながらおじいちゃんを見たか、目元を和らげてわたしの背を撫でた。
「好きにすると良い、それはお前のものなのだから」
まるで、____オモチャをくれるような言葉だ。
ぼんやりと思いながらジンを見れば、ゆらゆらと揺れる銀のスコールの向こう、緑色の瞳がじっと地面を見つめている。その様子が…少しだけ、苦しそうに見えた。だからだろうか、気づいたらおじいちゃんの手を放して、名前を呼んでいた 「じん」
「はい、なんでしょうか」
「そのはなしかたキライ」
わたしの言葉に、ジンが驚いたように顔をあげた。先ほどまでの謙虚さはどこに。ふんっと偉そうにふんぞり返るわたしに、男が慌てたように言葉をかける。
「ゆき様、何かお気に召されませんでしたか」
「? そうじゃないよ」
なんでそうなるんだろう。
男の言葉が理解できなくて、思わずぎゅうと眉が寄る。小首を傾げるわたしを見上げ、ジンが「ゆき様、…」と呟いた、その声を聴き洩らすわけもなく。わたしはぱっとジンに向き直る。
「それがイヤ。ともだちはサマヅケもケイゴもしないもの」
「!」
「ねえジンは… ジンは、わたしのおともだちになってくれるんでしょう?」
わたしの言葉が予想外だったんか、ジンも男も言葉を失って固まってしまう。
なにか変なことを言っただろか。少し怖くなっておじいちゃんを見あげると、おじいちゃんは「ゆきの好きにすると良い、」と笑った。それが合図、わたしは弾かれるようにジンに駆け寄った。
「いいって! ジンっ」
笑って近寄ってくるわたしに、緑色の目が右へ左へ。やがて、戸惑いながら「ゆき、」とわたしを呼ぶ。それがどうにも嬉しくて、ぎゅうとジンに抱きついた。まだジンも幼くて、わたしの体を受け止めきれず二人で芝生上に倒れたことを、今でも鮮明に覚えている。あの時の草花の土臭さと風の歌、どれもがいつだって穏やかにわたしの記憶を色取ってくれる___あなたと初めてであった日のこと。
「ジーン」
ひょっこりと、イタズラに顔を出して現れたわたしに、ジンは目元の険を深めた。あからさまな態度に、酷いなあと思いながらも、ひらひらと手のひらを振って近づいていく辺りわたしも性格が悪い。
「久しぶりっ こんな所で会えるとは思わなかったわ」
軽い言葉を音に乗せるほど、彼が纏う空気が重く鋭いものになるのが解る。それでも止めることはなく、長身な彼の横に佇む古めかしい趣味の車を指でちょんと指す。
「乗せてって、今からお稽古なの」
証拠と言わんばかりに楽器ケースを見せれば、鋭い舌打ちが返ってきた。酷いなぁそんな嫌がることないじゃない。そう思ってむっとするわたしを放って、ジンは少し乱暴な手つきで後部座席の戸を開いた。「とっとと乗れ」、なんてぶっきら棒な言葉!いえいえ、乗らせていただきますけどね。
「むっ… くさい」
「文句言うなら降りろ」
「いやよ」
続いて運転席に入るジン、意地悪なことを言う仕返しにバックミラー越し舌を出して反抗する。気づけば助手席にもう一人の影がある。恰幅の良い男は、わたしを見ると恭しく首を垂れた。
「ご無沙汰しております、お嬢様」
「うん、えーっと…」
「ウォッカだ」
「あ、そうそうウォッカさん」
ジンに助け舟を出して貰いながら、記憶を掘り返す。最近物覚えが悪くていけない。ウォッカに社交辞令程度の挨拶をしていると、ぶろろと車がエンジンを吹いた。
「車内は禁煙にすべき… だって、こういう時に困るでしょう」
「どういう時だ」
「わたしがヒッチハイクした時」
「ハッ 下らねぇな」
ありえないと嘲笑うジンに、「なによそれ!」と思わず前部座席に体を乗り出してしまう。ウォッカが驚いたように体を引いた。ジンは「引っ込んでろ邪魔だ」と、わたしの頭を手のひらで掴み、乱暴に後ろへ押しやる。すみません。ぼぶっと座席に凭れ掛かり、乱れ髪を直しながらむーっとしていると「ゆき」と呼ばれる。
「なに?」
「今後こういう事はするな」
「なんで?」
「……どこで、誰が見てるかも知れねぇだろ」
ジンの言わんとしている所がなんとなく解って、わたしはにまあと笑う。
「わたしの事、心配してくれてるの?」
確信の籠ったわたしの言葉に、しかしジンはハッと鼻で笑う。なんだその反応は。わたしをバックミラー越しに一瞥しながら、ジンは更に小馬鹿にしたような声で続けた。
「寝言は寝てから言え、ガキが」
「なっ…! ジンだって、私とそんなに歳変わらないじゃない!」
「馬鹿言え、一回りは違う」
「生意気! あなたは私のものなのにっ」
「嗚呼… 俺はお前のものだ。だが、それは自業自得だろ」
ハンドルを捌きながらムキになるわたしに、彼は言う。
「お前がそうあれと言ったんだ」
「うっ…」
「俺はお前のモンらしく…命令には忠実に従ってるつもりだがねぇ」
もう何も言い返せなくて、言葉を紡ぎかけるも、唇がきゅとしぼんでしまう。
ジンは喉で低く笑いながら、「着いたぞ」と言う。窓の外を見れば、そこは既に目的地だった。…場所も看板も告げてないのに。小競り合いしている内にしっかりと目的地に送られてしまった事実が、とても悔しい。
「ドウモアリガトウゴザイマシタ」
「帰りはどうするつもりだ」
「歩いて帰る!」
釈然としない気持ちが暴れて、扉を乱暴に閉めてしまった。小言の一つでも飛んでくるかと思えば、窓を開けたジンが「おいゆき」と、思っていたよりも優しい声で呼ぶから返事をせざるを得ない。
「……なーに?」
「迎えに来る、終わったら待ってろ」
「いらないって言ってる」
「それは俺が決めることだ」
なんというオレ様!むむむと眉を寄せて見せるも、ジンは言うだけ言ってさっさと窓を閉めてしまった。するりと車道に戻る車、行き場のない憤りを吐き出すように、べーっと車に向かって舌を出す。ヒッチハイクなんてするんじゃなかった!