探偵 | ナノ

トリプルフェイスが剥がれてますよ、安室さん


ものすごーく迷ったが、迷った末に彼の希望していたものをクリスマスのプレゼントにした。
ポイントを溜めて貰った景品のキーホルダーがついた銀色のカギ。それをみた水色の瞳がまあるくなって、何かと聞けば「本当にいただけるとは思わなかったもので」と言われた。わたしの勇気を返せ。全力でカギを取り戻そうとしたが、背の高さも手足の長さにもかなう訳なくて、結局困ったように笑う彼にカギはお預けすることになった。アーメン。





かしゃん

カギの外れる音がした。ぼんやりとテレビを見てうつろうつろしていた頭が目覚める。手近な鏡で顔を確認してから、ぱたぱたと音を立てて玄関へと向かう。わたしのパンプスやミュールが混雑している玄関に、肩身が狭そうにして大きな革靴が差し込まれている。ぼんやりと玄関に立ち尽くしているグレースーツの安室さん、駆け寄ってわたしは何時も通り声をかける。

「おかえりなさい、安室さん」
「…」

返事がないただの屍のようだ。

「…安室さん、安室透さん」
「…」
「あーむーろとーおーるーさーん」
「…… ああ、」

俺のことか なんて、ぼんやりした目で言わないでほしい。
わたしは微妙な顔になるしかない。俺のことか、なんてわたしの方が聞きたい。

安室透、29歳…自称、探偵。喫茶店のアルバイター。
____彼と出会ったのは、彼がアルバイトしている喫茶店。何か特別なことがあったわけではない、気づけばただの客と店員か、友人に、そして恋人と呼べるような関係になっていた。二人で重ねたデートなんて指折り数えるほど、探偵の仕事が立て込んでいるらしく約束した日にあえる方が珍しい。家族構成不明、血液型不明、誕生日不明、経歴不明、現住所…不明。そんな彼の何が信じられるのかと、友人からよく言われる。うんうん、わたしも不思議だよ。わたしこんな人となんで一緒にいるんだろうね。でもね、クリスマスにあげたわたしの家の鍵を、何時も大事そうにサイフに入れているんだよ。わたしね、それだけですごく幸せな気分になるんだ。

でも幸せの分だけ、謎は深まる。
家の鍵を渡してからというもの、彼はふらりとわたしの家に訪れるようになった。最初こそ断りの電話があったが、最近はゼロだ。訪問の回数が増える度、恋人の安室透の皮が剥がれていく。…いまでは、安室さんという名前にも反応が遅くなっている。褐色の肌、鈍い金色の髪、蒼い瞳。どれも安室さんなのに、わたしは偶に…目の前にいる人間が、まったく違う誰かに思えることがある。

それが、こわい。

「安室さん、ご飯食べる?」
「…ああ、」
「スーツ脱いで、皺になっちゃう。 前に買ったスウェットでいい?お風呂入る?」
「いい、服くれ」
「うん。  ご飯なにたべたい?」
「ラーメン」

「袋の…ミソ味」と追加、ということは白米も欲しいだろう。
受け取ったスーツをハンガーにかけながら、考察。…これ、探偵業なんて自由職の人が買えるスーツにみえないんだけど。タグを探そうとしたがない、代わりにイタリア語が刺繍された個所を見つけたがわからん。スーツブランドになんて詳しくない。まあ、着ている姿をみれば、量販店のものではなく、オーダーメイドだなあということくらいはわかるが。…オーダーメイドのイタリア製スーツって、絶対相場ヤバイだろ。

もそもそスウェットを着た安室さんは、テレビを消すとぼすりとベッドに倒れ込んだ。夢の国で買ったクマのぬいぐるみを片手でもふもふしながら、微かに呼吸している。そろそろと近寄って、一応きく。

「ねる?」
「…めし、くったら」
「ねちゃだめだよ?」
「…ん、」

いや、寝るなこれ。そう思ったけど何も言わず、大きな背中を三度ほど摩ってキッチンに入った。安室さんはオシャレなカフェ飯やサンドイッチとか食べているイメージがあったけど、意外とラーメンとかファストフード、牛丼の方が好きらしい。本人いわく、手軽で量が食えるからといっていた。見た目やバランスよりも量重視とは、腹を空かした男子高校生みたい。

(あと、意外と料理好きじゃない)

喫茶店にいるときは、いつも完璧な美味しい料理をふるまってくれが…うちではめっきりだ。一度聞いてみたことがあるが、返って来た答えは「あれは、安室透の設定だから…」と。意味不明である。どういうこっちゃ、わたしにもわかる様に説明してくれんし。

安室さんが好きな昔ながらの袋ラーメン、ミソ味。コーン、もやし、うずらの卵、…冷蔵庫にあるものを炒めてガッツリミソラーメン完成だ。焚く時間はないので、チンした白米。それに即席のサラダを併せて完成だ。お盆に乗せてローテーブルにセットしていると、むくりと安室さんが起きた。…でも寝てるな、顔がぼんやりしている。

「おはようございます」
「…ゆき」
「ご飯できたよ、食べれる?」
「ああ、食う。 飲み物、」
「はい」

グラスを手渡すと、ぐーーーっと一気に飲み干した。そしてテーブルの前に移動して「いただきます」と食事を始める。グラスを手にキッチンに戻ると、ずぞーっという音が聞こえた。かなり早いスピードだ、直ぐに食べ終わるだろうな。麦茶をたっぷり注いで戻ると、すでに白米は半分ほどなくなっていた。早いな。

「ごはんおかわりいる?」
「おかず、他にあるか」
「明日食べようとおもってたナスの揚げびたしと、たくあんくらい」
「くれ」

視線も寄越さずに一言。麦茶をテーブルにおいて、「はいね」とまたキッチンに戻る。凄い食欲だなー、いま夜の23時だぞ?わたしだったら胃もたれする。お米一粒、ラーメンの汁一滴まで呑み干した安室さんが「ごちそうさま」と手を合わせる。食後用にいれた緑茶をのむと、ようやく一息つけたようだ。ずるずると大きなマカロンクッションに沈む体だが、長い足が窮屈そうに折れ曲がっている。わたしには十分な生活スペースだが、彼にとっては狭かろう。

「お泊りしていく?」
「ああ…夜明け前に出る」
「お布団ひこうかー」
「いい、一緒にねたい。 歯磨いてくる」

そういってさっさと洗面にいく。後片付けをしていると戻って来て、ひょいと抱えあげられてベッドに連れ込まれた。ちょっと、片付け終わってないんだけど。抵抗する前に大きな腕に体を閉じ込められて、部屋の電気を消された。む、やられた。もそもそしていると、ぎゅううと安室さんに抱きしめられる。はーという大きな深呼吸、…おつかれピーク、ともいうべきか。背中に手を伸ばしてなでなですると、頭の上にすりすりと頭が寄って来た。犬かな?程なくして規則的な寝息が聞こえて来た、お休み三秒である。吐息と鼓動の音を聴いていると、わたしにも心地よい眠気の波が寄って来た。それに身を任せ、わたしは夢の中に落ちる。

目が覚めると、やはり彼はいなかった。置手紙1つなく、痕跡といえば洗濯機の中に放り投げられたスウェットだけ。

(わたし、このままでいいのかな…)

彼は、本当に“安室透”なのだろうか。

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