探偵 | ナノ

スコッチとブートキャンプ in マイアミ


所変って、フロリダ州マイアミ。常夏の日差しが照りつける最高のリゾートで、わたしは涼しいエアコンが効いた部屋でお仕事をしている。南国のフルーツを楽しみながら、書類にサインをしてパソコンをぽちぽち。足元で眠っていた愛犬マリーが目を覚ます。とてとてと歩いて扉の方を見ると、尻尾をぶんぶんと振りはじめた。…どうやら戻って来たらしい。

席を立ち、冷蔵庫からポカリスエットを取り出す。あとはタオル、それにシャワーを出して温度を調節、そんなことをしているいと扉が開いた。見れば、土色の肌の…おっと、間違えた。土まみれのスコッチが死にそうな顔で戻って来た。

「おかえりなさあーい」
「わん!」

この数日ですっかり懐いたマリーが足元駆け回って喜んでいるが、相手をする気力も残ってないらしい。ふらふら歩くと、ソファの上に倒れ込んだ。あらまー。

「大佐に毎日イジメられて大変ね」
「…」
「あの人、現役時代は戦場をはいずり回って現地の兵士扱きまわっていたのよ。やり方がちょっとキツすぎて軍法会議にかけられちゃったけど…腕は確か。 イチから鍛え直される気分はどう?」
「…内臓がひっくりかえりそうだ」

クッションに顔を埋めたまま、掠れた声が返ってきた。はい、とポカリスエットをほっぺにくっつける。「飲めない」「吐く」というが、水分をとらないと体調はもっと悪くなる。命令形で言えば、のっそりと起き上がってペットボトルに手を伸ばした。キャップを開けてあげたのは優しさだ。

「大佐は“できない奴”には甘いの、適当にもみこんではいサヨナラ」
「あれで適当…」
「逆よ! できる奴だと思ったから、…あなたはしっかり扱かれている。大佐にしてはやり方が丁寧よ、紹介したわたしも誇らしい」
「…そりゃ、良かった」

ちうと額にキスをする。シャワーを浴びて来たようだが、まだ汗の香りがする。ホットタオルを手渡して、サマードレスの裾を翻す。スコッチから離れないマリーを呼び、デスクへと戻る。プレートにパイナップルをとりわけ、スモールフォークを添えて戻る。ポカリを首元に宛てていたスコッチが気づいて、胸元を空ける。うんうん、いいこ。遠慮なく彼の膝の間に座った。プレートを見たスコッチが「コペンハーゲン」という。うん、それも正解。

「ウェッジウッドの方が好きだろ」
「それも正解、はいあーん」

体力が削がれているお蔭か、今日はとっても素直だ。はぐりと薄い唇がパイナップルに齧り付く。黄色い果汁が零れたが、真っ赤な舌がぺろりと舐めた。涼しげな風貌で、なんて男らしい仕草をするんだろう。大佐のお蔭で体つきも変わって来た。うんうん、いい傾向だ。

「でも訓練ばっかりじゃ現場の勘が鈍るでしょう? だから明日から本格的に大佐にあなたを貸し出すことにしたわ。 大佐との初めてのデート、あなたの恋人の良い所たくさん紹介してあげて」
「…あの大佐、所属は」
「BCC、アメリカの有名な民間軍事会社のプライベート・オペレーター…っていうのは表向きの顔。裏ではアメリカ政府の非公式な捜査に協力している」
「非公式?」
「表沙汰にするとちょっと次の選挙あぶなくなっちゃうよーな?」
「BCCは天下り先か」
「それは有名な話、よくあることでしょう。 もうちょっとネタバレすると反政府組織やテロリストの暗殺任務。 んーお兄さんには持って来いでしょう? わたしがコーディネートした仕事なの、頑張ってね」

お髭の顎にちゅうーってしたら、「やめろ」と怒られた。ほっぺや額は大人しく受け入れてくれるのになあ、ケチ。パイナップルで食欲が出たのか、プレートを奪ってぱくぱく食べるスコッチ。その下で彼の膝の上に寝そべり、マリーを抱いてまったりと時間を過ごす。

「15時にカカシちゃんが来るから、あそこに纏めたデータを渡して」
「アイスクリームの包装紙?」
「そう。となりのヒヨコ柄のやつは17時のお客さんに、チップをつけてあげて」
「了解」
「わたしはディナーまで、プライベートプールでマリーと遊ぶ。 クローゼットに連れっていって」

マリーを下ろせば、スコッチが抱き上げてくれる。その太い首に腕を回してぎゅうと抱きしめると「苦しいよ」と言われた。んー。

「そのグレーのポロシャツ死ぬほどダサい。燃やしてもいい?」
「冗談だろ、ここにきて何着燃やされたと思ってる?」
「ここはマイアミよぉ 狙撃手は群衆に紛れこまないと、さっき似合いそうなアロハシャツ見つけたから買って置いたわ」
「勘弁してくれ」
「嬉しくてむせび泣いて見せて」

嫌そうな顔をするスコッチ、そのほっぺにちうとキスをする。ありえないという顔をしながらも命令には従順で、しっかり服を着てくれる。ちなみに、最高に似合ってなかった。ケラケラ笑うと、スコッチが耳を真っ赤にして「だから言っただろ!」と叫んだから傑作だ。マリーは嬉しそうに彼の足の周りを駆けまわっていた。

スコッチが選んでくれた水着は、胸元は折り重なったリボン、フレアのかわいいスカートを併せたビキニだ。可愛らしいギンガムチェックのチョイスが彼らしい。ふふーん、こういうのが趣味なんだあ。そうやって笑うと、スコッチは何時だって勘弁してくれという顔をする。マイアミはいい、照りつける太陽に青く澄んだ海が生み出すコントラストは最高だ。マリーと一緒に遊んでいると、空気の破裂する様な音がした。ん?なんだ。マリーも大人しく息を潜めている。ざぱりとプールから上がり、タオルケットに包んだマリーにまてを命じる。時計を見れば時刻は17時を少し回っていた。お客さん、だろうか。様子を見に行こうとしたが、先にスコッチの方が姿を見せた。

「ノチェロ」
「あら、お客さんが何かおいたでもしたの?」

折角のアロハシャツが返り血で台無しだ。
ホテルの影に隠れるようにしてスコッチが手招きする。大人しく従い、マリーもこちらにくるように指示する。部屋に入れば、彼が用意していたバスタオルを渡してくれる。

「悪いな、マットが汚れた」
「ここじゃ良くあることよ、問題ないわ。 お客さんの顔を確認しても?」
「ああ…周囲に警戒は」
「必要ない。大よそ見当がついているから 裏付けが欲しいだけ」

だからそれは仕舞って。指でスコッチが持つP226を押し込む。だけど彼はそれを仕舞わない…用心深い人だ。マリーをソファに戻し、死体を確認する。死体は白人、年齢は25〜30といったところだろう。背が高いが訓練されているようには見えない。瞳はブルー。銃弾は太腿に一発、心臓が急所。宅配人に化けて来たようだ。

「IDは所持していた?」
「いや、先に撃って来たのはソイツ」
「暗殺目的かな。 確認は済んだから、一応指紋とかとって…あー、ナイフ持ってる?」
「ん」

黒のサーフパンツの下からコンバットナイフを取り出す。ハンドルを向けられたので受け取ろうとしたが、ひょいと避けられる。何かと見れば、スコッチがくるりとナイフを回しハンドルを握った。

「そういう雑用は俺の役目だろ」
「え」
「身元が解らないように潰せばいいんだろう。指紋、顔、目、あとは歯か 治療痕は潰して置く」
「目までで充分よ、残りは組織の掃除屋にやらせる。 あと、部屋代えてもらわなくちゃ」
「5分で済ませる」
「…ねえ、やっぱりわたしやろうか?」

しゃがみ込んでいるスコッチの上からのしっとする。…一応、公安警察である彼が、こんなガチ犯罪みたいなえげつない事したら、罪悪感で悪夢に魘されちゃうんじゃないの?それは困る。彼は精神的にも健康でいてもらいたいのだ。

狙撃手は、ターゲットとの距離があり、拳銃よりもずっと殺したという事実から遠ざかることができる。スコッチの狙撃手としての腕は認めよう、実績も確かだ。だが、狙撃手であるからこそ…保てていた精神の均衡というものがあるはずだ。今回の様に「殺されかけたから殺した」ならともかく、その死体を身元が不明になる様に潰して破棄するみたいな仕事はクリーンヒット間違いなしだ。うーん、と迷っているとぽんと頭に温かさ。見れば、スコッチがナイフをもってない手でわたしの髪を撫でていた。

「なに湿気た顔してるんだよ」
「だって〜」
「あのなあ、確かに俺は新人で、幹部といってもお前みたいに重要なポストにいるわけじゃないただの狙撃手(使いっパシリ)だ。 …俺の“仕事が信用に足らない”のは解るが、もうちょっと任せて貰わないとこっちも点数が稼げない」
「ん〜そうなんだけど〜」
「それなら見学するっていうのはどうだ、ついでに採点なんかしてくれた最高だ。問題点があれば改善する」
「そこまでいうなら任せるわ、どうせ掃除屋に引き渡す前に確認するし。ブルーシートが倉庫にあるから使って、他にも必要な備品はなんでも」
「ああ」
「あと、スコッチを信用してないことなんて一度もないわ。これまでも、これからもずっとね」

いうと目元にキスをすれば、スコッチはグレーの目元を緩め「光栄だね」と言った。

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