NOCバレする前の公安の狗(スコッチ)をつかまえたぞ!
※-警察学校編情報前の捏造諸伏です
※-コードネーム「ノチェロ」固定

スパイという仕事は、なかなかにヘビーだ。
作戦基本、バックアップは存在しない。単体で敵陣へと忍び込み、自ら敵と同じリスクを負うことで機密を得る。この機密にしたって、本拠地に持って帰ればスパイ自身は厄介者扱いされて…時には同じ豚小屋に放り込まれることも。臭いものにはフタをしろ、ということだ。そんな危険な任務に就いて正常で居られるのはとんだ変態が紛い物のどちらかだろう。
「や〜ん、ちょうかわいいぃ」
きゃんっとハートマークが着きそうな甘い声でいう。両手を口元に添えて首を傾げれば、男たちは虚を突かれたような顔をする。対して、黒いスーツを纏った男は直ぐに居住まいをただし、こちらに敬意を表する。
「ノチェロ様っ どうしてこのような場所に!」
「やーねん、こんな所お仕事以外で来ないわよ。バカなの?アホなの?組織の一員としてはあまりに短慮な発言だったことを恥じてこの場で自決する?」
「お、おたわむれを」
「本気よ」
そっと男のスーツからハンドガンを拝借する。薬室に一発残っていることを確認し、弾倉を抜いて手渡した。男は見るからに動揺していたが気にせずにっこりと笑いかけ、ぽんと肩を叩いた。改めて目の前の男たちを確認する。この部屋にいるのは五人、わたしと自決を勧めた男、それに…生きている男が二人、死んでいるのが一人。
「ノチェロ、 噂のコードネームってやつか」
「ええ、そうよ。あなたたち、…あ、後ろのカカシちゃんも含めてね。 末端の名無し(ノーネーム)とは違う、幹部の一人でーす!」
白人の男にお茶目に答えれば、場の緊張感が増す。それもそうだろう、組織の末端の仕事…それもお使いレベルのお掃除の確認に、急に幹部が現れたのだ。その心中は察するに容易い。
「新しい狙撃手よね。 この前、うっかりジンに廃棄されちゃった子たちの代わり?」
「はい。 どちらか優秀な方を、次の仕事に使います」
「白人(コーカソイド)はともかく、黄色人種(モンゴロイド)の狙撃手なんて珍しーぃ。 なに?学校のカリキュラムで弾の討ち方習ったの、おにーさん?」
お気に入りのヒールを鳴らして近づけば、お兄さんはグレーの瞳に緊張を強めた。短い黒髪、涼やかな目元、顎のラインには似合わないおヒゲ。ブカっとしたパーカーを着ているので判りづらいが、体つき、筋肉は程よくといったところだろう。白人と並ぶと小柄が目立つが、スナイプに支障はないだろう。
「…はい、そんなところです」
「んー、キレイな英語ね。 ≪どこのハーフ? 母国語はちゃんと喋れるのかしら≫」
日本語で話しかければ、お兄さんはすこし間を置いてから懐かしい言葉で返してくれた。
「はい、…日本人、ですか?」
「ええ。 そんなに驚くことでもないでしょう、組織(うち)のフィールドは日本だもの」
「ギターケースの中身が気になるわ。 あなたの恋人、出身地は?」
「ドイツ」
「お名前をお伺いしても?」
「ヘッケラー&コッホのPSG-1… 確認しますか?」
「いいえ、ありがとう」
ちらりと白人の男を確認すると、焦燥と苛立ちが見えた。まあ、ぽっとでの小娘に存在を無視された挙句、自分よりひょろっこいアジア人を贔屓にされたのだ。そりゃあ頭にくるだろう、シャツの上からでも解るボディービルダーのような筋肉。プライドの高そうな高いブランドシャツに、血統書付の恋人。趣味が悪い、なによりタイプじゃない。
「ターゲットはこちらで回収するわ、今回の状況報告もわたしから」
「はい、よろしくおねがいします」
「オイ、 ちょっと待てよ!」
何かと振りかえれば、白人の男が鬼の様な顔で怒鳴りつけてくる。
「幹部さまだかなんだかしらねぇが、このターゲットを仕留めたのはオレだぞ!」
「…そうね、多分報告書にもそう書いてあるわよ。 まあ、報告書を書くのわたしじゃないけど」
「ふざけてんのか!? こっちのなーんも仕事しなかったもやし野郎相手にして去ろうってか? 評価されるべきは、オレだろ!」
「そっちのお兄さんとは話しをしただけ。 それと、仕事の評価をするのはわたしじゃなくて、依頼人(クライアント)よ」
「ッ 乳臭ぇガキがっ舐めやがってっ!」
白人がぐわりと大口を開けて襲い掛かってくる。黒いスーツの男がハンドガンを抜くが、それよりもお兄さんが動く方が早い。白人の足を払い、肩と腕を掴み押し倒す。腕を捻じり上げ相手を抑え込む一連の動きは見事なものだ。白人は悲鳴を上げるが、身動きはとれない。そういう固め技なので当然なのだが、彼は極東の技に明るくないようだ。
「わたしは日本人だからね、白人だらけの組織でかなり浮いているの。 犯罪組織に礼儀もルールもあったもんじゃないから、こういう態度をとられても仕方のないことだと思うわ。 でもわたしは幹部で、それなりにワガママが通る___だから、格下にはわたしの礼儀とルールを守ってもらうことにしているわ」
「なっ」
狼狽する白人を放って、黒いスーツの男からハンドガンを拝借する。何をしようとしているのか察したのか、お兄さんが腕の力を緩めたが遅い。しゃがみ込んでお魚のように開けている白人の口に銃口を押し込む。
「乳臭いガキでも、あなたよりずぅーっと偉いの。知ってた?」
ニッコリと笑ってトリガーを引く。ガンッという爆発音とともに白人が動かなくなる。ヒールに血がつくのはゴメンだ、立ち上がりさっさと身を引く。黒いスーツの男にハンドガンを渡し、外で待機していた黒服たちにターゲットの死体を回収するように命じる。
「白いデカブツの方をスカウトしたのはあなたよね? 幹部さまに刃向うようなおばかちゃんを引きいれた責任はとってもらうわよ」
「っ はい、お手間をおかけいたしました」
「手間をかけさせたことを許しましょう。あと、そこのお兄さん」
白人から退いたお兄さんが、慎重にこちらに向き直る。緊張に身を固くしているのが解る。なのでにっこり笑って近づいた。とんっと胸に手を当てると、心臓の音が少しだけ大きくなるが…直ぐに平静さを取り戻す。
「…あなた女の趣味、とっても悪いわ」
「!」
「もっとあなたにお似合いの素敵な、オトナの女性にかえることをオススメするわ」
大きな手を取ってちうと指先にキスをする。
「縁があれば、また会いましょう。 上で待ってるわ」
「…どうも」
ひらひらと両手を振って、その場を離れた。
その後は何時も通りに仕事を熟した。と、いってもわたしは黒服ちゃんに命令して、その結果を纏めて上が望む形で報告する。形が違えば、そうなるように手間を加えて調整を…幹部と言ってもやることは雑だ。わたしの仕事はその程度だが、その程度をきちんとこなせば最高のスタートレートホテルでゆっくり休むことができる。シルクのネグリジェでベッドに寝転がり、今回の報告書に目を通す。
(あのお兄さんの名前… 唯川(ゆいかわ)光(ひかり)ねえ。 日本人(ジャパニーズ)、年齢は25歳、 …警察を目指していたが、卒業前に不祥事を起こして退学… その後、日本にいられなくなり渡米し、狙撃の腕を使って裏稼業を始める。 警察学校時代の実射成績はトップクラス、おおこれは凄い)
全国警察拳銃射撃競技大会の優勝者に勝る成績だ、これが本当なら素晴らしい才能だ。…これほどの腕なら、警官よりも特殊部隊の方が才能を生かせる。だからこそ気になるのは、これほどの腕前をもつ男が、なぜ退学処分になれたのか。
(不祥事、ね)
そういうの、わたしすっごく気になっちゃう。
身内の探り屋に詳細を探らせるようにお願いした。______さて、ここからは黒の組織幹部としてではなく、わたし個人として考察しよう。あーーーーーんっ末端狙撃手時代のスコッチに会えるなんて最高!このまま待てば…彼は仕事の成果を認められ、例のあの人からコードネームを与えられる。その後、ライとバーボンが加わり…組織は工作員の話題で持ちきりになる。理由は定かではないが、結果としていえばスコッチがNOCであると断定される。その後自決、…それから原作が始まる。ってことは、
「原作が“いらない”っていっているなら、わたしが“貰っても”問題ないよねー!」
ぼふんっ!とベッドにねっころがって、これからの算段を立てる。ふっふー楽しみだなあ、愉しみが増えたなあ。バーボンもいいけど、わたしはしょうゆ顔が好みなんだよね。はやく欲しいなあ、ぜったいに____わたしのものにしーちゃおう。
「はいドーンッ 襲名式におっじゃましまーす!」
組織が所有しているリゾードビルのスイートで、それは行われていた。スキップで登場したわたしに、ルームにいた男たちは一様に顔色を変える。聞いていた通りの面子だ、お兄さんの姿を確認してにやあ〜と笑えば、グレーの瞳が少しだけ揺れる。
「ノチェロ、どうしてこちらに? 今日は、」
「ハーイ、ウォッカ。解ってる、襲名式でしょう? あの方から聞いてるわ、ついでに言えばその書類を作ったのもわ・た・し。 今日は口煩いジンは一緒じゃないのねぇ」
「兄貴はこういうのはお好きじゃありやせんから」
ピンとウォッカが持っていた書類を指で跳ねる。ウォッカは笑顔のわたしを見た後、「よくお似合いです」と言葉をくれる。深いナイトブルーのドレスは今日の為に誂た逸品だ。グレーで刺繍された繊細なダマスクとちりばめられたジュエリーストーン。ベールに添えたカナリヤ色はわたしが一番好きな色だ。ジンではこうはいかない、ウォッカのこういう細やかな心遣いができるところをわたしはとても気に入っている。
「何か緊急のご用件でも?」
「うん! あのね、この二人ジンの配下…実行部隊に入るのよね?」
「ええ、今回は二人とも狙撃手ですからね」
「ふふ カルバトスとー… スコッチ」
____初めて会った時と同じ、黒いインナーにだぼっとしたパーカー。いや、ちょっとだけ体つきが良くなった。実戦の中でより柔軟な筋肉がついたのだろう。成長している、良いことだ。成長は彼の死を、より確実に遠ざけてくれる。なので遠慮なく…ガバーッとスコッチに抱きついた。
「もぉーーーーらいっ!」
「っ!?」
「の、ノチェロ!?」
「スコッチはわたしが貰うわ! ジンにはそう伝えておいてちょうだい」
ウォッカが何か言っているが無視だ。ぎゅううとだきつくと、わたしはスコッチの胸下あたりしかない。あの頃より厚くなった腰に両腕を回すと、わたしの指先同士がわずかに掠れる。濃いタバコの匂いに隠れて、硝煙の香りがした。ぺったりとほっぺをくっつけて見上げれば、両手をあげて降参ポーズをしているスコッチの姿。動揺を隠しきれなくなっているグレーの瞳ににっこりと笑えば、目元が僅かに痙攣する。
「ですが、こちらもすでに仕事が組まれていて…」
「仕事の時には“わたしから”貸し出すわ。 それに直ぐに補充があるはずだから、仕事に穴が開くことはないはずよ」
「補充ですかい」
「ええ。 …最近、組織内の“推薦”でお掃除(イレイザー)を担当している子がいるでしょう? 腕の良い左利き(サウスポー)、かなり優等生みたいじゃない」
くんと背伸びをして回した腕をスコッチの首へと持ち上げる。「だっこ」と言えば、スコッチはちらりとウォッカを見たあと、「失礼します」といってわたしの腰に腕を回した。腕に遠慮なく腰かけても体幹は揺らがない。慣れないのか手が彷徨っているが、彼の肩に寄り掛かれば場所を見つけたように腰回りを支えてくれる。うんうん、良い子。紳士的な対応が嬉しくて髪を撫でる。さらさらしてさわり心地が良い。にこにこするわたしをみて、スコッチは笑った、だがグレーの目が探る様な色を潜めきれていない。ふっふーそういうのがかわいいんだよねえ!
「実戦向き。 わたしが後押ししてあげるから、すぐに幹部にあがれるはずよ。その子をジンにつけてあげる、だからこのお兄さんはわーたしの」
きゅっとスコッチの頭を抱きしめれば、ウォッカは諦めたように溜息をついた。
「兄貴には、…」
「わたしの黒ウサギちゃんが伝えにいってるわん。 あ、それと、この前ベルモットが清掃係(ハウスキーパー)探してたわよ。プライベートな案件らしいけど、恩を売るには調度いいんじゃない? この前のお仕事でジン、貸し作っちゃったんでしょ?」
「…」
「情報(これ)は、チップ代わり。 ジンによろしく伝えてちょうだい。ウォーッカ」
とんとスコッチの背中を叩く。「行きましょう」と言えば、一度だけウォッカを見た。ウォッカはソフトハットを弄りながら「行け」とだけ言う。帰り際、カルバトスに「あなたも頑張ってね〜」と言えば、小さく礼を返された。うんうん、良い子だねえ。部屋から出ると、スコッチが戸惑い勝ちの声で訊ねて来た。
「前に」
「ええ、覚えていてくれたなんて光栄だわ」
「…どうして俺を」
「幹部に昇進したから。 あ、そうだ昇進おめでとう。お祝いはお仕事が落ち着いたらしましょうね」
ちうと額にキスするとぱっと距離が開く。その所為で、プリンセスホールドになってしまった。言葉に詰まるスコッチに、柔らかく笑って告げる。
「…約束したでしょう、上で待ってるって」
「!」
「ちゃんと来てくれて嬉しいの、だから一番に迎えに行くって決めたのよ」
「…それだけ、か」
「あら失礼、わたしにとっては十分な理由」
ぎゅううと抱きしめれば、ためらいがちにスコッチの手が…わたしの髪を撫でる。最初は触れるだけ、その後は髪を梳くようにして撫でてくれた。うんうん。
「荷物は?」
「隣の部屋に」
「じゃあ恋人を迎えにいって、わたしのホテルに移動しましょう。 ねえ車はある? ここまでホテルマンに送ってもらったから、足がないの」
「ボロ車でよければ」
「十分よ。 ふふ、こんな格好で行ったら恋人に嫉妬されちゃうかも」
楽しくて足をパタパタさせると、「パンツ見えるぞ」と言われた。エッチと返せば、男なんでと当たり前のように返される。それは楽しみだ。これからどうなるかなあ、楽しみだなあ。ぜったいに死なせてなんてあげないんだから。