探偵 | ナノ

本堂瑛海に相談する


このままでいいのだろうか。
______わたしは、いつかこの人を手放さないといけない日がくるのだろうか。



「れ、 れいくん」

あまりにもベタすぎてどうかと思ったけど。肌を合わせてから暫く、わたしはちゃんと降谷零を名前で呼ぶようにした。最初は呆れられるかと怖かったが、どうやら杞憂だったようで。彼は「なんだ」と普通に応えてくれた…なんだ、ちょっとドキドキしたわたしがバカみたいではないか。

今まで、わたしにとって降谷零はアイドルみたいな存在だったのだと思う。あくまでいつか手放すものとして、大事なところには触れないようにしていたのかもしれない。でもあの日、ぜったいに一緒にいたい。誰にも渡したくないと思ってから、…少しだけ吹っ切れた。降谷氏、なんて呼び方も無意識にひいていた境界のひとつだったのだろう。

「警察学校?」
「ああ、寄宿制で基本は土日しか休みがない。外泊も禁止だから、今みたいに…会えなくなる」

渡されたパンフレットを見ながらふむふむと頷く。一緒にベッドに上がると、降谷氏は壁に背を預け「ゆき」とわたしを呼んだ。定位置となる足の間に収まると、大事な話だといって渡されたのだ。

「どのくらい?」
「15ヵ月くらいだな、 ここ、3ページに書いてあるだろ」

3ページ…と手を動かすと、腰に腕が回ってぽすっと抱き寄せられた。大きな手がひょいとパンフレットを奪い、「ここ」と開いて見せてくれるから、ごそごそと体勢を整えてパンフレットを見る。…うん。

「意外と短いですね、あの人も…幼馴染の人もいくの?」
「ああ、同じ東都警察学校」

降谷氏の幼馴染とはそこそこ長い付き合いになる。基本的に群衆に紛れるのが得意らしく、降谷氏と一緒に訪れた時以外に出会えたことがないが。

「がんばってください」

今度は自分から降谷氏の胸に抱きついた。分厚めの胸に両手を伸ばして、なんとかわたしの指先が絡まりあう程度。柔らかい金髪からは同じシャンプーの匂いがして、くんと嗅ぐと「おい」とたしなめられた。すっぽりと抱きしめてくれる大きな体が心地よくてすりすりしていると、降谷氏が抱きしめてくれる。ぎゅうと少しきつい位の力で抱きしめてくれるのが好きだ。楽しくてけらけら笑えば、降谷氏も笑って一緒にベッドの上に寝転がった。

平和だった、全ての愛がここに集約されている気さえしていた。
______本当に、降谷零という男が愛おしくてしょうがなかった。



「いってくる」
「いってらっしゃい」

我が家から大学にでかける降谷氏を見送り、ふと沈黙が落ちる。ちくたくという時計の音。遠く聞こえる鳥のさえずり。_____ああ、怖い。

(まるで、前の世界に戻って来たみたい…)

携帯をぱかりと開くと、そこには降谷零の写真。この前街中で犬とジャレついたときの写真だ。柴犬が楽しそうに尻尾をぶんぶん振って、それをわしゃわしゃしている降谷氏。この時、柴犬をみて「お前にそっくりだ」と言われたときは驚いた。わ、わたしこんな感じなんだ。自分はどっちかというと猫っぽいと思ってたよ…。

ぽちとメールボックスを開けば並ぶ降谷零の名前。ぽちぽちと開きながら、ああここが今の現実だと安心する。それと同時に、思う。わたしは____原作では、どういう扱いなんだろう。本誌では描かれなかった降谷零の昔の女?それが一番現実的だ、原作で描かれた29歳の降谷零はもう“わたし”とはとうに切れている。そして…“正しい運命”と出会う。

ちくりと胸が痛い。いや、ちくりどころじゃない。ちぐちぐぐにゅびしゃがしゃんばちばちぐわーんどどどどどっどど、って感じで心が思いっきりざわついている。いやだなあーいやだなー。誰にも、渡したくないなあ。これは子どもっぽい独占欲?この汚い感情ごと、彼への愛だと叫んでいいの?

わたしはいつか現れる、降谷零のためだけに生まれた完璧な彼の運命に…対抗できるだろうか。きっと素晴らしい女性なのだろう、彼の為に描かれたのだから欠点などないに違いない。マンガの登場人物はいい、醜い嫉妬も欠点もほとんどない。しかも、“ハッピーエンド”が約束されているのだから。…ああ、醜い嫉妬だ。降谷零が…わたしの出会った零くんが、必ずしも完璧な偶像ではないと知っているのに、こんなこと思うなんて。

大前提。_____降谷零は、人間である。
だからトイレにいくし。徹夜したら隈ができる。苦手なものあるし、意外と我儘でこれと決めると絶対に譲らない。頑固さん、それに短気だよね。幼馴染といるといつも苦い顔して手や足が先に出る。わたしといるときはあんまりしない悪い顔も好き。ニコニコしているのは自分の顔がいいと知っているナルシストさんだから。世渡り上手、小さいころ大変な思いいっぱいしたからかな。人のうわさや視線に敏感で、時折酷く鬱陶しそうにしている。まだまだ顔にでている、トリプルフェイスそんなんで大丈夫?ランニングした後は足が臭い。料理にうるさいから、もう手料理はしたくないのに「やれ」って無理矢理エプロンつけてくるの。焦がして味極端になるのに「まずい」って、嬉しそうな顔でいうのズルいよ。ややこしいひとね。お泊りした日の朝は、無精ひげ生えている。甘いマスクに似合わないそれがすきでジョリジョリしていると、すごーくいやそうな顔する。似合っているよ、本当だよ。時々怖い夢をみるんだよね、ひとりぼっちなことがトラウマなんだよね。そういうドラマやドキュメンタリーが流れるとすぐチャンネルを変えるもの。一言もわたしに言ってくれないけど、本当は自分の生い立ちを誰より気にしている。寂しさを、わたしと幼馴染の彼の存在で埋めているよね。ありがとう、大好きよ。わたしを選んでくれて、ありがとう。

だからわたしも、あなたを選んでいたい。
あなたとの未来がほしい。

_________でもそれは、あなたにとって幸せなのだろうか。
それがいつだって一番、わからないの。わたしが見ている零くんの笑顔、それ以上のものがあるとしたら…それを引き出してあげられるのはわたしでは足りないのでしょうね。






「どう思いますか、瑛海ちゃん」
「どうもこうも、そんな面倒な恋いつまでしてるつもりよ。 わたしなら無理」

友人に一刀両断されたうおおおおと唸っていると、「うるさいわよ」と叩かれた。いたいです。

「うっ う、」
「あのねぇ、優しい言葉が欲しいならわたしに相談するのが間違いよ」
「ううん優しい見かけだけの言葉より、ぐさっとくる真実がほしいの」
「ドエムなのあんた… ああ、だからその彼氏とも続いているのね」

ぐさぐさと言葉のナイフをさしながら、かたかたとレポートを打ちこんでいる美人さん。彼女は、本堂瑛海。アメリカからの交換留学生で、かなりの秀才だ。留学先の大学はもちろんうちの大学ではない、もっとネームバリューのある大学だ。彼女とは、わたしがその大学のフリーの講義を聞きに行った時に出会った。うっかりレポートをぶちまけて柱に頭をぶつけ、膝を強打し、パンプスのヒールを折ってしまった不運なわたしに「…大丈夫?」と憐れみと呆れから手を貸して貰ったのが始まりだ。

「瑛海ちゃん、あとどのくらいこっちにいますか? アメリカ戻ってもメール送っていいの?」
「そんなこと一々訊かないで。 …好きにすればいいでしょ」
「うーん、わかりました。 …瑛海ちゃんあっちで就職するんですよね。どんな仕事につくの? やっぱり法律の勉強してるから、弁護士とか警察?」
「あんたには教えない。 さっきから喋ってばっかりじゃない! レポート助けて欲しいっていうから来たんだけど?」
「ああ、ごめんなさい! ここです、ここお手伝いお願いしますっせんせい!」

ぽちぽちと打ちこむ横で、瑛海ちゃんがかたかたかたかたと凄いスピードで打ちこんでいる。一先ず何とか形になったレポート。瑛海ちゃんにはお礼に美味しいカフェをご馳走した。降谷氏が教えてくれたところで、カルボナーラがとても濃厚で美味しいのだ。

「日本は良いわね、特に食事が美味しいわ」
「ねえ。 あのね、れいくんのご飯も美味しいのですよ」
「黙って食え」

ノロケはいらん。と、後ろの言葉が見えた気がした。…すみません。

「…わたし、将来なにになろう」
「なによ突然」
「んー…最近考えるの。 れいくんが大学卒業して、警察学校に入ったから余計に…かな。 警察学校に入ったってことは、警察官なるってことでしょう? じゃあわたしは…どうしようって、」
「養ってもらえば」
「それはいやです、自立したい!」
「めんどくさい女ね。 あんたの彼氏、聞けば東大卒のキャリア組でしょう? なら最初だけ我慢すれば、その後はエリート街道まっしぐらじゃないの。ゆきが働かなくても金なら入って来るわよ」
「えーっと、えーっと…そうじゃなくてね、うーーーー上手く言語化できないっ!!」

頭をかかえるわたしを余所に、瑛海ちゃんはくるくるとフォークでパスタをとる。あ、美味しそう。一口頂戴。

降谷零は、やがて公安警察になる。わたしが彼の傍にいることで、本来の運命がどれほど揺らいでいるのかは定かではないが…このままいけば、そうなる。わたしがいても警察と言う道を選んだのだから、きっとこの運命は“強固”なのだろう。正義の化身、日本の守護神。小さい頃から胸に秘めた信念のままに、日本に心身を捧げた男…うーん、肩書過剰で胸焼けしそう。

組織に潜入捜査したら、わたしとは会えなくなる…それまであとどのくらいの猶予があるんだろうか。それまでにわたしは彼と別れるかもしれないし、そうじゃないかもしれない。降谷氏は公安になったら、わたしになんて告げるのだろうか。「もう会えない」とか?「待っていてくれ」とか?____どちらにしろ、わたしはもうすぐでひとりぼっちだ。

れいくんは、あの夢の姿に近づいて行く。
グレーのスーツ、白い車、硝煙と血の匂い…黒の組織。わたしとは全く違う世界で、これから生きていく。それを止めることは、何億人の命と引き換えに“我儘”をいうということ。その勇気がわたしにはない。それに彼の夢を邪魔する権利はない。黙っているズルいわたしにできることはなに?

ひとりぼっちになるけど、いつかれいくんが迎えに来てくれると信じられるなにかが足りない。
______わたしは、不安だ。

「今の勉強を生かすには…翻訳家とか? ツアーのガイドとかなあ」
「給料悪そうね」
「また金の話か… ふ、生きるって辛い。生きるイコール金、世知辛いですね…瑛海ちゃん」
「まあ、あんたのレポートもこのカフェ代でできているのは確かね」
「ありがとうございます」

がんっとテーブルに頭をぶつけてお礼を申し上げた。おかげでわたしの卒業成績が満ち足りそうです!

「…れいくんにフラれたら遊びに行っていいですか? アメリカ観光したいなあ」
「そんな暇ないわよ …ていうか、そういうこと口に出さない方が良いんじゃないのかしら。日本ではよくいうじゃない、言葉には力が〜とか」
「アメリカ人に日本の文化を説かれるなんて、わたし終わりました」
「あんたの頭なら結構前からヤバイわよ」
「はい… あ、デザート食べましょう。 このケーキ食べたいです、瑛海ちゃんはなににする?」
「ころころ話題が変るわね  わたしはこれ」
「はんぶっこしましょう」
「そういうのは彼氏とやって」

れいくんの恋人になるには、どんな“キャラクター”が相応しんだろう。

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