探偵 | ナノ

彼女は降谷零を奪われたくない


※-警察学校編情報前の捏造諸伏がいます



「わたし、考えたんですが」

教科書から顔を上げると、夏の青空みたいな瞳がわたしを写した。

「降谷氏のご両親、どっちか沖縄の人とかじゃないですか? だから肌黒いんですよ!」
「沖縄の人で金髪青目とか見たことないな」
「…」
「お前さ、もうちょっと考えてモノ言えって。脊髄反射で会話するの悪い癖だ」

ずーーーーーーんと机に伏した。頭上で降谷氏がカラカラと笑っている。悔しくてうねると、とんとんと音が聞こえた。みれば、机をたたく褐色の指、辿れば頬杖をついた降谷氏が楽しそうにこちらを見ていた。

「宿題、はやく終わらせろよな?」
「うぐ…」
「僕に夢中になるのはいいことだけど、自分のことを蔑にするやつは嫌いだ」
「ぐっ…! や、やります… 数学、きらい…ですけど」

ぐぬぬぬとシャープペンを握り締めれば、ふわふわと髪を撫でてくれた。普段はきっちり襟元まで閉めているワイシャツのボタンを崩して、死ぬほどそぐわない安いパイプイスに座る降谷零。二つ年上の先輩、今年でこの高校からいなくなってしまうわたしの彼氏様。生徒会長。テニス部のエース。

「ありがと、ゆき」

彼は_______生きていても、美しかった。

2次元推奨。2.5次元過激派だった前世のわたしだが、今はすっかり彼に夢中だ。中学校に入って初めて出会ったこの物語の根幹を補う人柱は、しかし、あの過激さも冷徹さもなく“ただの”男子中学生だった。今思えばだからこそ惹かれたのかもしれない。きっかけは、すれ違うだけで漂ってくる良い香り。脳裏に焼き付いて剥がれないそれはじりじりとわたしの理性を焼き焦がす。耐え切れずに「あああああああああくしゅしてください!!!」と言えば、降谷零はぽかんと間抜けな顔をして。後ろで彼の幼馴染が腹を抱えて大笑いしていた。マジ許さん、乙女の一大決心を笑うなんて!

そんなこんなで。気づけば公認のストーカーである。
そして高校に進学し、気づけばカレカノである。え、チョロすぎないか?チョロすぎやしないか?

ギャルゲーのヒロイン並にチョロい降谷氏に、一周回って保護者のような不安を感じ始めたころ。彼の幼馴染にこっそり呼び出された。「俺も驚いた、アイツがまさかロリコンだったなんて…」と予想の斜め上を行く発言から始まった会話は、最初のインパクトがでかすぎて何も頭に入ってこなかった。だが要点を摘まむと、…わたしは思ったより愛されているらしい。降谷零と言う男に。

これなんて転生補正?新手の固有スキル?
もしか降谷零がギャルゲーヒロインではなく、わたしが乙女ゲーヒロインだった?

宇宙の広さについて考える様なカオスに嵌りかけたが、どうやらそういう訳ではなさそうだ。その証拠に、降谷零以外の男からまったくモテない。いや、自慢ではなく。びっくりするほどモテない。告白ってなんだ、カレーがもつ深みの正体か?もう何もかも信じられない遅れて来た思春期みたいな状態になったので、素直に「わたしのどこがよいですか?」と直接降谷様にお伺いすることにした。素直にどこに惚れたの?どこか好き?ってきければ良かったが、自己評価がゴミなのでそんな大それたことはきけない。そもそも選択肢にない。降谷氏は豆鉄砲を食らったような顔をしたあと、んーと考えながら言うことは。

「しっかりしてそうなくせに、実はなんにもできないところ?」
「いや、ダメな所をきいているのではなく」
「清純派みたいな見た目だけど、中身は中年の親父みたいなところとか。サラダとケーキしか食べなそうだけど、実は焼肉とラーメン大好きなところとか。小さいのに大食いなところもいいな、ああそれと 上位五位以内の成績ですって顔なのに、実は下から数えた方がはや」
「もうやめてください!!!!!」

降谷零は、デリカシーがない。おま、おまそれでも未来のトリプルフェイスか?公安のエース足るハニートラップのスキルはどこにいった?うおおおおおと、廊下に蹲るわたしに降谷氏は「そういう所だよ!」とカラカラと笑った。羞恥やらなんやらで頑なに起き上がらないわたしを猫の子のように抱き上げた降谷氏は、「ごめんな」といった。許さない。「ラーメン奢ってやるから。ゆきの好きなあそこの、チャーハンもつけていいぞ」。許した。

わたしも乙女ゲーのヒロイン並にチョロいのである。昔からある赤のれんのラーメン屋さんは、わたしの行きつけである。すっかり降谷氏もお気に入りで、わたしのことを赤ちゃんの頃から知っている大将と仲良しだ。わたしは味噌ラーメンを、降谷氏は醤油ラーメンを注文した。チャーハンは二人ではんぶっこ、餃子は大将がサービスしてくれた。最後の餃子は半分にして、降谷氏にあーんしてあげた。白い歯とお上品なお口が眩しい。薄い唇についたタレをぺろと舐める姿もなめかわしい。好きです。

「お前は僕のどこがいいんだ?」
「……そ、そんざいがすき…」
「ん? 素直に顏って言ってもいいんだぞ?」
「顔が、好きです。 他も好きですけど、」
「僕の中身はオマケか」

自分で言えといったのに、その時の降谷氏の笑みは乾いていた。
…そういう、ちょっとだけ自虐的なところも好き。人間くさいね、れいくん。

高校を卒業する時、降谷氏のボタンは全て死守した。どうしたかというと、朝早くクラスに押しかけ、ハサミ片手に「有り金全部だせー!」と半泣きで押しかけたのだ。前日までは違ったんだよ。これでも未来の公安エースの妻(仮)として余裕のある姿をみせようとだね、降谷氏が有象無象の女に集られようと余裕の笑みをたたえる女神みたいになろうと思ったんだよ。でも、当日の朝になったら降谷零のボタンをわたしじゃない女がもっているなんて耐えられなくなったんだ。顔を涙でいっぱいにしながらブレザーとワイシャツのボタンまできっちり回収している間、降谷氏は大人しかった。爆笑していたが、いいよいいよ全部あげると馬乗りになったわたしの頭をがしがしと撫でた。ちなみに途中で騒ぎを聞きつけた先生たちに回収されたわたしである。結局、卒業式が終わるまで保健室から出ることを許されなかった。くそっボタンまだ回収しきれてないぞ…!

保健室の先生にぐちぐちしていると、卒業式を終えた降谷氏が友人とともに戻って来た。そのブレザーにはなぜかボタン。ぱりっとして新品くさいぞ!なんだそれ!…流石に卒業生代表の言葉をボタンのないブレザーとワイシャツで読ませるわけにはいかないと、先生たちが生協で買って来てくれたらしい。卒業式に新品あげるってどうよ。いや、原因はわたしなんだけど。ぐずんと降谷氏の輝かしい晴れ姿をみられなかった悔しさに泣いていると、「ご褒美だよ」となんと!ブレザーを!くれた!ちゃんとボタンがない降谷氏のブレザーだ!

「わ、わいしゃつも…」
「うん、いいよ」
「ずぼんも!」
「いいよ、その代わりゆきが卒業したら、お前のは僕にくれよな」
「あげる!やったーーーーー!」

後日。しっかり学生服をセットでいただいた。ありがたやー。降谷氏の匂いがするー。男子高校生らしい汗と、愛用している制汗剤の匂いだ。嬉しくて自分で奪ったボタンをもう一回着けてパジャマにした。お母さんが変なものをみる目で見ていたけど、そういう年頃なのということで誤魔化した。母は納得した。それもそれでどうなの?娘的にちょっとかなしいぞ。

大学生になった降谷氏は、高校生模試一桁代という人間離れした学力で東都大学法学部に見事合格し、特待生枠で通っているそうな。大学入学を機に施設を出て、いまでは三畳一間の学生荘に住んでいる。ほとんどが共有スペースらしく、男所帯が極まった場所らしい。具体的にはパンツ一丁で出歩き、18禁雑誌が積み重なり、そこら中ゴミだらけ…など。なんだそれなんだそれ、オラワクワクすっぞ!すわ女の子とも見間違えられるキングオブベビーフェイスの降谷氏がそんな男所帯で姫扱いされないはずがない!なんてラノベタイトルだそれ!行きたい行きたいと駄々をこねたが一度も許されたことはない。なんでだーーー!神よーーーーー!

「結局のところ、降谷氏は将来何になりたいのですか?」
「警官」

……………ふむ。そのあたりは、“かわらない”んだ。

ちょっとだけ、落胆。わたしとの出会いで、なにか彼に違う刺激が在ればと思ったのだが…ダメだった。降谷零は警察官を目指して、この後警察大学に通って、公安になる。それからはわたしより、“みんな”の方が詳しいほどに。

(わたしで、 いいのかなあ…)

未だに、降谷零の「彼女」枠であるわたしは______あまりにも、フツウだ。
頭もよくない、運動もできない、推理が得意なわけでも、シャーロック・ホームズが好きでもない。運がよくないし、空手や柔道の才能があるわけではない。なにより…“原作”を、良く知らない。

降谷零を助けることができない。
______いちばんだいすきなひとを、しあわせにする方法がわからない。

「…!」
「被ってろ、今日暑いな。熱中症にならないように気を付けろよ」

ぽすんと頭にキャップを被せられた。降谷氏の大きなキャップがずり落ちて、目の前に影が落ちる。今日、米花町は今年一番の猛暑を記録しているらしい。最近できたパンケーキ屋の列に並びながら、わたしの思考は深く沈む。最近こんなんばかりだ。降谷氏は忙しい、警官になるために一生懸命勉強している。頼れるところもないから、日夜バイトに励んでいる。_____彼は、本当に…その生き様が美しい。

「…まぶしい」
「僕の影から出なければいいだろ。ほら、飲め まだまだかかりそうだ」

渡されたペットボトルがほっぺにぶつかった。受け取ったミネラルウォーターは水滴でびしょびしょだ。「あちー」とストライプのシャツをぱさぱさしている降谷氏。彼が着るとユニク口シャツが、ブランド物に見えるから不思議だ。こくりと喉を潤す水、ああ喉が渇いた。どうすればいいのか解らない。解らない。解らない_________________________そして、わたしは倒れた。熱中症と診断されたが、気持ち的には知恵熱と言われた方がしっくりくる。

「バカ」
「…」
「アホ、マヌケ、ドジ」
「や、やさしく…おねがいします…」

降谷氏はぶすりとした顔で、ぺちんっとわたしの頭に冷えピタを張ってくれた。うー冷却ジェルがきくー。…疲れもあったのか、立て続けに酷い熱に襲われた。うー、なれないことはするもんじゃないな。降谷氏とは違う、親のお金で借りているわたしのアパートは6畳バストイレキッチン付だ。かわいいもので埋め尽くした部屋に最初こそ居心地悪そうにしていた降谷氏だが、最近は慣れたもので普通にキティちゃんのマグカップをつかっている。かわいい…。

「…熱、下がらないな。 食欲はあるか?」
「ん」
「じゃあおうどん作ってやる。ゆきが好きな甘いやつ、具はなにがいい?」
「…たまご、やき」
「わかった」
「ふ、やし バイト、は?」
「いらない気を回す暇があったら寝てろ。それで、とっとと治せ」

降谷くんは、やさしい。
材料を買いにいった彼を見送り、布団の中でぼんやり思う。降谷くんは優しい、強い、かっこいい。大好きだ。わたしみたいに臆病者じゃない、本当に正しい理想と信念をもつ気高い人。決してわたしのものになりはしないのでしょう。だからこれは束の間の、夢。

(コナンくんにとっての蘭ねえちゃん。服部くんにとっての和葉ちゃん。きっとそうやって、降谷零のための“だれ”かが用意されているとして)

わたしは、とても…邪魔ものだろうに。
その夜は酷い夢をみた。暗闇のなかわたしはひとりぼっち。遠くに降谷氏がいた。降谷氏は高校のブレザーでも、大学の私服でもない…とても見たことがあるようなグレーのスーツをきていた。その横顔はわたしが知らないもので、その瞳は微塵もこちらを映さない。なんて悪夢だ。走っても走っても、近づけない。手が届かない。彼は歩いているのに、ちっとも距離が縮まらないのはなんで。キズついて、大事なものを全部失って奪われて、ぼろぼろの彼を抱き寄せるのは誰? あなたは誰、わたしの知らない香水の匂い。止めてと叫んでも通じない。こっちを見てと怒鳴っても届かない。それはわたしのものだぞ!ずっとずっと、“これから未来(さき)も”わたしのものなんだ!!!

ばちんと。弾かれる様に目が覚めた。
うす暗い部屋、白い壁。わたしの部屋だ。ぼんやりと見渡すと、テレビのレコーダーが午後1時を示していた。閉じたカーテンの向こうからさわさわと雨の音がする。少し湿った空気、甘いお出汁の香り。…吐息のおと。

するりと起き上がると、ベッドによりかかるようにして降谷氏が眠っていた。腕を組んで金色のまるい頭が小さく上下している。薄闇に紛れる金色の髪、夜を艶やかに纏う褐色の肌…閉じられた目の色をわたしは知っている。

ただしく、魔が差した。

彼の足の間に滑り込み、とんと胸に頭を預ける。何も言わずに解けた腕が、そっと背に回って慰めてくれた。寝起きの掠れた声が「どうした」ときく。頭を振って沈黙を返した。彼は「そう」とだけいって、深い呼吸とともにわたしを抱き寄せてくれる。その腕は温かく、心地よい。

「…こっちみて」
「どうした」
「わたしの名前よんで」
「?」

「ほかのひとのものになっちゃやだ、 よ…」

わたしの全部、あげるから。

_________その夜、はじめて彼と肌を合わせた。穏やかで優しい指に解かれて、骨の芯まで溶けてしまいたい。

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