小汚い夢魔の混血児を見つけたので虐待することにした
2022/12/25…誤字修正
※男主
____『イレギュラー発生、剪定事象9999321条の4項目に抵触する可能性があります』
___『観測次元帯確認、収束、… 議会議事録確認、パターン分岐および正史照明開始… 』
____『再測定、 …正史改竄 … エラー、エラー』
__『地平線の子よ。速やかに使命に順じ、監視者候補から離れることを推奨します』
「黙れクソッタレども、ここからは俺の好きなようにやらせてもらう」
脳内でアレコレと煩い、勝手に人の頭の中で喋ってくれるな。上位世界と繋がる回路を切断すれば、ぷつんとその声は聞こえなくなる。
久方ぶりの静寂だった、小鳥の潺さえも耳元で聞こえそうな。すうと息を吸って、俺は片手で吊り下げていた泥だらけの毛玉を眼前へと掲げる。
「よぉ、お前の所為で面白いことになった」
「…」
「乗り掛かった舟だ、ここからは完全に台本なしの体当たりストーリーにするとしようぜ。上位世界だか何だかしらねぇが、時代遅れのつまらねぇ観客どもの腸捻じれるほど笑かしてやろうじゃないの」
「…」
毛玉は反応しない、薄汚れた髪の合間から見える瞳は依然として虚ろ。もしかして死んでいるのか、と思い心臓の辺りに目を凝らすも、問題なし。この毛玉はこの世界で、俺と同じテクスチャーの中で生きている。
「聞こえてんのか?」
「…」
「お〜い」
ぶんぶん左右に振ってみるも以前反応なし。いや、これは反応がないというより、反応を学習できていないという様子だ。
ふむと、どうすれば良いか考える。だが良案が浮かぶわけもなく、俺は問題を据え置きにしてとりあえず当分の寝床を探すことにした。片腕に____月の妖精の子を抱えて。

上位世界の端末でしかない俺に、自由意思など存在しないと誰が決めた。大変申し訳ないが、こちとらオギャアと生まれた瞬間から自意識の塊である。それでも今までハイハイと大人しく言うことを聞いていたのは、反骨精神こそあれど目的がなかったから。
悪く言えば、無関心だった。自分以外のものは、全てその他。予め上位存在によって優先度を定められている他人のタスクに口を挟むのなんて面倒だ。
そう思っていたはずなのに。俺は、この世界の誰よりも雁字搦めの役目(タスク)に縛り付けられた生き物に興味が湧いた。初めてだった、自分から関わろうと思ったのは。衝撃だった、どうこうしたいという訳ではない。ただその時、そうすること自体が______俺の目的になったのだ。
「_____メルディヌス、出てこい!」
声を荒げれば、木々の上で羽を休めていた小鳥たちが、一斉に翼を広げて空へと旅立った。苔生した樹木を見上げて探せば、一か所だけ不自然に空気が歪んでいることに気づく。
俺に見つかったというのにかくれんぼを止めようとしないその様子に、もう一度怒鳴りつけてやろうとかと息を吸う。そうすると流石にヤバイと感じたのか、…子どもは観念したように纏っていた光のヴェールを解いて目の前へと降りてきた。
「…」
その着地は、5メートルはある大木から飛び降りたとは思えないほど軽やかであった。靡く髪は木漏れ日を透かして虹色の輝き、子どもが元来持つ神秘的な面立ちを際立たせる。透明なガラスにライラックの花を溶かしたような瞳が、まっすぐにミワを見上げた。
「何かいうことは」
「妖精たちがあそぼうって」
「俺が与えた仕事は」
「サボろう___ ウッ」
「サボろ“うって言われた”?」
子どもが何かを言う前に、ミワの手がガシリと小さな頭を掴む。そのままぐりんぐりんと円を描くように回される子どもを見て、それまで隠れていた妖精たちがキャアと叫ぶ。
『かわいそう』『かわいそうな、つきのこ』『あそびたいだけなのに』『そのほうがたのしいもの』
「黙れクソ妖精どもがっ 背ワタ抜いて小麦粉と卵塗して後180度に熱した油でカラッと揚げて天ぷらにしてやろうか!」
ガウと吼えるようにして叫べば、妖精たちは『やばん!』『よそものはいや』とあちらこちらに散っていく。その様子を見てフンと鼻を鳴らし、ミワは子どもから手を放した。ぐしゃりと乱れた髪を直すこともせず、ぼうとミワを見上げている___妖精たちが口々に“月の子”と呼ぶ子。
「帰るぞ、メルディヌス。直に霧が出てくる」
「…はい、師(せんせい)」
「違うだろ、俺のことはパパと呼べ」
「…」
「オイどこを見ている、こっちを向け莫迦息子」
頑なにこちらを見ようとしないメルディヌスの顎をひっつかんで向かせようとするも、中々どうして頑固なもので。決してこっちを見ようとしない、すればミワもムキになって大人気なく実力行使にでようとしている。そんな2人の姿を、遠目で視ていた妖精たちがクスクスと哂った。
コーンウォールの北、一年の殆どを深い霧に覆われた渓谷林がある。森の木々は深く高く、石は苔に覆われ至る所に滝が存在する谷。西暦を過ぎ神秘が消えうせていく現代において、いまだ西暦以前の色濃い魔術の気配を残す聖域____只人が近寄れぬ迷いの谷を、グレンの森と呼んだ。
ミワはそこで、拾った月の子を育てることにした。月と人のあわいが溶けた子どもは、他の子どもよりずっと成長が穏やかだった。だがそれは肉体年齢の話、知性の明瞭さでいえば彼はミワが拾ったばかりの…1歳程度でケルト語を理解し、初歩的な魔術ならば工程を挟まず息をするだけで再現してみせた。
人の枠組みを超えたそれは半妖精…魔術師としては稀代の神児と祝福されただろう。しかし、彼は望まぬ誕生を運命付けられたために、人の子としては異端と捨て置かれた。
そんな名前がない子に、ミワはメルディヌスの名を与えた。
「きちんと薪を用意しておけ、まだ夜は冷える。俺を凍死させるつもりか」
「人肌の温度を保つ魔術を使えば、」
「なんでも魔術に頼るなと言っているだろう。そんなんだから妖精に良い様に弄ばれるんだ、このへなちょこ」
ミワが拾い上げた小斧を投げれば、受取こそできたものの、その重さにメルディヌスが数歩よろついた。だが文句は言わず、黙って粛々と薪割りを始める。その様子をベンチに座りながら、ぼうとミワは見つめた。
拾って育てて、なんだかんだと早5年。数えなら6歳になるであろう子どもは、未だ身丈が100pにも満たない。子どもで言うのなら2歳児程度、と言ったところか。
(半妖精ってだけでこうも成長速度に違いが出るとは、まあコミュニケーションに問題はないから良いが)
最初は魔術師の多い村で育てようと考えた。だがどうにか馴染んできた村も僅か一年弱で後にすることになる、その理由がこれだ。…元より魔術を扱うものは定命の者に比べて、細胞の老化速度が遅い。だがマーリンのそれは、魔術の申し子であることを差し引いても異常と言えた。
それがバレる前に村を出て、ミワはこの森に行き着いた。
妖精が未だ息づくこの場所は大気中のエーテルが色濃く、熟練の魔術師であっても容易く侵入することはできない。だが元より半妖精であるメルディヌスや、この世界のルールの適用外にいるミワは話が別だ。
グレンの森は、ミワたちが息を潜めるにはお誂え向きの場所だった。まあ、イタズラ好きの妖精たちが、精神性の未熟なメルディヌスを面白がって色んなことを吹き込んでは悪い遊びを教えることに目を瞑れば___ここは、彼を育てるために必要な全て揃った場所だと言える。
(剣術を教えるにしてももう少し育たんとなんとも、魔術は元々俺の範疇ではないし)
どちらかといえばミワは魔術師よりか戦士に近い、魔術なんぞ長ったらしく複雑な法則式でエーテルを繰るよりも、得物なり拳で殴った方が余程早い。
事実、ミワは分厚い幻想種の装甲も拳一つで砕くことができる。
まあそれは、この世界の法則が通用しないミワだからできる芸当だ。それにそういった振舞いは、いまの世界では“反則”扱いになる。
下手をすれば抑止力に見つかり面倒ごとになるのは目に見えている、それは避けたいところだ。…何しろ彼は今、惑星から当代の監視者を掠め取っているのだから。
「メルディヌス」
「はい」
「お前、その歩く先から草だの花だの生やすのなんとかならんのか。シシ神かよ」
「師は時々わたしの知らない言葉を使う、違う時世の言葉は理解できません。この瞳は過去と未来は映さない、だから現代の言葉で話してください」
「お前…ほんと、そういう生意気な口はどこから学んでくるんだ???」
メルディヌスが覚えている最初の記憶は、狂った(mer)ように泣叫ぶ女の人。それを取り囲む無数(myrdd)の瞳、それらはすべて身の内からこぼれ出た異物を蔑む色をしていた。
それが、メルディヌスに最初に与えられた禁断の果実。
___この世ならざる世界の裏側から来た生命未満は、知性の在る生物の精神性を糧としていた。
だから、廃棄される理由は理解できた。共感しようと試みたが、終ぞ母親の手で荷車から突き落とされても何も感じることはできなかった。どうやらそれは、…この身には難しい活動のようだ。
諦めていた矢先に、それはふらりとメルディヌスの前に現れた。
それは人間の男の形をしていたが、一目で違うと知れた。夢魔がゆえに、月の子で在るがゆえに、メルディヌスは無意識に生命の内側を暴く。
それは土足で人の部屋に上がるような行為だったが、この場にそれを咎めるものはいない。メルディヌスにそんな人間の道理は思いもつかないし、男もまたそれほど殊勝な男ではなかった。
男の名は、ミワと言った。
男はメルディヌスが初めて、この惑星で目にした同族だった。
勿論、精霊の混血児という意味ではない。人間のふりをした非人間、ミワはこの世界の法則の外側にいる生命体であった。だがメルディヌスよりもずっと長い時間を生きているため人間のふりが上手で、彼は人間のように哀れな捨て子であるメルディヌスを庇護し、親の代わりを務めた。
メルディヌスは独りでも生きていけるだろう、だが庇護する存在がいてくれることでその過程が円滑になるのならそれに越したことはない。せめて精神を閉じこめる肉の器が成体となるまでと、誰に言われた訳でもないのに自分に言い聞かせるようにして、メルディヌスはミワの下に身を寄せた。
ミワは酷く非効率的で、結果よりも過程があることを好んだ。実現可能な単純な道より、態々複雑で遠回りするような道を選ぶ。
メルディヌスには真似できない矛盾した彼の生き方は、どれほどの精神性を学び取りこんだ結果なのだろうか。自分も彼のように振舞えるようになれば成体になれるのだろうか、そんな想像に貴重なエネルギーを消費して、まず始めたのは模倣の日々。
ミワの様になろうとした。
_____だが彼のように振舞うことは難しかった。
魔術、剣術、体術、知識、内包している神秘までも、何もかもスケールが違う。夢魔のままなら簡単にできたであろう人格のコピーも、肉の器を得てしまったメルディヌスには難しい。
それなのにミワは、メルディヌスが魔術を使うことを禁止すると言う。なんでも楽をするなと。未熟なこの肉の器だけでは、彼に着いていくことすら儘ならないというのに、
(…からだが、おもい)
大木に手をついて呼吸を整える。メルディヌスの前を歩くミワ、その首元で束ねらえた朝焼け色の髪がゆらゆらと揺れている。
ほら魔術の補助なしでは、こうも簡単に置いて行かれてしまう。なんとか追いつきたいのに、____ああこれは、夢魔が抱くはずのない意識。自分が半端者である証左、____口の奥に、苦いものが込み上げる。
嗚呼いやだ、これは…好きな味じゃない。ぐちゃりと口の中を噛んで血の味で濁そうとしたが、メルディヌスの歯が舌を噛む前にミワが振り返る。
まるでそれを見通したような顔に、びくりと体が震えた。怒られる____そんな想像が浮かび上がる。どうしてだろう、わからない。でも想像したのだ、きっとミワなそうするのではないかと。
「______う、 あ」
「ったく、歩けないならもうボク歩けません〜って正直に言えよなあ」
ひょいとメルディヌスを担ぐように持ち上げて、ミワがぐちぐちと悪態をついた。そうしてさっさと歩き始めるミワ、自分の足で歩くときは比べ物にならないほど早く過ぎていく景色を見ながらメルディヌスはほうと息をついた。
無意識のうちにミワのローブをぎゅうと掴んでいることにも気づかずに、彼は瞳を閉じる。
瞳を閉じても、生まれ持った世界を見通す瞳があらゆる情報をメルディヌスに送り込んでくる。それは陸地のない荒れた海原に放り出されるような感覚、だがその中でひとつ光り輝くものがある。暗い夜の世界で灯台のように瞬く導。メルディヌスを抱えるミワが、世界を…物語の一ページの中を歩いている。
(____ああ、)
…まるで流れ星みたいだ。
それを観測している間だけは、眠るように穏やかでいられた。
「避けるな、下がるな目を瞑るな____力を受け流せと言ってるだろう!」
「ッ___ !」
メルディヌスの身体が漸く人の子でいう10歳程度に育つと、ミワは武術を教えるようになった。基本的な体術を始め、剣や槍といったあらゆる武具の扱いを叩きこまれた。
だが生まれ持った夢魔の性質が肉体的な頑丈さを必要としないせいか、この肉の器は中々筋肉をつけなかった。それを見たミワは、メルディヌスに栄養にならない獣の肉食わせて、水桶や石砂を詰めた重しをつけては体を鍛えさせた。
元々妖精は飽き性だ。何度も放り出して森の幻獣たちと遊びたくなったが、隣で倍以上の重しを着けて平然と訓練をするミワを見ていると、何故だか解らないが…自然とそんな考えは失せて、彼の言うとおりに修行に明け暮れた。
「おー、キレイな手がぼこぼこだな」
「この位なら魔術で治せる」
「どうして治す、これはお前が頑張った証だろう。とっておいた方が良いぞ」
「どうして」
理由が分からなくて問いただせば、メルディヌスの掌を触っていたミワが意地悪な顔で笑った。
「いつか辛いことがあっても、これを見たら思い出すだろう。俺の顔と、このつら〜い修行の日々。そうしたら、ああ今こんなにも辛いけれど、あの時に比べたらマシだなあ〜って思うかもしれない」
「それは解決になってない、思考をすり替えて現実から目を背けている。問題の先延ばしだ」
「お前、ほんと物事難しく考えるよな」
呆れたような顔をして、ミワがメルディヌスの髪を撫でた。「いつかわかる」と適当なことをいうミワが、メルディヌスはあまり好きではなかった。
もっと自分の心情に興味を持って、真摯に答えて欲しい。___後から思えばそれは、人間の精神活動における“あまえ”に近しいものだったのだと思う。
「今日から魔術の使用を許可する。俺の教えた武術とお前が極めた魔術を以てして、俺から一本でも取って見ろ。そうしたらお前を出来の悪い莫迦息子から、一人前の男に昇格させてやる!」
「…」
ある日、グレンの森から見上げる空が一等晴れた日にミワがそんなことを言った。まるで思い付きのような軽やかさだった。その時分、すでにメルディヌスは魔術だけなら、ミワの足元程度には届く域に達していた。
そも妖精であるメルディヌスに、魔術礼装による補助は必要ない。あえて言うのなら、彼の存在そのものがこの世界の法則に干渉する唯一無二の至高の媒体だ。
こうしてミワとの鬩ぎ合いの中で、魔術…とりわけ幻術に特化したメルディヌスの戦闘スタイルは完成へと至った。それでもミワから一本取ることは困難で、ヒートアップして森が半壊する度に顔を真っ赤にした妖精たちに怒られた。
ミワは気にもしていない様子だったが、メルディヌスにしてみれば彼らは親愛なる隣人だ。妖精たちも自分たちはミワに相手されていないことを解っているようで、メルディヌスばかりに小言をいう。この時ばかりは流石にどうにかなりそうで、ミワに訴えたが…、
「弱いお前が悪い、このへなちょこが」
「な、」
「悔しかったらもっとスマートに俺を騙してみな。あんな馬鹿の一つ覚えみたいな力業の魔力放出に頼っているようじゃ、俺から一本取るなんて百年…いや、千年早い」
ぱちんっと、メルディヌスの額にデコピンが飛んでくる。見上げた先で、煌めく星を詰め込んだみたいな色の瞳が楽しそうにメルディヌスを写している。
その瞳に映る自分は、どうしてだろう…いつもどこか、笑っているように見えた。おかしな話だ、夢魔にそんな感情は備わってないし、ミワの言いつけで感情消費にエネルギーは回さない様にしているのに。
「どうして」
ざあざあと雨が降る。地を穿つ天の恵み、その音に肉の器が感じとれる五感は全てシャットダウンされた。
冷たい、肉の器が悲鳴をあげる。寒い、夢魔の自分が現状を分析する。______つらい、そうやって呟いたのは、いったいどこのだれだろう。
独りぼっちになってしまった真っ暗な小屋の中で、メルディヌスは抜け殻の様にして過ごした。投げ出した指の先に苔が生えそうになった頃、誰に言われるまでもなくふらりと小屋を出た。
そうしてグレンの森を抜けて、メルディヌスはコーンウォールの小さな村を訪れる。宛もなく彷徨っていた子供を見て、村人たちが心配そうに声をかけた。暖かい暖炉に山羊のミルク、名前を聞かれたメルディヌスは咄嗟に口に出そうになった言葉のみ込んで___答える。
「マーリン」
_____それは、すべて定められた運命だった。
そうして惑星が定めた未来地図に添って、混血児は歩き出す。この星が紡ぐ正しい人類史の物語を始めるために、