君をしあわせにするたったひとつの冴えたやり方
※マーリンが正史から外れます、好みが別れるかも

「産んでいいの」
わたしの言葉に、マーリンは理解できないと言う様に首を傾げた。
「産まないの」
「え、産む」
「だろうね」
君はそういう人間だから、とマーリンは魔術で呼び寄せたブランケットをわたしの膝にかけた。「身体を冷やさないで、この子のために」と、まだ薄いわたしのお腹を撫でる。その手はまるで人間のような慈しみに満ちていた。
「え、え、 え、本当に。本当に良いの? わたしは産むけど気にしないで、マーリンはどこかに行ってもいいんだよ」
「君を置いてどこにいくの。___ああ、それとも混血の父親はいらない?」
「そうじゃなくて」
お腹を撫でるマーリンの手を握り締める。彼は変わらず、感情の灯らない顔でわたしを見ていた。出会った時から何ひとつ変わらない人、本当に変わったのは身長と魔術の腕くらいだ。
___どこからかカエルヴァルズィン町に迷い込んだ妖精の子どもは、何時しか町一番の魔術師になった。一度ヴォーディガン侯の魔術師たちに連れて行かれそうになった時はひやりとした、目的は解らないがどうやら公爵の命で「一度も父がいない若者」を集めていたらしい。今の時世、その条件に当てはまる若者はそこら中にいる。皆が適当な嘘をつく中、マーリンもわたしが伝えたままに嘘をついて徴集を逃れた。
それからは何かと一緒にいることが増えた。マーリンのお母様が静かに息を引き取った後は、気付けば同じ家で暮らすようになって。町の誰もがわたしたちを当然“そう”なのだと認識し始めたころ、豊穣を祝う祭りの熱に浮かされるようにしてベッドの上で熱を交わし合った。
夢魔と人間の混血、半妖精を伴侶にするなど無理な話だ。そんなの御伽噺の中だけのことだと思っていたのに、マーリンは何時までもわたしの隣から離れようとしなかった。彼は時代を放浪する妖精としての性を忘れた1人の男であるようにして、わたしの傍で生きることを選んだのだ。
___お腹に宿った命は、その証のように思えた。
「今度はどこにお仕事にいくの」
「コーンウォール、ウーサー王が戦争をするから魔術師は来いって」
だが、時代は未だに平穏とは程遠い。不安に揺れるわたしを見て、マーリンは「帰ってくるから」と言う。王の命令であっては、町の筆頭魔術師であるマーリンが赴かない訳にはいかないのだ。
解っているが歯がゆい。そんなわたしを安心させるように、マーリンがわたしの髪を梳いて耳にかけてくれる。
「この子が生まれるまでには戻る」
「約束してね、もし帰って来なかったら違う人を父親だって教えるからね」
「君たまに変な方向に暴走するよね」
別にいいけど、とマーリンは言う。…彼の太陽の光を受けて、きらきらと七色の輝く髪が好きだった。人間ではない証を背負って歩いているようだと彼は煩わしそうにしていたけれど。わたしにはまるで、お星さまに愛された証のように見えた。彼はこの星に、魔術に愛されている。
「ミワには見えないだろうけれど、僕はいつでも君が見えるよ」
「また見える見えないのはなし、えっと千里眼だっけ」
彼の瞳は、魔術の極致が閉じ込められているのだという。現在視に分類される瞳は、千里の名の通りそこにいてこの星で起こる万象を見つめる監視者の瞳なのだと。
それは見えすぎるために煩わしいと、昔マーリンが自分で潰してしまったことがある。両眼をナイフで突き刺したのだ、だけど瞳は蘇った。まるでそれが魂に刻まれた設計図だというように、彼の瞳は決してマーリンから剥がれない。
そのことに癇癪を起こしていた時もあったが、しばらくして折り合いがついたのかぱたりと瞳に着いては触れなくなった。だから見えなくなったのかと思っていたが、どうやら未だ瞳は健在らしい。
「この子も千里眼が宿るのかな」
「宿らない、これは僕の呪いみたいなものだから」
そう呟くマーリンがひどく寂しそうで、わたしは彼の片目を掌で覆った。
「見えなくなりますように」といつものおまじないを口にすれば、マーリンは「もう一回して」と囁いて優しくわたしを抱きしめた。そういえば、このおまじないを始めたのも、彼が瞳を厭うようになってからだっけ。
「イサイアス、危ないから遠くにいってはいけないよ」
草原を上で転がるイサイアスが、羊の鼻で小突かれてこてんと転がった。泣いている様子はなく、楽しそうに顔に若草をくっつけて笑う赤子をマーリンが拾い上げる。そうしてマーリンの腕に抱かれた赤子の瞳は、父親とそっくりなアイリスの色に染まっていた。
先の戦争で功績を治めたマーリンは、王から少しばかりの土地と金貨を授かった。生まれたばかりイサイアスを抱いて、マーリンがそこで羊飼いをしようと思うと言い始めた時は驚いたものだ。理由を聞けば「魔術の時代は終わる」と、まるで遠い先を見てきたように言う。わたしは彼が戦争に巻き込まれることが恐ろしかったので、その言葉に反論はしなかった。
「ミワ、どうかしたのかい」
ぼうと当時のことを思い返していた所為で、マーリンが近くまで来ていることに気づかなかった。彼はイサイアスが生まれてから変わった。
以前のように無口無表情な様子ではなく、言葉の端端が丸くなり時折笑うような仕草も見せてくれるようになった。最初は戦場で浮気したのかと思ったが、どうやら戦争を通していろんな人間に触れ感情を学んだ結果らしい。つまり学習して演じているものでそれは本物ではないと、彼が小さな声で言ったことを覚えている。まるで神に罪を懺悔する様な顔だった、それがおかしくてわたしは笑いながら答えた。
____「人間はみんなそうして小さい頃に学ぶのよ、マーリンたらいつまで子どものままにいるつもり。もうあなたはパパになるっていうのに」
何をいまさらと笑えば。マーリンはきょとんと眼を丸めた、それからはまるで憑き物が落ちたようにいろんなことで自己表現をするようになった。
「なんでもない、ちょっと昔のことを思い出していただけ」
「そうか …ああ、陽が落ちてきたね。もうそろそろ家に戻ろう、君の身体が冷えてしまう」
「いや、もう少しだけ外にいさせて。最近ずっと籠りっぱなしだったのだもの、」
そう言ってお腹に触れれば、マーリンは困ったように「しょうがないなあ」と笑う。抱っこされていたイサイアスが「あう」とわたしに手を伸ばしたので、マーリンが抱えて近づけてあげると小さな手でぺちぺちと膨れたお腹に触れる。
「イサイアス、あなたお兄ちゃんになるのよ」
「あぅ?」
「そういうことはまだ理解できないと思うよ、イサイアスは君の血が強いから成長も緩やかだ」
でもこの子は違う、とマーリンがお腹に触れる。
「“彼女”は僕の血が強い、もしかしたら十月では生まれないかもしれない… 君には、負担をかけることになる」
「…彼女って、女の子なの?」
「うん ___あ、」
失言した、と書いてあるようなマーリン顔に、わたしの中にゆっくりと怒りが込み上げてくる。この男…イサイアスが生まれる時もネタバレして、今回は産まれる子が男の子か女の子かも楽しみに待ちたいから、絶対に先に言わないでって約束したのに。
「マーリン」
「すまない」
「マーリーン」
「すまいない、ごめん、違うんだ。今のは、その…ひとつ聞き間違いということに…。 ああ!良いことを思いついたぞぅ、魔術でミワの記憶から今のところだけ消すというのはどうだろうか」
「もう! バカ!」
ぐいと彼のもみあげを引っ張れば、マーリンがごめんごめんねと何度も謝る。その様子が面白いのか、イサイアスが楽しそうに笑った。その声に誘われるように羊たちも集まってきて、わたしの周りはあっという間に賑やかになってしまう。
_____きっと、これが正しかった。
ふと、誰かがわたしに語りかけてくる。それはまるで自分自身に言い聞かせるような声で、言葉とともに覚えのない罪悪感で胸を満たそうとする。まるでこの世界にとって大事なものを盗んでしまったような、罪の意識。でもマーリンがいて、イサイアスがいる。もうすぐ生まれてくる小さな命も、だからこれで良かったのだとわたしはいつでも笑うことができた。
わたしたちを包んでくれる小さな幸せに満ちた世界。例えこれが、マーリンが見せてくれている幻で、正しい”歴史“から外れてしまった外の世界が滅びを迎えようとしているとしても。
わたしは最後まで、この寂しがり屋の妖精と一緒に生きて死のう。