宮廷魔術師マーリンと崖っぷちの転生主
2022/12/25…添削、誤字修正
バツン。
張りつめた糸がナイフで断たれたような衝撃、例えるならばそんな感覚がある日突然襲い掛かって来た。
視界が明滅し、足元がおぼつかない。千鳥足を踏む体が右へ左と傾いてテーブルにぶつかる、何かが落ちる音がしたが確かめる術はない。ああもうダメだ、耐え切れずぐらりと体が傾く。受け身を取る余裕などあるわけもなく、ぎゅと目を瞑って衝撃に備えた。
「__まったく何をしているんだい」
その声は耳元で囁くように近くに感じた。溢れるように広がる花の香りと、コーンウォールの風の暖かさが体を包みこみ、床に倒れそうになっていた体をすくい上げてくれる。
「え、」
「目を開けてごらん、痛みはどこにもないはずだ」
導かれるままに瞳を開くと誰かの身体が見えた、抱きしめられているような体制に驚いて慌てて腕で突っぱねる。
「はなして、はなして」
「はいはい」
思いの他あっさりと自由になれた、だがしかし、不可視の力が“主”から離れることを良しとしない。全身を包み込む指向性を持った風、それに押し上げられてあっという間にテーブルに腰掛けるように降ろされる。戸惑いながらも顔を上げると、綺麗なライラック色の瞳がわたしを映し出した。
「どうしたんだい、そんな顔をして」
「…えっと、」
「ふむ、これは戸惑い、かな。ストックしても使い道のなさそうな感情だ」
…指摘通り、戸惑い困惑しているわたしを他所に、彼は意味が解らないことを言う。まるで何かを確かめるように舌で唇を舐めると、途端に興味を失くしたように踵を返した。まるで与えられたオモチャに飽いた子どものような態度だ、なんと言葉をかけて良いか分からず黙っていると彼は独り言のように続ける。
「わたしはヒトと違って味覚なんてものはないし、ただの活動エネルギーにケチつけるほど好事家でもないけれど。妖精はみな甘いものを好む、この場合の甘さは君たちが知覚している糖質とは違うものだけど」
床に落ちていたナイフを拾い器用に指で回すと、その刃を見て嫌なものをみたように少しだけ瞳の険が増す。
「最後に研いだのはいつだい、刃毀れがひどいなあ」
「えーっと…いつだったか」
「覚えていないのかい、一応これは君の商売道具だろう」
そう、だっただろうか。…いや、そうだった。
答え合わせをするように、すこしずつ記憶が鮮明になってくる。
そうだ。ここは両親から受け継いだわたしの家で、両親は先の戦争で亡くなった…だから、今はわたしひとりきり。この時世、女一人で生計を立てるのは難しいが、それでも仕立て屋の優しい夫人に衣装を整える仕事を貰うことができた。得られる金銭は僅かで豊かとは言い難いが、気まぐれに訪れる友人に振り回されながらも細々と暮らしている。その友人の名は_____、
「マーリン」
口にした言葉が馴染まなくて、まるで他人の囁きのように聞こえた。
彼が…マーリンが、名前を呼ばれて振り返る。波打つ七色のきらめきを溶かした髪、騎士のように高い背丈、ちっとも似合わない宮廷魔術師のローブ。…幽玄の紫灯が揺らめく、世界を見通す神の瞳。我らがアーサー王に仕える最高位の魔術師が、目の前にいた。
「…どうしてここに」
「今更なにを言うかと思えば」
それは、マーリンにしては珍しく感情の色が見える声色だったように思う。
「君が間抜けな顔をしてひっくり返りそうになっているのが“視えた”から、抜け出す口実に使わせてもらったよ」
「抜け出すって何を」
「退屈なこと、端役の君がそこまで知る必要はない」
遊ぶように言葉を紡いで、ふうとナイフに息を吹きかける。すると銀色の光が煌めいて、歪であった刃先が瞬く間に研磨されていく。目の前で起こった魔法のような出来事に呆然とするわたしとは対照的に、マーリンはそんなことは何でもないと言うような態度でナイフをカバーに収めた。
言葉もなく返されるナイフを、ぎこちないありがとうとともに受け取る。その時ふと、疑問が過る。聞き間違いでなければ、彼はさっき「抜け出してきた」と言っていなかっただろうか。
「…つまり、いま誰かを困らせているってこと?」
「おや、ミワにしては察しが良い」
けろりと返って来た言葉、その後のわたしの行動は光のように早かったと思う。大慌てでマーリンを玄関から追い出そうと彼の身体を押したが、ビクともしない。風雅な顔立ちの割に力がある彼にとって、わたしのような女の力はあってないに等しいのだろう。
「すぐに宮廷に戻って、後ちゃんと迷惑かけた人たちに謝ってね」
「おかしな話だ、わたしの方が立場は上だというのに」
「それでも、迷惑をかけたなら謝らないとダメ。ね、マーリンいい子だから、宮廷に戻って。それと、」
それと、____助けてくれて、ありがとう。
その一言を聞いて気が済んだのか、大きな一枚岩のようだった体が漸くのろのろと動き出す。家の前まで見送って「じゃあね」と言えば、彼は転移の魔法陣を呼び出して瞬きの間に消えてしまった。誰もしなくなった家は、先ほどの騒がしさなど嘘のようにしんとして、とても寂しい場所に思えた。とりあえず落ちた仕事道具を拾ってテーブルの上に戻しながら、ぼんやりと思考を巡らせる。
(…困った、どういうことだろう。これは、)
…わたしどうして…平成の日本飛び越えて、5世紀のブリテンにいるんだろう。しかもマーリンって、Fateシリーズのマーリンで、少しだけ垣間見たことのあるアーサー王はアルトリアで。
(…困った、)
どういうことなのだろう、これは。

解らないことばかりだった。だけれど手と足を動かさないと、この時代は生きることすら儘ならない。思考を纏めるには時間とお金が必要だった。どちらもこの時代では得ることが難しいものだ。一生懸命働いて、マズイご飯食べて、そうして街灯のない真っ暗な夜の中で考える。
(わたしが、ここにいてはマズイのでは…?)
Fateシリーズを網羅していないため、わたしはマーリンというキャラクターが辿る歴史をきちんと知らない。解っているのは、彼は宮廷魔術師で、かなりの女好きであるということ。町を歩いて華やかな場所があれば、そこには必ずといっていいほど彼の姿があった。高い身分、優秀な魔術の腕、柔らかい顔、それに女の人なら誰にでも優しいとくれば、放っておかれる方が難しい。
斯く言うわたしは、別に特別な役目をもつキャラクターではない。彼が気まぐれに名付けた“お気に入り”のひとりというだけ、他の女性たちと同じだ。恋人なのではないし、想い人…ということもないだろう。マーリンは娼館の常連であるし、この前も路地裏でたっぷりとした赤毛の艶やかな美女に口付けていたのを見た。
…それを見ても、嫉妬も怒りも湧いてこなかった。ならばこのログレスの都にいる理由もないだろう。これが現実かどうか確かめるには情報が必要だった。偶然城壁の外に出る用事があったので、そのままどこかにトンズラしてしまおうかと迷ったふりをして都から離れていたらいつの間にか目の前にマーリン。
「自殺願望があるとは知らなかった」
「…」
「よおし、なら協力してあげよう。魔獣に食われるのと、敵国の兵士に捕まって輪姦されるのだと、どちらがお好みだい」
声も顔もいつもと変わらないのに、マーリンが纏っている空気がひどく重く感じる。これが魔力圧というものなのだろうか、そうしてわたしが黙ったままなのが気に障ったのか。彼はわたしの腕を掴んで転移し、そのままどことも解らない崖の下…そこにある魔獣の巣に、わたしを突き落とそうとした。
泣いて喚いてごめんなさいと縋るも、彼の表情はぴくりとも動かない。まるで感情を失ってしまったかのように、無情にこちらを見下げる瞳に絶望する。なんと言えば許されるかも、わたしの行動の何が彼の機嫌を損ねたのかもわからない。
そうして愕然としているわたしの耳に、低い獣の唸り声が届いた。いつの間にか、わたしたちは魔獣の群れに囲まれていた。寝床に無断で入り込んだ侵入者が許される道などない、赤い歯肉を剥き出しにして唸り声を上げる魔獣。その牙には血肉が絡まっており、鋭い様を見ればヒトの首など一息で食い千切られてしまうことが解る。
死んだ、そんな絶望が全身の血を凍らせる。
生きることを諦めたわたしに、先頭にいた一際大きな魔獣が襲い掛かってくる。逃げることも忘れて呆然としていると、わたしを食い破ろうと咢を開いた魔獣の頭が、_____宙へと、切り飛ばされた。
一瞬の出来事だった。空間が断絶されたように音が聞こえたと思った次の瞬間、魔獣の胴体と頚は分かたれていたと思う。宙を舞った首が地に転がり落ちると、時間が止まったように固まっていた魔獣の身体がぐらりと傾いた。まるで切断されたことを思い出したように、跳ねられた魔獣の頚の断面から血があふれ出る。太い骨の断面は恐ろしく鮮やかだった、噎せ返るほどの臓物の香りに胃がひっくり返りそうだ。
マーリンが何かを振うと、まるで境界線を描くようにわたしたちと魔獣の間に血飛沫が飛ぶ。冷たい白銀の煌めき、彼の手には楽園の杖ではなく…いつの間にか、光り輝く剣が握られていた。
得物を駆らんと唸り声を上げていた魔獣たちが、それを見て一歩…また一歩と下がっていく。仲間の死を前に怖気ついたのか、否。魔獣たち目が鮮明に語っている。自分たちのような異形の化物よりも…わたしが怯え縋る、ヒトの容をしたなにかが何よりも危険なのだと。
「剣と魔術の覚えがない君のような小娘が、ひとりで城壁の外に出るのは良くないことだ。…わかるかい」
わかるだろう、と獣の瞳が嗤う。壊れた人形のように何度も頷けば、マーリンは漸く満足したように笑顔を見せてくれた。まるでお手本みたいな笑顔で、「良い子だね」とわたしを抱きしめる。そうして瞬く間に転移の魔法陣を築いてしまう。春色の幻想に視界が埋め尽くされる最後まで、魔獣の畏怖の瞳が脳裏に張り付いて消えなかった。
(…逃げるのは、止めよう)
その夜、お家でひとり寂しく震えながら誓った。わからない、わたしの立ち位置が解らない。どうしてマーリンはあんなことをしたのか。ヒトと夢魔の混血、人でなしの花の魔術師。彼の考えることは、人間のわたしには難しくて分からない。
そんな事件があれば愛想も尽きるかと思えば、そうではないらしく。マーリンは今まで通り、遠征帰りや仕事の合間を縫ってふらりと姿を見せにやってきた。
家に現れると、息が詰まると儀礼染みた鎧やローブを脱ぎ散らかして、決まってわたしのベッドの上に倒れる。あまり関わりたくなかったが、土埃と油で汚れたまま放置するわけにもいかない。なぜならそのベッドはわたしのだからだ、今夜わたしがその後眠る場所なんだよ。
せめて髪くらいはどうにか…と、布で髪を拭ってもマーリンは何も言わなかった。手を止めると目を開けてじっと見て、わたしが再び手を動かすと静かにまた目を閉じる。…その様子から見るに、不快ではないのだと思う。七色の髪から覗くヒトと異なる長い耳、髪を梳くフリをして少しだけ触れても、彼は何も言わなかった。
「次の遠征は少し長くなりそうでね。はあ、考えるだけで今から気が滅入ってしまう。わたしのやる気を保つために、軍列にカワイイ女の子のひとりやふたり加えてくれてもバチは当たらないとおもわないかい?」
「女の人に遠征の長い道のりは難しいと思うけれど」
「そこはほら、わたしが魔術でどうにかするから」
「…そんなことに魔術を使うくらいなら、すこしでも早く帰って来られるようにおまじないでもしたらどう」
「そんな便利なものがあれば、とっくの昔に乱用しているとも」
面倒だなあ、この駄々っ子。
いーやーだーーーと、駄々を捏ねる大きな子どもを送り出した翌日。ブリテン城下に住む国民皆で、アーサー王を見送るパレードが催された。
出向くのが遅れてしまったので苦労したが、…確かに、眩い金色の髪のうら若い王が、青い外套を翻すのが見えた。その後ろには円卓の騎士、太陽の騎士ガヴェイン郷。湖の騎士ランスロット郷。…そうして、花の魔術師マーリンが続いている。
(…キレイ、だな)
___それは、美しい絶景を見たときの感嘆に似ていた。
汲み上げた井戸の水をバケツに移す。その水面に移った女の顔はなんというか…うむ、いやどうなんだろう。派手ではないが、まあパッとしないといえば…うん。花の一輪でも飾れば、もうすこし真面に見えるのかな。帰りに市を見て回ろうか、いやでも余分な出費はイタタタ。
「具合が悪いんですか、お嬢さん」
「え」
「もしご迷惑でなければ僕に診せて貰っても良いでしょうか、怪しいものじゃありません! 実は、医師を志しておりまして」
…アランは、未だ魔術が残るこの世界で、医師を志している変わり者であった。病を治すと言えば魔術や霊的な呪いがポピュラーなこの時代で、彼のような存在は異質と言えよう。だけど平成生まれの記憶があるわたしにとっては別だ、彼の考え方には共感するところが多かった。
「ミワ、おはようございます。今日も精が出ますね、」
「おはようございます、アラン先生」
「先生なんて、良してください! 僕はまだまだ勉強中の身ですから」
それになにより、アランは優しい人だった。優しすぎて子どもには侮られ振り回されていたけど、それすら彼の魅力のように思う。
「ミワはマーリン様と知り合いなんですか! …す、すごいな、あの人は僕たちにとっては雲の上の存在だよ」
「確かに魔術の腕はすごいけれど、人としては…ちょっと、」
「あのお方は夢魔との混血と聞くし、すこし人と異なるところがあるのは当然のことじゃないのかな」
夢魔。地と月の精霊、あるいは天使とも呼ばれる。その一方で、…人の夢に寄生する悪魔(むし)とも。
「ミワは、マーリン様とあまり仲が良くないのかい」
「それはどういう意味、友達としてということ。それとも…異性の相手として?」
「エ ァ、う、うん…。 そ、それもあるけれど。 ___知り合いというけれど、すこし言葉に刺があるように感じたから」
なるほど、誤解させてしまったらしい。
「マーリンはすごい魔術師よ、尊敬している。わたしは魔術が使えないから、少しだけ憧れの気持ちも」
____まあ、正直。何を考えているか分からないし。時々ひどく恐ろしくて、自分勝手でネコみたいに気まぐれ。女癖が悪く人の都合なんて気にしない、偶に非魔術師を見下しているような言動をするからイラつきを覚えることもあるけれど。
…それは、アランに言わなくても良いことだろう。確かに行動には色々と問題があるが、それは彼が持つ妖精としての側面であることは理解しているつもりだ。ヒトが呼吸をして、食事するように。マーリンは“そうしないと”生きられない。そもそも夢魔の混血というファンタジーな生き物を、ヒトの括りで囲うのはナンセンスだ。
「ミワ、君はとてもすてきな人だね」
「突然なんですか、何もさしあげられるものはないですよ」
「心からの言葉だよ、僕も会ってみたいな。君がそこまで敬愛しているマーリン様に」
「遠征から戻ったらきっと会えますよ、それとなくあなたのことも伝えておきます」
まあマーリンは男に興味ないので、伝えたからといってアランが会ってもらえるかは別の話だが。そうして話をしていると、ふいに眠気が込み上げる。なんとか欠伸を噛み締めたがアランにはバレてしまったようで、心配そうに顔を覗き込んできた。
「寝不足かい?」
「…うん、ごめんなさい。先生とのお話が退屈だったわけじゃなくて」
「うん、わかっているよ。念のため、いつもの薬を出しておこうか」
「ありがとう、とても助かります」
ここのところ、ひどく眠い。寝つきは良いのだが、起きると体がダルくて疲れがちっとも取れない気がする。まるで眠っている間に何時間も運動をした後のような倦怠感、足腰が重くて背中が痛い。
それだけなら問題ないのだが、ここのところは思考まで鈍くなってきた。見かねたアランがこうして診察しては、友人価格で滋養に良い薬を分けてくれていた。
「熱はないようだから大丈夫だとおもうけど、無理はしないでね」
「うん、本当に眠い以外はなんともないのよ。でも、ありがとう アラン」
「…うん、ミワ」
「あー あらんせんせいがミワとチュウーしてる」
「しししし してないよ!!!!」
「してないよ」
問題が山済みであることは変わりないけれど、わたしは今日もログレスの都で生きている。白亜の城はまばゆく輝き、子供たちは元気に駆け回っている。この穏やかな日々が、ずっと続いてくれるのならこの世界で生きて見るのも悪くないと、思っていたの。
「どうしたのですが、マーリン」
パチパチと、薪の爆ぜる音がする。
冷たい風が頬を撫でる夜。綿を入れた暖かいローブを纏ったアルトリアはマーリンに声をかけた。この夜を過ごすには少し薄すぎる黒いローブを纏った男は、夜の闇に溶けるようにして佇んでいた。
何時もと同じ遠征、変わらない旅路の帰りであった。だが何時もと少しだけ違う。どんな時も飄々として掴み処のない筆頭宮廷魔術師が、ふと遠くを見つめている時がある。その視線の先にあるものをアルトリアは良く知っていた。
暖かく眩い、我らが故郷キャメロット。
彼にしては珍しく郷愁でも感じているのかと思うが、どうにも違うと直感が訴えてくる。
嫌な予感がした、マーリンが厄介ごとを持ち込むのは何時もの事であるが…今回ばかりは、見過ごせない何かがあるように感じるのだ。そしてアルトリアのこういった勘は、外れたことがない。
「…なんでもないよ、アーサー。 些細なことだ、気にしないでおくれ」
「あなたにとってはそうかもしれませんが、」
「ああ大丈夫。そういった類の話でもないよ、なあに少々私的な案件さ」
それこそ、珍しいことではないか。アルトリアは一瞬冷静さを欠いて、目を丸くしてしまった。
「そうですか、それは失礼しました」
「おやどんな内容か訊かないのかい」
「詮索をお望みなら」
アルトリアの言葉に、マーリンはひらりと手を振って続きを濁した。そうして思い出したように、若草を踏んでスキップするように夜を歩くマーリン。
野営の灯りだけでは心細い闇が世界を覆っている、残党兵が残っている可能性もあるが、マーリンならば問題あるまい。なにせ彼はアルトリアの剣の師でもある、その技量は小さい時分から体に叩きこまれている。
そんな遠征から戻り暫くして、とある小さな知らせがアルトリアの耳にまで届いた。
それは城下町で起こった事件の話だ。
最近キャメロットに移り住んできた医師見習いの男が、強盗の罪で騎士に捕縛されたらしい。その後、牢の中で命を落としたとか。
聞けば、発端は色恋の縺れのようで。とある女性の家に押し入り、支離滅裂なことを叫びながらナイフで襲い掛かったという。痛ましい内容であった、しかもその女性はマーリンの知り合いなのだという。親しくしていた男に襲われた女性はひどく怯えており、不眠の症状が出ていたため、一時的にマーリンが身元を預かることになったと聞く。
どうやら女性の方にそのような気はなかったようで、男が一方的な勘違いをこじらせてしまったようだ。被害に遭った女性は気の毒なものだ、これからは国外の民の管理により一層力をいれるべきだろう。
流石のあのろくでなしの老人も、傷心の女性に無体を働くような畜生ではないと言い聞かせながら、…僅かに覚える違和感の正体に気づかずに…アルトリアは次の遠征にむけた準備を整えた。