閑話休題/海野イルカ
九尾の狐___あのおぞましい怨形はいまも鮮明に脳裏の奥に焼き付いている。
「イルカ先生、さようならー」
「おー 気を付けて帰れよ」
アカデミーが夕暮れに染まる頃、庭で自己学習に励んでいた生徒たちも疎らに散り始める。
友人や親に連れられ、小さくなる影に手を振る。その様子を自分と同じように見送る姿があった。姿勢の低いアカデミーの木、イルカが小さいころから下がる古いブランコ。そこに座り、ギィとつま先で漕ぐ金色の姿。
夕暮れ色に染まってぼんやりと影を見詰める後姿は、普段の彼の溌溂とは遠く。目を放せば、どこかに消えてしまうような気さえした。…彼に親はいない、おそらくあの日に潰えたのだろう。いや、いま生きていたとして名乗りをあげられるものだろうか。彼の“九尾の器”の親であるなどと。
…うずまきナルトは、アカデミーの子供たちと比べると少しだけ劣るところが多い。底抜けに明るく溌溂とした子供だが、どうにも忍術に対する態度はいい加減だ。教師をからかう様なイタズラも多いが、同世代の子供たちを並べれば頭が出るわけではない。だからこそ怠けた姿勢を正し、まっすぐに忍術を学べばきっとすぐにでも下忍になれる。それなのに、彼は今日も卒業試験に落ちた。これで2度目だ、
本来なら、生徒の苦手とするところに向き合い、彼らの強みを見つけ。きちんとアカデミーを卒業できるように導くのが仕事なのだが、…同僚たちは突き放すような意見の者も多い。その理由が公私を隔てない露骨なものであるのが目に見えるようで。イルカは半場逃げるように教員室を抜け出してきたのだ。
「ナルト―!」
痛むこめかみを揉んでいる中、聞こえてきた声はおどろくほど軽やかであった。
鈴を転がすような声、女の子ものだ。顔をあげると、からんとサンダルを鳴らしながら歩いてくる女の子の姿が見えた。知らない顏だ、少なくともアカデミーの生徒ではない。やわからい蒲公英色の浴衣が、あつらえたようによく似あっていた。
「ナズナ、遅かったってばね」
「うん お買い物時間かかって…ごめんね、待ったよね」
彼女はナルトと慣れた様子で話をすると、当然のように彼と手をつないだ。まるでそれが当たり前のように指を絡めて、楽しそうに「かえろう」と笑う。イルカの位置からナルトの顔は見て取れなかったが、金色の髪が頷くように揺れたのが見えた。
____並んであるくふたつの影、それを見て酷く泣きたい気持ちになった。
泣き叫んで、髪を掻きむしってしまいたい衝動にかられた。
(____嗚呼、良かった)
良かった。彼は、____独りぼっちじゃない。
記憶に蘇る、小さいころの時分。毎日押しつぶされそうな孤独と猜疑心を感じていた記憶。嗚呼、ようやくわかった。俺は、ナルトが同じように感じているのではないかと不安だったんだ。それに気づきながら踏み込めずにいる自分に苛立っていたのだ。
気づくのが遅くなった。だが今からでも間に合うだろうか。
…明日、ナルトを食事にでも誘ってみようか。昨日一緒に帰っていた可愛らしい子は誰だと揶揄ってやるのも良い。俺は俺なりのやり方で、彼と向き合ってみたい。踏ん切りをつけさせてくれたのは小さな女の子だった、いつか会うことができたら礼を言おうと心の中で静かに約束を結んだ。