About my sins and punishments I know.
はじめから信じていたと言ったら、嘘になる。
だってこんな奇跡、ありえないでしょう。転生、生まれ変わり、トリップ。この事象を説明する言葉はいくらでも湧いて出る。でも、わたしの心はいつだって納得してくれない。嘘ばかり、あり得ない、妄想癖の寂しい女、____わたしを指さしてせせら嗤う“わたし”が、いて。
“わたし”は言う。この世界は終わりに向かっている。
みんな死んでしまうのだ、力のない背景(モブ)は暴力に押しつぶされて消えてしまう。わたしが生まれてきた世界は、そういう世界だ。戦争が始まる、陰謀が渦を巻いている、世界が根底からひっくり返るようなおぞまし未来が、始まる。___忍びの才能のカケラもないわたしが、生き残れるはずがなくて。
「ナズナ」わたしを慈しんでくれる家族も、いつかきっと死んでしまう。
それが恐ろしくて、悲しくて、わたしは何時も泣いていた。見る夢は恐ろしい妄想ばかり、飛び起きては“わたし”がまた嗤う。滑稽だ、様がない、これが……身を弁えない“奇跡”を願った代償だと。
漫画の世界に転生するとは、そういうことだと。
______「これからあなたは、いったいどれだけ人を見殺しにするの?」
___「未来を知っているくせに、黙っていて」
「ちがう、それは未来を変えないために」
___「保身のためでしょう、イかれているって後ろ指刺されたくないための」
「ちがう ちがう」
___「ああでも原作も大して知らないあなたが、どこまで救えるのかな? もっとちゃんと、原作を読んでいればねぇ」
ちがう
わたしは
「………しにたくない、」
__________生きたいだけ、
誰かを救えるほどの力はない。自分を守ることだって、きっと精一杯。
神様、沈黙は罪になるのでしょうか。教えてください、教えて、ください。
答えてくれる神様なんて、いない。
だけどこの世界には_____神様みたいな子がいるのを、思い出した。
うずまきナルト、この世界の主人公。
初めて彼を認識したのは、木の葉の里の小さな公園。楽しく遊ぶ子供たちの端っこで立ち尽くす金色。その影は小さくて今にも消えてしまいそうなのに、目が離せなかった。光を受けて輝くひまわり色の髪、青空を詰め込んだみたいな瞳、…頬を彩る獣の爪痕。ああ、彼だ。
気づいたら駆け出していた、小さな体を抱きしめて決して離れないと力を込めた。
___見つけた!
触れた瞬間、すべての夜が晴れたような気さえした。世界が眩く瞬いて、息が詰まるほどの激情が込み上げてくる。ようやく、息ができた気がした。二本足で、地面に立てた気がした。
慌てた母親がわたしを引きはがそうとするのがわかった。いや!離れたくない、離れたらきっとまたあの途方もない闇に呑み込まれてしまう。どうしよう、ずっと傍にいるには。離れないでいてもらうには。
ど う し た ら
「けっこんして」
その言葉はするりと口から転げ落ちた。
告げたナルトの瞳は大きく丸まって、透き通ったビロウドの世界にくしゃくしゃ顔のわたしだけが映っていた。
(____これは、報いなのかもしれない)
ナルトを利用した、報いだ。
観葉植物への水やりを終えて、ぼうと空を見上げていた。下人になってから何かと忙しいナルトの代わりにわたしが水をあげている。乾かすために逆さにした如雨露からぽたぽたと水が零れ落ちた。
____ナルトから離れてしまえば、死んでしまう気がしたのだ。
手を放した瞬間、世界の闇に押しつぶされる気がした。だから片時も離れたくなかった、その理由として「恋心」は最適解だったのだ。
そうしてわたしは、世界から主人公(ナルト)を奪おうとした。
そうすることで、自分の責任も罪悪感もすべてナルトに押し付けようとしたのだ。
(…最低、だな)
わたし。
わたしができないことをナルトはやってくれる。だって彼は主人公だから、どんなこともできるのだ。なんて、都合の良い妄想。彼は人一倍努力家で底抜けに元気で明るいただの子どもだって…解っていたはずなのに。
…波の国から戻ってきた、傷だらけのナルト。「ただいま、ナズナ!」とずっと望んでいた声がわたしを呼んでくれたのに、わたしの足は彼の元に踏み出すことができなかった。心配してくれるナルトの声すら遠く感じる、真新しい血が滲む包帯、激しい戦闘の残り香。ナルトのすべてが、わたしの信じていた虚構を、世界を、現実を、突き崩していく。
____ナルトを、奪うことはできない。
彼は生きているのだ、この世界を精一杯…その人生を奪う権利なんて、最初からわたしにはなかった。
罪びとは、わたしだ。
「おい」
「! …あ、 来てたんですね」
呼ばれた声に振り返れば、アヤメがいた。太陽と窓の影に溶け込むように佇む男、いつからいたのだろうか。唯人のわたしには、忍びの気配を測ることはできないから察しがつかない。
「…お前ウチに帰れ」
「指図される謂れはありません」
「クソみてぇな顔だ、鏡みてないのか」
「余計なお世話です」
「ナズナ」
ナルトの声に、びくりと体が跳ね上がる。振り返った先で、ナルトの蒼い瞳とかち合う。
わたしの額に触れる指先が暖かい。
「眠れてないだろ」
クマをなぞる指の皮の厚さとか、わたしを心配して揺れている瞳とか。ああ、本当にアヤメは”ナルトの振舞い“が上手い。心のわだかまりを溶かすような優しさに、苦いものが込み上げてくる。大声で泣いてしまいたい衝動を堪えて、ナルトの… アヤメの腕を払う。
「だいじょうぶです」
あれから、ナルトと碌に会話ができていない。と、思う。
それでこうして彼の部屋に通ってしまうのは、わたしが弱い所為。現実を突きつけられてもなお、わたしはナルトがいないと息すら真面にできやしない。そんなわたしを察してくれているのか、ナルトは深く追及はしてこない。ただ「いってきますってばよ!」と、元気に任務に向かう彼を見送るだけの生活。わたしが彼の重しになっていることは明白だった。それなのになお離れられないなら、もうわたしは、ただの、
続く言葉は、ぐわんと揺れた世界に奪われてしまった。
「っ !?」
「いいから寝ろ、俺はガキのお守りじゃねぇんだ」
アヤメに抱き上げられた。姿はナルトのままなのに、その腕は力強く抵抗することを許さない。ぽすんとナルトのベッドに放られて、気づけば布団を首元まで持ち上げられた。呆然とするわたしに背を向けるようにして、アヤメは端っこに腰かける。
「……ナルトの、ストーカーはいいんですか?」
「だから違ぇって言ってるだろ。あのガキ、相も変わらずドベだが一応は下忍だ。四六時中張り付いている必要ないんだよ」
「里の大人たちは、下忍になれば大人の仲間入りって言いますよね… じゃあ、わたしは、」
「…」
「いつになったら、大人なんでしょうか」
大人になれば、この夢から解放されるのかな。
「_____ナズナ、」
「ここにいてください、 こわいゆめをみるの」
アヤメの服を握り締めて、続く言葉を拒否するように丸くなる。まるで子供みたい、いや身体的には子供だけど。アヤメは何か言いかけた口を閉じて、壊れ物に触れるように優しくわたしの体を二回撫でてくれた。「わかった」空に溶けるような小さな返事が、わたしにとってはまるで救いの糸のよう。微睡と悲しみに沈んでいく、布団から香るナルトの気配。指先で辿れるアヤメの存在。ああ、少しだけ、今だけは、眠れるような気がした。
「じゃあ、いってくるってばよ!」
「うん… 今日は遅くなる、の?」
玄関でサンダルを履いていたナルトが、少しだけ驚いたようにわたしを見た。
その瞳が力強くて、少しだけ後ろに下がってしまいそうになる。いけない、ナルト黙ってればかなりのイケメンであることを忘れていた。最近、目も合わせられてなかったから。
「…今日は、ちょびっと任務あるだけだから 何時もより早いくらいかなあ」
「…じゃあ、今日はお夕飯ラーメンにしよっか。ナルトがすきな具材いっぱい入れた味噌ラーメン、つくるよ。一楽の味には負けちゃうかもだけど」
「ホントか!? そりゃあおっちゃんのラーメンはうまいけど、ナズナの作るラーメンは具がすっげぇ乗っていて食べ応えあって、俺は大好きだぜ!」
「! あ、ありがと… あの、だから今日は一緒にご飯食べても良い、カナ」
そんなこと聞いたこともないくせに。いざ口にすると妙な恥ずかしさが込み上げてくる。
恐る恐るナルトを見ると、彼は固まっていた。ダメかもしれない!そんな予感が過ったが、すぐに杞憂だと知れる。言葉を噛み締めるように、ナルトが喜色で染め上がる。まるで大輪の花が咲くようだった。
「もちろんだってばよ! ッシ そうなりゃあ、今日は超特急で任務終わらせて飛んで帰ってくるぜ!」
「え、ぇ あ、いいよ 大丈夫! なんだっけ、チーム?マルセン? なんだよね、団体行動は大事だよ 無理しないでいいからね」
「ムリなんかしてないってばよ、俺すっげぇナズナと一緒にメシくいてぇんだ」
だめ
「よっしゃやる気でた! いってきます!」
ここは
「 、いってらっしゃい なると」
______わたしがいて良い場所じゃない。
「_____________すき」
玄関に一人蹲って呟いた言葉は、きっと誰にも聞こえていない。
ねえ神様、それなのにどうしてこんなに胸がいたいの。