ヨハンに相談する遊城十代の彼女
学生の時は良かったんだ。
不安と言えば明確で、言葉にすれば簡単で。でも明日も明後日もずっと傍にあなたがいたから、きっと大丈夫だって思えていた。
「十代って意外とモテるからムカつく」
「…」
「いっそ次帰ってきたら顔をずたずたにしてやろうかな」
「お前もう俺のケーキやるから黙っとけ」
そういってトレーの上のケーキ皿をほらほらと押し付けられる。大振りのイチゴがのったミルフィーユに、しぶしぶフォークを通せばミルクティーに舌鼓していたヨハンが言う。
「つまりさ、アカデミアの時と違って十代が傍にいないから不安になっちまったってことだろ?」
「そうともいうような…」
「めんどくさい女だなあ。 素直に認めようぜ」
十代はなんでまちなんか〜というヨハンを、脳内でフォーク滅多刺しの刑に処しておく。うるさいうるさい、それはわたしが一番不思議に思っていることなんだ。
「付きあっていてもこんなに苦しいなら、いっそのこと破局したい」
「おいおい また物騒になってるぞ」
「ヨハンinユベルほどではない」
「おま お前っ そういう都合が悪くなると人のナイーブな過去突くの止めろよ!性格わりぃぞ!」
「女を食っちゃ捨てしているヨハンに言われたくない」
「勝手に捏造すんな! 俺ん家の事情しってるだろ!」
ヨハンは家がカトリックなので、女性とお付き合いしても婚前交渉は禁止されているのだ。つまりこのヨハン・アンデルセンという男、艶っぽい男前の外観とは裏腹に未だ童貞なのである。そしてそれが原因で彼女にフラれつづける哀れな男なのだ。
「はー… いっそ、ヨハンのこと好きになればよかった」
ヨハンがミルクティー吹き出した。
「ごほっ げほっ!」
「うわ、きたない… 普通に引くわぁ」
「おまっ ほんと止めろ! そういう冗談っ どこで聞かれているかわかんねぇだろ!」
「? 自意識過剰にもほどがある」
「違うっつーの!」
呼吸を整えるヨハンを余所に、大振りのイチゴをフォークで突き刺す。一口で含んでもぐもぐしていると、色んな記憶が甦ってくる。
「…なんか、かなしくなってきた」
「もうやだ ほんと女って面倒。俺一生独身でいい、宝石獣たちと100歳になるまで暮らす」
「いいね。農業と畜産業しよう、ヨハンの国でさ。ラピュタのシータみたいにさ、水牛飼おうよ」
「それで黒服に誘拐されて炭鉱に落ちるのか? 飛行石ってアメジスト・キャットでも良いかな」
「知らんですよ。っていうかアメジスト・キャットで空飛べるんですか」
「… 無理らしいぜ」
「いるんかーい ここにいるんかーい 電波かーい」
「ははっ 普通にムカつく 俺今この瞬間から男女平等主義者になる 顔貸してくれよ、まち」
「断る ルールル ルー大柴」
「にゃろう」
笑顔で青筋を浮かべたヨハンがわたしの胸倉を掴もうとする。だがその手が届く前に、どんっと机に上に衝撃が走る。眼前すれすれに掠めた衝撃にヨハンの青碧の目が驚愕に見開かれる。それはわたしも同じだ。言葉を失う両者の間で、見せつける様にして手が退いて行く。
「んで___ここ、」
「_____見てわかるだろ、バイト」
当たり前だろ、と続きそうなセリフに、ヨハンがハハと渇いた笑みを浮かべる。絶対嘘だ、ヨハンの顔にそう書いてある。だがその一言を言えないのは、この場を押し潰す様にしてふりかかるプレッシャーの所為だ。お口がミッフィーである。間違っても、黒いシックなシャツにモスグリーンのエプロンがステキですね、とかいえない。
「まち」
「っ ハイッ」
「俺、17時あがりだから、それまでこれ飲んで待ってろよ。安心しろ、俺のおごりだぜ」
「わ、 ワーイ う、嬉しいなア―」
生クリームたっぷりのアイスココアは大好物だ。いそいそと引き寄せて無心でちゅうとストローを吸った。正直、味が解らない。だけどヨハンが「え、あれ、俺の分は?」「帰れ」とかアホな事してくれるから、ちょっと落ち着いた。切り捨てるような帰れの一言を最後に、すたすたと仕事に戻る背中をなんとか認める。少し短くなった茶色い髪とか、太くなった首元とか。…ココア好きなの、覚えててくれたんだ。
「…どっから、聞いてたと思う?」
冷汗だらだらでゲンドウポーズをとるヨハンに、そりゃわたしが聞きたい!と心の中で怒鳴り返して置いた。
