遊城十代の世界を変えた幼馴染のはなし
※オムニバス形式

遊城十代は、コミュニケーションが下手な子どもだった。
それなのに、彼には人を惹き付ける何かがあった。
だから彼はいつも人気者で、年齢や性別は関係なく大勢の人に囲まれていた。けれど、彼がとあるゲームに夢中になると、それは次第に間引かれていった。気づけば、いつも人に囲まれていた子どもが独りぼっち。キィキィと錆びたブランコを揺らす背中は小さくて、とても頼りない。吹く風に飛ばされてしまいそうだと他人事のように思ったのを覚えている。
「聞いた、例のうわさ…」
「今度はあそこの家の長男くんですって、」
「…遊ばせないようにしないと」
井戸端会議をしている主婦たち、その影が伸びて夕暮れ色のアスファルトに橋をかける。とんとんと、リズムを付けて影を踏む。そのころのわたしは、たったそれだけのことが特別なゲームのように思えて楽しい年頃だった。声を押し殺して笑いながら、夕飯は何だろうと胸を高鳴らせて公園に向かう。
木々のアーチを潜って真っ直ぐに砂場へと向かう、お昼ころに作った砂の山がまだ残っていた。目当てのものを探すと、それはすぐに見つけることができた。砂からちょこんと顔を出しているイチゴ柄のシャベル。先日、母に買って貰ったお気に入りだ。
それを勇者のように引き抜いいて空に掲げる、心の中でファンファーレが鳴り響く。持って帰る前に砂を払わないと怒られるから、ぶんぶん振り回していると「ねえ」と後ろから声がかかる。
「んー?」
「いっしょにあそぼ」
「いいよ、でも明日でもいい? 今日はもう帰らないと」
お夕飯に遅れたら怒られちゃう。そう付け加えると、子どもは嬉しそうにパッと笑ってみせた。
「ほんとう! 明日、約束だよ」
「うん、何してあそぼっか。わたしね、いま砂遊びがすき」
「ぼくは、これがすき」
そういって子どもが見せてくれたカードは、不思議な瑪瑙色をしていた。

「なんで教科書は読めないのに、カードのテキストは読めるわけ!」
激おこで教科書をベッドに叩きつけた。わたしの顔はきっと真っ赤で不細工に膨れ上がっているに違いない、けれどそれが些細なことに思えるほどわたしはお冠だった。むぐぐと歯を噛み締めているわたしを前にしても、十代はどこに吹く風というようにケロリという。
「なんでだろうな!」
「なんでだろうな、ニコッ じゃないの、もーっ!」
叩きつけた教科書を掴んでバフバフとベッドに叩き付ければ、十代が布団の上に広げていたカードも宙を舞う。「ああ!オイ、やめろって」と十代が批難の声をあげるがやめるつもりはない、このあんぽんたんは少し反省をすべきだ。そう思って高く教科書を掲げ振り下ろそうとした手は、しかしすかっと抜けてしまい___「わ」勢いを殺せず、そのまま十代を巻き込んでベッドの上に倒れる羽目になった。
____『 、 』
「サンキュー助かったぜ、やっぱユベルは頼りになるな」
頭上から聞こえてきた会話に顔を上げれば、そこには宙に浮く教科書の姿。もちろん種も仕掛けもない超常現象、しかしわたしはその正体を知っていた。
「〜〜〜ユベルッ 邪魔しないで!」
____『 』
「いたいっ!」
怒鳴りつけた逆の方から勢いをつけて教科書が頭に飛来する。痛みに蹲るわたしに、十代が「そっちじゃなくて、こっちだって」と呑気な事を言う。そっちもこっちも知らない、だってわたしは
「っ そんなこと言われて解らないわよ、わたしには見えないの! そのユベル何某も、十代がいうデュエルモンスターズの精霊ってやつも」
幽霊の、正体見たり枯れ尾花。
十代の周りには、いつも彼にしか見えない何かがいた。アンチ幽霊のわたしは、それに戦々恐々としたものだ。けれど怖いと思っていたものが実は枯れた薄であったというように…十代が精霊と呼ぶそれらは、感情が豊かで当然のようにわたしの世界に関わってくる。
そう、見えないのに確かにそこに実体があるのだ。幽霊とはまた違う存在。透明人間がいると思えば、自然と怖くもなくなった。
「それよりも十代、勉強のはなし!」
「うげぇ」
散らばったカードを集めていた十代が、苦い顔をする。話を逸らせたと思っているのなら大間違いだ、わたしはベッドの上で正座して十代と向きなおる。完全に説教モードに入ったことが解ると、十代も渋々と胡坐をかく。
「この前の小テスト、ゼロ点だったってね」
「なんで知ってんだよ」
「ミツナカ先生から苦情がはいりました、なぜかわたしに」
「ふーん」
「確かに中学校は義務教育だから、期末テストが真っ赤でも補修をうければ卒業はできます。けれど、最低限のラインってものがあるわけ」
ぱらりと教科書を開いて、適当なページを十代の前に突き付ける。すると目に見えて十代の顔が歪む、まるで老眼鏡のないおじいちゃんのように眉間にしわを寄せる彼に「読んで」という。
「左67ページ、真ん中あたりの中項目から」
「まち、止めようぜ。こんなの楽しくないって、」
「良いから読む!」
「ぐぅ〜… ウー… すが すが、わら みち ね …?」
わたしはそっと教科書を閉じた。そして代わりに、彼が左手に纏めていた手札から一番上のカードを引いて…同じように十代の目の前に突き付ける。
「読んで」
「フィールド魔法、摩天楼スカイクレーパー。 「E・HERO(エレメンタル・ヒーロー)」と名のつくモンスターが攻撃する時、攻撃モンスターの攻撃力が攻撃対象モンスターの攻撃力よりも低い場合、攻撃モンスターの攻撃力はダメージ計算時のみ1000ポイントアップする」
「なんでよ!!」
「わーーー! 雑に扱うなって、大事なカードなんだから!」
すらすらと読み上げて見せる十代に、わたしは癇癪を起したような悲鳴をあげる。うがーっとカードを叩きつけようとするわたしを、十代が後ろから羽交い締めにして「落ち着けって」というが、落ち着いてられるか。これは大変な問題だ。
十代は、昔から勉強が嫌いだった。けれど頭が悪いわけではない、必要だと感じたことなら一度音で聞けば決して忘れず、暗算の速度と精密さに関しては右に出るものはいないほど。わたしの両親は十代のことを聞いて軽度の難読病ではないかと言った、彼はきっと人よりすこし言葉を読みとることが難しいのだと。
だからわたしは、彼に読み聞かせをするようにした。教科書から始まり、学校のプリントや注意看板、それが当たり前になってくると、十代は何でもない顔で「まち」「あれ、なんて書いてあるんだ」とわたしに聞くようになった。それが苦であったわけではない、けれどハッとある日気づいた。____こやつ、教科書を読めない癖に、なんでDMのテキストは読めるんだ…?
十代はわたしが読み上げなくても、DMのカードテキストを理解することができた。それに気づいた時のわたしのショックたるや。検証するに、十代の難読病は確かに幼い頃より改善されていた。けれどカードテキストは読めても、教科書は読めない…いや読まない。これはもう、ただの苦手意識じゃないだろうか。
「次のテスト、60点はとって」
「無茶言うなよ、俺が勉強できねぇの知っているだろ?」
羽交い締めにされたまま力尽きたようにベッドに沈むわたしに引かれ、そのまま隣に寝転がった十代がカードを見ながら投げやりに言う。
「どうしてよ、教科書なんて基本先生が読んでくれるだから覚えられるでしょう」
「だから、まちが読んでくれたところは全部覚えてるだろ」
「なにそれ、まさかわたしに全部教科書読めっていうの」
「あ、それいいな! それだったら、俺覚えられるかもしんないぜ」
ぱっと笑顔を見せる彼には悪いが、冗談じゃない。ぼすんと枕に顔を埋めるわたしに、十代が甘えるような声で言う。
「なんだよ、読んでくんねぇの」
「…そんなことで、これからどうするつもり。まさか、ずっとわたしを隣に置いて読んでもらうつもり」
「今までそうだったじゃん」
しれと、当然のように言う。「これからも変わらないだろ」と言って、どこか悪戯な色を宿したヘーゼルの瞳がわたしを映した。ん、と同意を促すように喉を鳴らす様子が悔しくて、わたしは口にチャックを付けた。

「はい、まちにあげる!」
そういって、彼がわたしにくれた真っ赤なカプセル。子ども向けに設置されたクレーンゲームに、そんな大層な景品が入っているわけはなくて。中身は裁縫店で買えるような変哲のないリボンだった、けれど小さなわたしにとってそれは特別な宝物のように思えて。
「ありがとう、だ だいじにするねっ…!」
その時だ。彼から貰った真っ赤なカプセルのような赤くて淡い想いが、わたしの心臓に灯ったのは。
「___なので、明日は事前に を ____」
一足早くHRを終えた学生たちが、正門から飛び出していく音が聞こえる。楽しく弾む会話に混ざりたいと疼く気持ちを堪えて、わたしは退屈な担任の話に耳を傾けるふりをする。
「…」
「…」
そんなわたしの背に流れる髪を、後ろから弄る指がある。
くるりと指に巻き付けては離して、そうして絡んだ髪を梳くように指を通す。きっと退屈そうな顔を隠すこともせず、彼は頬杖をついてわたしの髪を遊んでいるに違いない。彼が退屈紛れにわたしの髪を遊ぶのはいつものことだが、この前それを同級生に「イチャつくな」と指摘された所為か妙にこそばゆい。
未だって誰に見られているかわからないのだ。止めてっという意味を込めて不自然じゃない程度に頭を振ったが、彼の手はまた伸びてくる。そうしてわたしの髪に結んでいたリボンの先を摘まんで、するりと取ってしまった。びっくりして体が跳ねると、それが運悪く教師の目に留まってしまう。
「どうした、花酒」
「い、 いえなんでもないデス…」
「もうちょっとで終わるから、大人しくしてろー」
くすくすと同級生が笑うから、穴が入ったら入ってしまいたい気分だ。かあと赤くなる顔を手で仰ぎながら、ぐっとHRが終わるのを待った。長い担任の話が終わり、起立と礼が終わると同時に____わたしはぐるんっと、修羅の顔で振り返った。
そこには起立もせずに、指でくるくるリボンを巻いて遊んでいる十代がいて。わたしの視線に気づくと、「なに」と訊ねてくる。
「なにじゃない、それ返して! あと、髪イジらないでって言ってるでしょ」
「なんでだよ いいじゃん、減るもんじゃないだろ」
「〜〜〜っ あーもう!」
埒が明かずリボンを奪い返そうとした手は、しかし気づいて避けた十代の所為で空を駆る。それを何度か繰り返すと、わたしの方が先にバテてしまった。チクショウ、敗因は体力不足です。
「人のもの勝手に取らないでよ」
「俺があげたやつだからいいだろ」
さらりと言われた言葉に、返す言葉を無くした。…ま、まさか覚えて____! かあと、再び忘れていた熱を思い出して、顔が赤くなる。さっきの煮えたぎるような羞恥とは違う、どうして良いかわからなくなる類のむず痒い熱量だ。
口を結んでしまったわたしを見て、十代が笑う。てっきり忘れていると思っていたのに、まさかそうしてずっと知らないふりをしていたのか。ずっとずっと、そうしてわたしは彼の掌の上で踊らされていたのかと思うと、数分前までの…寂しさを覚えていた自分がバカみたいじゃないか。
「し しら、ない っ!」
「へぇ、ふーん、そう」
「返してよ」
「い や だ」
わたしばかりがいつも振り回されるから、この胸の熱はまだ消えてくれないの!

「はわ〜、かっこいい」
「…」
うっとりと、テレビを見つめているまちに十代は何とも言えない気持ちでソファに凭れた。
休日に遊城家に誘ったのも十代だし、新作映画が見たいという彼女を差し置いてバトルシティのアーカイブを再生したのも十代だ。最初からこうではなかった、伝説的デュエリストが揃い踏みしたバトルシティのデュエルアーカイブは何度見ても胸が高鳴りワクワクする。十代もまちと同じように画面に釘付けだった、……そう、彼が登場するまでは。
____『いくぜ! オシリスの天空竜、『召・雷・弾』____!!』
「ひゃああ」
デュエルマスターの宣言に従い、真紅の赤龍が第二口を開き、凄まじいエネルギーが込められた雷弾を発射する。画面には光と熱が交錯し、派手に燃え上がった。それをみたまちが聞いたことのない甘ったるい声をあげた。その頬は高揚し、とろんとした瞳は粘度のある熱量で潤んでいる。
(…)
むすう。それを見ていると、なぜだろうか。酷く気分が悪かった、胃の辺りがムカムカしてまちに酷いことをしたくなる。彼女は何も悪いことをしていないというのに、
「アーカイブを見たいと言ったのは君だろう、十代」
「…そぉだけど」
そんな十代を見かねたのか、実体化したユベルがソファの背に手をかけて囁くように言う。
「まったく、君を蔑ろにするなんて。やはり彼女は生きている意味がない、ボクが殺してあげよう」
「だあ、もういいからそーいうの! 俺がいくつになったと思ってるんだよ」
「いくら歳を重ねても、ボクにとって君は一番に大切な人であることに違いないよ」
十代が歳を重ねても、少し度を過ぎて過保護なユベルの態度は変わらない。思い出すのは過去の記憶、十代が弱かった所為で…ユベルが殺しそうになった人たち。彼らはしばらくして回復したが、皆が十代のことを「呪われている」「気持ちが悪い」と恐れるようになった。
だが、終ぞそこにまちが並ぶことはなかった、そして…まちがいなければ、今もなお同じことが延々と繰り返されていたかもしれない。なにかと悪態は着いているが、ユベルはまちのおかげで随分と丸くなったと思う。終始穏やかであることが多くなった彼の様子を見ていると、迷いながらあの日…ユベルのカードを宇宙カプセルの中ではなくて、まちに預けて良かった。
「はわああ かっこよっすぎる…!」
「____」
けれど、それとこれは話が別というもので。
際限なく見えないハートをまき散らしているまちに、ゆらりと十代がソファを立つ。ユベルに呼ばれたが答える余裕はなかった。テレビ画面で勝利を手にしたキング・オブ・デュエリスト武藤遊戯と、三幻神オシリスの天空竜、そのツーショットに本日最高潮の黄色い声を上げるまちの後ろにぴったりと立ち、十代は____思い切り、剥き出しのまちの首筋をわしづかみにした。
「ひやああああ」
「…」
「ちょ、十代なに あ、だめそこは よわ、 ひっ あ、」
無理に擽ることはしなくてもいい、そのまま指でつうーと首筋をなぞればまちは情けない声と共に絨毯の上に倒れた。まちは首元が弱い、これで三分は動けない筈だ。
「いやあ、遊戯さん最高にかっこ良かったな! やっぱりバトルシティのアーカイブは最高だぜ」
「 」
「だけど熱いデュエル見てたら、俺もうずうずしてきた。やっぱり見てるだけじゃ物足りねぇ、まち一緒にデュエルしようぜ!」
____返事はない、ただの屍のようだ。
そんなゲームのフレーバーテキストを思い出しながら、十代はさっさとテレビを消してテーブルの上に自身のデッキをセットする。ついでに、放ってあるまちのカバンから(勝手に)彼女のデッキも取り出した。
まちはまだ痺れて動けなさそうなので、ハミングしながら彼女のデッキをシャッフルする十代。その様子を見ていたユベルが、少し呆れた声で呟いた。
「十代、君… それはもしかして無自覚かい?」
「ン、なにがだ」
「…いや、別に。なんでもない、君ほどの人からの愛なんだ。拒む方がどうかしている」
たとえそれが、どんなものであったとしても。
何やら含みのある言葉を残して消えるユベルに、十代は首を傾げながらカードを引いた。引き当てたのは守護龍ユスティアのカード、そこから顕れた精霊が倒れているまちに心配そうに近寄る。
デッキに宿る他の精霊が、「あんまりまちをイジメないでね」と十代に囁く。その声は、どこか先ほどのユベルと同じ音をしていた。
