OTHER JUMP | ナノ

徴兵前の尾形百之助に雉を獲ってもらう


「甲種に合格した」

一瞬、何を言われているのか分からなかった。
だがすぐに合点がいく、なるほど徴兵令。

「身長足りたのね」

銃床でごつんと小突かれた。痛い…。
乱れた髪を直している内に、百之助はさっさと草をかき分けて歩いていく。空を見上げ、緩やかに猟銃を手にとる後姿を、わたしはずっと見続けてきた。軽口こそ叩いたが、それもこれで最後となると感慨深いものがある。

この町から一番近い兵営はどこだろうか。徴兵されたらおいそれと会えなくなるのだろうか、葉書は。そんなことを考えているうちに、パンと乾いた音が響く。あっけない思考の終わり、それはわたしと彼の関係のようだった。ざくざくとこちらに戻ってくる彼が「まち」とわたしを呼ぶ、だから口癖のように声をかける。

「獲れたの」
「ああ」
「あれ、鴨じゃない」

彼の手に下がっているのは赤い肉垂が鮮やかな鳥、…雉だ。てっきり鴨だと思っていたので目を丸くすれば「好きだろう」と言われた。

「鴨より雉の方が」
「…味的な意味で」
「それ以外にあるか」

「うん、好き」

伸びてきた髪を指先で払えば、百之助の黒い目が見えた。どこか物憂げなその瞳が、なぜか嫌いではなかった。小さいころからどこか厭世的な空気を纏う人だったが、青年になるにつれてそれが顕著になったと思う。元より社交的とは言い辛い人だったが、最近ではあえてそう振舞っているように見える。

(愛想の一つ覚えれば、村一番の美丈夫にもなれたでしょうに)

伸ばしっぱなしの髪の所為で、解り辛いが。彼は中々、男前な顔立ちをしている。目元に険があるが、それも味というものだろう。人差し指でなぞれば、眩しそうに目元を細める。少し甘えるように掌にすり寄ってくる頬に、バレないように喉で笑う。ネコちゃん。

「あ、でもやっぱり身長が足りないか」
「やかましい」

尾形の祖母は、前の秋に亡くなった。
百之助の母親が死んでから、続くように祖父が病床に着いたという。

わたしは尾形のおばさましか知らない。だが、母君はとてもお美しい方で、浅草で芸者をしていたと聞いた。百之助はその辺りは語りたがらないので詳しくは知らない、尾形のおばさまもついぞ口にすることはなく逝ってしまった。死人に口なし。おばさまの生前、あれこれと飛び交う噂はひどいものだった。だが小さいわたしにその分別が付くわけもなく。近所の意外と面倒見が良いような悪いようなお兄ちゃんに遊んでもらうことしか頭になかった。

「百之助をお願いね、まちちゃん」と、すっかり弱り切ってしまった尾形のおばさまの口癖がそれだ。

それを聞くたびに、百之助は「なにをとぼけたことを」と切って捨てた。わたしもそれには同意だ、百之助をお願いねと言われても困る。こんな大きい人、頼まれても運ぶことすらできない。そうぼやくと、百之助はどこか遠い目をしていたがやがて「そうだなァ」と空っぽな声で言う。なんだそれは、バカにして。

そんなこというおばさまもいなくなった尾形の家は、寂しいものだった。だからこうして、偶に食事を御呼ばれする。獲物は百之助が捌いてくれるから、わたしは鍋物の準備を整える。百之助が多く獲物を獲った日は、となりの米農家に顔を出して麦や米と交換したりした。母親に突かれ、絶賛花嫁修業中のわたしは食事の準備や交渉の腕には、ちょっと自信がある。ふふん、少なくとも仏頂面な百之助よりはうまくやれる。

「雉、美味しいけど小骨が多い」
「お前は文句以外に言えんのか」
「文句じゃないよ、独り言。 もうちょっと食べやすく料理できないかなあと思ったの」

日がもう少しで暮れる。鍋を温める囲炉裏の火を頼りに手元をつつく。雉のお肉が美味しい。きちんと血抜きをしてくれたから臭くないし、お味噌が合う。でも小骨を除くのが難しくて、箸が思うように進まない。そのよそで百之助が雉肉をよそう。指と歯で器用に肉を割いて、骨を除いていた。器用だなあ。感心してみていると、「ん」と口元に差し出された。見れば雉のお肉で、素直にお口で頂く。

「うまいか」
「…」

もぐもぐしているのでこくんと頷いて見せれば、わたしの口元を親指で擦った百之助が少しだけ満足そう笑みを零した。「でも指じゃなくてお箸でほしい」注文は受け入れてもらえず、つぎのお肉も指で口元に押し付けられた。待って、まだ食べてる。待って!

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