尾形百之助と服を買いに行く
「服買いにいくよ」
「…」
雨が上がると、途端に冷えるようになった。昼間は日が出ているが、風が冷たくて羽織の一枚も欲しくなってきた10月。冬着を漁ると出てくるのはOL向きのニットばかりで、テレワークに向いた服がないことに気づいた。これを機にすこしかび臭い部屋着を断捨離するのも良いだろうと、張り切って起きた休日。
さくさくと着替えて、洗濯機をON。カーテンを開いて日光をいれれば、布団の中で丸くなっている大猫が身じろぎした。ぽっこりと膨れ上がった山をゆすれば、しばらくして酷く憂鬱そうな顔が現れる。開口一番にそういえば、彼は嫌そうな顔を隠そうともしない。低い舌打ちをして、そのまま引っ込んでしまった。
「___で、目的地は」
まだ半分眠っている彼に運転させるのは酷で、鼻息荒く「わたしが!」と手に取ったキーはすぐに奪われた。SUVの助手席に乗り込むも不服そうな顔のわたしに「いい加減にしろ」「手前の自殺に付き合ってられるか」と追い打ちをかけてくる。
「わたしに免許を交付してくれた指導官に謝れ!」
「早くシートベルトしろ」
確かに尾形の運転は安心性能だ、でも譲れない戦いが私にもある。
いつか彼をわたしの運転する車でドライブデートさせたい。悶々としながらその計画を語るも、彼は「ホォー」「ハァー」と気の抜けるようなから返事ばかり。___ああ、この計画は夢幻となるかもしれない。死んだ魚のような顔で窓の外を眺めていると、緩やかにカーブ。どうやら本日の朝食は、コメダに決まったようだ。
モーニングセットで軽く腹ごしらえする。わたしは甘いソフトクリームがたっぷり乗ったココアを、尾形はホットを注文した。寒がりの彼にとって今日の天候は相性が悪いようで、Vネックから見える太い首が青白く、耳が赤いように見える。「ん」と無言で出された手に、指を重ねる。「ハハッ 犬かよ」と笑われたのが釈然としない。冷たい尾形の手がわたしの手を弄る。暖かさを求めるようなそれは何時ものことで、両手で包み込みこんでやる。気持ちいいのか、暖かさにほっとしたのか。いつもどこか険し彼の目元が和いだ。困ったネコちゃんだ。
食事を終えたなら長居は無用。のんびりモードに入る前に彼の手を取って、店を後にした。漸くたどり着いたみんなの味方、UMIQLO。コンソールに隠してある大きめのエコバックを無理やり尾形の後ろポケットに詰め込んだ。「オイ」と不機嫌な声が飛んできたが、手をつなげば大人しくついてくる。
「こっちはどう?」
「知らん」
「んー… 色はどれが好き」
「どれも一緒だろ」
「オフィスの温度は、これじゃ暑いかな」
「……」
あれこれ選んでいるのは彼の服だというのに、どういうことか。最初は答えてくれていたのに、今ではだんまりを決め込んでされるがままだ。取り出した服を宛がって、言われたままに着て見せて。袖が足りるか、首元が苦しくないか、全部わたしが確認している。
「あなた腕と足が太いから、ワンサイズ大きいほうが良さそう」
「オイ もう試着はせんぞ」
試着室行きは、三回が限界だったようだ。サイズ違いを持ってくるからと、待たせるたびに尾形の機嫌が目に見えて悪くなっていく。帰ってくると服を渡しているのに、わたし手首をつかんで「これが最後だ」「次はない」と睨みつけてくるから駄々っ子を相手にしている気分になる。置いて行かないよ、ちゃんと戻ってくるよと言っているのに、てんで信じてもらえない。
「わたしの服見てもいいかな」
「勝手にしろ」
といいながらも、尾形の服が詰まったレジカゴを持って、着いてくるつもりらしい。車で待っていても良いと提案したが、返事は返ってこなかった。まるでSPか護衛のようにぴったりと後ろをついてこられると、それはそれで圧迫感がすごい。尾形は身長があるわけではないが、なにせ体が大きい。いまどきジムに通っているでもないのにシックスパックに割れてるサラリーマンなんているだろうか。一度訪ねた時「…何かあったら困るだろ」と言われた、何かってナニ。わたしは時々尾形が良くわからないよ…。
「ン … こっちか、 いやこっち」
「右のにしろ」
「…む この色もいいな」
「アホか こっちだ」
「あ、型落ちが安くなってる! デザイン微妙だけと安いからこっちに」
「千円ケチるほど俺の稼ぎは少ないか」
「…自分の服選ぶときも、その位積極的になってほしいなあ」
「やかましい」
なぜ怒られるのかわからない。エコバックに洋服を詰めれば、尾形がひょいと持ってくれた。「まち」と呼ばれたので素直に指を絡めれば、指が手の甲を摩ってくれる。少し冷たいくらいの彼の温度は、彼の隣で胸が高鳴ってしょうがない私にはちょうど良い温度だった。