OTHER JUMP | ナノ

野良クロロ・ルシルフルが住み着いている


「ミオ、アズマ、ヒイラギ、ツミキ」

冷たいガラスに指を滑らせてクリオネを数える。
オレンジ色の光を宿した氷の妖精が、立てられた円状の水槽の中でぷかぷかと浮いている。まちの大事にしている同居人であり、ペットだ。そして今日はもうひとり、

「うーん…そうだなあ、君の名前は何にしようね」

胸に抱いていたジャム瓶を持ち上げれば、中に浮かぶ小さなクリオネが揺れる。愛らしい彼女は、本日まちの家にやってきた新人だ。

胸をときめかせてるんるんしている後ろで、かちりとガラスの擦れる音がする。その音を立てた男は、片手に開いていた雑誌をぱすんとソファに置いた。

「お前ほんとうに好きだな、その生物。俺には何が良いのか解らない」
「…別に解ってほしいとは思っていませんが」
「そうか、良かった。そんなブヨブヨの海ナメクジを押し付けられても困るからな」
「押し付けた覚えないんですけど。っていうか、この子はうちの新しい家族だからあげません」

青筋を立てながらも、そこは大人らしく声をあらげず。胸にジャム瓶を抱えるまちを、クロロはどこか冷めた目で見つめた。

「…ほんと、好きだよなあ。そんな一銭の価値もない生き物の、何がいいんだか」
「なんでも物理で解決するお宝大好き人体フェチに言われたくない。一緒にしないでよ」
「それは俺の台詞だ。お前に俺の求める価値が解ってたまるか」

じゃあ話すなよ!話ふるなよ!!!
ぎりぎりと歯を噛み締めながら、図々しく我が家に居座る貧乏神は無視することに決めた。水温を一定に保つ台座からクリオネの水槽を外し、中に新しい家族を追加すべく早足に水道へと向かう。パタパタと走る中、クロロが思いだしたように「まち」と呼んだ。

「紅茶、もうない」
「それくらい自分で淹れて!!!」
「無茶を言うな、台所が壊れてもいいのか」
「脅すなバカ!もうそこ大人しく座ってろ!」

無事に新しい子を水槽に入れて台座に戻すことができた。クリオネは水温を保たないとあっという間に死んでしまう、まあこれは本来の生息域から遠く離れさせてしまった飼育者(わたし)の責任としての対価だ。具体的には施設・電気費などなど。

わたしの月刊『クリオネがいる暮らし』をソファに放ったクロロが、クリオネの水槽が置かれたチャストの前に移動した。チェストの前で膝と付き、腕に頭を預けて猫のようにクリオネを眺めている。その様子を端目に、わたしは新しい紅茶を淹れた。甘党の彼のために、シュガーポットに新しい金平糖を沢山入れて持って行く。

「クロロ、食べちゃダメだよ」
「誰が食べるか。…いや、これはこれで珍味か…そうおもうと興味なくはない」
「好奇心旺盛か。ほら、新しい紅茶淹れたから、大人しく座って」

まるで犬相手にしているみたいだ。
大人しくソファに座って紅茶を飲むクロロに一先ずは安心だ。同じようにソファに座り、なんとなしにテレビのリモコンに手を伸ばす。適当なバラエティに合わせてガザニアのティーカップを揺らす。芳ばしい白桃の香りがリビングに満ちた。

「…俺も、何か飼うかな」
「いったいどんな希少動物かっさらってくるつもり」
「魔獣は好かない」
「そこで取扱いランクZオーバーがさらっと出てくるのがこわい。もっと普通にないの…犬とか、猫とか」
「ありきたりすぎて詰まらない、まあ希少種ならぎりぎり…見目が良いなら、剥製にすれば良いし」
「全国の飼い主に謝れ。クロロさ、多分生き物を飼うのに向いてないよ」
「奇遇だな、俺もそう思っていたところだ」
「もう大人しく茶飲んで帰れ」

はあとため息をついてカップを戻せば、妙に視線を感じる。まあ誰かなんて知れていて、ちらりと視線をやれば少しだけ口角を上げて笑っているクロロさまがいた。

「……なに」
「いや、俺相手に大人しくとか、茶を飲めとか、随分と能天気な女だと思っただけだ」
「褒めてない」
「ああ、褒めてない。まちは変わり者だな」
(世界級でトチ狂ってる評価されている盗賊の頭に言われたくないなあ)
「まあでも、有意義ではあるか。いろいろと役に立つ」
「? ねえ、クリオネのはなしだよね」

少し話筋が読めなくて訊ねれば、クロロは「いや」と首をふった。

「お前が好き好んで飼っている、もう一匹の“ペット”のはなしだ」
「はあ?」
「結構イイ仕事していると思わないか」
「ごめん、意味わかんない」
「だろうな。雑草抜きは、ご主人様の目の見えないところでやるものだ」

益々わけがわからず思い切り顔を顰めるわたしに、クロロは一人満足そうに紅茶を嗜む。その様子に、ああわたしはこいつ一生理解などできやしないだろうと改めて思った。







「クリオネの名前、ジロウはどうだ」
「え、なにそれ。どっからその名前湧いて出て来たの」
「ジャポンでは兄弟にはそう名付けると聞いた」
「あー…一郎、次郎、三郎? それにしてもおかしいでしょう、この子は五匹目なのに、どうして二人目のジロウになるのさ」
「クリオネは一括りでいいだろう、どうせ増えるだろうし」
「? だから一郎はどこにいったのよ」

「さっきからお前の隣にいるだろう、ワンと吼えないと解らないとは困った飼い主だ」

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