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古橋康次郎が花宮真の彼女について語るだけ


花宮真という男は、一見複雑怪奇な存在のようであって、その実はシンプルである。

気に入らない、だから壊す。ムカつく、だから潰す。面白くない、だから図る。嫌いだ、だから本気にはならない。

不良ぶってこそいるが、内面は酷く臆病な人間だと思うときがある。バスケをしていると良く見える。勝ちたいと思っていないといいながら、彼のバスケに対する姿勢は実に“誠実”だ。バスケに対して最も不誠実と評されているが、真実は真逆だと古橋は思う。例えば、花宮が本当にバスケになんの感慨も抱いていないなら、わざわざ監督の任を引き受けて毎日練習に励むだろうか。I.Hに向けて敵陣を解体し、それでも優勝を目指して試合を熟し続けるだろうか。もちろん、それは仮にもバスケ強豪校として知られている霧崎第一の生徒という似非優等生らしい建前もあるだろうが、それだけで______人はあれだけ、特定の物事に対して下種を極められるだろうか。

木吉という男に会って、誠凛というチームに負けて、少しだけ古橋は花宮の見方を変えた。結局彼は、木吉という男をどこまでも享受できなかったのだろう。彼はまるで、花宮が頑なに隠すないし、自己否定し続ける自分自身のようなものだった。どこまでも正反対に見えて、その本質は似通っている。だからこそ、花宮は絶対に木吉に負けるわけにはいかなかった。今のままで勝つことこそ、彼自身のアイデンティティの確立に必要な条件だったのだ。

そして無冠の五将という虚無の王冠。彼らは結局、キセキ世代のための踏み台でしかなかった。圧倒的な上位互換を目の前にして、中学時代の彼のプライドは粉々にされた。才能と言う圧倒的な絶望が今まで成功しかなかった彼の人生と人格に歪ませ、奇しくも彼自身の何かを鍛え上げた。

結局は、コンプレックスの塊なのだ。花宮真という男は、成功者のようでいてどこまでも敗者だ。勝ちたいと思っていないなんて嘯きながら、常に高みを目指して進んでいる。圧倒的な壁を否定しながらも、必死に“自分のままで”勝てる術を模索している。花宮真は好きなのだ。勝つことが、バスケが、上位者であることが。

花宮はシンプルな男だ。
そして、どこまでも情熱的な男だ。



「色紙はさ、色紙から告白して花宮と付き合ってるんだろ」
「…」

ほっぺたを突いていたペンをぴたりと止めて、色紙が古橋を見た。きょとんという音が似合う顔を淡々と見つめながら、古橋は続ける。

「花宮のどこかそんなに好きだったんだ」
「えーっと、」

困ったように眉根を八の字にする色紙は、花宮の彼女だ。驚くこと無かれ、彼女は高校一年の秋から花宮真の彼女と言う地位を独占している。まあその間に、花宮が他の女とできていなかったのかといわれれば話は別だが……少なくとも、現時点でもなお花宮が『彼女』と呼ぶのは色紙緒戸だけだ。

斯言う古橋も、彼女の存在を知ったのは最近だ。
花宮が三年になり、当然のように生徒会長に就任した。バスケ部部長と監督、それに生徒会長と言う三足草鞋になった花宮の多忙さは熾烈を極めていた。そんなある日、唐突に呼び出された。今や彼の居城となった生徒会室に呼ばれ、入って見ればぽつんと一人の女子生徒が先客として招かれていた。言うまでもなく、彼女が色紙緒戸だ。

そしてそこで、古橋は花宮に緒戸を紹介された。そして出来る限り見ていて欲しいと、古橋は初めて花宮に“頼まれ”たのだ。古橋は人を慮るということができない。だからその時の花宮の心情など微塵も理解できない、しようと思わない。でも理由なら解る。それはきっと『自分の代わり』なのだろう。自分が見ていられないから、代わりに見ていろということ。その『見ろ』が、観察ではなくボディーガードであることは言うまでもない。

「うんとね、順番だったんだ」
「順番…」

訊ねたのは、少しだけ芽生えた興味。
花宮がそこまで入れ込む緒戸。そんな二人の関係は緒戸が始めたもので、ならそもそもその始まりはなんだったのか。花宮も知らないそれを知りたかった。(以前聞いたら『…………知るか』とたっぷり前を置いて不機嫌そうに言われた)

「そう。ファンクラブの順番」
「…」

古橋は久々に、言葉を失うという経験をした。

「花宮くんのファンクラブね、結構早いうちからあったの。それにメンバーの告白の順番っていうのがあってね」
「…」
「花宮くん当時来るもの拒まずだったから、一人ずつ花宮くんにフラれるまで恋人になれれるって…。あ、でも今はクラブの人数が増えすぎちゃったからその特典制度ないみたい」
(特典制度…)

あっけらかんと告白する緒戸を、古橋は冷めた視線で見つめた。

「…じゃあ、花宮とは…」
「ああ…告白した当時は全然関わりがなかったんだけど、最近よく呼び出されるんだよね。だから何時フラれるかなあって一応準備はしてるんだけどね」
「…」

古橋は思った。事の重大さを理解していない間抜け顔の緒戸を前に、この事実をお高いプライドの所為で聞けずじまいでいる花宮の不幸と幸運を。ここで耳にしたことは、古橋の心(笑)の中にそっと鍵をかけてしまっておこう。

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