くろこのばすけ | ナノ

カノジョを察する宮地裕也


「……なんだよ」

じっと見ていたのがいけないらしい。
宮地くんが黒い笑顔で、肩をとんとんと教科書で叩いきはじめた。教科書には物理と書かれている。

「…いや、」
「いや、じゃあねぇだろ。じゃあなんで出会い頭ずっと見てんだよ。いい加減にしろ、轢くぞ」
「物騒な…」

思わずつぶやけば、ぱんっと上から物理の教科書が降って来た。いたい!

「横暴だ!」
「うっせ。おーおーちょうど良いところに教科書棚があったわー。あー肩が楽だ」
「教科書そんな重くないじゃん!」
「誰かさんのせいでずーっと動けずじまいだったんだよ。この位で文句いうんじゃねぇ」

はーっとわたしの頭を教科書越しに押し付ける手をそのままに、大げさにため息をついて逆手で肩を揉み始める。無造作に開かれたワイシャツから除く鎖骨が顕著になった。太い首の喉仏が宮地くんの動きに合わせて前後するのが妙に色っぽい。なのでどうにも言いたい言葉が引っ込んでしまう。自分にはどうにもできない矛盾にむぐうと力んでいると、気づいた宮路くんが片目を眇めた。

「おい聞いてんのか誰かさん。手前ぇのことだぞ」
「わかっとるわー!」
「いってぇな殺すぞ」

イラっとしたので反射的に彼の腕を叩いた。するとぎろりと上方から睨み付けられびくりと背筋が震えた。い、いてぇとか嘘だろ!バスケ部の宮地くんに帰宅部のわたしが攻撃しても効果はいまひとつでしょ!

宮地くんは背が高い。一見するとちっこそうなのにすごく背が高い、190センチオーバーとかどこの巨人さんだよ。ここは人間の世界だ、壁の向こうに帰ってくれ。理不尽りふじん!!

頭の中で理不尽コールをしながらも動けずぷるぷるしていると、黙っていた宮地くんがすうと教科書をどかしてくれた。あ、頭に開放感…!ほっとして髪に触ろうとしたがその手は何かに拒まれてしまう。言うまでもなく宮地くんだ。なにかと顔をあげると世界が曇った。あれ、ここ室内なのに。

遠めで焦がれた鎖骨が、唇の先に迫る。

クールな制汗剤の香りが鼻先を掠めた。ぴくりと反応したときには遅く、旋毛になにかを押し付けられた。…なんだろう。わけがわからない。

呆然としているわたしに、宮地くんはゆるりと折り曲げた体を起こした。予想以上に近い目にぎょっとする。そんなわたしに宮地くんは真顔でいった。

「緒戸…」
「…な、」
「今日体育あったろ」
「むきいいー!!」

わたしは猿のような声をあげて宮地くんの手を振り払った。なんなのこいつ!なんなのこいつ!!

「ばか!しね!」
「あたりじゃねーか」
「ちゃ、ちゃんとふぁぶりーずしたもん!」
「あれ頭にかけるやつじゃねーだろ」
「うううるさい!」

羞恥心やなんやらでぶちんと理性の緒が切れたわたしはぶんっと腕を振って宮地くんに奇襲を図る。だがそれは簡単に受け止められ、あまつさえ大きな手にしっかりと掬い取られてしまった。

「なっ」
「飽きた。とっとと教室いくぞ」
「きょう、しつってどっちのよ!」
「緒戸のに決まってんだろ。一々怒鳴るなうっせーな、黙らせられてぇか!」
「DV!」
「ほーそりゃあ、俺と夫婦になるつもりがあるってことか」
「なっ…!!」
「こんな白昼堂々プロポーズとか尊敬するわ」
「うっう…うわーん」
「泣くな。轢くぞ」
「も、もうすきにしなさいよっうぐっぐす」
「あーあー恥ずかしいやつ。俺しらね」
「人でなし!」
「うっせ、」

それでも、つないだ手が離されることはなくて。


Please, tell me your answer !
わたしは今日も君との距離感に悲鳴をあげる。

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