息子が赤司征十郎パパの好きなものを教えてもらう
※息子名固定『将義』
「げ、また豆腐かよ…」
夕食の席に並ぶメニューにざっと目を通した将義(まさよし)は、苦虫をかみつぶしたように顔を歪めた。そうして気怠そうに席に着く息子の姿に、台所で作業していた緒戸の檄が飛んだ。
「またお父さんのいないところでそんなこと言って。そういうことはこそこそ母さんに言うんじゃなくて、毎回買い物のたびにこそっりカゴに豆腐を入れる人にいって」
「気づいてるなら止めろよ」
「うちの大黒柱さまに逆らえって?誰のお蔭で不自由のない生活ができてるのか、マサくんは一度考え直したほうが良いよー」
クスクスと喉で笑いながら手際よくフライパンを捌く緒戸に、将義はブスッと唇を尖らせながら頬杖を突いた。
「だからってさ…毎回まいかい、賞味期限切れそうになる度に麻婆豆腐とか湯豆腐とか豆腐チャンプルーとか味噌汁弁当副菜ふくさいなにがなんでもぜーんぶ豆腐尽くしはイヤなんだよ!」
「反抗期ねぇ」
「些細な献立の希望すら許されない____!」
ウォオオオと机に突っ伏せる将義を無視して緒戸はフライパンを返した。今日は和食だ。我が家の大黒柱さまは豪勢な洋館で育ったにも関わらず大層な和食好きだった。その理由を訊けば『なにもかも洋風で正直飽きた』という贅沢なもので、その延長で始めたという将棋は今やプロ棋士としてタイトルを獲得する腕前となった。本業である経営がおろそかになっていない(というか、緒戸にそんなこと判断が利かないが)ので何も言わないが。まあ、楽しそうに食後に指している姿を見て言えるのならそれは相当な度胸のある人だ。
「お父さんが来たらご飯よそってね」
「わかったよー…」
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「将義は、豆腐が嫌いか?」
(なんというタイムリー…!)
綺麗な箸使いで豆腐を切り分ける征十郎に、将義は見えない稲妻に貫かれるのを感じた。
前々から、この父はまるで未来が見えているのではないかという言動はあったが、これは酷い。もういっそ、家の各所に盗聴器がないか調べる方が現実的な気さえしてきた。
「え、と、豆腐? 好きだよ、大好物」
「……お前のそういう所は、本当に緒戸に似ている」
「…」
言外に嘘が下手という父の台詞に、将義はだらだらと冷や汗を掻きながら横目で助け船を求めた。だが、当の本人(母)は、キッチンで楽しそうにデザートの準備をしている。こっちに気づく気配がまったくない悠長な姿に、将義はいっそ血涙を流せたならと思った。
「責めているわけじゃない。そう難しい顔をするな」
「そんな顔してない」
「ではそう言うことにしておこう。それで、本当は何が好きなんだ」
真っ赤な父の目がじっと将義に答えを促して来る。将義はそんな父の目が苦手だった。うっと気負けしながらも頭の中で様々な食べ物を取捨する。
「す、好きなって…特に。甘いのも、苦いのも好きだよ」
それは赤司家の教育方針でもあった。赤司家が全てにおいて苦手分野を省く(大分オブラートに包んだ)と言う方針をとっているため、それに習い将義も幼少の折から色んなものを教えられた。まあ、母の緒戸は単に自分が偏食家だからという理由で将義にはいろんなものを挑戦させたというのもある。そのため、将義は食事に関して嫌いなものというものがない。その功績は主に母によるもので、母が将義を通して自分の苦手克服のために色々なアレンジを施し、将義だけではなく一丸となって挑んでくれたからだ。決してそれらは苦ではなかった。
「…私は豆腐が好きだ。特に湯豆腐は良い、」
「はあ…」
それは身に染みて知っている。
「なぜだと思う?」
「え、…知らない、昔っから好きだって母さん言ってたけど…」
「そうだな。正直なはなし、緒戸よりも湯豆腐との付き合いの方が長い」
(……この話長くなるのかな)
「だけど昔と今では理由が違う。昔は単純に『こんな美味しい食べ物は他にはない』と思っていた」
(父さんの目にはあの白い豆の塊がどんなふうに見えてんだ…)
「今は…」
箸を置き、征十郎はゆるりと将義に向き直った。
「緒戸が好きなんだ」
「……は?」
「豆腐を料理する緒戸が好きなんだ」
ごめんなさいちょっとなに言っているかわからないデス。
白い目の息子を置いて、征十郎は話を続ける。
「買い物カゴに入れる度に『しょうがない』という顔をして、文句を言いながらも私の好きなように調理をしてくれる緒戸が好きなんだ」
「!」
「だからつい同じことをしてしまう」
クスクスと笑う父の珍しい姿に、将義は息を飲んだ。
「さあ、今の話を踏まえて…お前の好きな食べ物はなにかな」
「…」
将義はもごもごと口を動かした後、視線をあっちへこっちで彷徨わせ、蚊の鳴くような声で言った。
「……うどん」
征十郎は「そうか」と笑った。
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