くろこのばすけ | ナノ

マギの花宮真と迷宮攻略


「キャーーーーーーー!!!」

この世界には、迷宮と呼ばれるどこの誰かが作ったかもしれない厄介な代物がある。
迷宮は14年ほど前から突如として世界に転々と出現し始めた。古代王朝の遺跡群と噂されるそこには、貴金属や宝石をはじめとした財宝が眠っているといわれる。その噂を耳に、多くものがあるいは国が、この迷宮に挑んだ。だが迷宮は一度入ったら二度と出てくることはできず、内部には見たことのない恐ろしい魔獣たちが潜んでいた。財宝は不可思議な迷宮の奥に存在し、難関を突破しなければならなかった。だが、ある時誰かが言った。迷宮の奥にはもっと凄いものがあると。そう例えばそれは_____世界の覇者となれる大いなる力だとか。

「むりむりむりむりむりむりむりーー!!」

そんな噂話にホイホイされ、緒戸は迷宮に入った。
緒戸の住むチーシャンという国には10年以上前に、迷宮が出現したのだ。だが迷宮はいまだ攻略されず、総死者数は10000人を超えようとしていた。迷宮は攻略者がでるまで消えない___まあ、これも噂だが。誰も攻略できないその塔を、緒戸は何時も複雑な気持ちで眺めていた。もし、アレを攻略すれば緒戸の長年の夢が叶うかもしれないのだ。だが、悪噂高いそこに一人で向かう勇気なんかなくて。何時も忘れたふりをして背を向けていた。そんな日々が何年も続いた。だが今日、なぜか、緒戸はその迷宮の中にいる。

その迷宮の中で、溶解スライムに追われている。

「ピギュラァアアア!」
「いやーーーー!!!」

岩張りの洞窟に甲高い悲鳴が響き渡る。
既に靴の裏は擦り切れていて、走り旅に緒戸の柔い足裏を傷つけた。それでも止まったら死んでしまう。痛いのも生きているからこそなのだ。

「どこ、どこにっ」

大粒の涙をぼろぼろ流しながら、緒戸は必死に頭の中の影を探した。
出会ったのは数日前。突然目の前に現れて、訳の分からないことをのたまって緒戸をこの迷宮へと放り投げた人物。その癖に、あっさりと緒戸を置いてどこかに行ってしまった男。

「助けなさいよバカ真――――!!!」

薄らと食えない笑みを浮かべた真の顔が甦る。



「____誰がバカだって? アホ緒戸」
「! まこっ…!?」

聞こえた声に顔をあげるのと、踏み出した足が宙を掻くのは同時だった。延々と続く岩の洞窟の途中、ぽっかりとあいた穴にひゅっと喉が悲鳴を上げた。争う術はなかった。緒戸の身体はあっさりと穴の中に吸い込まれる。

「いやあーーーーーーーーー!!!」
「ぴぎゃああああああ!」
「なんでアンタまでついてくんのよーーー!」

心なしか体中に浮かんでいる目玉に涙を溜めている化け物に突っ込まずにいられなかった。酷い風圧に全身を揉まれながら視界を巡らせると、光が見えた。その向うには広大な地面。じめん。 じ め ん 。

「い、いやああああ死ぬ!死んじゃう!!死んじゃうよ真!まことまことまことまことまことまことーーーーー!!!」


「はいはい、聞こえてるっつーの」


悠長な声には酷く馴染があって、緒戸はハッと涙でいっぱいの瞳を見開いた。すぽりと岩の落とし穴から明ける。世界が光でいっぱいになった。あ、死ぬ。そう思った筈なのに、緒戸の身体はその予感に反してふわりと優しいものに包まれた。

「っ!」
「ぴぎゃああああああああ!」

緒戸の隣を猛スピードで巨大スライムが落下した。その決死の形相にびくりと震えあがる緒戸の肩をがっしりと掴む温度があった。世界が止まっている。急降下していたはずの世界が穏やかに止まっている。

「ふはっザマねぇな」

皮肉しかない声に顔をあげる。そんな緒戸を見て、風を纏い宙に浮いていた男は笑みを浮かべた。

「遅くなってわりぃな、緒戸」
「ま、まこと…」
「恐かっただろ?もう大丈夫だ」

緒戸の身体を横抱きにして窮地から救った男こそ、件の男…真だ。思いがけない展開と、普段からは考えられない彼の優しい言葉に、緒戸の涙腺は再び潤みだす。我慢していた恐怖が零れだして来る。

「ま、まこ」
「___なぁんて、言うわけねぇだろバァカ」

「…へ?」

優しい笑みから一転、にやあとあくどい笑みを浮かべる真に緒戸の涙がぴたりと止まる。

「勝手に俺から離れて勝手に魔獣に引っ掛かりやがった癖にこの俺に向かって『バカ』とは良いご身分じゃねえか」
「あ、そ、それは…」
「その上『助けろ』なんてよく言えたもんだなあ。そこは『助けて下さい、真さま』だろ。お前の頭は飾りか、どっちのほうが立場が上か…ここではっきりさせといた方がいいよなぁ」

深まる真の笑みに、ぞくりと嫌な予感が駆け抜けた。

「あ、やめ」

て。その言葉は、全身を襲った浮遊感に掻き消えた。

「いやああああああああああ!!」

本日何度目かになる緒戸の悲鳴が迷宮に響き渡った。




「おい。とっととその貧相な体仕舞え」
「…」

真の言葉に、緒戸は冷たい視線をくれたあといそいそとチュニックを纏った。真に強制バンジージャンプ(※ただし命綱なし)させられた後、緒戸は崩壊したスライムをクッションになんとか生き長らえた。しかし、体中スライムでべとべとになった。謝罪もなくとっとと先に進もうとする真をなんとか拝み倒して、こうして水浴びをさせてもらっている。謝罪は、もはや期待していない。

(水に、果物…ここだけで十分生活できちゃうな)

それでも、ここに来るまで緒戸はひとりの人間とも出会えなかった。
それはつまりそういうことなのだ。皆がみな、ここで安住を得ようとはしなかった。それに安全面での問題があるのなら別だが、もしそうでないのなら人の欲とは業とは恐ろしいものだ。

きゅっと腰巻を足の裏に巻きつける。もう靴は使えないので応急処置だ。そうして真の傍による。彼はじっと先を見つめていた。

「…なにか、あるの」
「…まあ、あるっちゃあるな。終わったのかのろま、ならとっとと行くぞ」

そういってスタスタと歩き出す真に慌てて続く。

「ねえ真、どうしてそんなに急いでるの」
「ああ˝?頭の悪い事ごちゃごちゃ抜かしてんじゃねーぞ」
「だって、解らなくて…」

思えば、最初から彼の考えていることはわからなかった。
勝手に人の運んでいる商品は食べちゃうし、怒ったら魔法で脅してくるし、勝手に人の家に上がりこむし。そんな風に酷い人だと思えば、奴隷商に襲われた時はしっかり助けてくれて、魔獣に食われかけた子どもを救ってくれた。…酷いことばかり言って、嘘ばかりと囁くひと。その行動は何時も裏腹で、緒戸はわからなくなる。

「…だろ、」
「え」

ぼそりと呟かれた声が聞こえなくて返せば、真はぴたりと足を止めて振り返った。

「このままじゃ、灰崎に先越されちまうだろ」
「…灰崎さま、」
「あんな奴を様付してんじゃねぇよ、バアカ」
「あう」

復唱するとデコピンされた。
容赦のない殴打にぴりぴりする額を摩っていると、真は深い溜息を零し腰に手を当てた。

「ま、あんなクズ野郎に迷宮が攻略できるとは思えねーが…。アイツお前より頭回るからな、俺には劣るが」
(自慢はいった…)
「それに頑丈そうな奴隷にファナリスつれてやがった。あいつらは魔力はからっきしだがこと戦闘に関しては最強だ。…用心と幾つかの予測は立てて置いたほうがいい」

ファナリス。その言葉に、チーシャンの領主である灰崎の傍に控える青年を思い出す。終始無言で表情は無く、伽藍洞の目で緒戸と真を見ていた奴隷。名をたしか、康次郎と言った。

「……別に、いいんじゃないかな」
「ああ?」

きゅっと片腕を握り締めて、緒戸は言う。

「別に、誰か攻略してもいいじゃない。確かに灰崎さまは…素行が悪いけど、王のご子息よ。あの人が攻略すれば、きっと皆喜ぶわ。…わたしなんか、」

身の置き場もなくて、ふらふらふらふら職を探す日々。少しだけ教養がある、それにどんな仕事も拒まないから、都合がいいからと雇われているだけのわたしより、ずっと。

「灰崎さまが、攻略すべきよ」
「…」

それが、正しいのだ。
緒戸はそっと瞑目した。瞼の裏に甦る記憶に、涙が込み上げそうになる。不相応な夢だった。わたしにはそんな権利はないのに。失って、また失って、失ってばかりの人生。それに自分からちゃんと争ったことはない。何時も逃げていた、だからこうして一人生き残った。それが恥ずかしくて、今ごろ安全な場所で失ったものを取り戻そうと思うなど___そんな権利、ないのに。

(わたしは、望むべきではなかった)
「…ふはっ」

不意に、真が笑った。

「バカだバカだと思ってはいたが、ここまでバカだとはな」
「…へ」
「いいか、そのだらしねぇ顔つっぱげて良く聞け」

思わず上げた緒戸の顔を、真が思い切り片手で掴む。ぐしゃりと髪ごと頭を掴み、ぐいと引き寄せる。

「ここの金属器は緒戸のモンだ。俺がそう決めた、」
「っ」
「だからそれ以外は許さねぇ。相手が王だろうかなんだろうが関係ねぇんだよ、全部ぶっ潰してやる」
「まこ、」

「忘れんじゃねぇぞ」

鼻の先まで迫った真が、ひとつひとつ噛む様に言う。

「俺が、このマギ足る俺が選んだ王はお前だ。緒戸だ」
「____」
「理由なんてそれ以上いらねぇだろ。解ったらぐちゃぐちゃいってねぇで足を動かせ、バァカ」

ぱっと手を放して、真はスタスタと歩きはじめる。その背を、ぽかんとしながら緒戸は見つめた。マギ、それがなにか知らないが、それが真自身なのだと彼は言う。ああ、なら。

(確かに、理由は__)

「おいバカ! 置いてくぞ!!」

緒戸は顔を上げて、怒鳴る真へと走った。その顔に、もう迷いはなかった。




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