くろこのばすけ | ナノ

花宮真と屋上で授業をサボってみる


屋上に吹く風はまだ冷たい。今年の四月は寒さの抜けない新学期だ。スクールバックに忍ばせて来たマフラーを首に巻いて、こうしてペントハウスの影に隠れていても大分寒い。お気に入りの音楽を聞きながらぼんやりと空を見上げる。雲が切れた寒々しい空だ。どうにも退屈で、カチカチと音楽の音量をあげる。そうしてマックスに達したそれを訊いていると少しだけ高揚した。胸の奥に生まれた暖かいものに浸ろうと瞑目する。ずるりと壁にもたれてマフラーに顔を埋めると、くいとコードを引かれた。

「おい、聞いてんのか」

耳から抜けたイヤホンがかつんと屋上の床に跳ねた。
涼しくなった耳腔に眉根を寄せながら下を見れば、それまで読んでいた本を胸に預けた御仁が恨めしそうにわたしを見上げていた。ジャカジャカと零れるイヤホンの陽気な音が妙に異質だった。

「…聞いてる」
「嘘こけバァカ」
「いや聞いてるよ。マジ聞いてる、でなに?」
「聞いてねぇじゃねーか」

ぐいぐいとマフラーを引っ張られながら思う。不幸だ、理不尽だ。登校するなり屋上に引っ張って来て勝手に人の膝の間に寝転がって寝椅子代わりにしているくせになんて言い草だ。お蔭でこっちは微妙な体制を強いられてめちゃくちゃ腰が痛いのです。

「本読まないの?」
「手前ぇの音漏れが煩くて集中できねー。下げろ」
「はいはい」

とかいいながら言う事をきいてしまうのは長女の気質だ。わたしにとって花宮真という男は、思春期まっさかりの妹と同じようなものだった。まあ、妹よりずっと性質が悪いが。

カチカチと音量を下げ、そのまま電源を切ったアイポッドにぐるぐるとコードを巻きつける。何か聞く気も失せてしまったのだ。ちらりと下を見れば、花宮くんはさっさと読書を再開していた。背表紙を盗み見ようものの、ブラウンの書店カバーのせいで見えない。多分聞いても「お前に理解できるのか?」って嗤われるに決まっているので、タイトルを訊ねるのは止めた。まあ、差して興味もないので問題ない。

「花宮くん」
「…ンだ」
「おひざが疲れたよ」
「ふはっ毎日適度に運動しねぇからそうなんだよ」
「…どいて」

ぽつりとつぶやくと、花宮くんがちらりと本を避けた。除く強い視線に内心怖気ながら「おもい」と二の句を告ぐ。すると、花宮くんは沈黙し「はー」っと解りやすい溜息をついた。お、これはもしかするともしかするのでは。もぞりと動き始めた花宮くんに僅かに期待するがそれは甘い夢だったと直ぐに痛感する。

「…花宮くん」

お腹に置いていた頭を(わたしの)右足に移動させ、体を横向きにする。そうして再び本を読み始めた花宮くんにわたしはぷるぷると口元を震わせた。これ、これもっと重い!

「はーなーみーやーくーんー!!!」
「あーうっせ!黙れ!文句ばっかピーピーたれんじゃねぇこのクソアマ!!」
「うがー!」

がばりと起き上がって怒鳴る花宮くん。わたしは口で勝てるわけがないと学習しているので、すぐさま暴力に打って出た。花宮くん曰く。こういう時のわたしの反射速度は凄まじいらしく、普段との格差もあり非常にガードしにくいらしい。勝率は五分五分のハーフ。今回はわたしの勝ちだった。確り入ったボディーブローに、わたしはパッと笑みを深め、花宮くんは「ごふ」っと苦い声を上げて俯いた。

「て、てんめぇ…それなんど止めろっつたら学習すんだ…」
「えーどーだろー。わたしバカだからわかんなーい」
「死ね」

おどろおどろしい花宮くんの声にも慣れたものだ。最初はマジでちびりそうだったけど、最近では逆に可愛く思える。知性に優れ、語感豊かな花宮くんがこの二文字しか口を着かない時ということは、それだけ彼を動揺させたと言うことだからだ。

「えへへ」
「おい。止めろ。撫でるな」
「えへー」
「その頭の悪そうな声も止めろ」

だが全て無視である。
俯くまるっこい頭を抱き寄せて、髪をなでなでする。あー楽しい。人の髪を撫でるってあんま好きじゃないんだけど…花宮くんのはなんでだろう、嫌じゃない。むしろもっとしたいってなる。

(綺麗だからかな、それともいい匂いがするから?)

不思議だな。そんな気持ちで、サラサラの髪を撫でていると「緒戸」と名前を呼ばれた。なんだ、と彼を見ようとしたらぐいと腕を引かれた。あれ、何時の間に腕掴まれたんだろう。

「ぼふ」

倒れた先には、何時の間にか腹筋だけ起き上がっていた花宮くん。ふわふわのセーターと硬い筋肉のクッションだ。香る柔軟剤はレノアだった。なにかと彼を見上げようとしたけれど、それよりさきに抱きしめられてそのままゆっくりと倒された。びっくりして彼の身体にしがみ付くと笑われた。

「邪魔だからしがみついてくんじゃねーよ」
「おお、ごめん」
「……解ればいいんだよ」

大人しく離して、ぺたりと床に手を突く。屋上の冷たい温度にぶるりと背が震えた。何時の間にか花宮くんと床に寝転がっていた。…頭置くのいたいな、そう思って俯せになろうとしたけどそれは腰のあたりにあった手に遮られてしまった。

「おい。もっと上来い」
「え?」

とぼけたこえが癇に障ったのか、ぐいと後ろからスカートの脇を掴まれ引き上げられた。ひっパンツズレた…!

ばっとスカートを掴みながら足で上ににじり寄った。とんでもないなこの人…。そう思いながら上をみれば、花宮くんが腕を折り曲げて腕枕していた。花宮くんの腕はそれなりに大きい。少なくともわたしよりはずっと大きい。なので、自然と空きスペースもあって、わたしは吸い寄せられるようにそこに頭を置いていた。…思っていたより密着した。

「む、」
「ぐずぐず動くな。屋上から放り投げんぞ」
「殺人事件…霧崎第一屋上ダイブの事件簿」
「そこは普通に飛び降り自殺でいいだろ」
「自害したことにされた…」

後ろ手でスカートを直す。そうして満足したのでするりと花宮くんに擦り寄った。良いにおいがした。汗臭くなーい。

「エイトフォー?」
「…匂うか?」
「ううん、特に」
「…お前は昨日髪乾かすのさぼったな。微妙にくせぇぞ」
「うわバレた」
「バレるに決まってんだろバァカ」

言いながら、ぱらりと本が捲れる音。
妙に心地よくて、わたしは目を閉じた。退屈は忘れていた。すうと口を抜ける空気の音に、花宮くんはなにもいわなかった。

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