赤司征十郎を前にトリッパーは葛藤する
「緒戸」
美しい薔薇には棘がある。
「どうした、」
その隣は、美しい薔薇のほうがよく似合う。
「…どうしたって、赤司くんのほうがどうしたの?変な顔してるよ」
「そう、かな…」
「そうだよー」
クスクスと笑うと、赤司くんが顔を歪めた。悲しそうなやりきれなさそうな顔、それにわたしも困ってしまう。ああ、もし、
(桃井さんなら、きっと)
赤司くんが何を考えているかとか、どうしたら良いとかすぐ解るんだろう。
そんな風に考えている自分が、すでに醜悪だった。
「バラは、」
「え」
「バラはね、育てるのが一番大変なんだって。知ってる?」
ふいに窓の向うに目を向ける。お昼を終えた男子が元気にかけまわっていた。端っこの方で女子が楽しそうにバレーをしている。今日は良い天気で、外で遊ぶには打ってつけだ。それなのに、わたしはこんな場所でなにをしているんだろう。
「知ってる。それがどうした?」
「うーーーーーーん……なんとなく」
薔薇は、美しい。
育てるものの誠実さが良く解るその植物が、もし誰の隣にでも咲いているものなら。赤司くんの薔薇は、とっても美しいのだろう。真っ赤で、幾重にも折り重なった花弁を持っているに違いない。きっとその棘も立派で、決して他の人を近づけさせない。
おなじ、薔薇以外は。
「最近バスケどう?上手くいってる?…なんて、わたしが聞くのも変だけど」
「そんなことないさ。バスケね…まあ上々かな。最初はどうなることかと思ったけど、みんな良くやってくれている。ルーキーの成長も目覚ましい」
「…そっか」
あなたの薔薇は、美しい。
赤司くんの周りには沢山の薔薇がある。美し育ち、またこれから大輪の花を咲かせようとしている薔薇も。その中に、一つ一際愛らしい桃色の薔薇がある。
美しい人だった。愛らしい子だった。
薔薇の傍が相応しい薔薇。大輪の笑顔と、鋭い知性をもつ人。わたしなんか適わない、いや適わないという言葉すらきっと烏滸がましい。友愛のもと、大事な幼馴染のために開花させた才能を、誰よりもたゆまぬ努力で覚醒させた。そして今も研鑽を重ね、彼らの傍にいる。彼女は、彼らの傍にいることが相応しいひと。
わたしとは、違う。
「緒戸」
「ん?」
「……どうした、」
おなじ問いを、赤司くんは重ねる。ああ、またその顔。とっても酷い顔、美しいあなたには似合わない。…それを、わたしがさせてしまっている。
「さっきからそればっかりだよ、赤司くん」
「…そうだな。そればっかりだ、…俺、らしくもないか」
「なんか弱気だね」
「なるさ、俺も人間だから」
…仮に。この気持ちを、あの桃色の薔薇に告げたらどうなるのだろう。
そんなことないよと天然な反応をする。馬鹿にしないでと真摯に怒る。ここまでおいでと激昂してくれる。___そのどれもが似合う。ほんとうに、美しい彼女。
わたしに、適いっこない。
_____そうして、めくるめく嫉妬を彼女の所為にする。ほんとうは、わたしが弱いだけ。なにもなくて、努力を怠って、そうして彼の傍にいる自分が恥ずかしくて。だからってなにをしたわけでもない。彼は変わらない、私も“変えられない”。全部ぜんぶわたしの所為ね。わかっているわかっている。本当は何も解っていないくせに。
わかっているふりをして、私は今日もあなたを傷つける。
「言葉なんて…尽くして足りないこと、ないよね」
「…」
「赤司くん、ずっとずっと大好きだよ」
「……、」
わたしは、上手く笑えている?
刺さったトゲが抜けなくて、悲鳴をあげているの。繋がれた掌に、恋情は見えない。
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