くろこのばすけ | ナノ

キセキにバスケを教えてもらう


「はあはあっ…」
「緒戸…まだいけるだろ」
「あ、赤司くん…っあ」


荒い息を繰り返しながら、涙で濡れた瞳で緒戸は縋るように赤司を見据えた。対する赤司の朱と朱金のオッドアイは未だ余裕の色を浮かべており、緒戸に事を強要する色を含んでいる。その鋭さにぶるりと背を震わせながら緒戸は乾いた喉で必死に訴えた。

「も、もぉお無理です…ギブっ」

そう言い残してきゅううとコートに倒れ込む緒戸に赤司は隠す気もなく舌打ちしてバスケットボールを床に投げ捨てた。





「緒戸ちゃんへばるの早いッスね」
「おい見てみろあの赤司の顔。鬼だ、鬼がいる」
「赤ちんってばマジ鬼コーチ」

黒子テツヤが体育館に顔を出した時、既に事は始まっていた。
広い体育館の片コート、そこには帝光バスケ部の主将である赤司征十郎が珍しく学校指定の体操着を着て立っていた。その隣にはぐったりと体操着に身を包んだ同級生、色紙緒戸が倒れており、赤司の本性を知っている身としては………色々と勘繰りたくなる場面構成だ。早々に真相を知るべく、黒子は反対のコートで見物に勤しんでいるチームメイトに歩み寄った。

「赤司くんは何をしているんですか?」
「うをっ!!?黒子っち!!?」
「うをって、テツ! お前気配消してくんなって何時も言ってんだろ!!」
「あ、黒ちんだ。おっはー」
「おっはーです、紫原くん。で、何してるんですか?」

無視かよ!と怒鳴る青峰を置き再度訊ねてくる黒子に紫原がポッキーを弄りながら答える。

「あーっと、なんていうか…特訓?」
「特訓、ですか?」
「緒戸ちゃんクラス、明日体育の授業で実技テストあるみたいッスよ」
「その題目がバスケなんだとよ」

そこまで言われて黒子は嗚呼と得心が行った。
それでこうなっていると…、

「緒戸ちゃんシュートが苦手みたいで、最初は緑間っちにお願いしたみたいなんスけど」
「緑間くんに? この場にはいませんが…」

黄瀬の言葉に黒子はきょろきょろと周りを見渡した。どう見てもこの体育館には赤司、緒戸の他には青峰、黄瀬、紫原、そして自分しかいない。その様子に小首を傾げる黒子に黄瀬があーっと苦い顔をする。

「それがちっと面倒なんスけど…」
「あーつまりだな」

くるくると指でボールを回してた青峰が乱暴な口調で黄瀬に続いた。

「俺たちがちょっくらゲームしようと体育館に来たら緑間と色紙がいてな、それで聞いてみれば明日テストってことが赤司にばれて色紙がスパルタやらされてんだよ」

「青峰っち…その説明は馬鹿丸出しッスよ」
「ホントだよねぇ」
「しかも答えになってません」

「うっせーよ!! お前もそっちに見方してんじゃねぇぞテツ!」

そんな感じで盛り上がっていた外野だが、突如迅雷の如くダンッ!!!と間に叩き着けられたバスケットボールにより空気が硬直する。ぶわりと身震いがする様なダイアモンドダストに見舞われながら皆が一点を振り返った。


「随分と元気が有り余ってるじゃないか、お前たち」


あ、終わった。
その時、キセキの世代と言われる四人の心境は見事に合致した。





「本当にごめんなさい…ご迷惑をおかけして」
「えっ! あ、気にしないで良いッスよ。 てかむしろ俺たちが感謝すべきッスから…」
「黄瀬くんの言う通りですよ、色紙さん。 助けられたのはむしろ僕たちの方です…」

ふうと、額に汗をにじませながら安堵の息を着く黄瀬と黒子の二人に緒戸が訝しげに小首を傾げる。その向うでは青峰と紫原が死活の勢いでミニゲームの真っ最中だ。言うまでも無く、我らが主将様特別ルールのミニゲームなので敗者にはもれなく(地獄の)罰ゲーム付である。

(助かった。マジで助かった…!)
(色紙さんありがとうございます…)

「? あ、あの…?」

「何でもないッス! じゃ、シュート練始めましょ」
「そうですね、それが良いと思います」

緒戸にシュート練を着けるということでゲームを免れた2人は早々に練習に取り掛かることにした。駆り出されなかったからって油断していたら何時赤司の牙にかかるか解ったものじゃない。

「取り敢えず、シュート打ってみて。えっと、テストはどういうルールッスか?」
「えっと…ここから、五本投げて最低三本入れるって感じ」
「フリースローラインですね」

緒戸が立った場所を見て黒子が言う。フリースローラインとは、バスケットコートのエンドラインから5.8mの位置に平行に引かれた長さ3.6mのラインのことだ。

「要するにフリースローッスね。これなら余裕ッスよ」

このラインから投げることをフリースローと呼ぶ。多くは試合において、一方のチームがファウルや特定のヴァイオレッションを侵した場合に科されるペナルティの1つ。相手のチームに与えられる得点の機会のことだ。

「ちょっと練習すれば入れれるッス。この位置からなら俺たちは百発百中ッスよ」
「おおっ…!」
「黄瀬くん、それは僕も含まれてるんですか?」

勿論、黒子は例外である。

「ンじゃま、一投目どうぞ」

ぽんとバスケットボールを渡された緒戸はラインの手前に立ちぐっとゴールを見据える。小さな両手でぎゅっとボールを握り締め、黄瀬と黒子が見守る中でボールを投球する。

ダンッ

そんな音を立てて。投げられたボールはゴールに届くことなく体育館の床に弾んだ。ダンダンッと音をたてて転がって行くボールを三人が三人とも黙って見据える。


外した。この距離で。____しかも届いてすらいない、


「っ〜〜〜〜〜〜!!」

「…、大丈夫ッスよ緒戸ちゃん! 元気出して! バスケなんてコツを掴めば簡単ッスから! 練習すれば直ぐにシュート出来る様になるって!」
「黄瀬くん、今の君の台詞は聞く人によってはとても誤解をうむ発言ですよ」
「ンなこと言ってないで黒子っちもなんか言ったげてぇぇ」
「元気出してください色紙さん。 …僕もあの距離からは届きませんから」
慰めになってないッス!





「で、どうしてこうなっている訳なのだよ」

体育館に戻って来た緑間は苦言と共に眼鏡を押し上げた。

片や青峰と紫原が死活の勢いでゲームをしており、片や緒戸をはじめとした黒子と黄瀬がぐったりとコートに倒れ込んでいる。…赤司に命じられ買い出しから帰って見ればコレだ、一体自分が不在であった間に何があったのか。

「あ、お帰り緑間。買い出しお疲れ様、」

ホイッスルを片手で弄りながら赤司が笑って出迎える。その様子に薄ら寒いものを覚えながら緑間は手にしていたビニールを掲げた。

「言われたものは買って来たのだよ」
「そう…じゃあ、ちょっと甘いけど休憩にしようか。…緒戸も限界みたいだしね」

そう言って赤司はホイッスルを吹いた。ピーッという甲高い音が鳴り響き忙しなくコート上を行き来していたボールが青峰の手の中でぴたりと止まる。

「ストップ、休憩だ!」

「きゅう、」
「…けい」

赤司の言葉に青峰と紫原が倒れ込むのは同時だった。コロコロと虚しく転がって行くバスケットボールに、何があったかは知らないが買い出しに出た己の幸運に緑間は本日のラッキーアイテムである桃色の消しゴムをぎゅっと握りしめた。やはり、人事は尽くしておくべきだ。

「黄瀬、黒子、起きろ。緒戸も何時までだらけているつもりだ、見っとも無い」

「はいッス!」
「!」

「む、むり…腕が痺れてる…」

光の勢いで起き上がった二人に対し、緒戸はふるふると体を震わせるばかりだ。その様子に赤司は呆れた様に溜息をつくとぐいと緒戸の首根っこを掴み上げた。

「ぐふっくるしっ…!」
「スタミナがなさ過ぎる、もう少し運動しろ。太るぞ」

「うぐっ…!」

緒戸を無理やり起し上げてぱっと赤司が手を離す。お腹が…そんな…贅肉…とブツブツ呟く緒戸の背をぽんと黒子が慰める中、赤司が緑間から受け取ったビニール袋を漁る。

「? なんスかそれ?」
「赤司に頼まれて買って来たものなのだよ」

何かと小首を傾げる黄瀬に緑間が端的に答える。そんな二人を余所に、赤司はビニール袋から目当てのものを取り出すと「緒戸」と呼びかけズーンと暗い顔をしている彼女の目の前にそれを差し出して見せた。

「食べるか」

そう言って差し出されたのは氷菓子…つまりはアイスだ。

熱く火照った頬を冷やす冷気と微かに香る甘い香りに緒戸はみるみる顔を明るめひしっと釣る下げられた餌に食いつく。

「食べる!」
「そうか」

赤司からアイスを受け取った緒戸はきらきらと瞳を輝かせながらアイスを見据える。額にはじっとりと汗を掻き、疲れ切った顔色をしているがどうやら気持ちだけは浮上したようだ。

「い、いいな…緒戸ちゃん」
「安心しろ、お前たちの分も買わせた」
「まままマジッスか!!? 赤司っち!」
「こんな事で嘘をついてどうなる、…食べたいか?」
「ハイっす!」
「一本243円だ」

「…は?」
「カップなら287円。青いのはオレのだから他のにしろ」

やっぱり赤司はどこまでも赤司だった。

ほんのり期待していた黄瀬は叩き着けられた現実にショックが抜けず「あ、はい…」と間抜けな声を漏らした。勿論予想していた緑間と黒子は悟るように嘆息し、その奥で汗だくの紫原が「オレも食べる〜!」と巨大な体をバタつかせ青峰に「うっせぇ!」と殴られていた。





「はーっ生き返るッスねぇ」
「ちんちらドシローにバスケ齧らせてただけ野郎がへばってんじゃねぇよ」
「青峰くん、その言い方は失礼ですよ」
「ホント青ちんってばデリカシーがないよねぇ」
「仕方あるまい、コイツの脳は筋肉でできてるのだよ」
「えっ…脳みそって筋肉なの…?」
「お前はもっと人を疑うことを覚えろ、緒戸」

ミンミンミンと随分と早く目覚めた蝉がどこかで鳴いている。

開け放った体育館の扉に腰かけながら緒戸たちはアイスに舌鼓していた。と、いっても幾ら広い体育館の出入り口といっても大の男が並ぶには限度がある、なによりむさ苦しい。

そういう理由で、扉には赤司、緒戸、緑間(買い出しの功績)が腰かけ紫原、青峰、黄瀬、黒子は体育館の屋根から落ちる影に隠れる様にしてコンクリートに座り込んでいた。

「あーテツ、一口くれ」

青いシャーベットアイスを食べ切りずいと手を伸ばしてきた青峰に、バニラ味のカップアイスを突いていた黒子は迷惑そうに眉根を顰めた。

「嫌ですよ、青峰くんはもう食べたでしょう」
「そうッスよ!青峰っちがっつきすぎッス! だから桃っちに怒られるんッスよ」

半分程食べ終わったアイスを青峰に着きつけながら黄瀬が言う。そんな黄瀬を半目で見据えていた青峰がバッと凄まじい敏捷力で黄瀬の手からアイスを掠め取るまで後3秒。

「なんでそんなか___アアァアアアァ!!!!オレのアイス!!
「ッチ さつきは関係ねーだろバーカッ。アホ黄瀬っざまあみやがれ」
「〜〜〜!! 図星突かれたからって大人げないッスよ青峰っち!」
「上等だバカ犬! チューボーなめんじゃねぇぞ!!」
「意味が解らないッスよ脳筋ガングロ!」
「上等だっ表出やがれモデル(笑)!!」

「2人とも元気すぎ〜」

食べ切ったアイス棒をがりがりと噛みながら、長い足を投げ伸ばした紫原が呟く。それに黒子もまったくだと頷きアイスを口にした。

「馬鹿どもめ」
「緑間、あの二人黙らせて来て」
「え、別に良いじゃん。楽しそうだし、放っておいたら?」

ちろちろとアイスを舐めながら取っ組み合いを始めた二人を見る緒戸。その隣では青いパッケージのアイスを赤司がつつき、緑間が食べ終わったカップを手に眼鏡を押し上げた。

「ふはーアイスおいしい…やっぱり夏はアイスだよね…」
「まだ夏前だ、梅雨も来てないのだよ」
「I.Mが近いな…それに向けて練習を調整するぞ、主に青峰と黄瀬」

「ざまあ〜」

楽し気に悪態を着く紫原が面白くて緒戸はくすくすと笑った。恐らく赤司の事だ、有言実行通りに2人の練習量を強化するに違いない。





「そういえば…色紙さん、部活は何処に所属していましたっけ?」
「ん〜? えっとね、一応美術部だよ」

はぐりとアイスに齧り付きながら答える緒戸に、黒子が続けて訊ねる。

「作品を出したりしないんですか?」
「しないよ、大したもの作れないし。…出すとなると、色々時間拘束されちゃうし」
「ということは、何かする予定があるということか?」

緑間の言葉に緒戸はこくりと頷いた。そして少し恍惚とした表情でうっとりと答える。

「夏休みはね、中体連巡りするの。陸上、水泳、サッカー、新体操、バトミントン。柔道と剣道も忘れちゃいけないよね。それとなんといっても夏の甲子園! マイナー所ではアイスホッケーも捨てがたいなぁ。 もう楽しみすぎてどうにかなりそう…!!」

ほうと恋する乙女の様に中体連に思いを馳せる緒戸の姿に黒子と緑間は言葉を失くし、赤司は解ってたようにアイスを食べ進める。唯一、紫原がああと言葉を返した。

「そーいえば緒戸の趣味って試合観戦だったね、趣味わるー」
「えへへぇそれほどでも」
「褒められてないぞ、緒戸」「褒められてませんよ、色紙さん」
「色紙、それは貶されている部類だ」

だがそんな言葉は届いてないらしい。すっかり自分の世界に入ってしまった緒戸に赤司は呆れた様に溜息を着いた。

「って、いうか色紙さん。 バスケは観に来ないんですか?」

さりげなく中体連から外されていたので気になって黒子が訊くと、緒戸は「んっ」と小さく笑って「えっとね」と言う。

「えっとー、バスケは…見ない」
「なんでですか?」
「何故なのだよ?」
「なんでぇ〜?」
「何故だ」

「まさかの質問攻め!!?」

じっとっと答えを促して来る視線(主に赤司の物言わせないそれ)に緒戸はうーあーっと言葉を濁した。恥ずかしそうに頬を掻く姿に黒子が訝しげに小首を傾げた。

「えっと、その…だから、」
「早く答えるのだよ」

まさかの緑間からの促しに緒戸はうっと身を縮める。四方から訴えてくる視線にううぅ〜と唸りながら抵抗するも「緒戸」という赤司の言葉に緒戸は等々口を開いた。





「ってぇ! 酷いもう怒ったッスよ青峰っち! 黒子っち一緒にこの脳筋ぶっとばッスっすよ!」
「なっテメェ人の相棒に何しや___?」
「? 黒子っち?」

黒子を交えようとした黄瀬と青峰だが、振り返った先が先ほどと打って変った雰囲気なのを感じ取りはてと小首を傾げる。

皆が皆どこか重く…渦を巻くような空気に飲まれていて、何があったのか想像もつかない。

「___あれ? 緒戸ちゃんは?」

ぽっかりと何時の間にか抜けているスペースに黄瀬が小首を傾げた。それに気づいた青峰もそういえばと同乗する。

「アイツ食うだけ食って逃げやがったのか。てか、結局シュート入るようになったのかよ?」
「いや、もうあれはある意味才能としか言いようがない仕様で。…てか、緒戸ちゃんに限ってそんなことは…」

「緒戸なら手洗い場だ、次期に戻ってくる」

正に鶴の一声。赤司の言葉を受けた2人は、その言葉をありのまま飲み込んだ。そんな単純な2人を端目に彼らはぼんやりと思う。

(なんというか…あれですね)
(…返す言葉もないのだよ)
(緒戸って変だよなぁ〜)
(……)

残ったアイスを食べた赤司は青いパッケージに紙のスプーンを放る。唇を舌で拭えば、こびり付いた甘さに口内が渇いた。

ミンミンと何処かで蝉が鳴いている。

コンクリートの上に放り投げられた水滴に塗れたビニール袋。その中に入れられた小銭が透けて見えていた。







(「わざわざ中体連に行かなくても、どこよりも素敵なバスケを何時も傍で見せてもらっているから…行かなくてもお腹いっぱいなんです」)

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